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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■隊長達の絆編■
90/139

Episode01-1 夢に見たその顔は

 レナスが目覚めると、そこには不機嫌な副官の顔があった。

「隊長、仕事中です」

「ちょっと、うつらうつらしてただけじゃない」

「よだれ垂れてましたよ」

 慌てて口を拭うと、副官であるキアラがため息をこぼす。

「まあ、今日はみんな似たり寄ったりですけど」

 見ればレナスの部下達の中にも船をこいでいる者が多い。

 それもそのはず、昨日はせっかくの非番だというのに急な出動で夜中まで仕事だったのだ。

「なんで非番の日に限って放火魔とかでるのかしら」

「でも昨日の隊長格好良かったです。あの救出劇には惚れ惚れしました」

「じゃあ、今日は寝て良い?」

「それとこれとは話が別です」

 笑顔と共にキアラが出したのは、経費申請書だった。

「うわぁ、これ今日までか!?」

 自分の事務処理能力じゃ無理だと白旗をあげた瞬間、キアラがあからさまなため息をついた。この反応は既に予想していたのだろう。

「私がすでにまとめています。なのでご自分の分だけ書いてください」

「あんたが副隊長で本当に良かった」

「隊長って、頭良さそうなのに事務仕事ホントだめですよね」

「さっきは褒めたくせに」

「現場での指揮や行動力を尊敬しているのは本当ですよ」

 でも事務が…とあきれるキアラをしかれないのは、実際彼女に様々な雑務を押しつけている負い目があるからだ。

「昔から、そう言うのは人任せだったから」

「ヒューズ隊長に同情します」

 あえて名前を出さなくても、レナスが迷惑をかけ続けている相手をキアラはわかっている。

「さあ、早く書類出してください。隊長のが終われば定時で上がれるので」

「もしかしてデート?」

「ちっ違います」

 といいつつ語尾が下がったところ、図星なのだろう。

 順調に恋を進める副官を心の底から羨ましく思いつつも、嫌がらせをするような趣味はないのでレナスは素早く書類を引き寄せた。

 経費の申請に使う領収書をかき集めながら、そろそろ自分もデートをしたいなとぼんやり考える。

 しかしそう思う一方で、近頃は好みの顔を見ても、なかなか心が揺れない日々が続いていた。

 むしろ好みでなくても、甘い台詞を囁かれればコロッと落ちていた。

 なのに今は美青年にも愛の言葉にも心が反応しない。そのくせ、仕事中に、どうでもいい男の夢なんぞを見てしまう。

 もう来月で27になるのだ。それまでに結婚できなければ、今度こそお見合いだと親にも再三言われている。

 だから確実に自分を好きになってくれる相手に出会いたいのに、訳もなく側の男ばかりを意識することが増えているのは事実だ。

 それはまるで恋のようで。でもそれを認めることは出来ない。

 …出来ないはずなのに、もしもこれが気の迷いではなかったら、そして万に一つの可能性ではあるが、彼が自分を受け入れてくれたらどうなるのだろうかと考えた途端、持っていた鉛筆が折れた。

「ないないないない」

 そう言いつつも一瞬、ほんの一瞬だけ、自分を見るヒューズの愛おしげな顔が浮かんだのは何があっても認められない。そしてそれを、格好いいと思ってしまったことも絶対に認められない。

「隊長、大丈夫ですか」

 挙動不審なレナスに声をかけるキアラ。それに大丈夫だと頷いて、レナスは気合いを入れ直す。

 彼は、ヒューズはただの友人だ。友人というか、従者で下僕で便利な道具だ。

 我ながら酷いと思いつつも、それが幼い頃から今まで続く、二人の絆の形である。

 歪で滑稽で、けれど彼の最も近くにいるにはそれしかない。

 だから何があってもこのままでいよう。そう心に決めて、領収書を出すために財布を引っ張り出してレナスは唸った。

「やばい、今月ちょっと使いすぎた」

 ヒューズにあとでお金借りよう。

 考えるより先に出た結論に、レナスはホッと胸をなで下ろす。

 やっぱり彼に抱くのは恋ではない。恋心があるのなら、金をせびりになど行けるわけがない。

「財布よね財布」

 ニコニコしながら財布と繰り返すレナスに、キアラや他の部下達が若干心配そうな顔で彼女を伺ったが、レナスは気付きもしない。

 そんなとき、一人の男が颯爽と隊室にやってくる。

「レナスさん!」

 爽やかな微笑みをうかべる彼は、フロレンティアの第4王子アルベールである。

「今晩暇ですか?」

 誘い上手な王子の登場に、騎士達はおっと声を上げたが、当のレナスは何故だか呆れている。

「立派な騎士になるまでは、デートしないんじゃなかったの」

 それもそのはず、この王子はレナスのかつての恋人だ。そして立派な騎士になるから付き合えないと、彼女をふったのはまだ記憶に新しい。

「この前言ったじゃないですか、一緒に映画行ってくれるって」

 以前付き合っていた頃はもう少し大人っぽいと思っていたが、こういう人なつっこい笑顔のほうが素なのだろう。そしてこの笑顔を向けられると、レナスは弱い。

「まあ、言った気はする」

 とはいえ僅かな時間ではあるが、レナスが彼をすっぱり諦めるには十分な時間である。

 元々ふられると、あっという間に次の恋に移るのがレナスなのだ。

 むしろ今は男としてと言うより、弟分として放っておけないという意識の方が強い。

「じゃあ映画、一緒に行ってくれます?」

「わかったわよ。だからあと30分待ちなさい」

 レナスの言葉に、アルベールの顔に花が咲くような笑顔が浮かぶ。

 それに騎士達の何人かが甘いため息をこぼしたが、レナスは見てもいない。

 それどころか、彼女は自分の財布の軽さを思い出し、アルベールにとある提案をした。レナスの何気ない言葉はアルベールの爽やかな笑顔を木っ端みじんに打ち砕いたが、それすら彼女は見ていなかった。

ヒューズ・レナス・アルベールを中心とした5話目です。

毎回毎回少しずつ1話の分量が多くなっておりますが、今回は最長かもしれません…。

その分色々な事が起こりますので、よろしければまたお付き合い下さい。


あと拍手のお礼小話にヒューズとレナス(11歳)のエピソードを掲載しましたので、もし気に入ってくださった方がいらっしゃいましたら、読んで頂ければと思います。

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