Episode04-1 宴を離れて
味方に囲まれて楽しそうに笑っているアルベールを見ながら、ヒューズが祝杯会場となっているバールから外へと出たのは深夜を過ぎた頃だった。
カルチョ・ストーリコ1戦目、それは想像以上の圧倒的勝利で幕を閉じた。
出る前はあれだけ不安がっていたアルベールだが、今日の得点王は彼である。
「別に俺がいなくてもよかったかもな」
そう苦笑しながらビールを片手に夜風に当たっていると、いつの間にか外に出ていたヴィートがヒューズの肩を叩く。
「そう謙遜するな。お前が道を開かなきゃ、あのガキぶっつぶされてたぞ」
「でも良い足だ」
「シュートだけな。あいつ、ドリブルはすっげぇヘタだから」
さすが良くわかっているなと感心すれば、ビールを煽りながら珍しくヴィートが口を滑らせる。
「昔は良く一緒に遊んでやったからな」
年はだいぶ離れているが、ヴィートとアルベールは紛れもない兄弟である。顔や容姿は似ていないが、幼少期は共に過ごす時間もあったのだろう
「また一緒に遊んでやったらどうだ? ヴィンセントや俺への態度は、どう見てもブラコンの素質有りだぞ」
「ブラコンだったよ。こんな小さい頃からな」
「じゃあ泣いただろう」
あえて言葉にせずとも、ヴィートは理解したようだった。
だからこそ一瞬言葉を続けることにためらいを見せたが、酒の所為もあるのだろう、今日は珍しくお得意の誤魔化しは発動しなかった。
「あいつだけだったなぁ、大泣きして行かないでくれって行ってくれたのは」
でも無視しちまったと、ヴィートは苦笑する。
その笑みがいつもより感傷的に見えた所為だろう、ヒューズもまた珍しく昔のことを口にする。
「俺は無理だったな。泣いて縋られると、どうにも意志が鈍る」
「小さい頃から女だねぇ、あいつは。大人の男を涙で引き留めるとは」
「でもたまに思う、あそこで折れない方が良かったんじゃねぇかって」
「よくない事はないさ。現にアルベールとレナスじゃ、レナスの方がまともな大人だろう」
「どっちもどっちだけどなぁ」
「でもレナスは、お前がちゃ~んと大人にしたよ」
「お前が言うと、なんか嫌らしいんだよな」
どこか意地悪な笑みを浮かべながら、ヴィートはヒューズの肩を軽く叩く。
「側に立派な大人がいて、手を引いてって貰うってのは大事なことだ。アルベールはまあ、それがこれからって感じだが」
「なぜ俺の肩を労いながら言う」
「ヴィンセントとお前さんに、随分懐いてるみたいだからな」
「ヴィンセントはともかく、どうして俺に来るのか」
アルベールが、ヒューズにやたらと干渉するようになったのは、たしか先月起きた国王の失踪劇のあとくらいからだ。
ライバルだ、恋敵だと勝手に勘違いして食ってかかってくることばかりだったが、一方でヴィートの言葉を否定も出来ない。
喧嘩腰ながらやたらと剣術を教えろだのレナスの好みを教えろだの理由を付けて、二人で食事をしたり出かけたりする機会が増えているのは事実だからだ。
別にアルベールにどう思われようと、どんな扱いをされようと正直構わない。
だがそれがレナスに筒抜けなのは、ヒューズにとって大きなやっかいの種だった。
アルベールと親しくなればなるほど、レナスの方もアルベールの話を持ってくる。
その話の内容がやっかいごとに関することなら良い。だがもし、アルベールだけでなくレナスの方も彼のことを想うようになれば、不器用な二人のことだから、ヒューズは自然とお互い気持ちを支える伝達役になってしまうだろう。
そしてそれを想像以上に恐れている自分に、ヒューズは気がついていた。
「レナスと親しいからってのはわかるけど、やっぱりなぁ」
「そこはお前のお人好しな性格も問題だと思うがな。犬に尻尾振られたからって、すぐ撫でるのが行けない。その犬が恋敵だってんなら、蹴って追い返さないと」
「恋敵じゃねぇよ」
「でもレナスにゃ惚れてるだろう」
ヴィートの言葉に、ヒューズが返したのはため息だけだった。
「…できるからって、する必要はないんだぞ」
「どういう意味だよ」
「お前は多分レナスがいなくても生きていける。俺と違って恋人がいなくても死にゃあしない男だ。…けど、だからってそう言う道を選ぶ必要もないだろう」
「…もう選んだんだ。ずっと前にな」
「お前はずっと有言実行の男だったろう。だから一回くらい『やっぱりやめたー』って降参しても良いと思うぞ」
そう言ってヴィートが意味ありげに通りの奥を見つめる。その視線の先を追えば、こちらへと向かってくるのはレナスとキアラだ。
「かっさらうなら今だぞ」
「酷い兄貴だな」
ヒューズの言葉に苦笑しながら、ヴィートはいつもの調子でさり気なくキアラを捕まえる。
「大勝利おめでとう」
そうヒューズに微笑んだレナスは、仕事帰りなのか隊服のままだ。
「その言葉は、中で騒いでる王子様に言ってやってくれ」
「どう考えても、一番体張ってたのはあんたとヴィンセントじゃない」
「褒めるところは褒めてやらないと、あいつ拗ねるぞ」
一応頷いた物の、レナスの反応はあまり芳しくない。これはもう少しきつく言うべきかと口を開いたとき、突然レナスがヒューズの腕を取った。
驚きと同時にヒューズの体を走ったのは激しい痛みだ。
「やっぱり折れてるじゃない」
「どうして…」
「後半終了間際に、アルベールを庇って斜めから巨人の蹴りくらったでしょう。あれみたとき、絶対やったと思ったのよね」
「俺失態よりアルベールの活躍を見てやれよ」
「丁度あんたのアップだったのよ。…ほら、いいからくる!」
今度は反対の腕を引いて、レナスはヒューズを店の裏手にある小さな噴水広場へと連れ出した。