Episode03-5 無自覚の代償
黄色い歓声にレナスとキアラが思わず側のバールを覗けば、若い女の子達が店に置かれた魔法鏡を囲んでいる。
側に妖精学の学舎があるので、多くはそこに通う女学生だろう。
「順調に加点しているようですね」
キアラが指さしているのは、カルチョ・ストーリコの試合を映している魔法鏡だ。
それを気にするキアラに気付き、休憩がてら覗いていこうとレナスが提案した。
「繁盛してますね」
レナスがレジカウンターに向かって声をかけると、初老の老婆が振り返りながら微笑んだ。どうやらこの店の店長らしい。
「客引き用に、うちにある魔法鏡をだしたのよ。結構大きいから、お客さんも見やすいかなって」
壁に掛けられた巨大な四角い鏡。それは離れた場所の景色を映すことの出来る、魔法の鏡である。
今では機械製品の価格が落ちた所為で、何処の家でもテレビが買えるようになったが、かつてはこのような安価な魔法鏡がテレビの変わりに家や店に置かれていた物だ。
だが魔法鏡は電波以上に受信が不安定なため、今ではテレビの需要の方が勝っている。それに魔法鏡に映像を送る魔石、今で言うカメラの変わりをする魔石は魔法使いにしか扱えないため、番組の種類もテレビより少ない。
とはいえこうした歴史的な祭には魔石を持つ魔法使いがカメラマンと一緒に撮影をしているため、このような古い魔法鏡でもカルチョ・ストーリコを見ることができるのだ。
「一杯奢ってあげるから、あんた達も少し見てきなさいよ」
じゃあお言葉に甘えてと、エスプレッソを二つもらい、レナスとキアラは壁際の席に陣取る。
丁度通り向かいに、荒くれ者が集まる要注意酒場もあるので、監視と観覧を兼ねた場所としては申し分ない。それ故この手の休憩には必ず文句を言うキアラも、今日は黙っている。
まあ理由はそれだけではないだろうが。
「ヴィンセント様ってホント格好いい」
その台詞にレナスが横のキアラを見たが、勿論彼女が言うわけはない。
「子どもの戯言だと思って聞き流しなさいよ」
あんたも子どもだけどと言う言葉は飲み込みつつエスプレッソを飲めば、わかってますという言葉が返ってくる。
けれどどこか不満そうなその声に、もうすこし茶化してやろうと、ネタ探しもかねて魔法鏡を見れば、そこに映っていたのはヴィンセントではなくヒューズだった。
軽い身のこなしで巨人を引き倒す彼の姿に、レナスが言葉を詰まらせる一方で、女学生達の間から漏れたのは甘いため息だ。
格好いい。
レナスは決して口にしたことのないその一言を、気兼ねなく言い放つ女学生達に、レナスは思わずテレビから視線を外す。
それどころか、彼が自分の彼氏だったらと口々に言い出す女学生達に、レナスは何故だかその場から立ち去りたい衝動に駆られた。
今まで、ヒューズに言い寄る女性がいなかったわけではない。
むしろレナスの前で、もっとあからさまな好意を向ける女性は何人もいた。
なのに今、少女達の可愛らしい好意ひとつで揺らいでいる自分に気付き、レナスはうなだれる。
今まで付き合ってきた…と言うほど親密な仲になった男は殆どいないが、そう言う男が他の女に言い寄られているのを見ても、こんな気持ちにはならなかった。むしろ自分の彼が異性にモテることを得意に思っていたこともある。
だからこそレナスは気付いてしまった。今自分が抱いている感情が、明かな嫉妬であることに。
「そう言えば隊長、アルベールさんが優勝したら結婚するんですか?」
唐突に、あまりに唐突に振られた話題にレナスは思わず横のキアラを見た。
今更のようにアルベールの活躍を全く見ていなかった自分に気付き、レナスは眉をひそめる。
それの表情に何を勘違いしたか、キアラが慌てて口を開いた。
「すいません。ヴィンセント様が試合に出るって話したとき、理由を無理矢理聞いてしまって」
「別に良いわよ、隠している訳じゃないし」
「それで、どうなんですか? 彼を優勝させるためにヒューズさん達まで出てるんですよね」
アルベールが優勝すること、それが彼の告白に繋がることを、レナスは今更のように気付いて息を呑んだ。
「…やっぱり、そうなる?」
「そう言うつもりじゃなかったんですか?」
「あいつが怪我したらまずいから、ヒューズにはそのフォローをと…」
「でも、あの二人がいたら多分勝ちますよ」
正直そこまで考えが行き着いていなかったというのが、本当のところだった。
今更のようにアルベールに酷いことをしている自覚が芽生え、レナスは頭を抱える。
「アルベールが死なないようにって考えるばかりで、勝った時のこと全然考えてなかった…」
「酷いですね」
「言われなくてもわかってるわよ…」
「それでどうするんですか?」
誤魔化す、事が出来る状況には多分ならないだろう。あのときのアルベールの目は、真剣だった。
「復縁するんですか?」
27まであと一ヶ月。正直アルベールが立派な騎士になったとは言い難いが、結婚相手としてはまあ申し分ない物件ではある。
……だが。
「うわぁ、ヒューズ隊長痛そう」
話題を断ち切るキアラの声に思わずテレビを見ると、リプレイの文字と共にアルベールを庇いながら巨人の蹴りを食らうヒューズの姿が映る。
続いて大丈夫だと腕を振るヒューズの姿と歓声が映り、それはバールの客達にも感染した。
口々に格好いいと叫ぶ女学生達の目はキラキラと輝いていて、その輝きに自分は勝てないとため息をつき、そしてレナスは息を呑む。
一体自分は、何に勝つつもりだったのかと。
「……結婚、できるのかな」
思わず零れた言葉に、キアラが目を剥いている。
「隊長、風邪でも引いたんですか?」
とても失礼なことを言われた気がしたが、反論する気力もなかった。
「…そんなに、アルベールさんとじゃ不安なんですか?」
「まあ、あいつを結婚相手として見てないのは正直ある」
だけど問題は、結婚の不安以上に心を乱す物が生まれつつあることだ。
テレビに映るヒューズを目で追っていると、誰よりも自分と近しい位置にいるはずの彼が遠く思えて、レナスは不安で仕方が無くなる。
今までは365日恋人と結婚のことばかりを考えて生きてきた、と言っても過言ではないほどその手のことばかり考えていたのに、今はヒューズと自分の間に感じる不安を解消することで頭がいっぱいだった。
「っていうかそもそも、私は何であんなに結婚したかったんだろう」
「……隊長、本当に病気ですか?」
「あんたはさ、ヴィンセントと結婚したいと思う?」
突然の問いかけにキアラは目を白黒させたが、レナスの真剣な表情に慌てて表情を正す。
「結婚は、しなくても良いです」
「好きじゃないの?」
「も、勿論好きなんですけど。やっぱりほら、自分ドレスに合わないし」
「そっちかい」
「指輪とかにあわないし」
「私は欲しいけどな、指輪もドレスも」
綺麗に着飾って、美しい教会で結婚式をする。という少女じみた妄想をこの年まで抱いていたのだ。
けれどその先を、結婚式の先にある物を、自分は何も考えていなかった。
むしろこれから先もずっと側にいたいと、いるのが当たり前だと考えていたのはただ一人だった。
そしてその一人にもし、少女じみた妄想の相手をして貰えたらと思った瞬間、レナスはカップを自慢の握力で粉砕していた。
「指輪は欲しいけど、それは…それだけは………」
「ど、どうしたんですか! っていうか手!」
「大丈夫、手の皮は厚いから」
キアラにそう言って、それから慌てて店の主に謝りながらも、レナスは内心焦りに焦っていた。
気がつけば、息を潜めていた結婚願望がわき上がってきている。それも特定の男の顔つきで。
「だっ大丈夫ですよ。すぐに隊長に指輪くれる人は現れます」
挙動不審なレナスに不安を感じたのだろう。
的はずれながらも一生懸命励まそうするキアラに、レナスはようやく落ち着きを取り戻し、同時に彼女をガシッと抱きしめた。
「そうよね。あんな奴じゃなくても、沢山いるわよね」
「いや、沢山さんは……」
キアラの言葉は多少気になったが、レナスの気持ちは軽くなった……はずだった。
「あ、試合終わってますよ!」
キアラの指摘に魔法鏡を見れば、アルベールの笑顔を中心に彼のチームのメンバーが映っている。
「勝ったみたいですね」
良かったと思いつつ、さり気なくヒューズを目で探してしまい、そしてレナスは眉をひそめた。
「あいつ…」
「アルベール様が得点王らしいですね。本当に頑張って…」
「巡回戻るよキアラ! そしてさっさと仕事終わらせて、打ち上げ会場に乗り込む!」
一喜一憂したかと思えばいつもの暴走を見せる隊長の姿に、キアラは唸りながらも従うほか無かった。




