第六話:クロヒガ
茨城県つくば市にある研究学園都市。一昔前までは何もない場所だったが、年々発展を遂げ、巨大なビルが多く立ち並ぶ賑やかな都市となった。今では人口が東京の2倍にも達し、「スーパーシティ」や「未来発展都市」としてメディアに取り上げられ、名実ともに第二の東京と呼ばれている。
この都市全体は人型ロボットの実験場でもあり、一種の観光スポットとなっていた。観光客の多くは外国人で、日本の文化を存分に満喫している。その光景をビルの屋上からじっと見つめる者がいた......
全身を包帯で覆い、不気味に蠢く紅の瞳を輝かせたその者は、片手に黒く不細工な彼岸花を握りしめている。
「救いを乞う声……相も変わらず、君たちには聞こえていないらしいね…。君達の無自覚な罪...償いきれない罪......さぁ、約束の時だ」
うすら笑いを漏らすと、彼岸花を竹とんぼのようにくるくると回し、空へと放った。
宙を舞う彼岸花...目で追ううち、一台の黒いセダンが夜の街を徘徊しているのが視界に入る。しかし、この者の瞳にはセダンとは別の何かが映っていた。
車内にいる一人の男......体を流れる血液が、青白く発光して見えていたのだ。
この世界に訪れたきっかけでもある男......その存在を確信した頃には憎悪に支配されていた。
額に爪を立て、皮膚を割きながら歯を食いしばり、掠れた声で名を叫ぶ。
「ア”ァ”マ”ァ”ァ...ミ”ィ”ィ”ヤ”ァ”ァ”ァ”ア”ッ!!!!」
その叫びの数秒後、上空から何かが降り落ち、ビルの一部が青い爆炎に飲み込まれた。
───時は少し遡り、一一一の死後......
死体の前で腰を抜かし、震える凛。呼吸を忘れ、初めて目にした光景に全身が恐怖を覚える。
地面には消化しきれていないリンゴが、吐瀉物とともに広がっていた。
「あっ...ああ.........あぁ......」
数分後、警察が到着。話を聞こうとするが、凛はまともに会話ができる状態ではなかった。
その後......複数の警察官に囲まれ、重要参考人として署まで連行されることになり、黒いセダン、マークXにやたら強引に乗車させられた。
車内にて、凛は後部座席の中央に座り、二人の警察官が左右に座っていた。
(またポリかよ。俺達はそういう星の民なのか?しかし、これじゃまるで犯罪者だよな。凛、少しは落ち着いたか?)
──こんな状況で落ち着けるわけないじゃないか......
凛の心は焦燥に満ちているが、助手席でくつろぐジンは妙に落ち着いていた。
車内は緊迫し、一言も交わされず......無線のやり取りだけが遠くに聞こえる。
窓の外をぼんやりと眺める凛。......賑わう夜の街を見つめていた。
同世代の人々が楽しそうに騒ぐ様子に、胸が締め付けられるようだった。大学病院で起きた一一一の死......そのことはこの街の誰も知らない。
それを目の当たりにした自分と、それを知らない者との世界の距離を痛感する......
──......一さん。あなたは...あの時僕に何を伝えたかったんですか?...あの時どうして死んでしまったんですか......僕にはできなかった...何度も...何度も......わからない...何もわからない。
(なぁ凛、考えすぎるのも体に毒だぞ?どうせ後で嫌でも吐かされるんだ......リラックスしとけよ)
膝の上に乗った拳が硬く握られる。
──人が一人死んでっ、何がリラックスだ......!そんなこと...できるわけないじゃないかっ!
再びあの悍ましい光景が蘇り、必死に口元を抑えるが抵抗も虚しく嘔吐してしまった。
(吐くなよ......)
慌てふためく警察を横目に、ため息をこぼすジン。......彼もまた窓から外の景色を眺めていた。
(...ったく、とんだ寄り道だな......)
──なぁ、おっさん。あんたはクロヒガって放火魔を追ってたんだろ?また現れたのに、なんで諦めたんだ...?大事なこと何も言わずに死にやがって。これじゃ何もわからねぇ......馬鹿野郎が。
『当たり前のように側にいた大切な存在。当たり前だから気づけずにいた。それが当たり前じゃないことにな。俺は選択を間違えた...取り返しのつかない選択をしてしまったんだ。雨宮の倅......人はいつ会えなくなるのか分からない。お前は、俺のようにはなるなよ。死ぬ時は...後悔のないように死ぬんだぞ?』
──おっさんにとって大切な存在ってなんだ。俺にとって大切な存在って...なんなんだ......?あぁぁあ、紙吸いてぇえ......
考え込む数秒後......遠くで小さな爆発音が何度も聞こえた。
「花火か?」と運転する警察官が口にするが、この研究学園都市に集まった人々は皆、一方向を見つめていた。
ジンも窓の外を覗き込むが、不意に黒い花が窓を滑り落ちる。
(黒い...彼岸花...?)
彼岸花は中心へと折り畳めれ、蕾へと還る。丸みを帯びたと思いきやパンパンに膨れ上がると、紅の光を放ちながら弾けた。
......視界は一瞬にして暗闇に包まれた。
───しばらく後......
水滴がぽたぽたと地面に落ちる音が聞こえる。
どれほど眠っていたのか……ガソリンの匂いが鼻を突く。
「ぁぁ...くそっ......痛ぇ...な......っておい...いつ入れ...替わったんだ...?」
凛の意識が完全に無い......権限がいつの間にかジンに渡っている。
下腹部に巻き付いたシートベルトが苦しい。...頭に血が昇るのを感じる。自身の腕が、意思とは無関係に天井に伸びていた。
意識がはっきりすると、自分が横転した車内にいることを理解した。車内は歪み、両サイドにいた警察官もいなければ、ドアも無い。放り出されたのだろう。
「シートベルトぐらい付けとけ...馬鹿が......って、うぉおっ!?」
ルームミラーに映る運転席の警察官の顔には無数のガラス片が刺さり、血が天井に滴っていた。顔の原型はほとんどなく、既に息を引き取っていた。
──ビビらせんな...グロすぎるんだよ......凛が見たらまた吐くだろうが......
腹のシートベルトを外し、匍匐で車外へ這い出る。
周囲は暗いが、月の光がわずかに照らしている。資料やデスクが散乱し、倒壊した外壁も見える。
「ここは......オフィスなのか...?」
背後の外壁は大きく破壊されており、マークXが何らかの理由で突っ込んだことは明らかだった。
「赤毛と眼鏡のフォード・アングリアかよ......って、なんだ...?空が赤く...なっていく...?」
暗かったはずの夜空が朱色に染まり、夕暮れ時のような景色へと変わっていく。いや、もっと赤黒い......
倒壊した外壁に近づくにつれ、焼け焦げた臭いと血生臭さが鼻を刺す。
「......んだよ...これ。現実なんだよな...?けどこれじゃまるで......」
広がるのは、地獄の光景。火の海などという言葉では表せない。まるで生きているかのように感じさせる赤黒く蠢く大地。両断されたビルの跡、逃げ惑う人影のような黒い像が無数に立ち並び、かつての研究学園都市は廃墟......いや、墓場と化していた。
──俺が眠っている間に何があったんだ...?美咲は...?ここからそう遠くない。無事なんだろうな......
呆然と立ち尽くすその背後に、気配が忍び寄る。
振り返らずとも背後に誰かがいることはわかっていた。
殺意が自分に向けられているような気がする......のではなく、確かに感じるのだ。
全身が震え、鳥肌が立ち、心臓が激しく鼓動を打つ。
額の汗が地に落ちる頃、その距離は限りなくゼロに近づいていた。
「....................................死ね」
──死ぬっ!!!!
振り返る頃には黒く焼け焦げた指が喉元にめり込んでいた。
「クハッ...!?」
ここで命が尽きる............──だが、ジンの首には指の第一関節も入らず、寸前で切断されていた。
その場から距離をとる包帯姿の者。大きく息を吸い、長く吐いた。
「はぁ......いい加減諦めなよ......」
腰を抜かしその場で尻餅をつくジン。
目の前には黒装束の女。手に持つのは狼の装飾が際立つ片刃のブロードソード。
その剣には血が付着していた。
「間にっ...あった......」
腰まで伸びた黒髪に、銀の鷹を模した面が鼻上を隠していた。右目は剥き出しで、破損している。
既に疲弊しているのか、羽織っているローブはボロボロだ。
荒い息をつき、体勢を保てずにふらつくが、蒼く輝く瞳には消えていない闘志が宿っていた。
──コイツら...なんなんだよ.........っ!? あの包帯野郎...あの時会った焼死体なのか...?
全身を覆っていたであろう包帯は所々焼けこげており、焼け爛れた腕や脚が露わになっている。
そして......再び目にしたあの瞳。不気味に輝き、憎悪に燃える紅の瞳。見るだけで身の毛がよだつ......
「あの時...お前を殺していれば......”彼”は死なずに済んだ。再び同じ過ちは繰り返させない。」
ゆっくりと矛先をクロヒガに向け、戦闘体制をとった。
「終わらせる... クロヒガ...!」
「終わらせよう... ”ハクロウ”...!」
第六話を投稿する二日前...友人から教えて頂いたのですが、なにやらこのサイトのランキング(?)に載っていたそうです。「289位」それが良いのか、悪いのかわかりませんが、これをきっかけに私の作品に目を通す方が増えれば幸いです。.........あ、投稿頻度遅すぎてもう無いや。




