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その73 顔ダニに関する雑学


 いきなりですけど、ちょっと気持ち悪い雑学をお教えしましょう。


 人間の顔。顔をどんどん拡大してよ〜く見ると、たくさん毛穴が空いてますよね?


 まぁ当たり前ですよ。人間の皮膚はどこも毛穴だらけ。毛穴のない部分なんてありません。


 でも顔の皮膚の毛穴はちょっと特別でしてね。


 寄生虫がいるんですよ。


 顔ダニってやつです。


 ええ、ダニです。肉眼でみるのはちょっと難しいですけどね。こう、半透明のほそーい体してまして。角栓にそっくりですよ。


 そいつらは顔の毛穴の奥に住みついて、顔の脂とか食べてるんですよ。


 それでですね。普段は毛穴の奥深くに潜んだり、毛穴から体を半分だけ出してるようなそいつらがさ。


 いつ交尾するか知ってます?


 正解は、私たち人間が寝てるあいだにですね………。


 まぶたの上で交尾するんですって。


 びっくりですよね? 私たちがお布団ですやすや寝てるあいだ、まぶたの上ではダニがセックスしてるんですよ。


 なかなかゾッとしない話ですよねぇ………。


 ………


 ………


 ………


 …………あ、そうですね。そろそろ話に入りましょうか。


 あのー、ほら、今老若男女、誰でもスマホに夢中な時代じゃないですか。


 電車に乗ったらほぼ全員が目の前の小さな液晶に夢中で、空いてる電車ならともかく、満員電車で他人の体にスマホがぶつかろうが気にせず使い続けるほどに。


 私そういう人ホント嫌いで、かなり腹立つほうなんですけど………まぁそれは余計な話で。


 それでですね、そうしてスマホいじってる人の半分くらいが身につけているものがありまして。


 イヤホンですよ。大抵はワイヤレスイヤホンですね。ふたつひと組の白いカナル型。しまうときは専用の小さなケースに入れて充電するやつ。


 ちょっとこの話の大事なとこなんで具体的にイメージしてほしいんですけど、アレですよ。もう具体的に言っちゃうとapple社のアレ。iPhoneのアクセサリーとして出てるようなやつです。


 こう……なんていうか、発芽した豆? みたいに丸っこい音の出る部分から、ちょろ〜っと長い部分が伸びてるかたちのやつ。


 イメージつきました?


 ああいうのって、何聞いてんですかね? 音楽? ラジオ? バカ製造機の違法ショート動画?


 まぁどうでもいいですけど。人混みという不快な状況で、少しでも周囲の状況から意識を遠ざけたい、自分の意識のなかに引きこもりたい、そういう心理がそういった周囲の情報を遮断するものを身に着けさせるんでしょうかね?


 と、まぁそういうややこしい話は学者さんに譲りまして………。


 夏のある日のことでした。


 その前日、私は大学時代の仲間と数年ぶりに再会しましてね。仲のいい相手だったからすっかり話が盛り上がりまして。お互い、翌日休みだったから久々にハメを外してしまったといいますか。


 まぁ、早い話が朝までずっと呑んでたんですよ。


 それで始発が出るちょっと前くらいの時間に解散して、私はひとりで、自宅方面の電車に乗るために駅に向かっていたんですね。


 その途中、地下通路を通りました。地下鉄だったんでね。


 細長く、ひと通りのない長い地下通路です。もちろん明かりはついてましたよ。早朝の独特な空気が漂うその道を、私は昨晩の余韻に浸りながらいい気分で歩いていたわけです。


 で、その半ばあたりで見かけたんです。


 ひとりの女性でした。若い女性……薄着で、ほとんど下着みたいな丈の服を着た派手な女の人でした。そんな女性が、地下通路の壁にもたれかかって、床に座りこみ、ぐったりとうなだれているんです。長い黒髪が項垂れた頭からまっすぐに床に落ち、顔は完全に隠れていました。


 最初遠目に見たときは私と同じ酔っ払いかと思いましたが………その前を通りがかったとき、いや、なんかおかしいぞと。


 なんていうか、ピクリとも動かないんですよね、その人。呼吸すらしていないように見えたんです。


 それで私、なんだかすごく嫌な予感がしまして。つい声をかけたんです。


 "もし、お姉さん、大丈夫ですか?"と……………。


 でも返事はありませんでした。それで私、ますます嫌な予感に、その人の前にしゃがみこみました。


 そうして気づいたんですが………


 その女性、イヤホンをしていました。白いワイヤレスイヤホンを………。


 それを見た私、"ああ、なんだ。これのせいで聞こえなかったのかな"とちょっとだけ安堵して………。


 声を聞いてもらうために、そのイヤホンを外してみることにしたんです。


 ワイヤレスイヤホンの、外側に飛び出ている部分を指先でつまんで


 ひっぱったら


 『ずるずるずるずる』と抜けて………。


 ………そのイヤホンの、耳の穴に当たる部分から、何か気持ちの悪いものが生えていました。


 それは鮮やかなピンク色をして、粘液にまみれていました。ミミズの体表のようでもあり、貝類の水管が長く伸びたもののようにも見えました。


 細長い、触手でした。


 その触手は明らかに女性の耳の奥深くまで入りこんでいたんです。ワイヤレスイヤホンから伸びた長い触手が………耳の奥底に………あきらかに5センチ以上はありました………。


 私、びっくりして叫びました。それでとっさにそのイヤホン……『イヤホンのような生き物』を床に放り投げたんです。


 その『イヤホン』は自分が引き抜かれたことに気がつくと、さっと触手を自分の白い体のなかに縮めてしまいこみました……まるで巻き貝が殻のなかに引きこもるときのように………もうすっかり、見た目は普通のワイヤレスイヤホンです。


 私は激しく恐怖しながら、ちらと横目で女性を見ました。すると項垂れたままの彼女の顔の表面……額の上に、何か白いものがくっついているのが見えました。


 ワイヤレスイヤホンです。ワイヤレスイヤホンのもう片方が、まるでナメクジが壁を這うように、彼女の額の上を這いずり回っているのです………粘液のあとがてらてらと光を反射していました…………。


 私はまた悲鳴をあげ、立ち上がると、全速力で逃げ出しました。地下通路を抜け、駅に入り、家まで全力で走りました………


 ………それが、あのイヤホンのような生き物を見た、最初で最後の日です。


 それ以来、あんな生き物は見たことがありません……もしかしたら酔っ払ったはてに見た夢だったのかもしれません………


 でも、それでも。


 満員電車のなか、無数の人々があのワイヤレスイヤホンを耳にはめているのをみるたび………


 ………あの生き物がどこかにいるのかもしれないと………そう思うのです。


 ………


 ………


 ………ところで。


 イヤホンって、2つでひと組じゃないですか。


 あの生き物も、2匹でひと組で行動してると思うんですよ。実際、私が見たときも2匹目がいましたし………


 それでですよ。私、どうしてもあの生き物がどういった生き物なのか、ふとした拍子に考えこんでしまうのですが………


 生き物がペアになるときって、たいがいは交尾の相手と一緒のときですよね。虫だって、人間だってそうですよね。


 ということは、あの『イヤホン』たちも、やっぱりそうなんじゃないかと思うんですよ。


 あの『イヤホン』も交尾してるんです。セックスしてるんです。きっと、生態から考えて………


 私たちの気づかないあいだに


 私たちの顔のすぐそばで。頬の上で。額の上で………


 粘液にまみれた触手を絡めて………


 繁殖してるに違いないんです。


 ………えっ? "いくらなんでもそれはない"ですって?


 でもあなた


 顔ダニがまぶたの上でセックスしてても、気づかないですよね?

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