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シーラを助けに

 リアルの世界では、午前8時30分。

 サイモンの世界では、じりじりと日射しが熱くなってくる頃。


 オーレンの料理店を手伝っていたサイモンは、昼までに食材を確保するため森に狩りに出かけた。

 手に入れたいのは、グレートボアの肉に、アイアンコッコの卵、ヒカリシソの葉、ベトベトの実。


 どれもヘカタン村で日常的に食べられる食材ばかりだ。

 栄養バランスの良い食事をすると、レベルが上がるときにステータスが跳ね上がりやすいと軍で教わったが、まさにそういう効果があるという噂だった。


 オーレンは冒険者ギルドに登録する際、『狩人ハンター』のジョブになっていたので、これらの食材を自分で手に入れて、料理にして売っていたらしい。

 すると、冒険者のみなに大変好評だったということで、お店を開くようになったそうだ。


 だが、オーレンは大量のアイテムを持ち運ぶことができないし、素材の解体にも時間がかかる。


 ブルーアイコンの冒険者なら、メニューのアイテムリストに収納すれば一瞬で素材に解体してくれるので、店が軌道に乗ってくれば、彼らにクエストを出すことになるだろう。


 今のサイモンにそれはできないが、そこはクレアに手伝ってもらえばよかった。


「よし、とどめを刺してくれ、クレア!」


「ちょ、ちょっと待って……! わたし戦闘苦手だし……!」


 新たな課金アイテム【狩人の笛】を装備したクレアは、サイモンが次々と倒していくモンスターに駆け寄っては、とどめを刺してドロップアイテムを手に入れていく。


 ドロップアイテムを倍ほど手に入れる狩人スキル【狩猟獣神アルテミスの矢】を駆使することで、欲しいアイテムをどしどし量産していった。


「ひぃ~! ダーリン、ペースが早すぎるぅ~! というかめちゃくちゃアイテムたまるぅ~! 課金癖になっちゃう~!」


「その調子でたのむ。俺も回収を手伝うか?」


「ダメダメ、なんか私たちのこと見てるプレイヤーがいるみたいだから、ダーリンはやらない方がいいよ!」


 珍しい行動をするサイモンたちを、遠巻きに見ているプレイヤーたちがいた。

 サイモンがヘカタン村を出てからずっと尾行しているのだ。


 どうやら『ドラゴン』がヘカタン村に現れたというヒントから、その正体を探ろうとしているらしい。


 サイモンのようなNPCがブルーアイコンに依頼を出すことは珍しいことではないので、クレアに狩りを手伝ってもらっている事そのものは問題ないはずだが。


「ふむ……ちょっと身動きが取りづらくなってきたな」


***


 一方その頃。

 冒険者ギルドのカウンターで、受付嬢はにこにこと受付をしていた。


「よう、体調はもう治ったのかい」


「おかげさまで。ポーションありがとうございます」


「いいってことよ!」


(捨てましたけど)


 いつも冒険者でごった返しているギルドに、人の数は少なかった。

 ブルーアイコンの冒険者たちはいまごろ、彼女の出したクエストのお陰でヘカタン村に殺到していることだろう。


「ふふふ、さて、そろそろ来ますかねぇ」


 受付嬢メイシーは、にたり、と笑みに若干の邪悪さをにじませた。


 ヘカタン村の門番であるサイモンは、おそらく彼女と同じ時間遡行者タイムリーパーだ。

 ならば『ドラゴン』討伐のクエストが出されたのも受付嬢の仕業であると、すぐに察知するはず。


 こちらがその気になれば、サイモンを消滅させることなどいつでもできる、という事にも気づくだろう。


 サイモンに出来ることは、クエストの取り下げを求めて、冒険者ギルドにやってくることだけだ。

 寛大なギルドマスターが話し合いの席を設けたい、と言っているので、その結果次第では取り下げてやらなくもないだろう。


 なにか事を起こすのに、今までにない新しい動きを始めるのでは三流だ。

 いつもの行動を若干変えるだけで、状況を思う方向に誘導する、そんな都合のいいルーティンをあらかじめ構築しておく、それが彼女のような一流の暗殺者のやり方だ。


「……遅いわね」


 壁に設置された時計(大陸から輸入された高級品。この土地では珍しい)を見ると、ちょうどお昼になろうとしている。

 魔の山から来る乗り合い馬車は、とっくに港町まで到達している時刻だった。


「あら、本当に遅いわね。来ないつもりかしら」


 受付嬢は、焦った。

 このままサイモンが来なければ、ギルドマスターに叱られてしまう。


 サイモンはその頃、ヘカタン料理店の手伝いに忙しかったのだが、この受付嬢にそんな村の事情がわかるはずもなかったのだった。


***


 リアルの時刻は、午前8時40分。

 サイモンの世界では、ちょうどお昼。

 オーレンの店は無事に再開された。


「オーレン、オムソバ(ソースを絡めたヤキソバをふわふわの卵で包んだやつ。手ごろに炭水化物を取りたい人におすすめ。体力上昇(大)、空腹予防、各30分。)が無くなってるぞ」


「まってて、今作るよ!」


 なくなる端から、料理をどんどん作っていくオーレン。

 厨房は常に火が焚かれていて、熱気がすさまじく、オーレンも汗だくになっていた。

 けれどもサイモンが今まで見たことがないほど、とても楽しそうにしている。


 カウンターには、サイモンの隣にクレアが立って、「ひーん、私なんでゲームでも仕事してるのー」と泣き言を言いながら客を見事にさばいていった。


「いらっしゃいませー! ヘカタン料理お待たせしました、熱いのでお気をつけくださいー! いらっしゃいませー!」


 おじぎの度にフードのネコミミをぴょこぴょこ揺らしているが、どうやらリアルでは本職らしい。


「いい、接客はスピードよりも正確さ、どんなに待たせても失敗するよりベターだから、気にしないことよ」


「お、おう」


 さらに客足がまばらになってきたタイミングで、的確に指示を出した。


「ダーリン、先に休憩に入っちゃって」


「うむ、わかった」


「ねぇ、なんでダーリンって呼ぶの?」


「あら、お子様店長には分からないかもねぇ。分からないよねぇ。にゅふふ」


「はっ、まさかライバルの出現か……姉ちゃんがんばれ」


 オーレンがクレアの存在を不審に思っている一方、サイモンは噂のヘカタン料理の包みを手に、さっそくどこかで食べようと座席に腰かけた。


 すると、なにやらフードを目深にかぶった怪しげな客が、ひそひそと会話をしているのが耳に入った。


「知っているか、『ドラゴン』の討伐依頼が出たって噂を」


「ああ、冒険者ギルドが直々に出したらしいな。しかし、この平和な村の一体どこに潜んでいるんだ?」


「うまく人に化けているんだろうが、これだけの冒険者に囲まれていれば、姿も見せられんだろう」


「可哀そうに。こうなったら、ギルドマスターにあって許しを請うしかないだろうな」


 あからさまに、次の目的地へサイモンを誘導するヒントであった。

 NPCの文言にヒントをちりばめるのは、ギルドが冒険者たちを誘導する常套手段である。


 だが、それよりもサイモンが気になったのは、ヘカタン料理の中身であった。


 サイモンは座席に腰かけ、笹の葉っぱの包みを開いた。

 ほかほかの出来立て料理の湯気が立ち昇ってきて、サイモンは思わずごくりと喉をならした。


「ふむ、これがヘカタン料理か」


【ヘカタン風卵とじ】製作者:オーレン 小ぶりなグレートボアの肉をヒカリシソの葉でくるみ、アイアンコッコの卵で卵とじにした料理。醤油味のベトベトの実のソースが隠し味になって、一度食べると止まらなくなる。ラック上昇(大)。レベルアップ時ボーナス攻撃力、防御力、素早さ各+1.5(端数切り捨て)。


 もはや当たり前のようにラック上昇(大)がついているだけでなく、レベルアップ時ボーナスなる新たな効果までついていて、能力値の大幅な上昇を保証してくれていた。


 1回につき上限は+15までだが、余剰分は次回のレベルアップに持ち越せるステータス上昇の追加ポイントらしい。

 初心者ほどレベルアップが頻繁に起こるため、その効果の恩恵は大きい。


 ジャックポットの解放といい、リリース半年の節目に、非常に分かりやすい初心者救済措置を放出しはじめていた。


「ふむ、うまい。なんて旨さだ。俺が冒険者だったら、迷いなくパーティを組んでいたのに」


 冒険者にしようと誘ったらしい、シーラの気持ちも分かる。

 だが、オーレンはこうして料理人の道を選んでくれた。

 あとは、どうにか2人が折り合いをつけてくれればいいのだが。


「すみませーん、ヘカタン料理10個くださーい」


「はーい、350ヘカタールになりまーす。袋何枚おつけしますかー? ……あああー!」


 クレアの列に並んだブルーアイコンの冒険者の顔を見て、彼女は大声をあげていた。

 対するブルーアイコンの冒険者の方も、クレアの顔を見て声を上げる。


「あああーっ! まさかあんたは……アスレ関連の動画でバズり散らかしている、噂の『異世界ディスカバリーチャンネル:クレア』氏……!」


「あ、あんたは……シーラちゃんに銀の剣を渡して特性リゾットを手に入れた、今話題の『通りすがりのカメラボーイ』!」


 どうやら、クレアの顔なじみが店にやってきたらしい。

 非戦闘型職業である『撮影者フィールド・ジャーナリスト』の2人は、ばちばちと目から火花を散らしていた。

 クレアは、休憩中のサイモンに呼びかけた。


「お願い、ダーリン。私、ちょっとこの通りすがりのカメラボーイと話があるの。交代して」


「お、おう」


 クレアはサイモンと入れ替わりに店から出てゆき、カメラボーイの冒険者となにやら交渉をしていた。

 店番をしながら様子を見ていると、お互いにメニュー板を何枚か取り出し、いま編集中の動画などを見せあって、うぎゃー、ぐわー、と声を上げている。


 どんなにカメラボーイが幸運だろうと、独占取材が許可されて、サイモンと連携までしているクレアほどの映像は撮れないだろう。

 だが、カメラボーイのもたらした情報は、想像以上だったようだ。


「えーっ! 騎士団長アスレとシーラちゃんが!? こんな事になってんの!?」


「いままで封印してきた恋愛イベントが雪だるま式に発生しているんだ、シーラファンとしては絶対に阻止しないといけない! 手当たり次第に探しているのに、どこにもいないんだ! この村にはいないのか!?」


「いたら、私はこんな所で仕事してないわよ! アスレファンとしても絶対阻止しないと!」


 クレアは騎士団長アスレに助けられたのがよほど嬉しかったのか、いつの間にか公式ファンになっていた。


 しばらく交渉しあってから、カメラボーイとクレアは店に戻って来た。

 店番リーダーのクレアは、びっとカメラボーイを親指でしめした。


「ダーリン、ちょっとこの子と店番をかわってあげて」


「お、お願いします!」


 カメラボーイの冒険者は深々と頭を下げた。礼儀の正しい子だった。

 一体どんな交渉が行われたのかはわからないが、サイモンの代わりに働いてくれるらしい。


「どうしたんだ、クレア。何をそんなに慌てているんだ?」


「騎士団長アスレとシーラちゃんの恋愛イベントが進んでるの……両者のファンが力を合わせて封印した魔物が、いま復活しようとしている……」


 字面だけ見ると大変なことが起こっているみたいだが、ようは2人が設定どおりの恋人関係になろうとしているのが許せないから、全力で阻止したいだけの祭りである。


 クレアは【血濡れのスカーフ】を首に巻き付け、『暗殺者アサシン』にジョブを切り替えると、すぐにヘカタン村を発つ準備をした。


「行こう、ダーリン。シーラちゃんを助けないと」


 なんの気負いもない言葉だったが、サイモンは、不思議とその言葉に勇気づけられた気がしたのだった。

 サイモンはすぐに店を発つ準備をしながら、不安そうなオーレンに呼び掛けた。


「オーレン、行ってくるよ。ようやく分かった。俺はシーラのいる村を守りたいんだ」


 オーレンは、たちまち笑顔になって、何度も頷いた。


「いってらっしゃい、サイモン」

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