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シーラとギルドの受付嬢

「そ、そんな、メイシーさん……」


 ごうごうと炎の燃え盛る崖を背に、受付嬢はシーラへと歩み寄っていった。

 その冷酷な眼差しはもはや、いつもカウンターで見せる朗らかな彼女のものではない。


 シーラの銀の剣をもつ手から力が抜け、がしゃん、と地面に落としてしまった。


「ダメ……戦えない……」


 ぶんぶん、と首を横に振って、まるで非力な自分を嘆くように言った。


 受付嬢は、目を細めて、じっとシーラを見ていた。

 10年間。リアルの時間で言えば10カ月。

 彼女は誰よりも近くで、シーラの活躍を見て来た。


 最初にギルドに来たときは、依頼の出し方を教えてあげた。


 字が書けなかったので代筆してあげると、

 弟のために『トキの薬草』が欲しい、さっき乗ってきた馬車の馬が疲れていたみたいなのでニンジンをあげたい、剣が折れたので新しい剣が欲しい、にがい薬草じゃなくて砂糖をふんだんに使った薬草クッキーなるものが欲しい、カチカチでない柔らかいパンが欲しい、塩分控え目なスープが欲しい、さっき屋台で売っていた串焼きが欲しい、トイレに行きたい、と、どんどん横道にそれていったので、受付嬢が半分近く実費でクエストを完了させてやらなければならなかった。


 ギルドのルールで、余計な詮索はしなかった。何者かは分からないが、これは必要な先行投資だ。

 この子には天性の素質があると感じ、ギルドマスターに報告したのは彼女だ。


 なにが、とは一言では言い難い。

 ただ物怖じしない態度、足の運び、手を握ると磁石で吸い付いてくるような剣ダコ、姿勢、目の動き、視界の広さ、反射神経、人の動きを先読みする感性。

 あと数年もしたら、ここにいるどの冒険者よりも強くなると思った。


 そして最初の依頼を受けた日、血まみれでギルドに戻ってきたシーラの顔を拭きながら、やはり自分の考えは間違ってはいなかったのだと確信した。


 この子は勇者になる。自分はそれを全力で支えなければならない。


 シーラは、それからも依頼書を更新しに来ては、ギルドマスターに呼ばれて、選ばれし勇者にしか与えられないHランクの最難関クエストをこなしつづけた。


 しかも楽しそうにしていた。自宅の部屋に上がるような気軽さでギルドの階段を登っていくし、お使いに行くような気軽さで出て行って、戻ってくるとモンスターの倒しかたよりも枝毛の方が気になって受付嬢とたわいもない世間話をしたりしていた。


 二つ名がついたあたりから、ぱったりとギルドに来なくなってしまった。思春期の女の子は色々と複雑なのだ。それでもつい最近こっそり活動を再開し始めてくれて、受付嬢は心から安堵した。さっきは弟もギルドに連れてきて、時間の流れを感じた。


「何をためらっているのです。貴方は冒険者で、私はギルドの受付です。たったそれだけの関係だったではないですか」


 ためらっているのは、受付嬢の方だったかもしれない。

 受付嬢は、冒険者の適性を見抜く観察力に長けていた。

 シーラと言う女の子は、必要に迫られれば、ためらいなく人を殺せる。

 それがたとえ血を分けた家族だろうと。弟だろうと。

 最強の剣のアクセサリーとして肉体が存在するような女の子だ。

 そのシーラが、どうして自分に対して剣を取ることをためらうのか、彼女には理解できなかった。


「だって……メイシーさん、噂を聞いたのよ……実は、元Bランク冒険者なんでしょ? レベルも18くらいあるって聞いたわ」


 シーラは、ぐすぐす泣きながら言った。


「ぜったい無理。私なんかじゃ、勝てないよぅ……」


 シーラは、しおしおと泣きくずれた。

 ……可愛い。

 この期におよんで非力な女子アピールをするシーラに、受付嬢は混乱させられた。


 いったい、どこからそんな噂が流れたのかは知らない。

 泣きじゃくるシーラを見ながら、ちょっと冷静さを欠いていた受付嬢は、状況を整理しようとつとめた。


「シーラ、あなたは自分がランクを持っていないからといって、Bランクに勝てないとでも思っているの?」


「だって私、CDEFGランクのクエストやったことないんだもん。Bランクに勝てるわけないよぅ」


「Gランクがそもそもないのよ。それを待っていたら永久にランクアップできないわよ。あと、レベル18って冒険者の中じゃ大したことないわ、あなた教会でレベル調べてもらわなかったの?」


「だって私、レベル見たことないし」


「……」


 レベルを見たことがない?

 受付嬢は、シーラの不思議な言動にしばらく頭を悩ませていた。

 ありえない。

 10年間、トップクラスの冒険者として君臨しつづけていて、他の冒険者との実力差すらわからない、などと言う事が、果たしてありえるのだろうか。


 いくらギルドマスターが「初心者向けのFランクよりもランクが低いクエストだから、報償金もそのぶん控え目だよ」などと言って賞金をごっそり騙し取ろうとしていたとはいえ、いいかげん気づいていてもいいはずである。


 そして自分のレベルを見たことがないとは、一体どういう事だろう。

 そんなことがありうるのだろうか。


 受付嬢は、あるひとつの結論に至った。


「シーラ……あなたひょっとして……『自分が弱いと思い込みたい』のね……?」


 そう考えた瞬間、受付嬢の中で、すべての謎が解けた。

 ……可愛い。

 あまりにも強すぎるシーラという少女にとって、それはどうしても必要なことだったのだ。


 子どものようにめそめそ泣いているシーラを見て、不覚にも抱きしめてしまいたくなった。


 なんという愛らしい生き物だろう。

 あろうことか、ムチを持つ手に力が入らない。

 だが、受付嬢は思いとどまった。


 冒険者の適性を見抜き、適切なアドバイスをするのが彼女の責務だ。

 彼女の勘が言っているのだ、この子はこんなところでくすぶっていてはならない逸材なのだ。


 受付嬢は、ムチを引っ張り、ばしん、と音を立てた。


「立ちなさい、シーラ」


 受付嬢がムチをふるうと、古木の枝がへし折れ、摩擦で火を噴いた。

 シーラは怯えて、立ち方も忘れてしまったかのように震えている。


「冒険者ランクがどうしました、貴方は勇者です。勇気が無いものを勇者とは呼べません。こんな致命的な弱点を抱えたままでは、いずれ誰かに足元をすくわれてしまう」


 Bランクの肩書きをちらつかせるだけで怯えて戦闘不能になる勇者など、受付嬢が現役だったらやりたい放題していたところだ。

 今すぐにでも矯正しなければならない。


 受付嬢がシーラの背中に目掛けて、ムチを大きく振りかぶると、地面に倒れていた騎士団長アスレが吠えた。


「やめろぉぉぉぉ! うおぉぉぉ!」


 騎士団長アスレは、全身に血をしたたらせながら立ち上がり、受付嬢に向かって体当たりしていった。

 受付嬢は、くるりと身をひるがえすと、その勢いを乗せたムチの一撃で騎士団長アスレの手を薙ぎ払い、骨もろとも粉みじんに吹き飛ばした。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ゴキブリのようにしぶとい男ですね」


 通常、このゲームにおける攻撃で体が欠ける、というような事は起こりえない。

 装備が耐久値を超えて破壊される、ということはあるが、アバターそのものを破壊することは不可能なのだ。


 だが、受付嬢のムチは軽々と騎士団長アスレの手を破壊し、鉄入りのブーツは地面にうずくまった彼の背中をぐりぐりと踏みにじっている。


「な、なんだ……これは『宮選暗殺者インペリアル・アサシン』の能力か……!」


「あら、ご明察。鋭すぎて嫌になりそう。すぐに忘れてもらいますね」


 あまりに凄惨な状況に、茂みからカメラを回していたクレアは、震えながら声をあげた。


「うぅ~! はやく! はやく来てサイモン! こんなの私の配信向けじゃないよぅ! 謎のSM嬢が場を支配しててヤバい!」


 SNSに打ち込もうとしたその瞬間、受付嬢のムチが方向をかえて振るわれ、クレアの手の中のカメラが弾けるように打ち抜かれた。


「きゃあああ!」


 ウィップスキル第2階梯、【アームパージ】が発動する。


 相手が装備しているアイテムを強制的に装備解除し、さらに遠くに弾き飛ばすスキルだ。


 受付嬢の眼は、赤い光を放ってクレアをとらえている。

 どうやら暗殺者アサシンスキル【フクロウの眼】も使えるらしい。


 クレアの潜伏が見破られていた。

 いまのクレアは、ボス部屋に迷い込んだ場違いな子猫状態だった。


「ブルーアイコンの冒険者がいましたか……これは厄介ですね……殺しても『記憶を失ってくれない』でしょう」


「ひ、ひぃぃぃぃっ!」


 クレアは、迫りくる受付嬢を前にして、すでに逃げるのすら諦めていた。

 ろくにレベルもあげていないクレアの体力など、一撃であっという間に消し飛んでしまうだろう。

 無の境地で敵の攻撃をただぼーっと受ける『諦め状態(はやくリスタートしたいプレイヤーが良くやるぼったち状態)』に入っていると、騎士団長アスレが声を上げた。


「まて、貴様の相手はこの俺だぁぁぁぁ!」


 騎士団長アスレは、片手を失いながらも果敢にも魔剣を抱え、受付嬢に向かって突進していった。


「き、騎士団長ーッ! あ、ちょっとカッコいいかも!」


 ちょっと騎士団長の事が好きになりかけたクレアだった。

 さすがファンクラブが結成されるだけのことはある。

 非情な男だが、ときどきこういう熱い一面も見せてくれるのが人気の理由だった。


 だが、受付嬢はまったく関心など示さない様子だった。

 頭上でびゅるんびゅるん、とムチを振り回すと、騎士団長アスレの方を見ずに両足を吹き飛ばし、地面に這いつくばらせた。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「騎士団長ーッ!」


「はぁ、貴方はそろそろ殴り飽きました。そこで寝てなさい」


「……やめなさい」


 声がした方を見ると、シーラは鞘を投げ捨てて抜き身の剣を持ち、立ち上がっていた。

 手足はまだ震えているが、その瞳には先ほどはなかった闘志が宿っている。


 受付嬢は、静かに微笑み、勇者の再来を喜んだ。


「ようやくスイッチが入りましたか」

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