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騎士団長の恋人

 ヘカタン村に急遽集まった小部隊の間に、緊迫した空気が流れていた。


「その剣をどけろ、シーラ隊長」


「そっちこそ」


 上級兵たちは、シーラを取り囲んではいるが、そこから一歩も動けなかった。

 純粋にシーラの剣気が凄まじく、指一本でも動かせば、踏んでしまった地雷をたちまち炸裂さくれつさせてしまう事を理解していたからだ。


 騎士団長アスレも、一度シーラに大敗を喫している以上、警戒しないわけがなかった。


 数の上でこちらが優勢とはいえ、シーラが持つ聖剣マスターソードスキルは未知数で、簡単に盤面をひっくり返されるような気さえしていた。


 お互いに剣の切っ先を突き付けたまま、動けない。そんな状態が続いていた。


 シーラは息を押し殺し、騎士団長アスレに詰め寄った。


「お願い、この薬草は見逃して」


 囁くような小声だったが、はっきりと通る声だった。


「ふっ、何をいまさら」


 騎士団長アスレは、素早く状況を解析した。


 シーラがまだ攻撃を躊躇しているのは、混戦になれば薬草を守り切れないと判断したからだろう。


 騎士団長アスレの声に、静かに怒りがこもっていった。


「シーラ隊長、まさかとは思うが……お前は気づいているのではないか、ここに『トキの薬草』が生えている理由に」


 シーラは、じとっと騎士団長アスレをにらむような目つきになり、そしてその目をそらし、あいまいにこくこくと頷いた。


「うん」素直だった。


 シーラは少し頬を赤く染めて、うわずった声で言った。


「ここに、村の門番がいるの……最強の門番が……私とは違って、ちゃんとした冒険者をやっていて……」


「なに、お前、ちゃんとした冒険者じゃなかったのか? はじめて聞いたぞ」


 シーラはこくり、と頷いた。

 これには周りの上級兵たちも驚いていた。


「ギルドマスターが直接送りこんで来たというから、Sランクぐらいの冒険者だと思っていたのに」


「私じゃ、Sランクの『ドラゴン』は倒せない。きっと彼が……ここで『ドラゴン』を毎晩退治しているんだと思うの」


 シーラの澄みきった瞳が、騎士団長アスレの眼差しと重なった。

 その目にウソ偽りなど、感じられない。

 じっさいに、あり得ないくらい大量の『トキの薬草』を目にしていた騎士団長アスレは、脂汗をだらだらと流し、恐怖におののいていた。


「なんて奴だ……」


『ドラゴン』から村を守り続ける男。

 そんな門番がいるなどと、聞いていない。

『覚醒状態』の『ドラゴン』と何十回と死闘を繰り広げなければ、これほど大量の『トキの薬草』は発生しないはずだ。


 この村に長年住んでいる者たちだからこそ、今は『ドラゴン』がいないと分かるのだが。

 平地ボーイの騎士団長アスレにとって、魔の山というのは、突然そのくらいの異変が起こっていてもおかしくない秘境だったのだ。


「ここにあるだけでは薬草が足りないというのなら、彼が10倍は見つけてくるわ。それなら足りそうじゃない?」


「10倍だって!?」


 パワハラ上司の資質があるシーラは、サイモンに無茶ぶりをしてこの場をおさめようとしていた。


「違う、そういう問題ではない。いくら薬草があろうと、関係ないのだ」


 だが、騎士団長アスレは、首を激しく横に振った。

 彼は並々ならぬ決意をひめ、血を吐くように言った。


「俺の母親も『混交竜血』だった……王都の避暑地が帝国による強襲を受けたとき、建物の崩落に巻き込まれ、半死半生のけがを負った上に、放たれたヘビに咬まれ、『混交竜血』の毒まで貰っていた……」


 騎士団長アスレは、悲し気に眉をひそめた。


「かろうじて意識を取り戻したが、片目を失明して半身が動かなくなっていた。俺と父親は血眼になって『トキの薬草』を捜したが、見つからなかった。想像を絶する地獄を味わったはずだが、彼女はなんと言ったと思う。『帝国兵士を恨まないで』と言ったんだ。

『彼らにも家族があり、生きるために戦っているのだから』と……俺の一族は、みな脱帽し、口々に彼女を『聖女』とほめたたえた。


 子ども心に寒かった。バカな、本当に心からそんな事を言ったと思うのか? 本当に言いたくて、そんな事を言ったと思うのか? ふざけるな! 俺を戦争に巻き込みたくなかったから物語を語ったに決まってるだろうが!


 俺が弱いからだ。俺が弱いから、あの場にいる誰一人として本心を語ることが出来なかったんだ。弱いから、ただ美しい物語を語ることしか出来なかったのだ。

 悪いのは帝国だ、悪いのは奴らだ。力がなければ、そんな当たり前のことさえ言うことが許されないのだ。

 俺は作らなければならない。誰もが悪を悪だと当たり前のように言える強い国を、悪が正しく駆逐される正しい国を。


 それに必要なのは薬草ではない。この国に薬草がいくらあっても、どうにもならないのだ、シーラ隊長……力がなければ、この国の未来を変えることはできない……。

 俺はこの国を強くしたい。だがそれは、王国としてだ。けっして帝国の真似をする事ではないのだ」


 騎士団長アスレの思いは、だが、シーラにはまっすぐ伝わらなかったようだった。

 シーラは口をひん曲げて、対抗するように言った。


「私の弟も、『混交竜血』にかかっていたわ。けれど、あるとき親切な冒険者が『トキの薬草』を見つけてくれて、病気から立ち直ったのよ」


 シーラは、その冒険者にお礼を言いたいと考えて、誰が手に入れたかを聞いてまわっていた。

 けれども、冒険者が素性を明かすのを拒否していると言われて、しぶしぶ引き下がったのだ。


 今なら、それがサイモンだったのだと分かる。

 遅すぎるくらいだ。

 世の中には、これほど多くの『トキの薬草』を必要としている人がいるのだから。


「今では弟も冒険者になって、『トキの薬草』を見つけて、自分と同じような病気に苦しむ人を救おうとしている……弟なら、この100倍は見つけてくるわ」


 崖の下を眺めたシーラは、ブラコンをこじらせて少々大げさに言っていた。


「ひゃ、100倍だと……!? バカな……!!」


 だが、騎士団長アスレにはまったく冗談が通じなかった。

 なにしろシーラのような超人の弟なのだ、おなじ超人に違いない。

 騎士団長アスレは、すっかりシーラのたわ言に翻弄されていた。


「『覚醒状態』の『ドラゴン』だぞ……いったい、何頭倒すつもりだ……ひょっとして、『ドラゴン』を地上から消そうとでもいうのか……?」


「その通りよ。ここの開拓民は、かつて魔の山の『ドラゴン』を絶滅させたの。今では一匹もいないわ」


「なんだと……」


 騎士団長アスレは、そのスケールの大きな話に圧倒されていた。

 上級兵たちは、不思議そうに顔を見合わせた。


 ついさっき、この村の門番が毎晩『ドラゴン』と戦っていると言った気がするのだが、あれは一体なんだったのか。


 だが、ここは魔の山なので、そんなこともあるだろう。

 多少の矛盾は、シーラの堂々とした物言いを聞いていれば、どうでもよくなってしまうのだった。


「あなたは、『竜騎士団』が嫌いなのでしょう? けれど、それが『トキの薬草』を量産する唯一の手段だと思っている」


「ああ、そうだとも……そうするしかないではないか」


「それは違うわ、あなたは『ドラゴン』と真正面から戦わずに逃げているだけにすぎない」


「ぐっ……!」


 騎士団長アスレは言い淀んだが、それは真実だった。


 騎士団長アスレは、いまだ『覚醒状態』の『ドラゴン』に立ち向かってはいない。

 それが『トキの薬草』を手に入れる手段のひとつだと分かっている。


 だが、それはほとんど不可能に近い手段なのだ。


 大勢の命を預かる立場にある彼にとって、それはただ被害を増やすだけの自殺行為だった。


 けれどもここにきて、その常識が、覆りつつあった。

 もしも、それを軽々と成し遂げる門番や狩人が、この魔の山にいるのだとすれば。

 それは王国にとって、万金に値する調査結果となるだろう。


「……シーラ隊長……もしも、俺に力を貸してくれるのなら、この『呪い』は……終わらせる事ができるのか?」


 誰もが願っていた、夢のような結末。

 口にするのも憚られるような、世界のことわりへの反逆だ。


「『覚醒』の夜を待ちながら、震えて眠らなくても、いいのか……誰かのために、血を捧げなくとも、いいのか……」


 彼は、魔の山のドラゴンスレイヤーを見くびっていた。


 本当に彼らが魔の山のドラゴンを絶滅させたのなら。

 次は、地上のすべてのドラゴンを絶滅させるまでだ。


 そうすればいずれ、『混交竜血』そのものが絶滅する。


「それがいつになるかは分からないけれど、あなたに戦う覚悟があるのなら、諦めずに『混交竜血』を治し続けるのよ。

 そうすれば、治った人から弟のように新たな冒険者が生まれて、『トキの薬草』を捜し続けてくれるわ。

 冒険者をサポートする商人が生まれて、街を作る村人が生まれて、命をつないだ人の営みが続く限り、『トキの薬草』はなくなったりしない。

 魔の山の『ドラゴン』は、そうして消えたのよ。私たちに、同じことが出来ないはずはないでしょう」


 シーラは、魔の山のドラゴンが消えた理由をそう解釈していた。

 果たして、サイモンの解釈とどちらが正しいのかは分からない。ひょっとすると、どちらも同時に起こった出来事なのかもしれない。


 騎士団長アスレは、彼に欠けていた物をシーラが持っていることに気づいた。

 それは他者への信頼だ。

 過剰すぎるほどの信頼。

 自分と同等か、それ以上の力を持ち合わせているという、圧倒的な信頼。


 それは決して正解ではない。

 得てして危うい道だ。

 現に、これから『竜騎士団』を結成しようとする勢力との衝突は、避けられないだろう。


 だが、なにも見えない暗闇の道を進んでいた騎士団長アスレにとって、ひとすじの光のように思われた。


「お前は、一体何者だ……」


「私はただのシーラ。ヘカタン村のシーラ」


「シーラ……君に求婚を申し込みたい」


「は?」


 シーラは宇宙ネコと一緒に騎士団長アスレをにらんでいた。

 騎士団長アスレは、シーラの足元にひざまずき、うやうやしくその手を取った。


「そして未来につなごう……僕達の意志を……」


 騎士団長アスレの求婚は、なにも急なことではなかった。

 じつは、設計当初のメインストーリーでは、シーラの恋人役として騎士団長アスレが設定されていたのだ。


 実行予定のプロットが、いまになってようやく起動したにすぎない。


 だが、実際はイベントを積み重ねていくうちに、この2人をくっつけさせまい、という両者のファンの妨害工作や、運営(GM)の強い意思が反映され、だんだんと2人の距離は離れていったらしい。


 やがて、ヘカタン村までたどり着いたクレアがカメラを回し始めた時には、騎士団長アスレはボコボコにされ、全裸になって、地べたに土下座させられていたのだった。


「ごめんなさい……もうしません……お許しください」


 シーラは、騎士団長アスレの頭をいまにも叩き割りそうな不機嫌な顔をしていた。


 どうやら騎士団長アスレは性懲りもなくシーラに勝負を挑んだらしかったが、やはりスキルの相性が悪すぎて返り討ちにあっていた。

 上級兵たちもその辺で伸びてぐったりしていた。


「あーん、見逃した! いったい何があったのよこれ~!」


 後で映像を見せられたサイモンも、いったい何があったのかと首をかしげていたが、だいたいサイモンのせいだったのは誰も知らないのだった。

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