運営(GM)とNPC
国王軍のキャンプ場に夜のしじまが訪れ、上級兵士たちがざわめき合っていた。
「団長が、なんてことだ……!」
騎士団長アスレをあっさり叩きのめしたシーラは、借りていた直剣を兵士に返すと、自分の銀の剣を拾って、しゅっと空の半月を指し示した。
「よし、じゃあ、行きましょうか」
「へ?」
「ん?」
「い、今から? どこへ?」
「行き先は、あなた達が知ってるんでしょ?」
どうやら、シーラはさっさとクエストを終わらせて帰るつもりらしい。
上級兵士たちは、うろたえていた。
大人数の軍隊を夜間に急に動かすなど無理な話である。
だが、シーラはさも当然といったように言った。
「私が勝ったら、貴方たちの軍に参加するっていう話だったでしょ?」
「確かに……」
こくこく、と兵士たちは頷いた。
「貴方たちのリーダーが私に負けたんだから、私の命令を聞くのは当然じゃない?」
「ぐっ……しまった、この娘、騎士団を乗っ取る気だ!」
「こんなパワハラ上司いやだ!」
野性的な考え方だったが、実際に、シーラは強いから手に負えない。
元リーダーの騎士団長アスレは、いまやシーラとの戦闘で意識を失い、救護の兵にずるずると引きずられるままになっていた。
「じゃ、お願い。この仕事今日中に終わらせたいの。ほら休んでないで、さっさと行くわよ」
ひとまずシーラは、群れのリーダーを追い払った新しいボスという立場になろうとしている。
さっそくブラックな指示が飛び出し、それに上級兵たちが反発しないわけがなかった。
「そんなバカな理屈が通るか!」
「この部隊の指揮官は別にいる。まずは、その指揮官殿にお伺いを立てるのが筋と言うものだろう!」
「いや、待て、待て。早まるな。頭の固い奴め」
怒りをあらわにする上級兵士と、それを制する上級兵士にわかれた。
シーラが、むーん? と眉をひそめている前で、上級兵たちはわいわいと談合を始めた。
「何を言ってるんだ? 指揮官殿に『私たちの団長さまが小娘にやられました』などと報告する気か?」
「この事態が知られれば、おそらく、指揮官どのはすぐに山から撤退するようご命令なさるだろう。
そして次は領主さまの知るところとなり、我々とは別の部隊が山に登ることになる……」
「なんたる屈辱だ……! これは騎士団全体の威信にかかわるぞ……!」
ごにょごにょ、と作戦を練り始める上級兵たち。
シーラは、むーん? と首をかしげて彼らを見守っていた。
「ねぇ、難しい事かんがえなくても、片っ端から私と勝負すればいいんじゃない? 負けた方が子分ということで」
「いえいえいえいえいえ!」
「すみません、もうちょっとだけ待って!」
上級兵たちは、そろって首を横に振った。
彼らは新たな上司のもとで、生き残るのに必死だった。
***
リアルの時刻は午前7時50分。
半月が空高く上る頃。
滝の傍の岩の上で、クレアとエルフはまるで自宅にいるかのようにくつろいでいた。
「ほいできた」
「きゃあー! 騎士団長アスレかっこいいー! タイトルロゴは『君もアスレしてみないか?』にしよう」
「なにそれ」
もともと相性がよかったのかもしれない、すぐに打ち解けてしまっている。
クレアがメニュー画面で動画に字幕をつけたり編集作業をしている横で、エルフが数本のデジタルペンを使ってなにやら凄まじい早さでサムネ用のイラストを仕上げていると、サイモンが森の中からやってきた。
「どうなってる?」
「あ、ダーリン来た。まだシーラちゃんの方に動きはないよー」
「そうか」
シーラが、騎士団長アスレを倒してしまってから、国王軍の動きはほぼ止まってしまった。
上級兵たちは歯向かうそぶりを見せないし、ひとまずシーラに危険はなさそうだ、ということで、サイモンはクレアに呼ばれたのだった。
この岩の上には、キャンプ場の出来事を見ていたブルーアイコンが一人、いるはずだったが。
「……貴方が、クレアのダーリン?」
じーっと、サイモンを見つめるエルフ。
金色の髪に、宝石のような青い瞳。
なにやらガッカリしたように眉を下げ、はぁー、と聞こえるようなため息をついた。
「……リアルの彼氏かと思ってた……ホワイトアイコンじゃない……」
「えーっ、カッコいいじゃない!」
「……造形も荒々しくて、まるでレトロゲーのポリゴンといい勝負だわ……美的センスのかけらもない、このどこがいいの?」
「んふ、実はさー、ダーリンにはすっごい秘密があってー……」
「おい、むやみにそれを人に話すな」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
涙目になって、ネコミミフードをぎゅっと押さえて縮こまるクレア。
おそらく、サイモンがもうすぐ『ドラゴン』になる事を言おうとしたのだろう。
サイモンがブルーアイコンに見られたくない様々な事は、協力を要請する段階ですでに伝えてあった。
よほどのおっちょこちょいでなければ忘れないだろうが。
それよりも問題は、相手が一体何者かだ。
場合によっては、秘密を打ち明けてもいい相手かもしれないが、その見極めは慎重にする必要がある。
エルフの頭上にはブルーアイコンが浮かんでいるが、長い両耳は他の冒険者とは違う。
「エルフだな……初めて見る」
「えーっ、ダーリンも初めて見るんだ」
「……うん……魔の山には、エルフがいない設定だから」
エルフが不思議な事を言った。
設定ということは、決まりごとがあるということか?
「エルフがこんな所で、何をやっていたんだ?」
「あ、アカシノさんは、普段からここで仕事してるんだって」
「普段から? ここで仕事を?」
「そう、仕事」
サイモンも滅多に近寄らない、盆地の滝の近くの岩の上。
ここに普段から【潜伏状態】でずっと隠れていたのだそうだ。
エルフは、仕事道具らしい数本のデジタルペンを束ねて、サイモンの方に向けた。
「……いまゲームの宣伝用イラスト描いてるの……そのうち、都内の至る所で見ることになるやつ……」
「都内……?」
サイモンは眉をひそめた。
ブルーアイコンの言葉に、分からない異世界の単語があるのはいつものことだが、エルフの口ぶりはどこか『異質』な感じがした。
「なあ……お前の仕事というのは、一体どういうものなんだ……?」
「あ、そーだ、そーだ!」
クレアは、エルフの肩をぐっと掴んで、よくぞ聞いてくれた、という風にうなずいた。
「この子、アカシノさんって言って、このゲームの主任キャラクターデザイナーなの! シーラちゃんの生みの親なんだって!」
サイモンは思わぬ事実を聞かされて、衝撃を受けた。
すぐに返事をしようとしたが、声がうわずってしまう。
「だ、だが、シーラは……いや、ひょっとしてハーフエルフか?」
「あははは、そういう意味じゃなくてー」
クレアは笑って訂正しようとしてくれたが、そのくらいサイモンも分かっている。
サイモンは、シーラの両親のことぐらいよく知っているのだ。
おそらく、シーラの両親も彼女の手によって産み落とされたとでも言うのだろう。
クレアの言いたい生みの親というのは……つまり『創造者』ということだ。
「そ、そうなのか? ううむ、よくわからんが……」
「えー、簡単よねー?」
サイモンは、とにかく何もよく分からないNPCの演技をした。
まずい、運営(GM)といきなり鉢合わせてしまった。
サイモンには、このゲームを管理する権限をもつ彼らにバレてはならない秘密がいくらでもある。
まさかリアルの世界の運営(GM)が、こんな風にゲームの世界で普通に生活しているものだとは、思いもよらなかった。
「つまり……この世界を作る仕事をしているというのか? どうしてこの世界で?」
「……やっぱり、どっぷり同じ世界にひたらないと……独特の『空気』みたいなのがこの世界にもあって……それがイラストで出せる気がするので……」
「さすがアカシノさん、深いわ~。天才って違うわ~。知り合いのシーラファンに自慢できるわ~」
「……いまさら適当に言ったって言ったら……怒る?……」
「適当だったんかい!」
キャラクターデザイナー。
魔法使いからサイモンも聞いたことがある。
3ヶ月に1回。月アプデの時。
このときは人間たちの企画会議によってストーリーが一から構成される。
プロデューサーが企画を立ち上げ、ストーリーライターが大まかな物語の軸を作り、それに沿ってキャラクターデザイナーがその物語に登場するキャラクターを造形する。
口調に、性格に、身長、体重、腕周りの太さ、服飾、イメージカラー、星座、血液型、瞳の色、歯の並び、朝の行動、昼の行動、夕方の行動、夜の行動、家族構成、友人、知り合い、信仰する神、好きな食べ物、嫌いなモンスター、過去、未来、そして現在。
それらの情報をAIに記憶させ、さらにVRグラフィックデザイナー、アニメーショントレーナー、ゲームデザイナー、ボイス・サウンドディレクター、大勢のクリエイターが一堂に会し、約3ヶ月、この世界で3年をかけてメインストーリーを一章だけ前進させる。
まるで気の遠くなるような神話の世界の営みだった。
目の前のエルフは、無数にいるそんな運営(GM)の一人だ。
サイモンは、ぶんぶん首を振った。
「……いや信じられん、そんな話があるわけがない」
「えぇー! どうしたのダーリン、さっきから様子が変……」
クレアは、はっと息をのんだ。
ようやく自分がヤバい事をしている事に気づいたらしい。
エルフと、サイモンの顔をきょろきょろ見比べて、冷や汗をだらだらかいていた。
「えとー、えーと……」
ようやく分かってくれたみたいだ。
サイモンは何度も言っているのだが、運営(GM)に自分のチートを知られたらもう終わりかもしれないのだ。
運営(GM)に直接引き合わせたら、まずいのに決まっている。
だが……おかげでサイモンの中にある野心が生まれた。
これは、彼の秘密を知ることができる、千載一遇のチャンスかもしれなかった。
「ひとつ教えてくれ……エルフ」
涙目のクレアをよそに、サイモンは質問を重ねた。
「俺を作ったのも、お前なのか?」
エルフは、ふるふる、と首を横に振った。
「……いいえ……貴方の製作に、私は関与していない……私はメインストーリーに絡むキャラクターの担当だから……」
だが、彼女は知っているはずだった。
サイモンを作った人物のことを。
その人物なら、恐らくすべてを知っている。
どうして自分はブルーアイコンのように記憶を持つのか。
どうしてブルーアイコンのようにメニューが操作できるのか。
そして彼がメニューのログアウトボタンを押した先に、一体何が存在するのか。
エルフは、サイモンの気持ちをゆっくりと咀嚼するように、彼のことを眺めていた。
「……『魔の山の奥地』のキャラデザは、ソノミネの班がやってたと思う……」
「ソノミネ……それが俺の『神(生みの親)』の名前か?」
「……自分の子にそう呼ばれると不思議な気持ちね……たぶんもうすぐログインすると思うから、そのとき教えるわ……」




