密約
リアルの時刻は7時40分。
サイモンたちの世界では、市場の空が夕闇に染まる頃。
冒険者ギルドを有する港町は、大勢のブルーアイコンとホワイトアイコンで賑わっていた。
サイモンたちは、とつぜん行方が分からなくなったシーラを探して、その人ごみの中を歩き回っていた。
背の低いオーレンに人探しは難しそうだったが、そのぶん声をはりあげて呼びかけていた。
サイモンは、アイコンの隣に表示される名前から人を区別できるが、それでも見つけられない。
これではきりがないと判断したサイモンは、ふいに言った。
「仕方ない、冒険者ギルドに戻ろう」
「ええっ、戻るの? あそこに? 何をするのさ」
「クエストを出すんだ。冒険者に探してもらおう」
冒険者ギルドに集まるクエストには、人探しのようなものもあった。
ほとんどFランクの仕事だったが、シーラの事をよく知っているギルドの職員たちなら、Eランクぐらいにして急いで探してくれるかもしれない。
オーレンは、顔を赤くしていた。
「うう、さっき冒険者タグをかっこよく海に投げ捨てたばっかりなのに……お姉ちゃんが迷子になったから捜索クエストを出しにいくとか、ほんとうに恥ずかしすぎる」
「逆にシーラの方が捜索クエストを出しているかもしれない。あの性格だから、俺たちの方が迷子になったと思っているぞ」
などと話し合っていると、向かいの道からシーラらしき姿がひょっこりと現れた。
サイモンの巨大な体は雑踏の中でも目立っていたので、あっさりとこちらを見つけて歩いてきた。
「捜したわよ。クエスト出すところだったわ」
「どこに行ってたんだ? シーラ」
「私はずっと冒険者ギルドにいたわよ。ちょっと昔の知り合いの所に顔出ししてたの」
「シーラお姉ちゃん、どうして急にそばから離れちゃうんだよ。すごく心配したよ?」
「ごめんごめん」
逃がさないよう、両腕でしがみついてくるオーレンの頭を撫でて、寂しげに笑うシーラ。
サイモンがさっき冒険者ギルドを探した時はいなかったのだが、たぶん二階の立入禁止区域にいたのだろう。
サイモンは、思い切って尋ねてみた。
「ギルドマスターに会いに行っていたのか?」
「うん、そう」
「またクエストを受注するのか?」
シーラは、黙ってこくり、と頷いた。
やはり、彼女が裏クエストを受けている事は、知られるのに少し抵抗があったみたいだ。
今はオーレンのために冒険者に復帰しているが、本当は冒険者をしている事をサイモンに知られるのも嫌がっていた。
「だってオーレン、もう冒険者をやめるんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、料理人になるかもしれないじゃない」
「……うん」
「お店を始めるのに、資金が必要になるでしょ?」
どうやらオーレンは、もともと冒険者の夢を果たしたら、料理人になろうとしていたようだった。
それまでに資金をどうにかして貯めるつもりだったのを、シーラは分かっていたみたいだ。
「いつの間にかこんなに大きくなっちゃって。もう病気も治っちゃったし、いっしょに冒険もしてくれないし、剣も教えられないし」
「シーラ姉ちゃん、ごめんなさい」
「ありがとうでしょ。喜んでくれた方が何倍も嬉しいに決まってる。姉さんに出来ることは、もうこれぐらいしか残ってないから」
どうやらシーラは、まだまだオーレンの世話を焼きたいのだ。
シーラは、オーレンの前髪をさっさっと整えると、意を決したように立ち上がった。
「よし、じゃあ、姉さん、ちょっと行ってくる。サイモン、あとはよろしくね」
「こんな時間に行くのか? 宿もとってあるから、せめて明日の朝まで待ったらどうだ?」
「大丈夫、ぱぱっと終わらせてくるから。実は私はFランク以下のクエストしか受けないのよ」
「そうか、なら……いや待ってくれ、シーラ」
嫌な予感がしたサイモンは、彼女を引き留めた。
シーラの言うFランク以下とは、つまりHランクの事だからだ。
「どうせなら俺も一緒に行こう。その方が早く終わるかもしれない」
「いいけど、遅れたら置いていくわよ?」
「すぐに追いつく」
自信たっぷりに言うサイモンに対して、シーラは不敵な笑みを返すのだった。
***
数分後、サイモンはシーラの姿を見失っていた。
相変わらず、凄まじい勢いで草原を疾駆していくシーラ。
視界のマップ上を白いアイコンが信じられない勢いでぐんぐん走っていくので、かろうじてついていける状態である。
「まずいな。このままだと、国王軍のところまでいくんじゃないか」
今度はどんなモンスターを狩るのか、詳しく聞かなかったが、せめて行き先だけでも聞いておけばよかった。
シーラがクワッド盆地に差し掛かろうとするあたりで、チャットメッセージが入って来た。
『異世界ディスカバリーチャンネル:クレア:いま誰も見てない』
サイモンは、久しぶりにメニューを操作し、チャットを開いた。
『ようやく出てくれたぁー! もぉー!』
クレアは叫んだ。
じつはクレアから「チャットに出て欲しい」、という要求はずっと来ていたのだ。
だが、港町はどこにいてもブルーアイコンの目につくらしく、何もできずにいたのだ。
「とりあえず、人がいないフィールドに出てきた。何の用事だ?」
『ダーリン、今すぐ引き返して!』
「ダーリンとは?」
クレアには、特別に密着取材を許可しているが、それだけの間柄だ。
クレアにとって、サイモンは『ドラゴン』以外の一体何なのだろうか。
『シーラって子が、さっき冒険者ギルドでギルドマスターと話してたのよ。裏クエストを受けてたの』
「ああ、それは大体聞いた」
『かなりヤバい依頼を受けてるわ』
クレアは、息をひそめて言った。
『よくわかんないけど、動画おくるから見て』
「なに、わからないのか? ヤバいんじゃなかったのか?」
ヤバいと言ったのは雰囲気だったのだろうか。
ブルーアイコンは、相変わらず変な連中だ。
チャットで送られてきた動画の名称をタップすると、サイモンの眼前に新しいメニュー板が浮かび、カメラを使って撮影された映像が流れた。
薄暗い部屋だったが、おそらくギルドマスターの部屋だろう。
この部屋には、立ち入ったことがない。サイモンも見るのは初めてだった。
革製の椅子に腰かけたギルドマスターが、とつとつとシーラに語り掛けていた。
『いま、魔の山でいくつかの異変が起きている。『ドラゴン』の血液から生まれる『トキの薬草』が、大量に発見されているのもその一つだ』
『ふーん、で?』
『本来なら『ドラゴン』の関与を疑うべきだが、俺は『混合竜血』が1人かそれ以上、山のどこかに潜んでいるとにらんでいる』
ギルドマスターの鋭い推察に、サイモンも頷いた。
ここまでは、別にやばくはない。
サイモンも予想していた範囲内だ。
だが、ギルドマスターの話は、急に違うところにとんだ。
『その『混交竜血』に関してだが、現在、国王軍が戦力として捕獲しようとしている、という情報が俺のところに入っていてな。
国王軍は徴兵によってそのための特別な軍隊を組織したみたいだが、当ギルドにも冒険者を差し出せという要請が来ているんだ。懲りねぇ領主だ』
どうやら、ギルドマスターは国王軍の動向も把握していたようだった。
さらに、その一団が今まさに魔の山を登っていることまで知っていた。
『新しく編成された軍隊が今朝方、港町から魔の山のとある村に向かって派遣されている。おそらく今は、まだ山のどこかで駐留しているころだろう。
シーラ、そこでお前の今回のクエストだ』
ギルドマスターは、若干まえのめりになって言った。
『お前はこの軍隊と合流し、『混交竜血』もしくは『トキの薬草』を探し出して、国王軍に一定の成果をあげさせろ。以上がお前の仕事だ』
受付嬢は、魔の山の調査を要請する、と言っていたが、ギルドマスターの出したクエストは、まったく違っていた。
国王軍の手助けをして、いったい何を企んでいるのかわからない。
徴兵に応じたところで、ギルドにお金を払ってもらえるわけではないだろう。
だが、このギルドマスターは信用してはならない。
なにか裏がある。
これは、文字通りの『裏クエスト』だ。
「なるほど……これはヤバい……よくわからないが、ヤバい」
サイモンは、なぜクレアが『よくわからないがヤバい』と言ったのか理解した。
一体、何が起こるのか、サイモンにも予測がつかない。