ランクはF以下
その後も、冒険者ギルドの受付嬢はオーレンにつきっきりで『トキの薬草』に関する情報を調べてくれた。
「どうやら、つい最近になって、ブルーアイコンの冒険者が魔の山からたくさん拾ってきてくださっているようですね……」
達成済み依頼のリストを引っ張り出してきて、深刻そうに眉をよせ、むむむ、と唸っている。
「これは……由々しき事態です」
「いいことじゃないか? 薬草がたくさん見つかっているんだから」
「とんでもない。いいことと悪い事はワンセットなのよ。薬草が豊作になったら、モンスターが増えた事を警戒しないと」
「警戒するって、『ドラゴン』をか?」
「まさに、その通りです」
受付嬢は、切りそろえられたショートヘアから汗を垂らしてうなずいた。
『トキの薬草』が大量に増えた原因として、まっさきに考えられるのは、やはり『ドラゴン』だろう。
実際は、サイモンが無限に崖から落下し続けた結果なのだが。
この事は黙っておかないと、もし国王軍の耳に入ったら面倒な事になりそうだ。
「そんな大げさな。だって、俺たちは今朝ヘカタン村から来たばかりだけど、特に変わったことはなかったぞ?
『フレイムドラゴン』の時みたいな騒ぎになった村はどこにもなかったし」
「そんなはずはありません。たとえそうだとしても、なにか見落としがあるはず……」
「メイシーさん」
オーレンは、どこかほっとしたような表情を浮かべていた。
そして書きかけだった申請用紙を(オーレンは読み書きができる)、そっとカウンターの方に返した。
「その薬草を拾ってきてくれた冒険者の人たちに、ありがとうと伝えてくれませんか。僕はやっぱり冒険者をやめます」
「待って、オーレン君」ぶんぶん、と首を振る受付嬢。「あなたの冒険は、こんなところで終わらないわ」
サイモンの思惑どおりに、ようやく冒険者をやめる決意をしてくれたオーレンの腕をつかんで、なんとか引き留めようとする受付嬢。
「考え直して、いまからでも遅くないわ」
「いや、考え直した結果なんだけど」
「【狩人】はいろんなクエストで厚待遇になるわよ。パーティにいるだけでレアドロップ率があがるもの」
じつは【狩人】のような『採集職』は、素材の採集クエストを大量にさばいてくれるので、冒険者ギルドにとっても安定した収入源となる貴重な存在なのだ。
せっかく【狩人】適正のある新人がやってきたのに、ここで獲物を逃すようでは、荒くれものを束ねる冒険者ギルドの受付嬢などやっていられない。
「指令ーッ!」
チリンチリンチリン、とカウンターのベルを鳴らして、人を呼ぶ受付嬢。
奥の扉から、覆面をかぶった冒険者たちがどかどかと走ってきて、オーレンの周りを無言で取り囲んだ。
「私は少々席を外します。以降は、その方たちが手続きのご案内をいたしますので」
オーレンを取り囲んだ状態で、ただじっと見降ろす冒険者たち。
全員が【重戦士】だ。
押し退け(ノックバック)耐性を完備していて、びくともしない。
サイモンもいつの間にか囲まれていて、逃げられないことに気づいた。
戦闘できない街中において、アバターで逃げ道をふさいで閉じ込める、いわゆるブロッキングである。
「おい、メイシー。いくらなんでも、やりすぎじゃないか」
「ねぇ、この人たち、どうしてみんなペンと登録書を持ってるの?」
「ご安心ください、手荒なまねはいたしません。それが彼ら受付代理人のお仕事ですから」
オーレンが冒険者登録をするまで、逃がさないつもりだ。
やはり、冒険者ギルドは恐ろしいところだった。
資料をかき抱いた受付嬢は、階段の上に消えていく前に、サイモンに言い残した。
「ひとつ確実なのは、フィールドになにか異変が起こっているということです。お待ちください。魔の山の調査クエストを出すよう、ギルドマスターとお話してきますので」
「やばいな、ギルマスのクエストまで投げつけてくるつもりだ」
サイモンは、ぞっとした。
オーレンの才能が、さっそく利用されようとしている。
「どうしよう、サイモン」
「オーレン、ここはとりあえず冒険者登録しておけ。とにかくこの場から逃げよう」
***
数名のこわもての冒険者たちに囲まれ、冒険者登録をしてなんとか解放してもらえたオーレンは、ようやくギルドから逃げ出した。
首にFランクのネームタグをぶら下げ、港の桟橋から水平線をぼんやり眺めていた。
「べつに、僕じゃなくてもよかったんだなぁ……」
彼は、自分の名前が刻まれた世界でひとつのネームタグをいじりながら言った。
念願の冒険者になったのに、肝心の目標が意味をなさなくなっていて、オーレンはこれからどうすべきか悩んでいた。
『トキの薬草』を沢山手に入れて、困っている人に届けるという彼の夢は、他人に叶えられて終わってしまったのだ。
その状況を産み出したサイモンは、彼の隣に腰かけて、同じ水平線を見ていた。
「残念だったな、オーレン」
「ううん。ほっとしたよ。だって、困っている人はもういないんだから。感謝しなきゃね」
「そうだな」
ネームタグといっしょに受付代理人に押し付けられた弓とダガーは、彼の手には少し大きい。
いままで剣の練習ばかりしてきたオーレンが、急に見知らぬ街中に放り出されたようになって、サイモンは彼が少し不憫に思えた。
「オーレン、【狩人】になるんだったら、べつに冒険者ギルドに所属する理由はないんじゃないか?」
「うん、そうかもね……ふつうは職人ギルドや商人ギルドと組むんだって。
ほんとうは『生産職』とタッグを組んで、直接素材を納品した方が、もうけが出るらしいよ」
「さすがオーレンだな。お前もそうしたいのか?」
「ボクはお金なんて貰えなくても、ヘカタン村で狩りをして生活できたらそれでいいよ。そっちの方がいいかもしれない」
オーレンは、冒険者のネームタグを首から外すと、海に向かって、えいやっと投げ捨てた。
銅製のネームタグは、小さなしぶきを立てて、泡と共に海に沈んでいった。
やっぱり、この子はシーラの弟なのだとサイモンは思う。
何かに縛られているはずなのに、ときどきサイモンが羨ましくなるほど自由なのだ。
「オーレン、他に冒険者は大勢いるけど、俺とシーラに美味しい料理を食べさせてくれるのは、きっとお前だけだよ」
「かもしれないね。宿で共同かまど借りられるかな?」
「ざんねんだが、港町に共同かまどのシステムはないな」
「頼めば貸してくれないかな」
うーん、と伸びをするオーレン。
リアルの時刻は、7時30分。
ギルドに捕まっている間に、もう日が傾きはじめていた。
「今日はもう、宿をさがさなきゃ。シーラ姉ちゃんは?」
「おや、そう言えばいないな……」
いわれて気づいたが、シーラの姿はいつの間にか消えていた。
***
分厚い暗幕のカーテンを閉め切った、ギルドマスターの部屋。
受付嬢のメイシーは、革張りの椅子に深く腰かけている隻眼の男に、今日のことを報告していた。
「なるほど、『トキの薬草』がねぇ」
「はい。出現するモンスターの種類も変わったと聞きます。いちど、あの地方の調査を行った方がよいのではないかと」
冒険者ギルドの受付嬢は、たんなる事務員では勤まらない。
元Sランク冒険者、寝返った王国の斥候。様々な噂があるが、冒険者たちに起こる、どんな些細な変化も見逃さない鋭い洞察力を見込まれていた。
ギルドマスターは、長剣を布で拭き、黙々と手入れしていた。
布によって拭かれるたびに、異様に長い刀身の文様が、ぼんやりと緑色の光を浮かべている。
何らかのスキルを宿しているのは明らかだったが、長年近くにいる受付嬢もその正体を見破れなかった。
「ダメだな、いまは人手が足りない」
「そうでしょうか? Aランク冒険者なら大勢いますが」
「いいや、最低でも、Sランク冒険者が必要だ。全員、アーノルドが支部に持っていったからな……連れ戻すのに時間がかかる」
「特に異変はなかったという証言もあります。いったい、何が原因だとお思いですか」
ギルドマスターは、何を寝言を言っているのか、と、にやり、と笑った。
「決まってるだろう? 『ドラゴン』が出たんだろうよ。やつら『ファフニール教団』は怪物に変化した魔法使いの末裔だぞ。今も人に紛れてのうのうと生活しているに決まっているだろう」
受付嬢は、ぞっとして言葉を失った。
もちろん、ギルマスがこう判断した理由は、冒険者の勘だ。
この男の『勘』が発揮する信じがたい精度を、彼女はよく理解していた。
「『フレイムドラゴン』を覚えているだろう。あれは7年前だ、Aランクが束になっていても敵わん相手だった」
「ブルーアイコンの冒険者たちが退治したと聞きましたが、もしまた現れたとしたら、彼らを呼び戻すおつもりでしょうか?」
「そいつは出来ない話だな……『青頭ども』は気まぐれな連中だから、果たして呼びかけに応じてくれるかどうか」
などと、相談しあっているところに、ドアを開けて来訪者がやってきた。
暗い部屋に、軽やかな鈴のような声が響きわたる。
「入るわよ、ギルドマスター」
ノックすらせずに、ぶしつけな態度でやってきた。
だが、それは彼女がこのギルド内で一目置かれ、許されている証でもある。
なぜなら、このギルドマスターの部屋は、ほとんど彼女が半生を過ごした子ども部屋も同然だったからだ。
手には見事な意匠の銀の剣を携え、腰の後ろに回して持っていた。
「久しぶりに依頼を受けにきたの。なんかちょうだい」
シーラは、ギルドマスターに向かって手のひらを差し出した。
まるで家出をした娘が、親に小遣いをせびるような態度だった。
受付嬢は、はらはらしながら二人を見比べていた。
ギルドマスターは、貪欲な笑みをさらに深め、目に怪しい光を宿していた。
「シーラか、ちょうどいい所に来た。お前に頼みたいクエストがあるんだ……ああ、心配するな。もちろん、ランクはF以下だ」




