1本1万ヘカタールの薬草
「ねぇー、あったー?」
「見当たらないでゴザル」
「おーい! こっちだー!」
リアルの時刻では、朝の7時15分ごろ。
ゲームの世界では、サイモンの乗っている馬車が、ごとごとと山道を降り続けていたころ。
のどかなヘカタン村のはずれに、とある冒険者のグループが訪れていた。
ジョブは【鎖騎士】、【忍者】、【聖法師】と、いずれも上級職。
レベルはいずれも20を超えた、中堅レベルのプレイヤーたちだ。
彼らは、異国の神話に出てくるような見事な装飾の鎧を身に着け、村のはずれにある崖から下をのぞいている。
「動画の通りだな、なんて光景だ……」
「不思議ですね。今までまったく発見されなかったのに。運営(GM)が急に方針転換をしたのでしょうか?」
「かもしれん。魔導機械兵(子機)が出現したことといい、そうとしか思えんな……」
崖の急斜面に、びっしりとピンク色のオトギリソウが咲き誇り、まるで満開の桜のような様相をしていた。
緑のアイコンの隣には、『トキの薬草』の名称がはっきりと浮かんでいる。
彼らはAランククエストの依頼書をいくつも見てきたので、その見た目だけは知っていた。
拾うには、あのアイコンをタップすればいいだけだ。
モンスターもいないので楽勝なはずだが。
「かなり遠いな。下から登ることもできないんだな?」
「はい。完全に絶壁です。上からも下からも道がありません」
「おい、忍者ならなんか変な忍術でこの崖登れるだろ。拾って来い」
「無茶いうなでゴザル。この崖は高すぎて無理でゴザル」
「ということは……ロスト覚悟でここから落下していって、崖の途中であれに触って拾うしかないのか……?」
「バカバカしいですが、それしかなさそうですね。もし、やるとしても、『落下ワープ』のついでですかね」
「『落下ワープ』懐かしいな。最近ぜんぜん使わんから忘れてたわ」
『落下ワープ』というのは、ある程度の高所から落下すると、残り体力がどれだけ高くてもロストしてしまう事を利用して、再スタート地点の『始まりの石盤』まで飛ぶ裏技のことだ。
リリース当初は、『始まりの石盤』の近くにあるギルド本部を拠点に活動することになるので、ゲームにある程度なれている冒険者たちは『落下ワープ』を頻繁に使っていた。
この仕様は初心者救済の側面もあって、いま中堅である彼らは国外にあるギルド支部を拠点にしているので、まず使わないテクニックになってしまった。
「あれが『トキの薬草』として、だいたい1本1万ヘカタール」
「マジか、高いな。ガンガン取りまくろうぜ」
「けど、ロストしたら、またここに戻ってくるのに転移結晶が1個5000ヘカタール……」
「実質的なもうけは1本5000ヘカタールでゴザル」
「全然わりに合いませんね……何か、ほかのクエストもついでにこなして帰らないと」
「ふっふっふ、そんな事だろうと思って、いろいろクエスト持ってきたよ。さあCからDまでよりどりみどりだ。みんなどれがいい?」
「CからDて……しょっぱいなぁ」
「うーん、魔の山の奥地って、なんでこんなに弱いクエストしかないんだろう? 麓はBとか結構あるのにね?」
「まあ、ここは生産職とか、初心者救済のためのエリアって割り切ってるんだろ。
運営(GM)はここより帝国とか、海の向こうとか、どんどん新しいフィールド開拓の方に力を入れてるみたいだし」
「じつは、みんな山の冒険に飽きてて、人気がないというのある」
「あるある。何カ月も山にこもりっぱなしだったら、さすがに萎えてくるもんな」
魔の山の奥地は、第三シーズンで新しく解放されたエリアのひとつだった。
運営(GM)がここの開発にあまり力を入れていないのは、他のプレイヤーの目から見ても明らかだった。
「ひょっとして、『トキの薬草』も、低ランク冒険者へのサービスかな? 初心者救済イベント的な?」
「じゃあ、俺らAランク冒険者が来るべき場所じゃなかったな……魔導機械兵(子機)でも狩って帰るか」
などと言いながら、のんびりと魔の山を散策していた。
こうして、クレアが拡散した崖の映像は、いままさに魔の山に挑んでいる多くの冒険者の知るところとなった。
***
そしてリアルの時刻では、朝の7時25分ごろ。
昼がちょっとすぎて、サイモンたちの馬車は港町に到着した。
街に出るのがはじめてというオーレンを連れて、石畳の街を歩いていく。
「さあ、ここが冒険者ギルドだ。行ってこい」
「うう、緊張するなぁ」
「まってサイモン、やっぱり裏口からこっそり入った方がいいんじゃないかしら?」
「どうしてだ?」
「だって、ここの冒険者みんな怖い人ばっかりじゃない? オーレンが可哀そうだわ」
「俺はオーレンが裏口から入って、ギルマスの目に留まる事の方が怖いと思うけどな」
ひょっとしたらシーラと同様に才能を見出されて、いきなり高ランクのクエストに投入されたりする可能性がある。
まずはFランクからというのが常識だ。
「そういえば、オーレンはどんな武器を使うんだ?」
「シーラ姉ちゃんが剣を教えてくれてたから、剣を使うつもりだけど?」
「ここの受付嬢はプロだから、適性を見てもらえるぞ。けっこう大事だから、忘れずに見てもらえ」
オーレンがギルドに入ると、待合室の椅子に座っている冒険者たちが、ギロリ、とオーレンに目を向けた。
びくっと、肩を震わせるオーレン。
「こ……こんにちは……」
サイモンが確認したところ、ここにいる冒険者はほとんどレベル10以下だった。
オーレンはレベル13なので、純粋な力比べならほとんど勝てるだろう。
カウンターで、にこにこしている受付嬢がレベル18なので、彼女にはちょっと敵わないかもしれないが。
オーレンは、カチコチに緊張しながら言った。
「はじめまして、ヘカタン村のオーレンといいます。冒険者登録をしに来ました」
「あらあら、可愛い子が来たわね。ジョブは?」
「これから決めようと思っています。適性を見てもらえますか?」
「じゃあ、あなたの得意な事は?」
「ええと……料理です」
「パスタとお肉だったらどっちが好き?」
「お肉です」
「モンスターや獣の肉を自分で手に入れることができるようになれれば、便利だと思わない?」
「はい、便利だと思います」
「採集職の【狩人】というのがあるわ。戦闘で取得できるドロップがどんどん増えていく職業特性を持っているの」
「へー、適正ってこんな風に決めるんだ」
驚いているオーレンに対して、受付嬢は笑って言った。
「本当はね、私みたいに冒険者を毎日見ていると、『歩き方』を見た瞬間にだいたいわかっちゃうのよ。
体が小さいから、弓とダガーが使えるようになったらいいかもねーって、思ったの」
「なるほど」
オーレンは感心したようだったが、いつもはもっと適当で、サイモンの時など「いま人手が足りなくてピンチなので、すぐ即戦力になれる槍でお願いします!」と言われた。
あのときは戦時中だったが、いまはもう違うのだ。
後方で見守っていたシーラが、ずいっと割り込んでいった。
「ごめん、この子は私の弟だから、剣を教えてあげたいのだけど? 【剣士】になるのはダメなの?」
「あらあら、シーラちゃん! 【剣士】はちょっと無理かなー。シーラちゃんみたいに、体の芯がしっかりしている人が剣に向いているイメージ? オーレン君は、ちょっと背中が曲がっちゃってるのよね」
「そう……残念だわ」
少なくとも今のオーレンでは、どんな武器を使っても近接戦闘は難しいだろう。
だが、【狩人】というジョブがあったというのは、サイモンには盲点だった。
肉が沢山手に入れば、料理人としてのスキルも存分に活かせる。
オーレンの料理特有の尋常でないバフ性能を駆使すれば、前線でも活躍できるかもしれない。
マズい。それはちょっとマズい。
「ちょっといいか、メイシー」
「こんにちは、サイモンさん。今日は何トンぐらいのアイテムを換金するおつもりですか?」
「今日はそんなに多くない。それよりも、『トキの薬草』の依頼はいまどのくらいあるんだ?」
「『トキの薬草』? Aランクよね?」
「オーレンの夢なんだ。どんなものか見せてやってくれないか」
こくこく、と頷くオーレン。
真剣な様子に、受付嬢は、さらに頬を緩めた。
「かわいい~。ちょっと見てみるわね、いまの『トキの薬草』の依頼は……」
資料をぺらぺら、とめくる受付嬢。
おやっと眉をひそめて、さらにぺらぺら、と別の資料をめくっていく。
すぐに答えてはくれなかった。
うーん? と、不思議そうに首をひねっていた。
「えーと、ごめんなさいね……なんか、ほとんど解決しちゃってるみたい?」
「「ええーっ!?」」
シーラとオーレンは、そろって驚きの声を上げた。
サイモンだけが、訳知り顔でうんうんと頷いた。
「まあ、そんなものさ、オーレン」
サイモンだけが、その理由を知っていた。
彼の作戦は、確実にこの世界を変化させていたのだ。




