交渉
和やかな雰囲気の乗り合い馬車で、いきなり険悪なムードから始まった両者の対話。
相手が問題の撮影者だというのはわかるが、サイモンには疑問だらけだった。
とりあえず、疑問に思った事をクレアに聞いてみることにした。
「俺の動画をいっぱい投稿したのはお前か?」
「……はい」
「どうしてあんな事をしたんだ?」
サイモンにそのつもりはなかったのだが、いきなり相手を詰問するような話し方になってしまった。
ただでさえ怯えていたクレアは、返答につまって、一気にぐにゃっと顔を曇らせ、金色の両目に涙をぶわっとためた。
そしてサイモンの見ている前で、大声で泣き出した。
「びぇぇぇーっ! だってぇー! だってぇー!」
いきなり大泣きされて、サイモンはうろたえてしまった。
だが、他の乗客は、2人の会話がまるで聞こえていないようだ。
幸いにも、チャットパーティを組んでいるときの会話は、パーティ参加者の間にしか聞こえないらしい。
ちなみにこれは、ビデオ会議の機能をゲーム内に実装したものだ。
クランなど大人数のパーティで会議が行われるときに、この形式は必須だった。
文字だけのやりとりだと、人数が多いほど発言を目で追うのが大変になるのだ。
「そんなに泣くな。別に怒ってはいない」
「ぜったいウソだぁ~!!」
サイモンとしては、クレアがそれほど悪い事をしたという認識はなかった。
なんせ彼が一番危惧していた、『混交竜血』の証拠が暴かれるところ。
そして『メニュー』を使って無双しているところ。
さらに『ドラゴン』になるところを上手く隠してくれているからだ。
どんな理由があって投稿したにせよ、そこに配慮してくれているのなら、サイモンとしては何も言う事はない。
「どうしてそんなに怖がるんだ?」
「ひぐぅ、けど、何度も何度も崖から落ちて……この人、きっと死にたいけど死ねないんだって、思って……そしたらだんだん怖くなって……」
「……なるほど」
バーチャル世界のバグは、本当に怖いのだと、さっき魔法使いに言われたばかりだった。
まさか、『トキの薬草』を効率よく量産していただけとは言えない。
ふと、いいことを思いついたサイモンは、手のひらをくるっと翻した。
「まぁ、お前のしたことは許しがたいことだ。俺も地獄の苦しみを味わったのだから、何かの罰を受けて当然だ」
「ふえぇぇ、やっぱりぃぃ」
「そこで頼みがある」
「なぁに?」
「あの崖から見える風景を撮影してくれないか? それを冒険者たちに広めて欲しい。それでこの件はなかったことにしよう」
クレアは、ぺこっ? と首をかしげた。
そんなお願いをするサイモンの意図が、よく分かっていないのだろう。
だが、これは今のサイモンにとって、とても重要なお願いだった。
「ところで、普段は、動物とか風景を撮って投稿してるんだって?」
「うん……あんまり人気ないけど」
「聞くところによると、ブルーアイコンにはレイヤーという者がいるそうだが、彼らを撮らないのか?」
「最初は撮ってた……けど、私みたいな弱小チャンネル相手だと、動画の使用許可なんて、すっごい後回しにされるし……」
「許可がもらえないと透明になるんだったか」
「そのくせ、レイヤーってアップデートの前後にしかログインしてこないし……なんか嫌になって、そのうちモンスターばっかり撮るようになってた」
「なるほど。じゃあ、どうして俺の動画を撮ったんだ?」
「だって……」
クレアは、ちらり、とサイモンの方に目を向けた。
頬を赤らめ、なにやら言いにくそうに、口をもごもごさせている。
「だって、あなた、『ドラゴン』でしょ?」
サイモンは、深く頷いた。
やはり、彼女はサイモンの重大な秘密に気づいていたようだ。
「ああ、そうらしいな」
「やっぱり? そうよね! すごい!」
クレアは、カメラを胸元にぎゅっと抱きしめ、きらきら輝く目でサイモンを覗き込んだ。
「私、異世界ファンタジーの世界に入ったら、『ドラゴン』を間近で撮影したいと思ってた。子どもの頃から、ずっと夢だったの……。
けれど、私に撮影できたのは、レイドボスの『フレイムドラゴン』が一度きり……それだって、他のプレイヤーの配信動画の方が圧倒的に人気で、迫力があって、私のは誰にも相手にされなかった……。
それからモンスターばっかり撮るようになって、カメラの腕前もすこしはあがったと思ったときには、『ドラゴン』がどこにもいなくて……」
「ドラゴンなら砂漠に『ワイバーン』がいるじゃないか」
「あれは、なんか違うの。顔がヘビっぽいし。『レヴィアタン』も翼がないから、なんか違う。私の好きな『ドラゴン』じゃない」
「じゃあ、どんな『ドラゴン』がいいんだ?」
「貴方よ!」
クレアは、サイモンを指差した。
「貴方こそ、私の理想の『ドラゴン』なの。空にあなたの漆黒の翼が広がった瞬間、この世界の終焉を予感したわ。まさに『ドラゴン』という感じがして最高によかった。
貴方のむき出しのエンジンみたいな咆哮を、火の粉がきらきらしている鼻息を、もっと間近で感じてみたいのよ」
などと言って、興奮した目つきでサイモンをじっと見つめるクレア。
自分の姿をまだ見ていないサイモンには分からないが、どうやら相当気に入られたらしい。
サイモンは、自分のお尻を咬んだ黒いヘビしか見ていないので、想像もつかなかったが。
「ねぇ、もっかい『ドラゴン』になってくれる? もっと間近で撮ってみたいの、いい? いいよね?」
さっきまでびくびく怯えていたくせに、今度はぐいぐい迫ってくるクレア。
つくづく、ブルーアイコンの冒険者はサイモンの予想の斜め上を行く変な連中ばかりだ。
だが、ひょっとするとチャンスかもしれない。
この状況を逆に利用することはできないだろうか?
サイモンは、素早く思考を巡らせた。
「よし、わかった。特別に、お前だけに撮影のチャンスをやろう」
「やった」
「これから2日間、お前は俺の秘密を自由に撮影できる。お前はどのくらいこの世界にいられるんだ?」
「わたし、撮影してると時間を忘れてけっこう長いこといたりするよ。あ、休みは金、土だから、明日もいけるよ」
「ああ、好都合だ。ただし、条件がある」
サイモンは、ぴっと人差し指を立てて、言った。
「お前は『リアルマネー』を持っているか?」
ごくり、とクレアは喉を鳴らした。
「さすが『ドラゴン』……金銭を要求するとは欲深い」
「持っていないのか?」
「あ、いやー、お金を持っていなかったら生きていけませんけど。……『リアルマネー』をどうするの? まさか、『課金』しろってこと?」
「ああ、『課金』して欲しい。そしてこれから俺の言う物を買って、自分で装備してきて欲しい」
サイモンの注文に、クレアは、首を傾げた。
「ん? 貴方が欲しいんじゃないの? ひょっとして『運営(GM)』の回し者なの?」
「いや? どっちかというと、俺は『神様(GM)』の敵だな」
サイモンは、これから自分がどうすべきか、あるていどの方針を固めていた。
これからの昼の時間帯は、普通のNPCがしないような行動をとることができない。
ならば『課金アイテム』の装備も、自分の常識に照らし合わせて、本来してはならないはずだ。
彼が考えた解決方法は、ブルーアイコンの冒険者を味方につけて、自分の代わりに行動してもらうことだった。
「まずは『血濡れのスカーフ』が必要だ。俺を自由に撮影して構わないが、その代わり【潜伏状態】のブルーアイコンが近くにいたら、警告して欲しい……できるか?」
ごきゅ、と喉を鳴らしたクレア。
ぶんぶんぶん、と首を縦にふっていた。
ばっと、白くて針金みたいにやせ細った手を伸ばしてくる。
「契約!」
「よし」
サイモンは、その手を握り返した。




