ライフゲージ
リアルの世界では、6時40分。
サイモンの世界で、日付がまた1つ切り替わった。
(まずい……間に合わない)
クワッド盆地は冒険者の移動速度を遅くする。
ぬかるんだ苔が足をすべらせ、スライムがいたるところに群れている。
ようやく森から抜け出したが、ヘキサン村にたどり着く前にレイド戦の時間がきてしまった。
尾根にのぼって振り返ると、半月を背にもう『鳥』が姿を現している。
「きたか……!」
シーラがいれば、この尾根の高さからでも一撃を入れられただろう。
だが、彼女はいま他の仲間と一緒にヘキサン村の教会にいるはずだ。
連絡を取りたかったが、あいにくホワイトアイコンの彼女には、チャットの能力がない。
いますぐチャットで応援を呼べるとすれば、女戦士ぐらいだった。
「女戦士……そうだ、女戦士!」
女戦士もシーラと一緒にヘキサン村にいるはずだ。
サイモンは、素早くメッセージを送った。
『『鳥』が来ている。シーラに戦闘の準備をさせてくれ』
よし、これでいい。
シーラさえ動けば、『鳥』に確実にダメージを与えることができる。
レイド戦は、小さくてもダメージを何回も蓄積させつづけなければならない。
期限となる秋アプデまで、残り40日を切った。
もはや1日たりとも無駄にすることはできないのだ。
そう思った矢先。
「おーい! サイモーン!」
女戦士の声が、サイモンの目の前の草原から聞こえてきた。
女戦士が、獣耳をぴょこぴょこさせながら走ってくる。
マップを見ると、彼女の青いアイコンがぽつんと一つ。
なぜか女戦士は、たったひとりでサイモンのいるクワッド盆地へと駆けつけていた。
忘れていた、彼女は超マイペースだ。
なんでシーラと一緒にいないんだ、と問い詰めたかったが、言えなかった。
女戦士は、手をぶんぶん振って、今にも泣きそうな顔をしていたのだ。
サイモンが脱力して立ち尽くしていると、がしっと両腕でしがみついて来た。
「よかったぁー! 無事だったぁー! めっちゃ心配したんだからぁー!」
「ああ、そうだな。すぐに戻ると言ったのに、捜させて悪かった」
「体力減っちゃってるね、私のポーション飲む? よしよし、怖かったよね。 もう安心だからね、サイモン!」
なぜか女戦士は、サイモンに妙に優しかった。
どちらかというと、迷子を慰めようとしているようにも見える。
「怒るわけじゃないんだが、一体どうしたんだ?」
理由を問いただすと、女戦士は目を泳がせた。
「えーと、いやー、その、なんというか……うわぁー! なにあの『鳥』! でかぁー!」
女戦士が『鳥』の存在に気づき、大きな声をあげた。
そうだった、立ち止まっている暇はない。
サイモンは、一か八か、彼女にかけてみることにした。
「女戦士、『岩石飛ばし』のスキルは覚えているか?」
「あ、うん。サイモンししょーが教えてくれたやつ」
「よし、俺を殴ってあの『鳥』まで飛ばせるか」
「あの『鳥』まででいいの? よーし見ててよ、今の私なら、あのくらいの距離なら全然オッケー……いやいやムリムリムリムリ!」
女戦士は急に怖気づいて、首をぶんぶん振った。
首をかしげるサイモンに、涙目で主張する女戦士。
「だって、斧で殴るんだよ!? ふつーに怖いよ! リアルだと死んじゃうよ!」
「リアルだと死ぬのかもしれんが、ここはゲームだ、リアルじゃない」
「お願い、あなたたち、もっとNPCとしての自覚を持って……! 健全なゲームの世界観を壊すような言葉を使わないで……!」
「お前の攻撃力じゃあ、俺は死なないさ。たしかモンスターでも飛ばせたはずだから、人間も飛ばせるかもしれない、やってみてくれ!」
サイモンは、『鳥』に向けて槍を構えつつ、女戦士に背中を向けていた。
女戦士は、顔を両手で覆って、指のすき間からサイモンのお尻を見ていた。
「そ、その……本当に、殴っちゃって、大丈夫? お尻、痛くないの? 騎士団長アスレに、ひどい事されたばかりじゃないの?」
「騎士団長アスレに? ……どうしてお前がその事を知っているんだ?」
「その……サイモンが、騎士団長アスレと、色々やりあってるとこ、見ちゃった」
「なんだって!?」
「きゃー! ごめんてー!」
女戦士がやたらとサイモンの事を腫物あつかいしている、と思ったら。
どうやら、先ほどの国王軍とのやり取りを見られていたらしい。
(なるほど、ということは知っているのか。俺がまもなくドラゴンになるという事も)
女戦士によると、どうやら視界メモリーで撮られた動画が、リアルの世界で大勢のブルーアイコンに拡散されているというのだ。
サイモンは焦った。
「そういえば、ブルーアイコンの冒険者が増えたと思ったが、あんな所にもいたのか?」
「うん、いたと思うよ。【潜伏状態】だったんじゃないかな?」
「森で潜伏して、いったい何をしているんだ?」
「『フィールド・ジャーナリスト』っていう、ゲームの風景写真を撮るだけの人がいて、なるべくモンスターと戦わないように隠れて移動してるのよ」
「お前たちブルーアイコンは、いつも俺の予想を超えていくな……」
さすがプレイヤーの多い『朝』の時間帯だ。
『グリッチ』が見つからないように気を付けているのに、難易度がけた違いである。
考えても仕方ない、なるようになるしかない。
サイモンは、再び『鳥』を見上げた。
「俺のことは心配するな。『鳥』が飛んで行ってしまう前に、やってくれ!」
女戦士は、斧を握りしめる手を開いたり閉じたりして、ためらっていたが、急にきっと眉をつり上げた。
「いくよ、ししょー!」
「こ……」
「チキン南蛮ーッ!」
女戦士は、サイモンの反応を待たずに斧をフルスイングした。
しかも料理名まで叫んでいた。
どうやら、『鳥』をどういう風に料理するのか考えていたのだ。
信じられないマイペースだ。
ともかく、エアリアル素材の斧の吹っ飛ばし効果によって、サイモンは空高く飛び上がった。
『鳥』の真横を通り過ぎ、白雲のように広がる背中を見下ろす高さまで飛んだ。
若干飛びすぎな感もあったが、サイモンは、ようやく『鳥』を射程範囲にとらえることができた。
『鳥』の下に、クワッド盆地のキャンプ地を見下ろすことができた。
まさか、あそこでの出来事を、誰かに見られていたとは。
見られるとまずい場面はいくつもあった。
サイモンの血が『トキの薬草もどき』を生み出したところも。
国王軍を返り討ちにするところも。
一番まずいのは、国王軍を返り討ちにしたところだった。
あれはただ、上級兵を倒した、というだけのことではない。
あのとき彼は、思い切りメニューのチート機能を駆使して戦っていたのだ。
(たぶん……まずいな)
メニューは、ホワイトアイコンの彼が使えるはずのない機能だ。
その動画が、ブルーアイコンに面白がられているぐらいならまだいい。
『神様(GM)』の目に留まれば、世界のルールを理不尽に捻じ曲げる『悪魔の力』として、修正されるかもしれないのだ。
神の手にかかれば、きっとサイモンは他となんら変わらない、ただのNPCに落とされるだろう。
サイモンは、目をつぶって自分のうかつさを悔やんだ。
だが、考えても仕方ない、なるようになるしかない。
たとえこの身の強力なチートが失われても。
リスポーンのたびに記憶を失う、ただのホワイトアイコンに戻ったとしても。
彼は村の門番だ。
村を守ることだけを覚えていれば、いずれ『鳥』と戦うだろう。
そのときに備えて、今はただ戦い続けるだけだ。
槍を握る手に力が入る。
攻撃のしかたは、なんども予習してきた。
超高高度から見下ろし、槍を突き入れる機会をうかがった。
「行くぞ、『鳥』!」
サイモンの体が紫電をまとい、『鳥』の首筋に狙いを定めた。
レベル28の威力を宿した【紫電突】が発動する。
彗星のような光の尾をひきながら、首筋に槍を突きいれた。
ざしゅっ、と電撃の余波が噴水のように噴き出し、サイモンの体を真っ白に染めた。
ヒヒヒヒヒ!
『鳥』は凄まじい悲鳴をあげる。
効いたようだが、ライフゲージはどのくらい減ったのか。
確認しようと、頭上の巨大なレッドアイコンをみあげた。
まるで空を浮遊する真っ赤な島のようなアイコンに、とぐろをまくヘビのようなライフゲージが巻きついている。
いったい端がどこにあるのか。
じっと目をこらしたが、どこにも見えない。
よく見ると、ライフゲージの真ん中の方に、一筋の赤い糸が垂れている。
莫大な緑がほんのわずかに削れ、そこだけ赤く染まって見えているのだ。
サイモンは、目をこすってもう一度確認した。
……見間違いではない。
このとんでもないライフゲージは、頭上を一周して輪を描いているのだ。




