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本当の怪物

「頼む、聞いてくれ! このままでは村が『鳥』に滅ぼされてしまうんだ!」


 サイモンは、兵士たちに抑え込まれた状態で懇願した。

 しかし、誰一人として聞く耳は持たない。

 ほとんど魔物のいない麓で生きる人間にとって、『混交竜血』はそれほど恐怖の対象なのだ。


「うるさい! 黙れ!」


 頭を強引に地面に押さえつけられると、サイモンの傷口から血がこぼれた。


 全身に無数につけられた傷から血が伝い、地面に落ちた瞬間。

 そこに生えていた雑草が赤い光を放ち、異様な早さで成長しはじめた。


「まて、見ろ!」


 上級兵の誰かが、叫ぶような声を上げた。

 ただの雑草だったが、血を浴びるとみるみるうちに成長し、古代植物のように螺旋にねじ曲がり、ピンク色のぶきみな植物になってしまった。


 サイモンの見る前で、その雑草から緑色のアイコンがぴょこん、と飛び出し、その隣に名称を浮かばせた。


【トキの薬草もどき】


 ドラゴンの血だまりに咲くという、トキの薬草『もどき』だそうだ。

 なるほど、どうやらサイモンの血は『ドラゴンの血』で確定だった。

 だがサイモンも、いままでこんな現象はみたことがなかった。


 遠くから様子を眺めていた上級兵たちが、ざわつきはじめた。


「竜の血が『覚醒』しているのか……!」


「なんてことだ、こいつは相当な末期症状だ! ……時間がないぞ、もうすぐドラゴンになる兆候だ!」


 サイモンは、ようやく理解した。

 どうしてドラゴンをただ闇雲に倒してもダメだったのか。


 必要だったのは、『覚醒』状態の血だったのだ。

 ドラゴンにおいては百年単位で、もっとも強大な魔力を発揮するときの血。

『混合竜血』においては、人間の体をドラゴンに作り替えるときの血だった。


『覚醒』状態の鮮血が薬草に吸われ、薬草をモンスターに変えることで、はじめて『トキの薬草』は生まれる。


「そいつを逃がすな、次は外さん……!」


 騎士団長アスレは、サイモンから素早く身を離した。

 そして魔剣にふたたび魔力をこめはじめる。


 宙に浮かび上がる魔剣を両手でかたく握りしめ、真上から振り下ろす構えになった。

 緑色の魔力が渦を巻き、まがまがしい剣に吸い込まれ、それが台風のような風圧を産んで、重たい鎧ごと騎士団長アスレを宙に浮かび上がらせようとしている。


 魔剣士(ダークナイト)スキル第6階梯、【魔王斬り】が発動する。


 拳闘士(モンク)の【竜王独歩】と同様に、発動までのチャージ時間が異様に長い。


 さすがのサイモンでも一撃必殺級だ。

 もはやドラゴンと戦おうとする勢いだった。

 サイモンは、兵士たちをふりほどこうと、さらに暴れた。


「放せ! 俺は村に行かないといけないんだ!」


「まずい、放すな! ドラゴンになるぞ!」


「全員で攻撃しろ! 少しでもそいつのライフゲージを削り取れ!」


 殺気だった兵士たちが、いっせいに彼に殺到した。

 暴れながら、サイモンは視界の隅に映るマップを、冷静にじっと見ていた。


 帷幕(いばく。布を張っただけの仮設の仕切り)の中にいるのは、上級兵士と、騎士団長アスレのみだった。


 サイモンは、全員が自分の周りに集まっていることを確認すると、AIのように冷たく目を光らせ、暴れるのをぴたりとやめた。


「俺は村に行かないといけないんだ……悪いな」


 すばやく人差し指を動かし、メニューを開いた。

『スケアクロウ【イヴ】』のボスドロップだ。

 アイテムの中から『スズメおどし爆弾』を選び、『つかう』を選択する。


 サイモンの胸元に青い光を立ち昇らせる円が現れ、そこからぽとりと落ちた黒い球が、ずどん、と破裂した。


 状態異常:【鈍足(スロウ)】

 状態異常:【猛毒(ポイズン)】

 状態異常:【沈黙(サイレン)】

 状態異常:【混乱(コンフュ)】

 状態異常:【暗闇(ブライン)】


 毒々しい色の煙が立ち込め、サイモンの周囲にいる全員がステータス異常を食らった。


 凄まじい勢いで煙幕が広がり、サイモンの姿を隠す。


 さらに、サイモンはアイテムリストから『火炎玄武の槍』を選択し、『装備』した。


 じつは、キャンプ地に入るときに置いて来たのは、スミスに打ってもらう前に使っていた、古い方の槍だった。


「ふんッ!」


 サイモンが豪快に槍を振りまわすと、状態異常のフルコンボを食らった上級兵は、声をあげることもできないまま方々に吹き飛ばされた。


 軍隊でもサイモンより格上の兵士たちだ、まともに戦っていては勝てない。


 舞い上がる煙の中、帷幕(いばく)の隅に追い込まれた騎士団長アスレは、必死に立ち上がろうと足を引きずっている。


 暗闇状態の目は、サイモンの姿を見ることもできないのだろう、目を血走らせ、喉がつぶれてかすれるような声をあげていた。


「き……きさ……ま……! なに……もの……!」


「俺か? 俺はただの門番だ」


 騎士団長アスレの腹部を、槍の石突(刃のついている方の反対側)で突き上げると、ぼぐっという鈍い音とともに鎧がへしゃげ、仰向けにひっくり返った。


「ぐふぅっ……おおぉ……」


「村を守るのが俺の仕事だ」


 騎士団長アスレは、そのまま地面に沈んで気を失ったようだった。

 サイモンは、先を急いだ。


 サイモンが帷幕(いばく)から出て行くと、伍長や新人兵たちが不安げな顔つきであつまっていた。


「どうしたんだ、あんた! 血まみれじゃないか!」


「俺は大した事はない。中の奴らを手当てしてやってくれ。司令官を連れて、はやくこの山から降りて行った方がいい」


「いったい何があったんだ!?」


「モンスターに襲われたんだ」


 サイモンは、兵士たちの顔を見渡した。

 国王軍のまっただ中で暴れたのに、サイモンが取り押さえられるようなことはなかった。


 彼らは恰好こそ兵士だが、その辺の村人とほとんど変わらないのだ。

 やはり、上級兵がいたのは騎士団長アスレの周囲だけで、ほとんどが新人兵たちの寄せ集めなのだった。


 サイモンは、これからの彼らの身を案じて、ため息をついた。


「気をつけろよ。こんな山の中にいると、いつどこで『本物の怪物』と出くわすかわからんぞ」


***


 サイモンがキャンプ地を抜けて、『鳥』との戦闘のため、山道を急ぐ一方。


 キャンプ地を一望できる木の上で、カメラを構えた冒険者が、ガタガタと手を震わせていた。


「これはすごい……すごいものを撮ってしまった……どうしよう」


 ネコミミの生えたフードに、白いシッポを生やした、ファンシーな動物っぽい衣装。


 その頭上には、夜の闇の中でも青いイルミネーションのように明るいアイコンが浮かんでいる。


 自称『異世界ディスカバリーチャンネル』、【クレア】は、視界メモリーにおさめてしまった動画をどうすべきかで、頭を悩ませていた。


「これ、投稿したら炎上しちゃうよなぁ……ただでさえ騎士団長ファンからの通知が鳴りやまなくて、勘弁してよってなってるのに……」


 匿名で投稿する方法はあったのに、ついつい魔が差してしまった。


 さっき知り合いのCBが、みんなの憧れのシーラちゃんに『とんでもなく美味しいリゾット』を貰ったとかで自慢していたのだ。

 しかもシーラちゃんとのツーショットも撮って、その投稿は万バズまでしていた。


 うらやましい。自分も万バズしたい。と思っていたところに、想像の斜め上を行くヤバい現場に遭遇してしまって、ついつい自分のチャンネルで拡散してしまったのだった。

 ほとんど衝動であった。いまは反省している。


 いまさら匿名投稿をしたところで、さっきと同じアングルで撮っているので、自分が撮影者だと丸わかりである。


 彼女は、ジャーナリストとして人々にこの真実を伝えるべきか。

 それとも、可愛い動物たちを愛でる自分のチャンネルの日常を守るべきか。


 どちらかを迫られて、むーん、と唸っていた。


「よし……あの男を追ってみよう……なんか他にも事件が起きそうだし……なんか動物っぽいし」


 変な理屈をつけて、クレアは音もなく森のどこかに姿を消した。

 噂を聞きつけた他のプレイヤーがクワッド盆地に集まってきたのは、2人がここを去ったあとである。

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