ゲームであって、ゲームではない
ゲームの世界では、まもなく日付が変わる頃。
リアルの世界では、午前6時35分。
通勤途中のサラリーマンが、電車に揺られながらのんびりネットを巡回していた。
彼が装着しているミラーグラスは、ウェアラブル型のディスプレイだ。
ヘッドギアのように思考を読み取るような装置はないが、目の動きをカメラで読みとって操作することができる。
(そろそろアプデの公式ニュースないかな……)
トップページを開くと、ゲームに関連するニュースが、いくつかおすすめにラインナップされていた。
このゲームの世界で、彼は初心者の魔法使いだったり、ハイランカーのモンクだったりするのだが、そんな事はたぶんこの電車の誰も知らないだろう。
ニュースをつらつら眺めてみたが、彼の望んでいたアップデートの情報はなかった。
(やっぱ昼までないか……)
海外のゲームだと、日本の深夜帯にニュースが流れていたりするので、ついつい確認してしまうのだった。
『朝から信じられない、最悪。国王軍が男の人を襲っている』
魔法使いは、その見出しを見て眉をひそめた。
知らないプレイヤーの、とあるSNSへの投稿がピックアップされていた。
投稿されて間もないものだったが、それが凄まじい勢いで拡散されているようだ。
内容は、ゲーム内の視界メモリーをそのまま投稿したもののようだった。
動画のサムネイルを見ると、血まみれの大男が、複数の国王兵に押さえつけられているのが確認できた。
ぞわっと総毛立った。
どうみても、その男がサイモンだったのだ。
「……おいおい、マジか」
彼は慌ててスマホを取り出すと、すぐさまゲーム世界にメッセージを飛ばした。
***
「おーい、サイモン! どこにいるのよー!」
そのころ、女戦士はシーラと手分けをしてサイモンを探し回っていた。
「お願いだから、もう出てきてよ、サイモーン!」
彼女は、国王軍がこの山のどこにいるのか、まるで見当がつかない。
ヘキサン村の周辺を手当たり次第に歩き回っていたが、途方にくれて、そろそろ泣きそうになってきた。
「うぅ、ぐすっ、どこ行っちゃったんだろう……ひょっとして私、三分岐の選択まちがっちゃったの? サイモンと一緒だった方がよかった?」
だが、教会ですることもなく待機しているよりかはましだと思って、歩き続けていた。
ふいに女戦士は、魔法使いからのメッセージを受け取った。
「あ、まほちゃん」
にがてな相手だったが、いまは誰のメッセージでも心強い。
メニューを操作して、あらわれた魔法使いからのメッセージは、簡潔だった。
『サイモンがやばい事になっている』
女戦士は、ぞっとした。
やはり、彼女の不安は的中していたのだ。
次に魔法使いから送られてきたメッセージには、SNSの投稿がそのままはりつけられていた。
【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】さんの投稿。
女戦士は、この投稿者の事を知っていた。
職業は斥候、フィールドを【潜伏状態】で移動し、気を抜いたモンスターの可愛い写真をいくつも投稿しているジャーナリストと呼ばれるタイプのプレイヤーだった。
異世界ディスカバリーチャンネルを自称する彼女は、魔の山の盆地を散策中に、おぞましい場面に遭遇し、他のプレイヤーに助けを求めていた。
『お願い、誰か止めてあげて』
コメントは、彼女の悲痛な願いで締め括られていた。
女戦士は、動画のサムネイルだけでそれがサイモンだとわかった。
あんなに大きい背中の男は、彼しか知らない。
いったい何が起こっているというのか。
怖い。だが、見ないわけにはいかなかった。
視界メモリーの動画を再生すると、かがり火のぱちぱちという音と共に、2人の男の争う声が聞こえてきた。
『やめろ! それ以上触れるなっ!』
『うるさい! 大人しく尻を見せろ!』
複数の上級兵士たちに押さえつけられてうめく、血まみれのサイモン。
その背後にまわりこみ、にやにや半笑いを浮かべた魔剣士が、ズボンを脱がせようと手をかけているところだった。
「きゃあああああ!!??」
女戦士は、山中に響き渡る悲鳴をあげた。
見間違いかと思ったが、本当にズボンを脱がそうとしている。
あろうことか、今度はサイモンが貞操の危機だった。
恐ろしいのはあの魔剣士だ、なんて『まがまがしい形の剣』を背負っているのだろうか。
その剣、どうやって使うんですか。
その剣、どうやって使うんですか。
その剣、どうやって使うんですかー!
コメント欄はぜんぶ追いきれないが、魔剣士の方の名前はすぐに同定されていた。
騎士団長アスレ、クレイス領最強の男。38歳、妻子持ち。リアルにもゲーム中にもファンクラブのあるイケメン。ファンクラブ解散の危機←new!!
襲われている男は、不明。神がかった筋肉。受け←new!!
「不明じゃないでしょー!? みんなヘカタン村を通るときは必ず挨拶してるはずじゃないのよー! なんであんなイケメン忘れちゃうのよー!?」
『村の門番の認知度なんてそんなもんだろ、落ち着け。これはゲームだぞ』
「ああん!? もう一度言ったらぶん殴るよ!?」
『すまんかった。場所はたぶんクワッド盆地の東の方だ、地図に印をして送る』
「わかるの!?」
『だいたいは。俺は一度、クエストで国王軍に会ったことがあるんだ』
「じゃあ、魔法使いなんとかしてよ! はやくしないとサイモンが、私たちのサイモンがぁー!」
『だから落ち着け。俺はいま電車にのってて、物理的にログインは不可能だ。双剣士も、たぶん今ごろ自転車だろ、スマホも見れない。だから女戦士、お前しかいない』
「わ、私だけ……!」
ごくり、と喉を鳴らした女戦士。
手が震える。
目の奥がチカチカする。
どうしてこんなに緊張するのだろう。
いままでゲームをしながら、本気で震えたことなどなかった。
なぜなら、心の中でこれはゲームだとわかっていたからだ。
いつの間にかルールを覚えて、ロールプレイをそつなくこなせるようになって、世界観を守って。
ゲームではないと言いきかせながら、ゲームをしていた気がする。
『おいおい、あんまり気負うなよ、これはゲームだ』
魔法使いは、相変わらず世界観を台無しにすることを言った。
『だけど、あいつだけはきっとゲームじゃない。たのむ、サイモンを助けてくれ』
魔法使いも同じだった。
たぶん女戦士も、ゲームではない何かを感じはじめているのだ。
失敗は許されない。
あの男の命運は、自分の肩にかかっているような気がする。
そう思うと、女戦士はがぜん燃えてくるのだ。
「わかった、任せてよ! あの変態騎士団長をぶっ飛ばしてくる!」




