ドラゴンの証
窮地に追い込まれたサイモンは、いまの時刻を確認していた。
リアルの時刻は、午前6時30分。
この世界では、日付変更まであとわずか。
はやく『鳥』との戦いに赴かなければならない。
こんな所で足止めを食らっているわけにはいかなかった。
「騎士団長殿、俺を解放してくれ」
「俺がそうすることにいったい何の意義がある?」
「俺は門番だ、村を守る義務がある」
「ふん、問題外だ。それよりもお前の『混交竜血』の証を改めさせてもらうのが先だ」
なんとか交渉したかったが、聞く耳を持たなそうだった。
騎士団長アスレには、サイモンの体に『毒ヘビ』に咬まれた痕があるという調べまでついている。
それが本当に『混交竜血』の証になるかどうかはサイモンにも分からないが、少なくともオーレンの傷跡と大差なかったのは覚えている。
よくて拘束のみ。最悪のばあい、この場で処刑されるかもしれない。
どのみちリスポーンするならば、今回はそれに期待して、大人しく従った方が懸命かもしれない。
ちらっとログを確認すると、女戦士からチャットメッセージが来ていた。
文章がとぎれとぎれで、なにやら慌てた様子なのが伝わって来る。
『サイモン! シーラちゃんの危機!』
サイモンは、ため息をついた。
シーラの事だから、きっと面倒ごとに巻き込まれたのだろう。
大人しく捕まっていようと思ったのに、どうしても行かなければならない用事ができてしまった。
「そこをどいてくれ。俺は村を守らないといけない」
サイモンは覚悟を決めて、腰に帯びていた短剣を抜いた。
短剣のスキルなど、護身術の程度しか磨いていないが、ないよりかはましだ。
騎士団長アスレの『戦力鑑定』には、サイモンのスキルぐらいなら見えるのだろう。
サイモンの無策を見透かすように、彼は口の端をつり上げ、さらに笑みを深めた。
「やはり、槍を外させて正解だったな」
騎士団長アスレは、背中のフックにひっかけていた魔剣の留め金を外すと、自分の体のとなりに立てかけた。
溢れる魔力によって、剣が地面に垂直に立っている。
さらに禍々しい魔力を刀身にためこみ、緑を超えて、黒々とした光を放ちはじめた。
サイモンはけん制のために、腰の短剣を前に突き出したが、怖気を感じてすぐにひっこめた。
騎士団長アスレが目前まで迫り、魔剣が大きく横薙ぎに振られる。
軍では、魔剣士と正面からまともに打ち合ってはならない、と教えられたが、サイモンは実際にそう言われる理由をはじめて体で理解した。
直前で攻撃をかわせたのは、第六感のようなものだ。
魔剣士の職業特性で、剣を装備するとき、装備中の剣のスキル効果を増大させることができる。
もしも、この剣に攻撃力+20%のスキルがあれば、攻撃力+40%のスキルに化ける。
さらに魔剣士スキル第三階梯、【魔神斬り】が発動すると、攻撃した時に、さらにもう一度同じスキルが発動する。
攻撃力+40%のスキルが、攻撃力+80%のスキルに化ける。
この領地で最強の騎士団長アスレの剣が、たかが攻撃力+20%だけでおさまるはずがない。
古代の魔族の闘技場で使われていた、呪われた剣。
無数の刃を融合し、無数のスキルを合成させた、持つ者の身を破滅させる魔剣だ。
それを操る騎士団長アスレの体術も、極限まで鍛え抜かれた見事なものだった。
恐らく、まともに打ち合ったらこちらの腕が吹き飛んでいただろう。
ぞっとするような魔力をまとった刀身がサイモンの眼前を横切り、切り裂かれた空気が熱を帯び、雨粒が雷に打たれたような焦げ臭い煙を上げた。
剣本体はかわしたが、さらに攻撃時に追加で発動する魔剣のスキル【乱れ裂き】が発動する。
剣によって攻撃したとき、連続の小ダメージを加えるスキルだ。
黒々とした魔力が鋭利なナイフの形をもち、真空波となって周囲に散らばった。
ダメージは比較的に小さい。
巨剣と比較すれば、小型のナイフで切り裂かれるようなものだった。
サイモンは身を切り裂くその真空波を耐え、反撃の機会をうかがった。
(まずい……反撃ができない)
反撃の機会など、なかった。
騎士団長アスレの攻撃には、スキがない。
本体のスキルが発動し終わると、入れ替わるように、職業特性による増加分の【乱れ裂き】、【魔人斬り】によってもう一度発動する【乱れ裂き】が飛んできた。
通常の4倍近くの量の刃が飛んできて、サイモンの肉を切り裂いていく。
さらにその連続攻撃を受けている間に、騎士団長アスレはスキルのリキャスト時間をほとんど消化しきっていた。
反撃するどころか、サイモンが短剣を構える頃には、もう次の攻撃の手はずを整えていたのだ。
なるほど、まともに打ち合って勝てる相手ではない。
近接戦闘において、彼は圧倒的だった。
ほぼ間をおかず、真上から魔剣が振り下ろされる。
やむなく短剣で受け止めたが、全身が剣の衝撃に持っていかれるような感覚を覚えた。
受け止めるどころか、短剣が真っ二つに切断され、雷鳴のような音を立てて火の玉のように燃えながら飛んでいった。
さらに【乱れ裂き】の刃がシャワーのように頭上から降り注いでくる。
サイモンの緑色のライフゲージがごっそり削り取られ、その場に倒れそうになった。
だが、サイモンは尋常でないタフさで耐え抜き、立ったまま騎士団長アスレと相対した。
勝機など最初からなかった。
もはや腕を肩まで上げられるかも怪しくなった。
騎士団長アスレの緑の目は、すでにサイモンが動けなくなっている事を読み取っていた。
彼は剣を背中のフックに引っかけ、留め金でロックした。
「取り押さえろ!」
上級兵たちが数名がかりで飛び掛かり、サイモンを取り押さえた。
全体重をかけてのしかかり、まるで猛牛を取り押さえるような騒ぎになった。
騎士団長アスレは、白い手袋をはめると、地面に屈みこまされたサイモンの傍らに立った。
「これより『混交竜血』の証を確認する! こいつの咬み傷はどこだ?」
「はっ、臀部と聞いております!」
獣のような目で見上げてくるサイモン。
彼を見下ろしていた騎士団長アスレの表情が、一瞬だけ凍り付いた。
「よりにもよって尻か。ちっ、もっと腕とか足とか、咬みやすいところがあるだろうが……」




