夜のとばり
suit:クワッド盆地
サイモンは、魔の山の中腹に訪れていた。
ヘキサン村からすこし山をくだったあたり、広大なクワッド盆地。
岩山から滝がごうごうと音を立てて落ち、湿度の高い森が広がっている。
国王軍がこの山のどこにいるのかは、マップを確認しなくてもだいたい把握している。
じゅくじゅくしたコケの絨毯が広がる先に、大軍でキャンプをしている姿が見えた。
マップで軍隊の規模を確認すると、おおよそ500人。
アイコンが映らない潜伏中の斥候もいるなら、もう少し多いかもしれない。
かがり火を背に、周囲を見張っている兵士が数名いた。
炭でわざと汚して輝きを落としているが、新品の鎧を身につけているのがわかる。
サイモンは、ぴゅういっ、と軽く口笛を吹くと、兵士たちに姿をみせた。
「何者だ!」
やたらと警戒させてしまったようだ。
前に会ったときはいなかった魔法使い兵がいて、さっそく呪文を唱えはじめた。
サイモンは槍と剣を両手にもち、手を高くかかげた。
「怪しいものではない。この先のヘカタン村の者だ」
「デカいな」
「門番をやっているからな」
「この魔の山で門番を……」
国王兵たちは、ごくりと喉を鳴らした。
麓の住民は、魔の山は常に死と隣り合わせの地獄だと思っているらしい。
魔の山の住民は、じっさいはそんな事などなく、麓こそモンスターの出ない楽園だと思っているので、どっちもどっちだった。
ともかくサイモンの巨体は、彼らに恐怖を与えるのに十分だった。
騒ぎを聞きつけた伍長がやってきた。
見覚えのある人物だ。
悪い人物ではないのを知っているので、サイモンはほっとした。
「ここは国王軍の夜営地だ、いったい何の用だ」
「俺がそれを聞きにきたんだが……お前に聞いても意味がなかったな」
国王軍の目的を、この伍長がなにも知らないのは知っている。
サイモンはAI的な作り話の早さで、適当な理由を考えた。
「俺はサイモンという。この先の村の門番だ。
この部隊が、翌日には俺の村を通過するものと思って来た。
なにか村に用向きがあるのなら、先に村長に取り次ごうと考えている」
「用向きは、我々は知らん。司令官のヘロヴァール卿からは山道の護衛だとしか聞かされていない。
恐らく、この山の調査かなにかだと思うが……目的はわからない」
司令官には、なんらかの目的があるのだろうが、ここまで末端がなにも知らされていないとは珍しい。
これでは、伍長が兵士を統率するのも大変だろう。
「もしも大規模な調査になるのなら、何日かこの山に滞在するだろう?
付近の村で水や食料などを調達していく必要はないのか」
「その辺りの心配ないが……地元の援助を受けられるというのなら、歓迎されないことはないだろう。話をしておこう」
国王兵たちは、軽く目配せをしあった。
連絡係が、ひとり走ってテントに向かっていく。
残った数名が槍を握りしめて、サイモンとじっと待っていたが、やがて構えを解いて、敬礼した。
「お前か、ヘカタン村から来たという者は……デカいな」
テントから急ぎ足でやってきたのは、長剣を携えた緑髪の男だった。
複数の剣を油で揚げて固めたような、複雑な形状の刀身を持つ、異様な長剣。
異様な魔力を宿している。
剣士の上級職、『魔剣士』だ。
ホワイトアイコンの横には、『騎士団長 アスレ』と名称が浮かぶ。
顔ははじめてみるが、ただ者ではないのは一目でわかる。
さすがに世間知らずのサイモンでも、領主とその軍隊の最高戦力の名前ぐらいは聞いたことがあったようだ。
「村の方から使者が来てくれたのは助かる。込み入った話になるので、俺についてきてくれ」
「俺がキャンプ地に入っていいのか?」
「不都合か?」
「魔の山では、人間に化けて近づいてくる『スケアクロウ』が出る事があるぞ」
「構わんさ、モンスターが人間に化けることは聞いているが、お前みたいな化け物に化けるとは聞いたことがない」
「俺を化け物だと思ったのか? ひどい言い草だ。ただ体がデカいだけじゃないか?」
「それだけとは思えんがな……お前はただの村人ではないな、レベルはいくつだ?」
騎士団長アスレは、じっと目をすがめてサイモンを見ていた。
魔剣士スキル第0階梯、【戦力鑑定】が発動する。
戦闘能力に関するステータスしか見られないが、多くの兵士を率いるために必須のスキルだろう。
あまり隠しても意味がなさそうなので、サイモンは素直に言った。
「レベル28、槍スキルは第8階梯だ」
「わかった、その槍を置いていけ」
「この槍がなかったら、モンスターに襲われたときに困るんだが?」
「困るのはこちらも同じだ。お前が暴れた場合、いまここにいる我々の全勢力が抑え込んだとして、3割は戦力を削られることになる」
「過大評価な気もするが、まあ、みたところ新人しかいないからな」
「これは部隊が撤退を判断する規模の被害だ。
つまり、お前は我々の話が気に入らなければ、この軍隊を壊走させ強制的に下山させることができる。
なので槍を置いていけ、これは命令だ」
なるほど、とサイモンは頷いた。
オーガの大群に襲われたときも、そうして下山を余儀なくされたのだろう。
ここにいる兵士は新人ばかり、つまり主要な戦力を割くことができない。
それでも危険を冒して魔の山に登らなければならない理由がある。
サイモンが槍を地面に置くと、騎士団長アスレは小さく頷いた。
「話の分かる化け物でよかった。ついてこい」
***
「この山に、なにか異常事態が起こっているのか?」
「いや、この山というより、正確には、王国軍の内部でいくらかの変化があった」
騎士団長アスレは、テントの間を縫うように歩きながら、サイモンに言った。
彼の話は、すでに一般人に話すような内容ではない。
サイモンがもと軍人である事は、雰囲気からだいたいわかったのだろう。
「村長に言うつもりだったが、手間が省けた。
この先のヘカタン村に、『混交竜血』を持った者がいるそうだ。お前も知っているか?」
「ああ、よく知っている」
サイモンは、頷いた。
『混交竜血』を持った者を探してどうするのか、とまでは聞かないが、『トキの薬草』を探すうちに、妙な噂なら聞いたことがある。
「たしか、帝国がモンスターを使役して戦うのに対抗して、『竜騎士団』を新たに結成するという噂が立っていたが……まさかそんな事がありえるのか?」
騎士団長アスレは、すぐに否定した。
「ありえん話だ。『ドラゴン』は元をただせば『ファフニール教団』の末裔だ、異教徒を軍に入れるなど考えられない」
「なるほど」
「だが、先ほど言ったように軍の内部に変化が起こりはじめている。
いくつかの領地で『竜騎士団』を実現しようとする動きが出てきているのだ」
騎士団長アスレは、苦みばしっていた。
彼自身は反対派なのだろう、今の変化をよく思っていないようだ。
「この領地も将来はどうなるかはわからんが、ともかく備えが必要だ」
周囲の状況が変化し、これから領主がどういう判断をくだすのか。
それは騎士団長アスレに聞いてもわからないことだろう。
『混交竜血』の力を利用するにしろ、脅威として取り除くにしろ。
この山にいることが分かっている以上、そのまま放置しておくことができない状況になってしまった、と言う事だ。
サイモンは、ぎゅっと拳を握りしめた。
どうやら王国軍が狙っていたのは、オーレンだったのだ。
手遅れになる前に、病が治っていて、本当によかった。
「魔の山には7年前、『フレイムドラゴン』が出現している。我々はその被害者の全数を未だに把握していない。
そのとき『混交竜血』にかかった者がいないかの調査が必要になった」
「なるほど……そういう理由だったのか」
騎士団長アスレに言われて、サイモンは納得した。
彼と司令官は、そもそもこの登山に、あまり乗り気ではなかったのだ。
軍に『ドラゴン』を引き入れるための調査だ。
あまり戦力を割きたくないし、あわよくば失敗してしまえばいいとさえ考えている。
そのための消耗を前提にした人選だ。
ともかく、国王軍の目的はだいたい理解した。
「わかった。俺も帰って村長に聞いてみるが、まだヘカタン村にいるかどうかは知らんぞ」
「それはどういう事だ?」
「俺の知り合いに、帝国のドラゴンに咬まれた者が1人いたが、そいつは1年前に『トキの薬草』で治ったばかりだからな」
「なに、それはお前もか、サイモン?」
「俺も?」
騎士団長アスレが、不思議な事を言った。
彼の目は、サイモンがぞっとするほどの殺気を放っていた。
周囲にいた上級兵達がしずかに移動し、サイモンの帰路をふさいでいる。
どうやら、サイモンは逃げ場をうしなったらしい。
「『毒ヘビ』に咬まれた傷は治ったのか? ケインズ伯爵領のサイモン軍曹……」
「どうして俺の出自を知っている」
「ケインズ伯爵領でも同じような対応に追われているらしくてな、お前を捜しているそうだ」
騎士団長アスレは、『魔剣』に手を触れた。
鞘走りの音が怨念じみた響きになって、辺りに緑色の怪しい炎をたぎらせている。
彼の緑色の魔力が目から溢れだし、【戦力鑑定】スキルが、サイモンの中に眠る何かを見ている。
いったい、サイモンの中になにが見えているのか、忌々しそうに顔をゆがめていた。
「困ったものだ、俺としては、『混合竜血』が山中で賊に襲われて命を落としていたとしても、一向に構わんのだがな……我が軍に異教徒などいらんのだ」




