魔の山のリゾット
「オーレンくん! サイモンもどってきてる!?」
女戦士は、サイモンを頼りに教会へと走り込んだ。
サイモンは出かける際、「すぐに戻ってくる」と言いおいていたので、ひょっとしたら教会で直接あえるかもしれないと思ったのだ。
厨房では、オーレンがなにやら料理を作っていて、双子のシスターがその様子を見守っていた。
「あらあら、もうコツを覚えちゃったの? うふふ、上手ね、坊や」
「焦らないで、トロトロになるまでじっくりかき混ぜるのよ」
「きゃーっ! オーレンきゅんから離れてーッ!」
もはや、何を聞いてもふしだらな言葉にしか聞こえなくなった女戦士。
斧をぶんぶん振って押し戻し(ノックバック)でシスターたちを退けた。
ちなみに、このゲームは未成年の使用が禁止になっていたが、内容的にはそんなにハードではない。
フルダイブが現実世界の認知機能に重大な影響を与えるらしく、年齢制限が厳しくなっているのだ。
「あ、戦士のお姉ちゃん。サイモンはまだどこか行ってるよ?」
「まったくもう! シーラちゃんとオーレンきゅんが貞操の危機だというのに、いったいどこに行ってるのかしら!」
「失礼ですわね、私どもはべつにオーレン様の貞操を奪うつもりはございません。ただ見守るだけです」
「そう、どれほど大切なものも、いずれ崩壊する世界と共に失われるもの。ならば、やがてくる終末まで、貞操を見守ることが我々神職の者のつとめです」
「むしろ怪しい、なんかエッチ、ぜんぜん信用できない。あれ、ところでオーレンきゅん、なに作ってるの?」
「リゾットだよ。作り方、教えてもらったんだ」
「へー、リゾットなつかしい……ふむ、この山、地熱でじゃっかん暖かいし、水稲とか作れるのかな」
オーレンは、鍋にいっぱいのリゾットをせっせとかき混ぜていた。
ふんわりとバターのいい香りが漂っている。
女戦士は、鍋に浮かぶ緑のアイコンを指でフリックして、そのステータスを確認してみる。
【魔の山のリゾット】カプリコーンのバターで炒めたお米を、山菜とカブとグランマッシュルームのスープでぐつぐつ煮た料理。ほくほく湯気を立てて口の中が幸せになる。ラック増加(大)、ラック増加(大)、空腹予防、各50分。
双子のシスターは、言った。
「お米やカブは、小麦と違って徴税を免れるのです」
「なので安いです。教会の裏技レシピです」
「ちょっと待って、私、冒険者だからこの国の税制度とか知らんけど、ラック増加(大)が2回もかかってるのは私の目の錯覚じゃないよね? えっ、これ食べたらどういうことになるの?」
「『神様(GM)』はすべてをお許しくださいます」
「『神様(GM)』よ、罪深い料理をお許しください」
ほくほく湯気を立てるリゾットを見て、なにやら考えこんだ女戦士。
ラックは、経験値の獲得量に直接影響するステータスだ。
つまりこれを食べると、50分の経験値ボーナスタイムに入ると思っていい。
オーレンの手料理なので、味も保証付きだろう。
女戦士もぜひ食べてみたかったが、リアルの時刻は午前6時25分になろうとしている。
今から食べても30分ぐらいでログアウトしないといけないので、かなりもったいない。
女戦士は、つい出しそうになる手をぎゅっと掴んで、堪えた。
「た、食べたい、けど、ここは我慢しないと……!」
「たくさん作ってあるから、食べてもいいよ」
「いやいや、むしろどっちも取っておくのがソリューション……! こういうのはタイミングが大事……!」
そのとき、ぴーん、と直感がはたらいて、女戦士は、オーレンと顔を見合わせた。
「あ、そうだ。これを剣とトレードしたらいいんじゃない?」
***
オーレンの腕を引っ張って、シーラのいる広場に向かった。
女剣士がたどり着いた時、シーラはおびただしい数の剣に埋もれて、姿が見えなくなっていた。
「うわぁ、なにあれ」
「遅かったか」
うずたかく積もった剣の山の手前に『剣ください』の看板が立っていて、その向こうからシーラの歌声が聞こえている。
「シーラちゃん、どんだけ剣を集めてるの? どうして歌ってるの?」
「あ、戻って来たんだ。オーレンもいるの?(見えない)」
「うん、シーラ姉ちゃん剣が欲しいなら、僕の料理とトレードしたらいいんじゃないかと思ってきたんだけど(見えない)」
「さすがオーレン、私の弟だわ」
「だけど、こんなにたくさんは作れないよ……何本か選んでくれる?」
シーラは、剣の山の中から白銀の剣を一本引き抜くと、重さを確かめるようにぶんぶん振った。
「これにする。一番強そう。誰がくれたの?」
「はい! はいはいはい!」
ブルーアイコンの冒険者たちの中から、1人のプレイヤーが手を挙げた。
彼はシーラに向かって深々とお辞儀をした。
「あの時のCB(カメラ小僧)です! 第2、第3シーズンではお世話になりました!」
「ふぎゅっ!!!??? 誰かしら、まったく見覚えがないわ」
とつぜんシーラの黒歴史を知る人物が現れて、宇宙ネコがしっぽを踏まれたように総毛立つシーラ。
ともかく、シーラのファンと言う事で、貴重な剣をくれたらしい。
かわりにオーレンのリゾットを手渡すと、かなり驚かれた。
「ええっ! これ、ラック増加(大)が2回かかってない!?」
「しーっ、『神様(GM)』には、内緒だよ?」
「ぜったい内緒にするー!」
冒険者は、ゲーム内では貴重な経験的ボーナスとのトレードに満足してくれたみたいだった。
瞬間的に色々な過去を思い出したシーラは、心なしかやつれていた。
「よーし、さっさと撤収しようか。こういうの、あっと言う間に噂になって、ガンガン人が来ちゃうから」
「そうだね。シーラ姉ちゃんの武器も手に入ったし、はやく墓地に行こう」
「いやー、オーレンきゅん、それはもうちょっと待っといた方がいいんじゃないかなー。ほら、日が変わるまであと10分ぐらいじゃない? なにかあるんだったっけ」
「そういえば、サイモンが言ってたね」
女戦士がサインボードを回収していると、シーラはきょろきょろ辺りを見回していた。
彼女は、何か異変が起きていることに気づいたようだった。
「ねぇ、サイモンは? 一緒にいないの?」




