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シーラと豊穣の歌

 ゲームの世界では、夜の夕闇が山を覆う頃。

 リアルの世界では、午前6時20分。


 カーテンから朝日が射して、アサシンがゆっくりと起き上がった。


 本棚には、学校に入る前から積み重ねてきた参考書とチャート本、高校入試の赤本。

 壁に書かされた将来の目標は、目を向ける気力が起きないが、はがすほどでもない。


 布団の片隅には、夢の世界を共に戦ってきた相棒のヘッドギアが置いてある。


「そうか、泣いてたんだ、私」


 目がしぱしぱと痛むのを感じた。

 今日も学校に行く準備をしなければならない。


 お風呂は一度入って来たので、顔を洗うだけにする。

 朝食まで少し時間はあるが、ゲームの世界に入ることはできない。


 母親が起きている間は、家の奥で、じっと息をひそめている。

 完璧な母親と、似ても似つかない不出来な自分が、同じ屋根の下にいるのが不思議だった。


 アサシンには、自分でログインをするアカウントがない。

 それはたぶん、異世界でも自分がないということと同じな気がして、少しさびしい。


 最後に、崖の上から『トキの薬草』を見つけたのは覚えている。

 それを取ろうと飛び降りて、サイモンに送って、地面に落ちた。


 あれから、どうなったのだろう。

 シーラはオーレンを殺さずにすんだだろうか。


『前作』の時は、辛いストーリーも軽く受け流すことができた。

 HMDヘッド・マウント・ディスプレイの映像の中で起こる出来事で、どこか映画を見ているような他人行儀な感覚があった。


 けれど、『今作』のお話は嫌いだ。

 自分が本当に異世界に行ってしまったかのような錯覚に陥ってしまうから、人と話す事にすら拒絶反応を起こしてしまう。


 物語の結末を知るのが怖い。

 自分の行いが何かいい結果を出せたためしがない。

 結末を知るくらいなら、しばらくゲームを離れて、勉強に集中するかもしれない。


 ぼーっとして辺りを見回すと、普段だれからも着信などないはずのスマホが、ちかちかと光を放っている。

 現実世界のアサシンには不釣り合いなほど綺麗で大きなスマホだ。


 メッセージだ。

 何気なしにスマホを開いて、内容を確認すると、ゲームのアプリからだった。


「ログインボーナスが受け取れます」


 という、よくあるメッセージ。

 もしも、アサシンが自分のアカウントを持っていたら、すぐにログインボーナスを受け取っているのだろうけれど、人が多いだろうので、すぐに逃げたかもしれない。


「……自分のアカウント欲しいなぁ……あれ?」


 プレイヤーからのメッセージも届いている。

 フレンド登録をしていないプレイヤーと、リアルでメッセージのやり取りはできない。


 プレイヤー名『サイモン』からだ。


 開いてみると、サイモンのメッセージが届いていた。


『ありがとうアサシン、お前がいてくれて助かった』


 どうやら、『トキの薬草』はサイモンにしっかり届いていたらしい。

 オーレンとシーラは無事で、2人の写ったスクショも送られてきた。

 アサシンは、何度も何度もその文面を読み直した。

 頭の中で、サイモンの声で再生した。

 顔が真っ赤になって、ぷしゅーと盛大に蒸気を噴き出した。


「えへへ、えへへへへ……もー、私がいないとダメなんだからなぁ」


 彼女は上機嫌になって、サイモンにいそいそと返信を送った。

 そんな姉の様子を、ひよのが物陰からこっそり見ていた。


「ヤバい、どうみても恋」


 深夜に警察に通報したのだが、今のところ『ゲームにはまっているだけ』という返答しかない。

 心の底から姉を心配している彼女には、そんな訳がないとしか思えないのだった。


「お姉ちゃん……やっぱり変な男に捕まってるじゃん……ダメよ、目を覚まして」


***


 リアルの世界では、午前6時20分。

 ゲームの世界では、夜の夕闇が山を覆う頃。


 三分岐を選ぶことになった女戦士は、とりあえずシーラについて行く事を選択した。

 

 ヘキサン村の入り口は、夜もオレンジ色の転移ポートの光に包まれていて、どこか温かみがある広場になっていた。


 冒険者にも好評な風景で、広場にたむろしている冒険者たちの中に紛れ、シーラは腕組をし、仁王立ちをしていた。 


 その姿を見つけた女戦士は、不安が変な方向で的中して、がっくりした。

 どのメンバーも放っておくのは不安な三分岐だったが、いちばん不安なのはシーラだった。


「シーラちゃん、どうやって剣を手に入れるつもりなの? 武器屋とか、この時間にはもう閉まってるでしょ?」


「そうね、ブルーアイコンの冒険者だったら、予備の剣の1本くらい持っているかもしれないわ。だから譲ってもらうつもり」


「じゃあ、剣をトレードするのね? けど、いくら人が多いからって、だまって広場に仁王立ちしてるホワイトアイコンに話しかけてくれるプレイヤー、そんなにいないでしょ」


「そう? 昔はこうしているだけで話しかけられたわよ?」


「そりゃあ昔はそうでしょうよ。シーラちゃん可愛いし、リリース直後はホワイトアイコンに興味をもって、無駄に話しかけまくる人が多かったでしょうよ。

 けど、もうそんなニュービーしぐさする人いないわ。みんな話しかける対象を最小限に絞ってる。みて、みんな目標に向かって一直線に進んで、イベントに関係ないモブなんて総スルーでしょ。

 私たちぐらいよ、教会のシスターに話しかけてたの。みんな祭壇でお祈りして、さっさと出てったでしょ」


 女戦士は、シーラには見えないメニューを開き、なにやら操作をしはじめた。


「あった、これだ」


 チャット機能のひとつ『サインボード』を選択し、縦1メートル、幅1.6メートル程度の目立つメニュー板を取り出す。


 この巨大な看板は、文字通りの物理的な看板で、ホワイトアイコンの目にもうつった。

 女戦士は、そこに専用のペンでキュキュキュ、と女の子っぽい文字を書いていく。


「トレードのポップ作るの手伝ってあげるけど、シーラちゃん、お返しに何か渡すもの持ってる?」


「そうね、そういえば……なにも用意してなかったわ」


「なにも? 私が言うのもあれだけど、シーラちゃんさっき【火の洞窟】でドロップぜんぜん拾わなかったの?」


「お金もない。そうだわ、『剣をくれたら何でもします』っていうのはダメ?」


「わかった、な・ん・で・も・し・ま……ちょっと、シーラちゃん?」


「どうしたの?」


「それはやめようよ、見返りになにかエッチな事とか要求されたらどうするの? 私、そういうエッチなの嫌だからね?」


「エッチ? そうだわ、Hランクモンスターだったら私、倒すの得意よ」


「シーラちゃんッ!!!! 何やってるの!!!!」


 冒険者ギルドのヒーローランク討伐依頼は、一般には非公開なので、女戦士はなにかよからぬ別のモンスターを想像してしまったようだった。

 シーラは首をかしげるしかなかったが、女戦士はめちゃくちゃ怒った。


「シーラちゃん、どうしてそんな後先考えずに突っ走っちゃうの? いきなり『笑ってはいけないダンジョン』なんてはじめちゃうし! 生理だって倒しちゃうし! お願いだから、もっと自分の体を大切にして!」


「だって、サイモンがオバケ見に行くって言うんだもん……剣がなかったら私、何もできないもん……」


「わかるっ! シーラちゃん、その気持ち、すごくよく分かるわ! けど、私はそんな汚れたシーラちゃん認めない! 私に任せて、私の前ではそんな事しなくていいから!」


 ともあれ、剣とトレードするアイテムがない事には始まらない。

 女戦士は、サイモンにすごい勢いでチャットメッセージを飛ばした。


『サイモン! シーラちゃんの危機! 剣とトレードに使えそうなドロップ、なんかちょうだい!』


 だが、こんな時に限って、すぐに返事がもらえない。

 ししょー……!

 と唸りながら、女戦士はその場を離れた。


「まってて、なにか探してくるから! シーラちゃんはそこでモブっぽく仁王立ちしてて! 何もしちゃダメよ!」


 女戦士は、シーラを待機させて、とりあえず教会に戻ることにした。


 残されたシーラは、書きかけのサインボードと、専用ペンをじっと見た。

 それを拾って、広場でのんびり2度寝している冒険者に話しかける。


「文字が書けないから、教えて欲しいのだけど」


「いいよ、なんて書くの?」


「『剣ください』」


「はいよ」


「ありがとう」


 シーラは、『剣ください』とだけ書かれたサインボードを持って、広場に設置し、そこに仁王立ちで立った。

 通りすがりのブルーアイコンの冒険者は、サインボードをじっと見ていたが、やがて剣をそっとシーラの前に置いていった。


 次々とシーラの前に置かれ、剣が山積みになっていく。

 ちょうどログインボーナスで不要になったアイテムがだぶついていたのだ。


 ゲームのイベントなら、必ず報酬が伴うものだが、シーラのお願いにはそれがなかった。


 だが冒険者たちは、『何もない』とは思わない、これをゲームのイベントだと信じている。


 だからこそ、いい事をしたら最後には『神様(GM)』から何か見返りがあると思っているのだ。


「私、知ってるよ。ブルーアイコンはみんないい人なんだ」


 とりあえず、シーラは剣を貰ったら歌う事にした。

 ヘカタン村の民謡で、豊作の感謝をあらわす歌だった。


 朝ログインしにきた冒険者たちは、その素朴な歌を聞いて、ほっこりした顔をして、元の世界に帰っていったのだった。

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