ログアウトの約束(前編)
リアルの世界では、午前4時50分。
仮想世界では、西日の射す午後の時間帯。
砂漠を訪れた冒険者たちが、ふいに戦闘中のサイモンを見つけた。
「おい、あの槍使いすげーな」
「え? あれNPCじゃない?」
「アイコンよく見えるな、なんだ、NPCか」
「けど強いよな、何回攻撃するんだ? パパスかよ」
「一緒に戦ってみたい……こっちにもイベントまわって来ないかなぁ」
序盤で解放されたステージである砂漠のモンスターは、平均レベルが10程度しかない。
魔の山『奥地』のサイモンがこれまで戦ってきたモンスターを基準にすると、あまりに弱かった。
その中で、ワイバーンはレベル20に匹敵するものも多く、本来は岩場の影に隠れて見つからないように進行していく対象となっていた。
だが、今のサイモンの敵ではない。
【紫電突】による遠距離攻撃で、ほぼ一突きで仕留められる。
破竹の勢いでワイバーンを狩っていくサイモンは、ブルーアイコンたちから注目を集めていた。
アサシンは【潜伏状態】のまま彼についていくが、『トキの薬草』はいっこうに見つからない。
アイコンが表示されない『隠しアイテム』を可視化する斥候スキル、第4階梯、『盗賊の鼻』。
モンスターからのドロップの選択肢を増やす、同じく斥候スキル、第2階梯、『強奪』。
使えるスキルはすべて発動しているのに、どこにも見当たらない。
「ねぇ、サイモン、そっちは見つかった?」
「ダメだ……ワイバーンの巣はあるのに、タマゴとか財宝しかない」
「トキ色ってピンクだよね? そんなの生えてたら見落とさないと思うんだけどなぁ」
「ちょっと、いったん休憩しようか」
岩陰にメンバーを集めると、白髪の用心棒は『背嚢』からガスコンロとポットを出し、お茶を沸かし始めた。
「『背嚢』いいなぁ、まさに冒険しているっていう感じのアイテムが出てくるよね」
「だろう? 愛好家も多い」
さらに白髪の用心棒は、フライパンでウィンナーを焼き始めた。
じゅうじゅう音を立てて油を飛ばすと、うわぁ、とアサシンは声をあげた。
「サイモン君、不安かね? 人間はそういう時、立ち止まって考えることができる生き物だ。落ち着いて、もう一度考え直してみるといい」
白髪の用心棒は、料理をしながら言った。
サイモンは、浮かない顔をしていた。
大昔に『トキの薬草』が発見された、というオアシスを含め、この砂漠のエリアはあらかた探しつくしてしまった。
だが、今は『トキの薬草』の手掛かりもつかめていない。
本当にこれで正しいのか、空回りしているのではないか、という気がしてくる。
「リリースされてから半年。『ドラゴン』を倒すクエストやイベントは何度も発生している。
だが、『ドラゴン』と関連するアイテムである『トキの薬草』はその存在をほのめかされているものの、半年間まだ一度も発見されていない。
……この場合、考えられる原因は2通りある」
白髪の用心棒は、お茶を配りながら言った。
「ひとつ、これから実装される予定のフィールドで特別なイベントが用意されていて、そこで特別な『ドラゴン』を倒したときに手に入る。
ふたつ、すでに実装されている『ドラゴン』の出るフィールドで、なんらかの条件を満たす必要があるが、まだ誰も満たしていない。
このどちらかだ。君たちは、どうしても後者にかけるしかないんだね?」
「そうだな。俺は次のアップデートを待つことはできない」
「では、このフィールドでまだ誰も満たしていない条件とは、一体なんだろうか?」
「俺はゲームの事はあまり詳しくないので、よく分からないな……アサシンはなにか心当たりあるか?」
「うーん、アッドスの言っていた事は、けっこう重要かもしれない。『ドラゴン』の血だまりに生える……つまり『ドラゴン』をめちゃくちゃ狩ったら生えるとか」
「かもしれん。とりあえず、フィールド上からドラゴンを全滅させてみるというのはどうだ?」
一行は、砂漠の上空を飛び交うワイバーンを見上げた。
中には遥か上空を飛んでいる者もいて、彼らにはとても交戦できそうにない。
「無理じゃない? 倒しきる前にリスポーンしちゃうよ」
「我々だけでは、そうだろうな……だが、そろそろ他のプレイヤーたちが目覚める頃だ」
白髪の用心棒は、丘の向こうを指さした。
高い所から砂漠の地平を見下ろすと、水平線の向こうの転移ポートから、強い光が発せられていた。
砂漠にぞろぞろとプレイヤーたちがやってきて、静かに砂埃をくゆらせている。
アサシンは、ずらりと並んだブルーアイコンの姿に、びくっと怯えた。
白髪の用心棒は、日本刀を手に立ち上がった。
「5時になると、登校前や出勤前に軽く遊んでいくプレイヤーは割と多いんだ。ちょっとレイドパーティが組めないか、彼らと交渉してくるよ」
「ええっ! ど、ど、どうするの!? あんな大勢なのに!」
「道ばたで人間に話しかけたらケンカが始まるとでも思っているのかね? ここは仮想世界で、相手は生身の人間だよ。なにも怖がることはないさ」
「よし、俺も行こう」
「いや、サイモン、あんたは体がデカいから相手が怖がるかもしれん。ここは私に任せておいてくれ」
などと言って、白髪の用心棒は単身、ブルーアイコンたちの方に向かっていった。
アサシンは、すっかり恐怖に青ざめていた。
「ど、どうしよう、あの人も陽キャの人だ……!」




