ソーシャル・ハック
リアル世界では午前4時35分ごろ。
仮想世界では昼前の時間。
サイモンとアサシンは港町を歩き回って、だいたいの情報収集をし終えていた。
「Wikiで調べたら、『ドラゴン』の出没するフィールドは『季節』アップデートごとに増えていってるみたい」
「増えているのか、知らなかった」
2人は噴水のある公園に並んで座って、アイスクリーム(甘くて冷たい。回復速度上昇、炎耐性中上昇、20分)を食べていた。
「3月のリリース当初からいた魔の山のレイドボス『フレイムドラゴン』、これは期間限定イベントだったからもう討伐されていなくなっちゃってる」
「『フレイムドラゴン』は聞いたことがある。倒した後で『トキの薬草』は手に入らなかったのか?」
「残念ながら、そういう報告はないわ。4月の春アプデから出現しはじめたのが、砂漠地帯の『ワイバーン』、7月の夏アプデで東の海洋に出現した『リヴァイアサン』の2種類が『ドラゴン』と言われているの」
「つまり俺たちが探せるのは砂漠か、海洋か……」
「海洋の方は、船を手に入れる必要があるから、必然的に砂漠を探すことになると思うの」
そう考えた上で、アサシンはサイモンとアイスを食べていた。
炎耐性中上昇がつく夏季限定アイテムなので、砂漠での活動を助けてくれるのだ。
決してサイモンといちゃつきたいという下心があったわけではなく、必然的にそのような見た目になってしまったのだ。
「用意周到というわけか。そう言えば、その重たそうなカバンを持っているのも何か理由があるのか?」
「これ? これは、おしゃれ」
「おしゃれ……だと?」
「ストレージ系のアイテムはね、移動するたびに『マイル』がたまるのよ。帝国まで行くんだったら、ガッツリたまると思って」
「楽しそうに言っているところすまんが、『マイル』とは何だ?」
「アイテムと交換できるポイントよ。装備していれば、転移ポートを使っても、乗り物に乗っていても『マイル』は溜まっていくの」
「本当にブルーアイコンの冒険者はチートだな……」
「あー、サイモン、チートなんて言葉使えるようになったんだ。そうよ、チートなのよ。羨ましいでしょ?」
メニューに大量にアイテムを保管できるはずのブルーアイコンたちが、なぜかバッグや道具袋などのアイテムを持っていることがしばしばあるのだが。
どうやら『マイル』をためて、追加でさらなるアイテムを手に入れるためだったらしい。
「なるほど、そう言えば、さっき『背嚢』を持っていたブルーアイコンもいたな。
馬車で寝ていたが……そうか、寝ながら『マイル』をためていたというわけか」
「えっ、なにそれ大変、起こしてあげないと!」
「いや、その心配には及ばないよ。私は最新のゲーミングチェアを使ってるからね」
声が聞こえて振り向くと、そこには名も知らぬブルーアイコンがいた。
だが、まったく顔も知らない訳ではない、トリオン村で出会った白髪の用心棒である。
さっきサイモンが言っていた『背嚢』を背負い、日本刀を腰に提げ。
こちらが気後れするほどにニコニコと満面の笑みを浮かべながら、気さくに手を挙げた。
「さっき聞こえたんだが、砂漠に行くんだって? ちょっと、わたしも一緒についていってもいいかね?」
***
リアルの世界では、午前4時40分。
仮想世界での正午の時間を迎えた。
若干空気の重い王国軍基地の転移ポートに出現すると、サイモンは居心地悪そうに砂漠へと急いだ。
「ん、どうしたんだ? 兵士たちに聞き込みはしないのか?」
「サイモンはケガして療養中の兵士だから、仲間と顔をあわせるのがちょっと気まずいみたい」
「ほーう、面白い奴だな」
「いいから早く行こう、時間がない」
基地から一歩外に出て、帝国に足を踏み入れた一行の目の前には、砂漠が延々と広がっている。
suit:ダイマ砂漠
なだらかな砂の地平を見晴らしていると、地名が視界のすみに浮かんだ。
「ここから先は帝国と王国の緩衝地帯、つまりは国境だ」
「えええ、これ、ぜんぶ砂じゃん……?」
砂の世界を見晴らして、アサシンは絶望的な声を漏らした。
「薬草、はえるのかなぁ……?」
「ここで薬草を探すのは難しそうだな。海にした方がよかったか?」
「ごめんサイモン、私はAIじゃないから、海で薬草を手に入れるイメージが浮かばないわ……まあ、ゲームの世界ではよく海で薬草を拾うんだけどね」
「ひとまず、あの砂丘を超えてみよう。歩いて行けるか?」
砂を踏みしめるたびに、足をばたばた振りながら進んでいくアサシン。
「うう、アイス食べたのに、若干ダメージくらう……砂あっつぅ」
砂漠のはるか向こうに目を凝らすと、青々とした草の生えた山が見える。
それでも岩が多く、地理的には『砂漠』に分類される、やせ細った土地だった。
「まあ、そんなに急ぐことはないだろう」
白髪の用心棒は、『背嚢』を砂の上におろすと、中からアイテムを取り出した。
「冷たいポーションでも飲みながらいこうか、ほら」
「え、それ『冷やしポーション』出てくるんだ」
「けっこういいアイテムだろう? 知り合いに破格で譲ってもらったんだ。
装備のアクセサリー枠を2つも食うので商人か荷物持ち(ポーター)にしか需要がないと言っていたがね」
「いいなぁ~!」
こうしたストレージ系のアイテムは、種類によって『マイル』と交換できるアイテムが異なっていた。
初期装備で誰もが身に着けている『腰袋』からは、薬草や飴玉のような安物のアイテムしか出せないが、余ったマイルを1マイル=1銅貨でお金に変換できるので「腐らない」「裏切らない」などと言われ、けっこうな割合の冒険者が愛用していた。
ちなみに、アサシンの旅行用キャリーバッグから出てくるのは、ファッション系のおしゃれなアイテムばかりである。
「『腰袋』はどうしたんだ?」
「う……売った。闇市でキャリーバッグと交換した」
「もったいない」
「だ、だって! 課金しなくてもマイルでガチャが回せるのよ? そんなのアバターに愛をこめてるレイヤーなら誰でも欲しいでしょ?」
「たしかに、どう考えてもレイヤーを誘致するためのアイテムなのに、大半のレイヤーは課金でマイルを購入するからまったく歩かないらしいな。
せっかくの仮想世界に来たのだから、ちょっとは冒険しようと思わんのかな」
「みんな石碑の辺りでうろうろしちゃうのよね。こんなに風景が綺麗なのにねぇ」
白髪の用心棒とアサシンは、わりと話が合うようだった。
どうやら、白髪の用心棒の話の引き出し方が上手いのかもしれない。
いつの間にか彼の興味は、アサシンのリアルの素性にうつっていた。
「リアルが学生だったら、『課金』が大変だろう? だいたい月にどのくらい『課金』しているんだ?」
「最近はあんまりしてない。『前作』だったら、私も石碑の前でぐるぐる回って移動距離かせいでたわ。けど仮想世界でそれやったら吐いたからやめた」
「じゃあ『今作』では無課金なのか。このゲームでお金がほしいと思ったことは?」
「う……ある。介護用ロボットが欲しい……月に2万円くらいでレンタルできるからバイトしろって、あるプレイヤーに言われた」
「ほうほう……ちなみに、そいつにバイト先を紹介されたり、紹介された相手にリアルの連絡先を渡したりしていないか?」
「してない……そもそもバイトとか無理だし」
「『課金』というのはなんだ?」
「あ、課金ってのはね、サイモン……」
「なに、課金を知らないのか? 君は『リア金』で取引したりしないのか?」
「知らない。俺の村ではヘカタールという通貨を使う。地面から出てくる虹色の貝の欠片だ。王国の『銅貨』とほぼ同じ値段で取引ができる」
「ほぉー、帝国では?」
「帝国の通貨は見たことないが、特殊なモンスターを倒すとドロップする魔石を使うと聞いたことがある。詳細は帝国が隠しているのでよく分からない」
「なるほど、サイモンは帝国について色々と調べているんだな。では、こいつは魔石を落とすかな?」
サイモンと白髪の用心棒が身構えた。
彼らの足元の砂が割れ、地中からレッドアイコンと巨大なワーム系モンスターが出現した。
「デザートワーム(Lv.3)か」
「ぎゃーっ! 出現の仕方が無駄に心臓に悪い!」
白髪の用心棒は、日本刀のこいくちを切ると、不気味な金属音を周囲に響かせた。
みーん、という嫌に耳に残る音が響き、デザートワームが白髪の用心棒にみいられたように動きが止まった。
「ほっ」
しゅんっ、と刀を抜いて、鞘に収める。
日本刀スキル、第1階梯、【居合】が発動したのだ。
発動が恐ろしく速い、『先制』を目的としたスキル。
その攻撃力は若干落ちてしまうが、日本刀は両手剣の中でもクリティカル率が高いのが特徴だ。
派手な火花が散ってクリティカルヒットの大打撃を与え、デザートワームがうねうねとうねって、地面にばったり倒れ伏した。
「残念、ドロップに魔石はないようだ」
「一発でクリティカル出るのすごい」
「運がよかっただけだよ」
そうはいうものの、白髪の用心棒の日本刀はクリティカル率95%にしつらえられた超大業物だった。
むしろクリティカル以外は運が悪い時しか出ないといった方が正しいのだ。
そう、『S課』は、まがりなりにも国家機関。
一般人が使うWikiなどでは到底知りえない、深いレベルのゲーム情報を仕入れているのである。
さらに、莫大な資金力によって課金アイテムはあらかた買いそろえてある。
これによって『相手が興味を引きそうなアイテムを携えて登場し、会話のきっかけを作る』など、お手の物なのだ。
「ちなみに、職業なんなの?」
「商人」
「ないわー! ハズレ職業じゃないの、絶対ないわー!」
「ふっふっふ、果たしてそうかな?」
こうして、白髪の用心棒はサイモンとアサシンのグループにやすやすと溶け込んでしまった。
そうして標的と雑談しながら、本当に欲しい情報を少しずつ引き出していく。
これこそが、あらゆるハッキング技術の最高峰、『ソーシャル・ハック』だ。




