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Who am I(私は誰ですか?)後編

※情報量が多かったので分配しました

 そして彼は、リアルの世界に帰還した。

 メイン画面にうつり、ヘッドギアを頭につけた状態で覚醒する。


 身体を包み込む繭のようなゲーミングチェアは、仮想世界専用のもので、どこかSF的だった。


 アサシンが聞いたらあまりに贅沢なゲーム環境に羨ましがっただろうが、職務中に体を壊すと労災になってしまうので、『S課』は常に最新のゲーム機器とチェアを導入していた。


 シールドを開くと、傍らには小机の上に菓子の袋が散らばり、栄養ドリンクが何本も置いてある。

 もう片方のゲーミングチェアは、シールドが降りていて、中の人物が降りてくる気配はない。


「爺さん遅いなぁ……ふーむ」


 長髪の用心棒は、あぐらをかいた体勢のまま、ヘッドギアの『MR機能』を操作した。


 これは『拡張現実』と呼ばれる、フルダイブが実現する一歩手前の技術だ。


『MRモードを起動します』


 触れることのできるメニューが、彼の目の前に浮かび上がる。

 ヘッドギアの機能を使って、視覚情報を一部だけ上書きしているのだ。


 視界メモリーの情報を複製したり、アプリの外に持ち出すことは出来ないが、この画面を使えば内容を確認することができた。


 長髪の用心棒は、サイモンがナイトメアと戦闘しているときの映像を確認しはじめた。


 槍で突きながら横を通りすぎ、すぐさま反転して槍で突き、恐ろしいほどの正確さで連続攻撃を繰り返している。


 見たところ、リキャスト時間を解除しているようだが、おそらく、このNPCに搭載された特別な能力か何かだろう。


 何度も何度も見直して、確信した。

 こんな動きが人間にできるわけがない。


「やっぱりどう見てもNPCだよなぁ。こんな高速で動きながら、正確に敵を攻撃できるわけが……」


 びん。


「…………」


 妙な音が聞こえた気がして、長髪の用心棒は、もう一度おなじ場面を再生してみた。


 サイモンが腕を横に伸ばし、指を動かす。

 リキャスト時間が解除される、瞬間。


 びん。


「……これ」


 どこかで聞いたことがある。

 一体どこで聞いたのか、思い出せないが、確かに聞いた。


 徹夜明けで鉛のように重たい頭を総動員し、栄養ドリンクをあおった彼は、はっと思いついた。


「ウィンドウズだ……警告アラートが鳴ってる音じゃないか、これ……」


 そう思って聞いてみれば、もはやそうとしか思えない。


 なぜウィンドウズOSの警告アラートが、こんな仮想世界の真っただ中で響くというのだろうか。


 長髪の用心棒は、サイモンの指の動きに注目した。

 信じがたい早さで、バラバラに動く五本の指。

 だが、その動きはいつも規則的だ。


 これは恐らく、プレイヤーも知らないメニューの裏機能。

『あるはずのない物がそこにある』ようにしか見えない。

『コンソール』だ。


 仮想世界の『メニュー画面』は、プレイヤーの顔の位置を基準に展開される。


 顔の後ろの死角に、透明なホロキーボードが浮かんでいるなど、誰も予測できない。


 恐らくゲームのシステム開発者が、ログインしながらリアル世界のハードウェアなどの外部デバイスを操作するためにこっそり仕込んだのだろう。


 長髪の用心棒は、その指の動きを真似て、自分の指を動かしていた。


 ピアノの練習をするように、最初はぎこちなく、ゆっくりと。


 動きを正確に記憶した彼は、つぎに自分の視界上に浮かぶホロキーボードの上に手を伸ばし、その指の動きをたどってみた。


 彼には、ある直感があった。

 もし、このゲームのOSがウィンドウズなら。

 前半部分は、制御開始の合図。

 恐らく「cmd」コマンドプロンプトの起動が、どこかにはさまれている。


 その推測が正しければ、そこからキーボードのすべてのキーの配置を推測できる。

 ファイル名を指定して実行(スタート+R)、「cmd」、エンター。


 人間離れした速度で入力されているが、分解できる。

 そこから、ひとつひとつの動きの意味を推察し、組み立てていく。

 彼の指はやがて、ひとつの命令文を入力した。


『whoami』


 Who am I(俺は誰だ?)

 ログイン中のユーザー名を取得するコードだ。


 何度も何度も、本物の指の動きを見直したが、おそらく間違いない。


 この男は、自分のアカウントのユーザー名を取得しようとして、システムに拒否されてアプリケーションエラーを起こし、何度も何度も警告メッセージ音を出しているのだ。


 原因は分からないが、どうやらその瞬間にアバターが初期状態に戻され、スキルのリキャスト時間がリセットされるというバグが潜んでいる。


 それを利用した連続攻撃。

 恐らく、全ユーザーはおろか、管理者ですら気づいていないだろう。

 信じられない。いったいどうやってこんなものを発見したというのか。


 人間ではない、それはまちがいない。

 考えれば考えるほど、この男はAIでしかない。

 まさに『TAS』がなせる奇跡。

『悪魔の技』だ。


「……お前は誰なんだ?」


 長髪の用心棒は、サイモンに向かって呟いた。

 彼は現実世界に戸籍が存在しない、まったく正体不明のNPCだった。

 分かるのは、ウィンドウズを使っているという事だけだ。


 ちらりと視線を上げた。

 隣のシールドは、まだ閉まったままだ。


「……というか、爺さん遅いなぁ、なにやってんだろ」

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