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勇者のシーラ

 一行は、港町の転移ポートから一路トリオン村へと移動し、スミスのいるログハウスを訪れた。


 トリオン村にも転移ポートがあるらしいので、ヘキサン村の転移ポートにいく前に立ち寄れそうだったのだ。


 装備が完成しているのか確認するためチャットを送っていたのだが、返事がないので、「寝落ちしているのでは」、と思われていた。


「どう? いる?」


「いた」


 案の定、暖炉の前で、ちびっこいスノードワーフの女の子が丸まって、すーすー寝息を立てていた。


「た、大変、寝てる……さ、さ、サイモン、起こしたげて!」


「起こしたら悪いんじゃない?」


「け、けどこのままだと死んじゃうかもしれない……!」


「そうなのか?」


「わ、私も寝落ちしたことあるけど、寝てたらリアルの体で何が起こってもわからないんだよ、起きたら警告音がなってて、ネコが顔の上で寝てて窒息しかかってた……ほんとうに危険だよ!」


 それは大変だ、と慌てたサイモンは、スノードワーフの女の子をゆさゆさ揺すぶった。

 スミスは、ふわぁ、と伸びをして体を起こした後、サイモンたちの方を見て頭をぺこりと下げた。


「あ、おはようございます」


「おはようございます」


「いま何時……て、まだ4時になってないのかぁー……先生、こんな時間に起きるほど年寄りじゃないんだけどなぁー……」


「先生、リアルの体の方は大丈夫ですか?」


「ん-、なにアサシンちゃん私のこと心配してくれてるのー?

 そう言えば先生変な姿勢で寝てるみたいねー。一升瓶を抱いてうつぶせになってー、ネコみたいに丸くなってるのねー、しかもハダカだからお尻が冷えてるっぽいわー。

 けどだいたいいつもこんな感じー。通常運転よー」


「せ、せめてちゃんと服を着てください」


「そんなに心配しなくてもー、普通に寝てるときと寝相は変わらないよー。寝てるときに事故るってんならー、たとえログアウトしてても事故ってるさー」


「スミス、すまないが、40分までにヘカタン村まで行かないといけないんだ。装備が出来ていたら渡してくれないか」


「あらら、じゃあ立ち話している暇はないわねー。ちなみに、何と戦うのか先生聞いてもいいー?」


「『鳥』だ。日付が変わる頃、魔の山に『巨大な鳥』がやってくる。俺たちはそれと戦わなければならない」


「やっぱり、そうなのねー。サイモン、気をつけなさいねー、あなたが戦おうとしている相手は、本当は『鳥』じゃないかもしれないわよー」


「……どういう事だ?」


「しいて言うなら、『運命プログラム』かもねー。先生、長い事ゲームをやってるけどー、あなたみたいによく喋るNPCは、たいてい物語の主人公なのよー。ほら、これ持ってきなさいー」


 スミスは、メニューのアイテムリストから、複数の装備を出してくれた。


 サイモンの槍に、鎧に、アサシン用のフード、グローブ、手裏剣まである。


 いずれも火炎玄武の素材を駆使したものらしく、炎属性の赤い魔力を宿しているのが見た目からもわかった。


「あれ、先生、私の分も作ってくれたの?」


「ごめんねSランク作れなかったー。D+になっちゃったのもあるー。……アサシンちゃん、どうして泣いてるの?」


「ぐすっ……だって……はっ……はじめて人からアイテム作ってもらったっ……先生ーッ!」


「くるしゅうない、くるしゅうない。あれ、ごめんなさい、お仲間1人増えたの? 剣士の装備は先生用意してなかったわー」


 アサシンとサイモンの後ろにいたシーラに目をとめて、スミスは言った。

 シーラは、ふるふる、と首を振った。


「あ、私は大丈夫……いつも大体こんな恰好だったから」


「シーラ、せめて防具くらいはつけていった方がいいんじゃないか?」


「ん-? シーラー?」


 その名を聞くや、作業台の上に身を乗り出すようにして、じーっとシーラの顔を覗き込むスミス。

 どうやらアイコンの横の名称と、顔を見比べているらしい。

 すると、なにやら思い当たったらしく、人差し指を立てて、ぴっと指さした。


「ひょっとして『エッチのシーラ』?」


「うにゃあぁッ!?」


 シーラの口から宇宙ネコが飛び出して鳴き声を響かせた。


 なぜ、どうして、と、当惑するシーラをよそに、スミスはローゼットの引き出しから、何枚かの『写真』を取り出した。


『写真』は鍛冶師スミスの加工アイテムのひとつで、一番お手頃で人気のあるものだった。

 好きな画像をゲーム内に持ち込んで『写真』に貼り付け、部屋の壁にインテリアとして飾ったり、トレーディングカードのように売買したりできるのだ。


 いずれの『写真』にも、スタイリッシュな恰好をしたシーラが写っている。


「じゃーん! 拾いものだけどー! 先生ファンになっちゃったから、アイテム化しちゃったんだ! ほれほれ、これは17歳の頃の軽戦士の鎧を着たシーラちゃんー!」


「やめてぇぇぇ!」


 4年の歳月を経て得られたシーラの平常心は、このときもろくも崩れ去った。

 そこに居るのは、19歳の乙女だ。


「ち、違うんです、この二つ名は、私がエッチだとか、そういう意味じゃない、これには、ちゃんとした深い意味があるんです!」


「意味くらいわかってるわよー、港町の人たちがみんな噂してたものー」


「そんなの、港町の人たちが、みんな知ってるはずがないの! だって、これは……この記号は……」


「『ヒーロー』でしょ? 日本語だと『勇者』よねー」


 シーラは、ぽかんとしてスミスの顔を見つめていた。


「え?」


「そうでしょ? 頭文字よ?」


 そう言えば、シーラの二つ名がHランクの意味だということは聞いていたが。


 HランクのHがどういう意味なのかについては誰も言ってなかった。


 シーラは最初、ダンベルだと思っていたし、別の世界ではハイパーの意味だったらしい。


 ただ、スミスは英語圏の出身なので、家庭用ゲームにおいてはこの呼び方に慣れ親しんでいたのだった。


「本当に正しい意味は、作ったAIしか知らないわー。けど本来は何が正しくても、そこに新しい意味を作るのもAIなのよー。

 あなたみたいな可愛い女の子が、非公開のクエストを頑張っていることぐらい、みんな知ってるわよー。だれかが二つ名をつけるくらい、真剣に頑張ってたんでしょー?」


「……はい」


「かっこいいじゃない、『勇者ヒーローのシーラ』。人知れず悪と戦ってる感じがするわよねー。先生好きよー」


 彼女を応援していた港町の人々の事を思い出して、シーラは思わず声をもらした。

 彼らは読み書きができるだけでなく、ある程度の外国語も話せるのだった。


「ごめんなさい……ていうか、外国語じゃわかんないよ?」


 スミスは、金床の上に銀色の素材を置くと、ハンマーでかつーん、と叩いた。

 金属の塊が徐々に形を変え、そのまま肩当てのついた鎧になった。


「時間がないから、プリセットの装備作ったげる。スキルスロットルが皆無で成長もぜんぜんしないけど、間に合わせには充分よねー」


「先生、いまなんか、すごくいい金属を使いませんでした?」


「ゲーム開始からコツコツ熟成してた玉鋼ミスリルってやつ? ファンだから惜しげもなく貢いじゃう。ほい!」


 スノードワーフの凄まじい腕力で、鎧を軽々と投げてくるスミス。


「これ着て思い切り自分の『運命プログラム』と戦ってらっしゃい、いってら!」


 シーラはそれを真正面から受け取って、よろめきながらも、決意をしたように力強く頷いた。


「いってきます!」

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