ヘカタン村のシーラという少女
ヘカタン村のシーラという少女が冒険者ギルドにやってきたのは、今からおよそ10年前の事だった。
それは、帝国との戦争が起こってまだ間もなく、王国全体が不穏な空気に包まれていた頃のことだ。
「ギルドマスター、正気ですか? Hランクの討伐に子供を随行させるだなんて……」
「ああ……確かにさせたな。それがどうかしたか?」
冒険者ギルドのギルドマスター【デセウス】は、支部長からの怒りに満ちた質問に生返事をしていた。
問題のシーラという少女は、あろうことか自分の出した依頼書を目立たせるために、他の依頼書を掲示板から引きはがし、破棄するという行動を起こしていた。
目に余る問題行為だ。それを発見し、すぐさま捕まえたのは支部長だ。
周りの職員は、子どものしたことなので穏便にすませようなどと言っていたが、支部長は「ダメです、規則です」と言ってきかず、ギルド総会で処分が決定するまでギルドマスターに身柄を預けていた。
だが、総会で話し合いが行われる前に、ギルドマスターは彼女を非公開の討伐クエストのパーティに随行させていたそうなのだ。
それを聞いて、支部長はこうして駆け込んできたのである。
支部長【アーノルド】は、メガネをくいくい持ち上げて言った。
「罪状が確定するまでは、勝手な真似はしないでください。いくらギルドマスターとはいえ、我々総会の判断をないがしろにしないでいただきたい」
「総会がどうした、俺の判断がギルドの判断だ、俺が不要と判断したらなにもかもが不要だ、むろんお前らのくだらないおしゃべりも例外じゃない」
「まだ13歳の子どもです。法令では未成年にあたる。命の危険があるクエストに参加させればどうなるかぐらい、あなたでも分かるでしょう」
「ヘカタン村では13歳から成人だそうだ。だとすると問題なのは年齢じゃない、問題なのは金になるか、ならないかだ」
「また金の問題ですか」
ギルドマスターは、なにやら深い計算を巡らせながら、タバコの煙を深く吐き出した。
「なにも珍しい事じゃないさ、開拓時代、文字通りの『冒険』には、『カナリア』と呼ばれる子供を随行させていたそうだ……。
ダンジョン内に張り巡らされた罠や、危険なガスが充満した通路を確認して進むために、子供や罪人の足首に鈴をつけて、鈴の音が聞こえなくなるまで先行させていたんだと」
「今は開拓時代ではありません。そんな野蛮な行為は、50年前の冒険者ギルド規則ですでに禁止になっています」
「ほんの50年前だろ、その規則が出来たのは。まわりは戦争でケツに火がついてんのにいつまで文化人を気取ってんだ?」
「いくら非公開クエストとはいえ、ギルドマスターが鉄の掟を破ってはいけません。都市条例のギルドマスター関連条項でも定まっている事です」
「都市条例がどうした、いい加減にルールブックから顔を上げて俺の眼を見て話せよ、くだらねぇ奴だな」
「たとえ私がルールブックから顔を上げてもルールブックは同じことしか言いません、それが規則です」
「食い扶持を減らすために子供を殺す村まである時代だぞ、そいつらの所に行っても同じことを言えるのかよ。なんなら俺がいまここで戦争でもはじめてやろうか?」
「どうぞご自由に、私の冒険者としての最終成績はFランクですから、きっとギルドマスターの火炎切り一発で死に瀕するでしょう。
そうすれば私はあっさりと手のひらを反して、世にも卑怯な裏切り行為を平気でするサル以下の人間に成り下がることと思います。
ですが、ひるがえせば、その瞬間までは私は文化人だということです。諦めてください、ギルドマスター。世の中が戦時中だろうとなんだろうと、私は来たるべきその瞬間が来るまで徹底するだけです。それが規則なのですよ」
「ふざけやがって、コイツ本当に面白くねぇ。なんで俺はこんなのを支部長に採用したんだ、きっと気の迷いがあったんだ」
ギルドマスターは、苛立たし気に椅子の上にのけぞった。
彼と支部長は常に水と油、光と影、静と動だった。
この両極端な2人が交互に舵を漕ぐおかげで、冒険者ギルドは今日まで発展してきたのだ。
「それで、ギルドマスターはいつ自主退職なさいますか? それとも、次のギルド総会で不信任案を出されて、袋叩きにされるのを待つおつもりですか?」
「俺がギルドを追い出されるような事はありえねぇよ……なぜなら俺は、金にならない事は、絶対にしないからだ」
「というと?」
「言った通りだよ。じきにわかるさ」
しばらくすると、ドアが開いて、ギルド職員が一人やってきた。
「すみません……受付で騒ぎになっています。例の少女が来ていまして……」
「ああ、またか……俺のところに直接来るように言っておけ」
「今度は一体なんだ……」
***
冒険者ギルドのロビーは、大勢のホワイトアイコンの冒険者たちがひしめいていたが、そこでは軽い騒ぎが起きていた。
カウンターの前に、血みどろの少女が現れたのだ。
よく見ると、血はいずれも少女のものではない。
ブルーアイコンの冒険者のようにアイテムボックスを持たない彼女は、大きな布に雑に切断されたモンスターの部位を詰め込んで、肩に背負っていた。
「討伐部位……どこか忘れちゃったから、色々持ってきたよ?」
シーラは、ごとん、と袋をカウンターに置くと、受付嬢に顔をごしごし拭いてもらっていた。
「討伐部位……」
「はいはい、あとで鑑定しますから、お風呂に入りましょうね」
「とーばつぶいい……」
「ヘカタン村は凶悪なモンスターが跋扈する魔の山の村だ。そこで平和に暮らしている奴らは、どいつもこいつも化け物じみた連中なんだよ」
冒険者パーティの随伴という形ではあったが、シーラは戦闘で異常なまでの活躍を見せ、数々の非公開モンスターの討伐をこなしていた。
「俺の見立てでは、あいつは『速さ』がずば抜けていた。期待どおりの戦価だ。これからの鍛え方次第で、重要な戦力になるはずだ」
支部長は、この少女をつい先日このロビーの掲示板前で捕まえた覚えがあった。
その変わり果てた姿を見て、絶句していた。
「そんな……こんな事があるのか」
「ちなみにヘカタンの連中は字も読めなくてな」
ギルドマスターは、にふー、とたばこの煙を吹いた。
「『Hランクなので、Fランクより弱い』と教えてある」
支部長が、信じられない化け物を見るような顔つきでギルドマスターを見た。
ギルドマスターは、にやりと笑った。
「だから言っただろ、こいつは金になるんだ」
***
聞くところによると、支部長がギルドマスターを殴って、この後ギルドで語り継がれるほどものすごいケンカが起こったそうだが、けっきょく支部長のとりなしで、シーラは適正な報酬を貰えることになった。
総会での彼女の罪状も『不起訴』となり、Aランクの依頼を出すのに十分な報奨金を得て冒険者ギルドの魔の手から解放されたが、その後もシーラはちょくちょくギルドにやってきた。
依頼書を出している者は、2カ月に1回は更新手続きをしないといけないのだ。
ついでにギルドマスターに会いに行って、金に目が眩んでにやつくギルドマスターと、ぎっと怖い目でにらみつける支部長の間に挟まれながら、単独で非公開の依頼を着実にこなしていた。
それから4年が経ち、シーラは17歳になった。
相変わらず、弟のいる山と港町を往復する生活を繰り返していた。
兵士になったサイモンがお尻をヘビに咬まれて戦争から戻ってきたのは、ちょうどその頃だった。
腰を痛そうにしながら門番をやってくれているのを見かけるようになった。
たまに弟と遊んでくれたりしている。
具合のいい日は外に連れ出して、市場で食材を探して、料理を作ってもらったりしていた。
「よし、今日は木の上に登ってみるか」
「ケガするからやめて」
「あの木は村の守り神だから大丈夫だよ。落ちてけがした奴は一人もいないんだ。登るよな? オーレン」
「姉ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ、きっと守り神はサイモンの事だと思うよ」
オーレンが本当に楽しそうに笑うのは久しぶりだったので、戻ってきてくれてよかったと心から思っている。
変わったことと言えば、それくらいだ。
顔を拭いてくれた受付嬢とも顔馴染みになり、よく立ち話をしていた。
「弟さんの病気、村の誰かにみてもらう事はできないの? そうしたら冒険者に専念できるのに」
「ダメなの、みんな弟には近寄りたがらないから」
「そんなに怖い病気なの?」
「うん、モンスターになるのよ」
シーラは、なんでもない事のように言った。
実際この世界では、有名な奇病のひとつで、『トキの薬草』を使った治療法も確立している。
「もし弟が暴れたら、私しか手が付けられないのよね。だからみんな怖がってるの」
「へー、そうだったんだ」
彼女のやってきたアルバイトとは、おおよそこのようなものだった。
シーラは自分の仕事に誇りを持っていた。少なくとも、この時点までは。




