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紫電の覚悟

「サイモン、これはヤバイって、逃げた方がいい! こんなの適正レベルじゃない!」


「なあに、たかがレベル39だろう。前線にはこんなのゴロゴロいたさ。あのときは10人がかりで戦ってたけどな」


「レイドモンスターじゃない! 他のプレイヤーがいないと無理だよぉ!」


【潜伏状態】のアサシンが悲鳴に近い声を上げるが、サイモンは全神経を槍の先端に集中させ、ぴくりとも動かなかった。


 ナイトメアが水底からこちらをにらんでいるのが、サイモンには不思議と分かった。

 相手はすでにこちらと戦う覚悟を決めている。

 たとえ勝てない相手だろうと、ここで背中を見せるのは流儀に反する気がする。


 どん、と大砲を撃ったような音がして、川面が全体的にせり上がった。

 水中から飛び出してきた黒いヤギが、足元から突き上げるように刃の角を振り回してくる。


 サイモンは、刃の軌道にぴたりと槍を添え、再び受け流した。

 山ほどもある怪物の重量が、鋼のように強靭なサイモンの肉体を捻じ曲げようとする。


「ふんっ!」


 サイモンは横に飛びのき、ナイトメアの攻撃を再び受け流した。

 思った通り、カプリコーンは回避能力がずば抜けて高いが、攻撃はさほど強くない。


 地面に両足をつけていない生き物は、武術で踏み込みができていないのと同じだ。

 せっかくの体重は、ほとんどが突進や跳躍の直線上に流れていってしまう。

 振り回す角に体重を乗せることができないため、直線上を避ければどんなに巨大な力を持っていようと簡単に受け流せる。


 確かにあの頃は、10人がかりでこういう怪物と戦っていた。

 だが、真正面から相手と切り結んでいたのは、いつもサイモン1人だった。


 ブルーアイコン風に言うならば、彼は『タンク』の役割だ。


「おいヤギ、お前はさぞいい経験値を俺にくれるんだろうな?」


 攻撃の勢いでナイトメアの巨体が宙に浮かんでいる間に、サイモンは【紫電突】を発動した。

 SPが一気に消費され、サイモンの体表を雷光が走る。


 ひとすじの雷光となって突進するサイモンは、ナイトメアの黒い体が水面に吸い込まれる直前に、槍を深々と突き刺した。

 紫電がほとばしり、凄まじい悲鳴が谷間にこだまし、ナイトメアのレッドアイコンに緑色のゲージが浮かんだ。

 ライフゲージが目に見えて減る。抜群の効果だ。


 サイモンの攻撃によって軽く弾かれた巨体は、水中に落ちることなく、しばらく宙に浮かんでいた。

 本来ならここで10人の仲間が追加攻撃をして、一気に仕留めるのだが。

 また水中に逃げられると面倒なので、サイモンは、せっかくのこの機会を逃さないことにした。


 サイモンのSPゲージに『リキャスト時間』が表示されているが、そんなものは関係ない、すぐさま追加の一撃を用意する。

 モンクに『グリッチ』と呼ばれた技術だ。


 右手を顔の横に伸ばし、指を規則的に動かす。

 びん、と音がして、サイモンの体を覆っていた【紫電突】の雷光エフェクトが掻き消え、撃つ前の状態に戻った。

『リキャスト時間』の表示が消え、いつでも撃てる状態になる。


 モンクはログアウトする前、この謎の技術についてサイモンにこう説明した。


「『グリッチ』って言うのは、この世界に本来起こってはならない『バグ』を利用した技の事だ」


「『バグ』とは?」


「原因はわからないが、そこだけ世界のプログラムがねじ曲がっている状態のことだ。もしも運営に気づかれたら、すぐに修正を食らって使えなくなる技だと思った方がいい」


「要するに、悪魔の力を借りるみたいなものか?」


「そうだな、その例えの方が理解が早い」


 モンクが例えて言うには、『運営《GM》』というのはこの世界を作っている神のようなもので、『プログラム』というのは運命のようなものだ。


 この世界には、それらが作る綿密な法や秩序に逆らう『抜け道』のようなものが存在する。


 つまり、サイモンがメニューを開けるようになったのも、悪魔の仕業なのかもしれない。

 この世界の神に見つかれば、修正を受けてしまう。

 魔法使いがやたらと騒いでいたのも、そう考えていたからだ。


「サイモンみたいなAIが見つけた技だから、本来は『TAS』って呼ぶのが正しいんだろうけど……訓練次第では、そのうち使えるようになるプレイヤーもいるかもしれない。

 そうしたら、ちょっとマズイことになる……とりあえず、人前では使わない方がいい」


 とりあえず、『グリッチ』を他のブルーアイコンに見られると危険が近づくという事らしいので、あえて危険は冒さない。


 周囲に他のブルーアイコンがいないことを確認しながら使うことにした。もしいるならば、彼らの力を借りればいいのだ。


「お……あと何発かうてそうだな」


 レベルが25になったおかげか、SPの最大値が増えている。

 サイモンは、自身が川に落ちる直前に槍の向きを変え、今度は上空のナイトメアを突き上げるように【紫電突】を放った。


 今度は離れすぎないよう、攻撃が当たった瞬間にすばやく『グリッチ』を発動させ、数メートル先で空中停止する。

 さらにもう一段階高く宙に浮かび上がったナイトメアを、今度は真横から貫くように【紫電突】を放つ。


 3連続の【紫電突】の余波で、周囲のカプリコーンが耐えきれずに倒れていた。


 SPが足りなくなったので、4発目をうつことはできない。

 サイモンは【紫電突】の突進の勢いを消さず、そのままナイトメアから離れてゆき、槍の先端を崖に突き刺して止まった。


 ぶら下がった状態で振り返ると、ナイトメアのライフゲージはもう6割ほどけずれていた。

 もう一度おなじ連続攻撃をすれば倒せそうな勢いである。


【潜伏状態】で様子を見ていたアサシンは、しきりに興奮して失神しそうになっていた。


「はうぅ~、サイモン、やっぱりカッコいいようぅ、サイモン~……いまなら、ガンダム見てきても大丈夫な感じよね?」


「ダメだ、他のカプリコーンを眠らせていてくれ」


「ですよねー、わかってましたよー。もう、サイモンのいじわる」


 いくら低レベルとはいえ、ナイトメアと同じ攻撃を他のカプリコーンが一斉に使ったら、さしものサイモンもひとたまりもないだろう。


 だが、相手が高レベルだとすぐに逃げ出すのと、【睡眠スリープ】に異様にかかりやすいのとで、その心配はなさそうだ。

 

 サイモンは、SPが自動回復するのを待ちながら、ぼやいた。


「まずいな……こんな楽勝な戦いでもちゃんと『経験値』をくれるのか?

 俺はつい最近、自分のステータスが見えるようになったばかりだから勝手がわからんのだが、それなりに苦労しなきゃ『経験』にはならないんじゃないのか……?」


「初心者あるあるな勘違いで悩んでるサイモン、かわゆす……」


 サイモンは少し疑心暗鬼に陥っていたが、どうやらその心配はなかったようだ。

 商人アッドスの依頼にハズレはない。


 岩の上に打ち上げられたナイトメアは、「めえええ!」と雄叫びを上げると、全身から雨のしずくのような光を放ち始めた。


 サイモンの視界のログに、フレーバーテキストが追加される。


『ナイトメアはポーションのスコールを呼んだ』


 光り輝く雨が河原に降り注ぎ、カプリコーンたちの全身から煙が立ち昇り、みるみる傷が塞がっていく。 

 どうやら、範囲回復スキルを持っているらしい。


 さらに、どこからともなく新しいカプリコーンたちが追加で現れる。

 レベルにばらつきはあるが、レベル20以上が5、6体もいた。

 どうやら眠っている個体が多いので、それ以上は敵が増えないようだった。

 スキルの相性が悪ければ、恐ろしく困難な戦闘になっていただろう。

 ナイトメア自身も、6割削れていたライフゲージは一瞬でほぼ全快になる。

 ぶるるっ、と鼻を鳴らして、再び臨戦態勢になった。


 サイモンは、それなりに苦労しそうなのが分かって、ほっと安心した。


「よーし、それでいい。よく立ち直ったぞ、ナイトメア」


「違うし!? サイモン、べつに苦労したからって経験値が上がるわけじゃないからね! ほら、これ使って! ちゃっちゃと倒しちゃって!」


 ぽーん、と音がして、チャットのログが更新された。

 アサシンが、チャットを通じてなにかアイテムを送ってきている。

 ポーション瓶のイラストが書かれたアイコンを指でタップして選択すると、『ロイヤル・ネクター×2』と出た。


【ロイヤル・ネクター】選ばれし女王蜂にのみ与えられる極上の魔法ハチミツを使ったお酒。まろやかな口当たり。鼻孔が香りで満たされるほど甘い。一口でSPを900回復する。


「なるほど、こういう時に便利なんだな、SP回復薬は」


 サイモンは、さっそく使うことにした。

 琥珀色の液体が入った瓶を取り出し、口に含むと、SPが一瞬で全快になった。


 ナイトメアは青ざめ、がくがく震えはじめた。

 どうやら、これを使って3回攻撃を連続で放たれると、相手も『詰み』だと理解したのだ。


「そうか、お前は賢いな……けれど戦うのを諦めないんだな、それでいいのか?」


 ナイトメアは、懸命に気力を振り絞り、サイモンに角を向けてくる。

 さきほどサイモンも相手の挑戦を受け、格上相手に逃げずに踏みとどまったのだ。

 たとえ勝てない相手とわかっていても、挑戦を受けたことに対する敬意を示すことぐらいはする。

 多くのモンスターと戦ったサイモンは、その千差万別の生きざまに様々な事を学んでいた。

 

 サイモンは、目的のために再び『悪魔の力』を使うのをいとわなかった。


「よくわからないが、これが悪魔の力なら、俺はもう使わない方がいいのか?」


 モンクは、険しい顔をしてサイモンを見つめていた。

 本当は「使って欲しくない」と言いたいみたいだったが、相手がNPCのサイモンなので、言うのをためらったみたいだった。


 なぜならサイモンにとって、これはゲームなどではない。

 戦う手段を選んでなどいられない、と言うのは分かり切っている。


「……ひょっとしたら、サイモンが使う分には見逃されるかもしれない。NPCがルールを無視した反則級の攻撃をすることは、ゲームではよくあるんだ。

 けれど、他のプレイヤーが真似して使いはじめて、そいつが問題を起こしたりすると、たぶんマズい。

 最悪そいつが『垢バン』を食らうこともありうるし、下手をすると、サイモンもその巻き添えを食うかもしれないんだ」


 モンクといい、アサシンといい、『垢バン』のいったい何をそんなに恐れているのか、サイモンにはよく分からない。

 それは彼が『戦って死ぬ』ことと、一体どこが違うというのだろうか?


 そんな当たり前の覚悟は、目の前のモンスターだってしている。

 サイモンが兵士になる事を決めた時から、とっくに出来ているのだ。

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