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フレーバーテキスト(下)

 戦闘後、サイモンはいつものように1人で門の前に立っていた。


 古木の上で小鳥が歌い、ウサギがよちよちと草原に繰り出していく。

 いつものように、のどかな朝の時間が訪れていた。


 さきほどは、アサシンに聞くタイミングを逃してしまったのだが。


「あいつ、シーラと何を張り合っているんだろう?」


 なにやら「シーラには負けない」と言っていた気がするが、気のせいだろうか。


 ひょっとすると、冒険者ギルドで因縁でもあったのかもしれない。

 シーラはいったいどんなバイトをしているのか。

 やっぱり心配になってくる。


 メニューを開くと、時刻は午前3時ちょうど。


 視界に映るログが多少増えていたが、全部アサシンからだった。

 ブルーアイコンの姿はほとんどない、さすがにみんな眠っているようだ。


 さっそく先ほど録画した視界メモリーを開いて、ログが映っていないか確認してみる。


「やっぱり、レベルが1上がっただけで違うな……」


 レベル25のサイモンは、さらに数瞬『鳥』の攻撃に耐えていた。

 生きている時間がわずかに伸びている。


 三日月を背にした『鳥』が、ちかっ、ちかっ、と光を放ち、直後に世界が燃え上がる。

 炎によって視界が覆われるその瞬間、緑色のライフゲージが表示された。

 これは、サイモンが敵の攻撃を受けたときなど、パラメータが変動すると自動であらわれるものだ。

 そして、視界の隅で、はっきりとログが一行追加される。


『鳥』の攻撃に関する情報が記されているかもしれない、貴重な一言だ。

 サイモンは、画面を操作して、その一行をじっと見てみる。


『『巨鳥』の瞳が、あやしい光を放った。』


 他に何か映らないか、じっと見てみたが、サイモンの視界メモリーに残っていたのは、ここまでだった。

 当ての外れたサイモンは、がっくりと肩を落とした。


「……ああ、知ってた」


***


 一方その頃。

 サイモンの出現するタイミングにあわせて再ログインしたアサシンは、港町の碑文(なにやら古代文字が書かれている……)から跳び跳ねるように現れた。


「とうっ」


 着地しながら、ポーズを決めて派手に登場すると、特にグラを作り込んだアサシンのアバターなんかだと、周囲に拍手が起こったりする。


 このゲームでロストしたプレイヤーは、必ずこの碑文から再ログインすることになるので、大勢のプレイヤーの前にその醜態が晒されることになる。


 どこかのプレイヤーが恥ずかしさを紛らわせるために、なるべく派手に登場しようとはじめたのが、今では慣例の罰ゲームみたいになっていた。


 だが、この時間帯は他のブルーアイコンは誰もいない。

 周囲は反応もなく、静かなものだった。


「あー、いまこの世界、私の貸し切りだわー。やほー、運営みてるー? アサシン武器強化よろー!」


 アサシンは、周囲に人がいなくなる時ほどテンションが高くなった。


 リアルでは久しぶりにシャワーを浴びてきて、清潔なシャツを着て、仏壇にお香をそなえている所を妹に見られて怯えさせてきたところだ。


「聞いて、ひよの(妹)。ひょっとすると近いうちに家族に紹介することになるかもしれない人がいるの」


 彼女はサイモンがNPCだと完全には信じていなかったのだ。

 この時間帯に他に報告できる家族がいないので、とりあえず仏前に報告していたのだ、と聞くと、妹は恐ろしい事実を聞いたように震え上がっていた。


「おねーちゃん、こんな深夜にゲームで知り合った人って、本当に生きてる人間だよね? ゲームのキャラクターとかじゃないよね?」


 妹は鋭い。

 そしてアサシンはそんな妹の鋭さに慣れているので、平然と嘘をつく。


「もちろんよ」


 じつは、サイモンはまるで気づいてくれなかったが、これまでも再ログインする度にそういった行動をしてきた。


 アバターのまつげのカールをじゃっかん調整したり、服装を野暮ったいジャケットからドレスに変えたりもしていた。

 そうしたゲーム世界での小さな行動が、そのままリアルにまで及んだのである。


 果たしてそれがいい事かどうかは分からない。

 だが、再ログインした彼女はここ最近で一番幸せそうな顔をしていた。


 リアルで夜食もちょっと食べてきたが、バーチャル世界でも朝ごはんは必要だ。


 近くのカフェに立ち寄り、紅茶(機動力上昇・冷気耐性微上昇・空腹予防・各20分)を飲みながら、サイモンから送られてくるチャットを確認する。


『ログはいちおう撮れた。が、俺には意味がよく分からなかった』


「わかった、私にもその視界メモリー送ってみてくれる?」


 サイモンから送られてきた視界メモリーを再生させてみる。

 すると、サイモンのごつい手をぎゅっと握りしめるアサシンの細い手が映し出され、アサシンは思わずトースト(空腹予防プラス50分)をぽろっと落とした。


 さらに、アサシンのまつげの長い横顔が映し出された。


『VRに移行する前のビデオ型ゲームよ。すごく面白いからやってみて。フルダイブとかはできなかったけど、私はこの前作にクソハマって沼に落ちた。……そして今作では恋に落ちた。ちらっ、ちらっ』


 ぶふーっ!!!


 アサシンは紅茶をふいた。


「うぎゃー!!!!」


 しばらく咳き込んだ後も発作は収まらず、アサシンは身もだえして飛び跳ねた。


 確かに、視界メモリーをとれと言ったが。

 まさかこんな段階からすでに録画されているとは思わなかった。


 あの時の自分は、浮かれていてそれどころではなかったが、こうして客観的に見返すと、恥ずかしいどころではない。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。

 死ぬほど恥ずかしい。

 死にたい。


『あー……落ちてばかりで大変そうだな?』


『受験生になんてひどい事を言うの……サイテーだわ、私じゃなかったら泣いてるところだわ。ぷんぷん』


「やめてー!!!」


 アサシンは、がしゃーんと、テーブルに突っ伏した。

 真っ赤になった両ほほを冷や汗と涙が滝のように伝い落ちていく。


「めっちゃ外した空気になってるのにさらに畳み掛けるの、やめてー! さりげなくリアル捨ててることをアピってドヤるの、やめてー! ぷんぷんとか語彙がないからって人語以外のものを口に出して言うの、やめてー!」


 幸いにも、早朝3時にブルーアイコンの姿はない。


 顔を真っ赤にしたアサシンが両足をばたばたさせて暴れていても、ウェイターが困った様子でこちらを見るだけだった。


 画面の中のアサシンはさらに調子づき、にっと力づよく微笑みながら、こっちを見て言った。


『サイモン、私はシーラに負けるつもりはないからね』


「いやあああァアアァア! やめてー!!! もうやめてー!!! おうぇぇぇっ! おうぇぇぇっ!(叫びすぎて突然えづいた) ひぃいぃー!! もうやだ死にたい、このゲームアンインストールするぅー!」


 ひととおり駄々をこねて、ようやく落ち着いてきた頃には、顔じゅう色んな汁が出てびしょびしょになっていた。


 ともかく、映像の最後でぞっとするような『鳥』の一撃が一瞬だけ浮かび、アサシンは息をのんだ。


「燃えている……けどこれは、火炎系魔法のエフェクトなの……? 爆発系……いや、無属性の全体破壊魔法も、たしかこんなだったはず……」


 そして、問題のログが表示された。


『『巨鳥』の瞳が、あやしい光を放った。』


 アサシンには、すぐに思い当たった。


「『あやしい光を放った。』……か。知ってるわ、これ」


 それは、スキル名ではなかったが、このゲームのシリーズでよく使われている『フレーバーテキスト』のひとつだった。


 高位ボスモンスターのスキル『幻光』が発動するときに表示されるもので、アサシンは『前作』のラスボス戦で腐るほど見てきたのだ。


「なるほど『幻光』かぁ……ふむふむ、『幻光』ねぇ……えっ、『幻光』?」


 嫌な予感がしたアサシンは、Wikiを開いて『幻光』を調べてみた。


 仮想現実型ゲームになった本作では、ビデオゲームだった前作とは、スキルの仕様が大幅に変わっているので、正確な情報を確認する必要がある。


『【幻光】:本作では一部のレイドボスが『○○の瞳が、あやしい光を放った。』のフレーバーテキストと共に使用することが確認されている。(ボス一覧参照)


 その効果は前作とほぼ同じで、『パーティメンバー全員にかかっているすべてのバフ効果を強制解除し、発動中のスキルを強制停止する』強力なスキルである。まだ検証は完了していないが、恐らく回避不能と考えられる。』


「……あ……え……ちょっとこれ、やば……」


『鳥』は、どうやら攻撃を発動する直前のタイミングで『幻光』を使っている事がわかった。


 ならば、アサシンの山伏レンジャースキル、【ゆかしき光】も、その瞬間に解除されていることになるのではなかろうか。


「そんな……え、効果、なかったってこと……どうして……?」


 つまりサイモンは、レベル24の段階でログの変動が起きているのに、初見では気づかなかっただけだ。

 なにしろ、周囲に派手な炎が舞い上がっているときに、文字もはっきり読めないほど一瞬でおきた変化である。

 たまたまアサシンのスキルとモンクのスキルがかかっていた時に発見したので、それでタイムが伸びたように錯覚したのだ。


 そうなると、アサシンがサイモンと一緒にいる意味は、まずない。

 少なくとも、『鳥』と戦うとき、彼女の力は必要なかった事になる。


「なぁんだぁ……」


 がっくりと、気落ちしたアサシン。

 彼女を励ますように、サイモンから、チャットが送られてくる。


『また『鳥』と戦う時は、よろしく頼む。お前が頼りだ』


 ぼっと、火が着いたように顔が熱くなった。

 男性経験のないアサシンに、この手の言葉に対する耐性は、皆無であった。


 頼りにされているのは、悪い気分ではない。

 アサシンは、にへらーっと笑って、即『OK』の返答を送ったのだった。


「えへへ、ま、いいか。黙っとこ♡」


 そしてアサシンは意味がないと知りながらも、今宵も『鳥』との戦いに参加するのだった。

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