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【傲慢】の出した結論

***


 同じころ、魔の山の中腹にも、すっかり夜の気配が忍び寄っていた。


 騎士団長アスレに『ジズ』の討伐を託したメイシーは、山中でひとり静かに横たわっていた。

 NPCが体力を削られすぎて動けなくなる、といったことは起こらない。


 あえて体力回復をせず、時が来るのを待っていたのだ。


 メイシーの眼は、何かを決意したかのように、空に昇り始めた星をじっと見つめていた。


 ふいに、がさっと枯葉を踏む音がして、顔をそちらに向けた。


 そこには、青ざめた肌を持つ少女がいた。


「『オカミ』……」


 てっきり、騎士団長アスレを追っていったのだと思っていたメイシーは、拍子抜けした。


 今の彼女は、外見は『オカミ』だが、【傲慢】の血によって操られているゾンビだ。


 しつこくサイモンを付け狙っていた時と同様に、【傲慢】の血を受け渡すまで、決して諦めないだろうと思っていたのだが。


 ひょっとすると、もう血の受け渡しは終わってしまったのだろうか。


「どうして、騎士団長アスレを追わなかったの?」


「騎士団長アスレは、標的を『ジズ』に変えたから……陽動するのが難しくなった」


『オカミ』は、かつての彼女のものではない、澄んだ口調でメイシーに返事した。


 未実装のゾンビ状態のキャラクターシステムは、細部まで調整を受けていないため、たまに普通の受け答えをしてしまうバグがあった。


「【傲慢】も予測ができなかった。どうして、騎士団長アスレに私を倒させなかったの?」


 先ほどメイシーは、騎士団長アスレに『倒すべき敵』を尋ねられて、「それは『ジズ』だ」と答えていた。

 あのとき、【傲慢】だと答えていれば。

 騎士団長アスレは、今も『オカミ』を追い続けていただろう。


『オカミ』があのまま戦い続けていれば、いずれ【傲慢】の血を受け渡すことに成功していたかもしれない。


 だが、メイシーの行動で、騎士団長アスレは標的を変えてしまった。

 おそらく、【傲慢】にとっては予想外の展開だったのだろう。


 思わぬ形で【傲慢】を出し抜くことに成功して、メイシーは苦い笑みを浮かべた。


 メイシーは、意識をしっかり保とうとして、体を起こした。


「あなたは、『オカミ』じゃないわね。【傲慢】なの?」


「わからない。今の私は、誰でもない気がする」


「体だけ『オカミ』なのね」


 どうやら『オカミ』の外観だけを引き継いで、パーソナリティを失っているらしい。


 ゾンビのキャラクター生成システムは未完成だったが、大まかには、元となっているキャラクターの生前のパーソナリティを参照して、自動生成するようになっているようだ。


 いまの彼女は、メイシーの『使役獣』としてのパーソナリティ。

 そして『暴食』の眷属としてのパーソナリティと、2重のデータがある。


 いったいどれを参照すればいいのか、混乱している状態だ。


 3つのスキルによって、三重のパーソナリティを生み出されるなど、ゲームでは想定されていなかった事態だろう。


「オカミ、あなたは『傲慢の血』を騎士団長アスレに受け渡す使命を持っているんじゃないの?」


「そうだ。騎士団長アスレは、設定上、最強の戦略家だ。

 彼以上の器はこの世界に存在しない。【傲慢】の血がそう言っている」


「じゃあ、私に何か用があるの?」


「もう時間がないからだ」


 オカミは、メイシーをじっと見下ろして、諦めたように言った。


「メイシーは、【傲慢の血】を絶やす方法を知っている……。

 そして私には、それを止めるすべがない。

 時間的にも、騎士団長アスレに【傲慢】の血を渡すことは不可能だ」


【傲慢のグリッチ】は、システムの内部まで情報を読み取り、戦略を立てる。

 その情報には、メイシーのAIが演算する思考までも含まれていた……はずだった。


 そちらの考えは見抜かれている、という事を知ったメイシーは、軽くうなずいた。


 そう、この世界から【傲慢の血】を排除する方法を、メイシーはたったひとつだけ知っている。


 それは、メイシーが自分の中の『ドラゴン』の血を倒すことだ。

 トキの薬草を飲み、『時間遡行者タイムリーパー』としての能力を放棄する。


 そうすれば、メイシーのプレイデータは他のNPCと同様に、繰り返しの朝と同時にリセットされる。

 ギルドの受付けでリスポーンし、これまでの一切の記憶を失う。


 このとき、メイシーのスキルもリセットされることになる。

 そうすれば、『使役獣』のスキルで作られている『オカミ』も、『ミツハ』も消滅する。


 二人とも、存在しなかったことになる。


【傲慢の血】は、『時間遡行者タイムリーパー』だった『オカミ』が持っていたからこそ、何日にも渡って使命を引き継いでくることができた。


 初期化を受け、記憶を失う他のNPCに渡したところで、どうにもならない。

 その代わりにメイシーも、これまでの全てを放棄する必要があった。


 それがメイシーに取ることができる、本当に最後の手段だった。


「あなたにその覚悟があるのなら、もう私に打つ手はない」


 どうやら【傲慢】は、その結論に至ったため、ここに引き返して来たのだ。

 自分の中の『ドラゴン』を退治するのは、簡単だった。

 メイシーが『トキの薬草』を飲めば、それは完了するのだ。


 メイシーは、『初期化』したあとの自分の事を想像した。


 それは死に似ていて、想像するしかない。

 これまでの記憶のすべてを消去して、新たな世界線の記憶を持って、彼女は歩み始めるのだ。


 サイモンとメイシーの間には、『オカミ』と『ミツハ』という娘がいる事になっている。

 今の彼女には受け入れがたいが、新しい世界の彼女は、一体どんなストーリーを構築するのだろうか。


 2人とも助ける方法があるならば、と思っていた。

 けれども、どうやらそれは、彼女には無理なのだ。


「……次の世界に期待するわ」


 それこそ、ブルーアイコンの冒険者たちが目指している、次の世界に望みを託すしかない。


『ミツハ』が消えてしまえば、『ジズ』の討伐は困難になるだろう。


 だが、それでもこの世界を【傲慢】から守らなければ。


 あの怪物の復活を止めなければ、『ジズ』の討伐どころではなくなってしまうのは明白だった。


 ここで彼女自身がリセットを受け入れなければ、その先には進めない。


 手が震えた。

 この世界がゲームの世界なら、どうして死ぬことがこんなに怖いのだろうか。


「止めてみる?」


 メイシーは、訪ねてみた。

『ミツハ』は、静かに首を横に振った。


 止める方法がないのだ。


 たとえどんなスキルを使っても、メイシーが『トキの薬草』を使う行動を止める事は、できない。


 このゲームの世界では、アイテムを使う動作を途中で止める方法がないのだ。


 やがて、世界の果てまで届く、『ジズ』の巨大な翼が見えた。


 そのくちばしには、漆黒の翼をもつドラゴン、『ニーズヘッグ』をくわえている。


『ミツハ』が生み出した眷属だ。


 今日も彼女は、けなげに自分の任務をこなしていたらしい。


 メイシーは、このタイミングを待っていた。


 おそらく、これがこのイベントを呼び出すことのできる、最後になるだろう。


『ミツハ』の『ドラゴン』は、もう何度も討伐されている。

 新たな『ドラゴン』が討伐されてしまうと、そちらが優先され、イベントが上書きされてしまうはずだった。


『ジズ』の討伐に、せめて、もう1日だけでも猶予があるようにと、このタイミングを待っていた。


「どうかしているわ」


 メイシーは、水筒を取り出すと、中身を一気にあおった。

 水筒に入っている液体は、『トキの薬草』を煎じた紅茶だ。

 ただの赤っぽい薬草なので、ひどい苦みが口の中に広がる。


「ひどい味」


 やがて、メイシーの中にうずくまっているドラゴンが、ゆっくりと溶けていく気がした。


 それは、鋼鉄の鎧を身にまとった、戦艦のような海竜。

【嫉妬の魔竜】、レヴィアタンだった。


 これで、翌日の『ジズ』は、今日と同じ時間に【嫉妬の魔竜】をくわえて登場するはずだ。

 あとは、すべてをブルーアイコンの冒険者たちに任せるしかない。


 すべてが終わって、メイシーが呆然としていると。

 オカミは、メイシーにそっと手を差し伸べた。


「私もそれを飲んでみたい」


「『トキの薬草』よ。偽物かどうか疑ってるの?」


「ちがう」


 オカミは、首を振った。

 彼女の中の【傲慢】は、もう『詰み』であることを理解していた。


 この後、一体どのような行動をすればいいのか、分からなかったのだ。


 ゲームのAIは、どのような行動をすればいいのか、分からなかったとき。

 自分のパーソナリティに照らし合わせて、もっともそれらしい行動を考える。


「よこせ」


 オカミは水筒を受け取ると、残された中身の紅茶をぜんぶ飲み干した。

 オカミは、軽くげっぷした。


 彼女の中の【傲慢】の血も、煙とともに溶けていく。


 だが、消えたのは【傲慢】だけだった。

【暴食】を元にしたオカミの姿は、そのままだった。


 どうやら、『トキの薬草』を使って『ドラゴン』を倒したとき。

 その効果の対象となるのは、1回につき1体までと決まっているらしい。


 ゲームシステムらしい。

 オカミは、ふらりと体勢が崩れ、メイシーに寄り添うように横たわった。


「母上」


 どうやら【傲慢】が消えて、元のパーソナリティを取り戻していたようだった。


 メイシーは、オカミの髪の毛をなでていた。


 いい匂いがする。

 優しい匂いも取り戻していた。


「もし新しい世界で生まれ変わったとしたら、あなたは何をしていると思う?」


 このまま計画通り、世界が先に進んだとしても。


 オカミはきっと蘇ることはないだろう。

 墓の下に戻るだけだ。


 なぜなら運営(GM)の誰も作っていない、最初から存在するはずのないキャラクターなのだ。


 最初から存在していないのならば、どうして失うのがこんなに悲しいのだろうか。


 メイシーも記憶を失って、新しいNPCに生まれ変わっているのならば。

 この悲しみは、すぐになかった事になるというのに。


「ミツハはね、料理店で働いているのよ。新しい世界では、あなたも一緒に働くのかしら?」


「もしも生まれ変わるのなら、オカミは冒険者ギルドで働きたいでありんす」


「楽な仕事じゃないわよ。冒険者は乱暴者が多いし、上司はめんどくさいし」


「それでもオカミは構いませぬ、きっと母上の隣で働いています」


 オカミは、トカゲのしっぽをパタパタとふっていた。

 メイシーは、オカミの額を優しく撫でていた。


 夜の闇は、ゆっくりと深まっていった。


 やがて、はるか遠くで『ジズ』とプレイヤーたちの戦う声が聞こえ始めていた。

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