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模倣されたグリッチ

***


 一方そのころ、事情を把握していない一般のプレイヤーたちの間では。

 先ほどのファフニールの宣言に関するさまざまな疑惑が飛び交っていた。


 あれは冗談ではなく、間違いなく『ログアウト不能事件』に巻き込まれている。

 メニューウィンドウを見ても、相変わらずログアウトボタンがないのだ。


 だが、本当に『小型爆弾』が爆発するのか?

 その話が、どう考えても荒唐無稽で、非現実的だった。


「本当かな……ゲームで死んだら、『小型爆弾』が爆発してリアルでも死ぬって……」


「おいおい、ふつーに考えたらありえないだろ?」


「さっきロストした仲間から連絡がきたよ。

 リアルでも生きている証拠だし、爆弾とかはない」


「け、けど……その連絡って、チャットの文字だけだよね?

 本当にそれは本人なの? AIが入れ替わってたりしないの?」


「おいおい、怖い事言うなよ……じゃあ、お前は自分がAIですかって聞かれたら、どうやって証明するの?」


「まあ、役所から戸籍謄本を取り寄せて、その内容が正しい事を相手にも役所に確認してもらうしかないわな。そういう人間証明の仲介サービスがあった気がする」


「双剣士の奴、いったい何を考えてるんだ?」


 そうして、ああでもない、こうでもないと話し合っていると。

 ひた、ひた、と彼らの背後に、何者かが近づいてくるの気配があった。


「おい……双剣士、というのは誰のことだ?」


「ああー、なんか『ログアウト不能事件』を計画してるって言ってたプレイヤーがいてさ、そいつのアカウント名が……げえっ!?」


 冒険者たちは、声の主を見て、ぎょっと目をむいた。


 驚くのも無理はない。

 そのプレイヤーの頭上には、血で染まったような深紅のアイコンが浮かんでいるのだ。


 それは、レッドアイコン。

『敵性』を示すアイコンだ。


 普通はモンスターをあらわすアイコンだったが、ゲーム内で犯罪行為をしたプレイヤーの頭上にも表れる。


 このゲーム内における主な犯罪行為は、『プレイヤーキル』だった。

 そのレッドアイコンの持ち主は、長髪の用心棒。


『S課』の潜入捜査官だった。


 長髪の用心棒は、抜身の刀を携え、ためらいもなく距離をつめてくる。

 プレイヤーたちは、異様な殺気を感じ取って、動揺していた。


「えっ……なにあいつ……まさか本気で、この状況で殺し合いをはじめてんのか……!?

 ちょっと待てって!」


「おいおい、何考えてんのか知らんけど、あんなのデマに決まってるだろ!?

 ゲームで死んでもリアルじゃ死なないよ! 殺し合いとか、ばからしいって!」


「ああ、そうだろうな……」


 長髪の用心棒は、プレイヤーたちの必死の言葉を軽く聞き流しながら、戦いの意思を曲げなかった。


「知っているとも……だからこそだ。ここでログアウトしろ」


 長髪の用心棒が、ぎらりと太刀を光らせた。


 その時点で、リアル世界における全国のS課の迅速な行動により、プレイヤーたちのアカウントは、ほぼ調査が終わっていた。


 あとは、犯人と直接関係のないアカウントをログアウトさせる段階になっている。


 だが、システムによる強制ログアウトができない以上、もっとも有効な手段はこれしかない。


 中にいる人間がプレイヤーキルを行うのだ。

 長髪の用心棒の日本刀が、冷たい光を放った。


 プレイヤーたちは、瞬時にその動きに反応し、攻撃を受けとめたが、クリティカル判定を食らって剣ごとはじき返された。


「勝てないレベルじゃない! こっちは二人がかりだ!」


「ああ!」


 スキルを放った後、しばらく硬直する長髪の用心棒。


 一般のプレイヤーと同様に、リキャスト時間が発生している。


 だが、その最中、彼の右手が奇妙な動きをした。


 長髪の用心棒は、なぜか右手をじぶんの頭の後ろに伸ばし、まるで目に見えないキーボードを叩くかのように、指を規則的に動かし始めたのだ。


 何かの文字の入力が終わると、周囲に『ぴーん』という聞き覚えのある音が響いた。


 さきほどまで浮かんでいた、長髪の用心棒のリキャスト時間がふっと消え、いつでも攻撃が可能な状態に戻っている。


 まれにコンピュータが発見したTASの技術を、生身のプレイヤーが模倣することがある。

 中にはピクセル単位の動きが必要な超絶技巧を要求するものもあるが、これは模倣のたやすい部類だ。


 どうやら長髪の用心棒は、サイモンの『暴食のグリッチ』を研究し、使いこなせるようになっていたのだ。


 長髪の用心棒は、飛び込んでくる冒険者の一人を、真正面から剣の一撃で切りつけた。


 日本刀の特性は、クリティカル率の高さだ。

 一発の攻撃力が高いぶん、連続攻撃が出しにくくなっている、という仕様だった。


 カウンターで当たったそれは、1撃でライフゲージを半分以上削り、さらに間髪入れずに追撃を重ねて、相手をロストさせた。


「なっ……『チーター』だ、こいつッ!」


 プレイヤーたちが気づいたときには、もう遅かった。


 長髪の用心棒は、その場にいたすべてのプレイヤーたちを4、5回の連続攻撃で切り捨て、ロストさせたのだ。


 彼の頭上にあるレッドアイコンは、血を浴びてさらに赤みを増そうとしていた。


「2人ログアウトさせました……引き続き、巡回にあたります」


 彼は、リアルにいる白髪の用心棒に連絡を飛ばしていた。


「どうやら『双剣士ノルド』というのが、『ログアウト不能事件』の裏にいるみたいです……。

 プレイヤーアカウントの照合と、リアルでの身柄の確保を急いでください」


***


『ログアウト不能事件』の発生から、40分。


 やがて、ゲームの世界で日が沈み始めた。


『ジズ』討伐のために港町に集結していた鎖鎧戦士たちは、困惑していた。

 ただでさえ集まりの悪かった主力プレイヤーたちが、突然現れた長髪の用心棒によって、次々とロストさせられているのだ。


 代わりに多くなったのは、かつて弱いプレイヤーは降りろと言って彼らが追い払った低ランクプレイヤーや。

『ログアウト不能事件』が発生すると聞いて、久しぶりにログインしてみたようなプレイヤーだった。


「どうするんだ、こんなメンバーで『ジズ』に立ち向かえってのか」


「さすがに無理でゴザル」


 幸いにも『ジズ』本体はプレイヤーに対して攻撃するようにできていなかったが。

 あのけた違いの体力を削りきるのは、絶望的だった。


『ジズ』が魔の山に到達すれば、あとは飛び降りてロストするしかない。

 一度でもロストすれば、再ログインできなくなってしまう。


「お前たち、『ジズ』と戦うつもりか」


 そのとき、港町に巨大な剣を持った騎士が現れた。

 その頭上には、ホワイトアイコンが浮かんでいる。

 500名の精鋭を引き連れた、騎士団長アスレだった。


 プレイヤーたちはみな、驚きの声を上げた。


「……今度は一体何をするつもりだ」


 もうイベントはクリアされ、通常のNPCに戻っている。

 だが、かつて【傲慢】の血を宿して、暴れまわっていた時の警戒が、まだ抜けていない訳ではない。


 身構えている冒険者たちに対して、騎士団長アスレは言った。


「話は聞いた。我々騎士団も『ジズ』の討伐に参加させてもらう」

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