テストプレイの出来事
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そうして、システム部が警察の捜査に協力している間。
同じ会社でも、デザイン開発部は、完全に暇になっていた。
デスクを追い出された多くの運営(GM)たちは、社員カフェに集まり、ノートパソコンを開いて、なすすべもなく事件の動向を見守っていた。
バーカウンターで1人うなだれているソノミネに、アカシノは涼やかな声をかけた。
「ねぇ、隣いいかしら?」
リアルのアカシノは、ゲーム世界で使っているエルフのアバターとよく似て、透き通るような白い肌を持っていた。
キャラクターデザイナーとしての彼女を尊敬するソノミネは、慌てて立ち上がると、彼女が座りやすいように椅子を後ろに引いた。
「どうぞ、アカシノさん」
「大げさね……何か、そうとう参ってるみたいだったけど……大丈夫?」
「ああ……いや、えっと、ですね……」
事情を聞かれたソノミネは、言いよどんだ。
はたして、アカシノに打ち明けてもいいものだろうか。
ソノミネは、警察の捜査が一体どうなっているのか、気が気ではないのだ。
彼は、ひょっとすると、この事件にサイモンがかかわっているのではないか、と考えていた。
ありえない話ではない。
最後にデバッグしたとき、サイモンはバグだらけの状態だったのだ。
サイモンは、リアルの世界に強い興味を持ち、さらにソノミネとの接触をはかろうとしていた。
けれど、ソノミネはそれを見逃してしまった。
本心では、たかがゲームのNPCにいったい何ができるのか? と高をくくっていたし、できる事なら、なんとか救ってあげたいとも思っていた。
思えば、ひどい自己欺瞞だった。
まさか、NPCがプレイヤーたちを扇動して、ゲーム世界を変えてしまうほどの巨大な動きに発展させるとは思わなかった。
そして『ログアウト不能事件』によって、会社のサーバーごと乗っ取られた。
「本当に、こんなことになるとは思わなかった……」
まさかこんな事が起きるなど、一体誰が想像しただろうか。
ソノミネの取った行動は、警察にどう解釈されるのだろうか。
場合によっては、このログアウト不能事件の要因の一つとして、罰せられるのではないか。
もし犯罪にならなくとも、会社をクビになる可能性は大である。
いや、それを言ったら、このゲーム会社そのものがもはや存続の危機に陥っているのではないか。
わからない。
何もかもが、前代未聞だった。
「……サイモン……でしょう?
……彼に入れ込みすぎた……のかしら……?」
アカシノは、妖艶な笑みを浮かべながら、飲み物に口をつけていた。
ずばり言い当てられたソノミネは、がばっと顔をあげると、ぶっきらぼうに言った。
「そうです……アカシノさんのせいですよ」
「あら……心外だわ……私が……何かした?」
「アカシノさんが、俺のサイモンを選んでくれたからですよ。
じゃあそんなの、大事にするにきまってるじゃないですか」
「ごめんなさいね……うれしいけど……記憶にないわ……」
「覚えてないかもしれないですけど……。
サイモンのデザインは、俺とミヤジ班長の案でどっちにするか争ってて、最終的にアカシノさんが決めたんですよ……。
どうして……どうしてあのとき、俺の方を選んだんですか?」
しばらく首をひねっていたアカシノは、ようやく思い出した、という風に、軽く手を打った。
「ああ……あれ? ……あれはねぇ……」
なにやら、楽し気な思い出を振り返るように言った。
***
それは、今から数か月前の事。
ゲームの開発チームが第三アップデートの制作に取り掛かっていた時だった。
本番サーバーとは別に用意された、試験用のテストサーバーで、次に実装される『魔の山周辺エリア』の総合テストプレイをしていた。
「ぜーったい、さっきの方が良かったじゃないですかー!」
「いいや、元に戻せ! お前は何もわかってないな!」
滅びる予定の村、『ヘカタン村』で、開発者同士の言い争いが起こっていた。
この村全域のキャラクターデザインを任されていたソノミネは、デザイン班の班長、ミヤジの呼び出しをくらっていた。
だいたいテストプレイを経てから最終調整という名目でアイデアが没になったり、リテイクを食らったりするのは毎度なのだが、ヘカタン村の門番のデザインについては、とくにダメ出しを食らっていた。
本来、ゲーム世界では世界観を壊さないようにローブを羽織っている運営たちも、このテストサーバーではリアルの私服を着た姿を投影させている。
テスト対象とまじって、評価がぶれないようにする配慮だった。
運営たちの周囲には、頭上にホワイトアイコンを浮かべるNPCたちがずらりと並んでいて、みなロボットのようにその場に直立し、『待機状態』になっている。
その中で、ぼろぼろの石の門の前に立つ、ひときわ筋肉ムキムキで巨大なNPCがいた。
それが『サイモン』だ。
サイモンは身を縮め、ぐぐっと握りこぶしを固めると、飛び跳ねるように元気に空に突き上げ、丘がびりびり震えるほどの大声で言った。
「はーっはっはっは! ようこそ、旅人よ! ここはヘカタン村だ!」
「カーーーーーット! もっと悪くなってんだろうが、とめろーッ!」
ミヤジ班長は、スティーブジョブズに影響された黒い半そでシャツをいつも身に着けていた。
顔を真っ赤にして怒りながら、ソノミネに言い放った。
「なんなんだ、この元気のよすぎる門番は! 『ようこそ、旅人よ!』じゃないだろ! ここはディズニーのスプラッシュマウンテンかよ!?
というか、それ以前にデカすぎんだろ!? こいつ一体に何ギガ使ってんだよ!? 容量浮かすために没にするぞ!?」
「いーや! サイモンはこれでなきゃだめだ!
いいですか!? こいつは『ドラゴン』なんですよ!
このゲームのメインテーマ、いわば目玉みたいなもんです! このぐらいのインパクトは絶対に必要だ!」
「だめだだめだ、設定をちゃんと読みこめ! いいか、サイモンは『傷痍兵』だぞ!
戦争で村を滅ぼされて、怒りに任せて村を飛び出していった少年が、帝国兵と戦うことすらできずに傷を負って戻ってきたんだ!
こいつは決して晴らすことのできない怒りと憎しみを、もっとどろどろした情念を、心の奥に秘めているんだよ!
もっと、そういう内面の深いところを描かなきゃダメだろ! ちょっと俺にプロンプト作らせてみろ!」
そういったミヤジ班長が、頭の後ろの透明なコンソールをぐいっと引っ張って体の前にもってくると、腕をきっちり揃えてぱちぱち入力しはじめた。
サイモンに新たなプロンプトが送られ、彼のAIが新たな演技を構築していく。
サイモンは槍を持った手をぶらさげ、猫背になると、どろーん、と疲れ切ったようなまなざしを浮かべ、顔色もじゃっかん青ざめた。
今にも目の前のミヤジ班を蹴り飛ばしそうな、苛立たしそうな顔で睨みつけながら、どす黒い怨念のこもったような声で言い放った。
「あぁ……旅人か……ようこそ……ここはヘカタン村だ」
「これだよ! このぞくぞくするような不穏な空気! これこそ『ドラゴン』にふさわしい迫力じゃないか!?」
「あーっ! わかってないなぁ! だからサイモンは、その苦労を押し殺して、必死に明るく振舞おうとしてるんだよ!
だって、この村の連中を見ろよ! みんな滅びる前提で作ったから、似たような陰湿で暗いイメージの奴らばっかりだろ!」
ソノミネは、ほとんど老人ばかりの村のNPCたちを指して言った。
ヘカタン村の住民は、全体的に高年齢で、表情もじゃっかん薄暗い。
その中には、初期から登場するメインキャラクターのシーラもいるのだが。
シーラも自身の背負った宿命の重さを感じさせる、冷たいまなざしをしていて、どこか遠くを見つめていた。
開発者の誰も、シーラが笑ったところを誰も見たことがない。
もともとが洋物ゲームに触発された、こういう雰囲気の脚本なのだから仕方ないが、ソノミネは「暗い」と感じていた。
自分が不満に感じている事は、きっとプレイヤーも感じているはずだ。
「村でゆいいつ元気なこの門番を、誰が『ドラゴン』だと予想できる? 出来るはずがない!
サイモンはこの村のたった一つの希望なんだ!
けれども、その唯一の希望すら、『ドラゴン』の血の前に屈してしまう……!
それは風前の灯だった村が滅びることを予感させる、十分な理由じゃないか! 次のアップデートで無くなったって、プレイヤーたちも納得するだろう!」
「だから、ここは初心者用のステージなんだよ! そんな複雑な演出は、ここが初めての村になる初心者にとっては、雑味にしかならない!
そんなに自分のキャラクターを作りたいなら、もっと他の村を作りこめばいいだろ! もっとドライになれ!」
せっかく機能を分散させて、魅力も何もない村になったのに。
担当者はみな、隙あらばヘカタン村に名物を作ろうとしていた。
こうなるとアーティストというものは厄介なものだった。
自分の思いを込めて作ったキャラクターを、ソノミネはけっして譲ろうとはしない。
「あ、アカシノさーん! ちょうどよかった! ちょっとこっちに来てくれませんかー!」
「なに……揉めてるの……? 私は……シーラを見に来た……だけだけど……」
とうとう、キャラクターデザイン主任のアカシノがやってきた。
デザイン担当にはアカシノのファンだった者も多く、彼女の登場で、空気が一気に和らぐ感じがした。
アカシノは今回、メインストーリーが展開される異大陸での制作を受け持っており、本来ならこんなところに用はないのだが。
アカシノは自分の溺愛するシーラがどうなっているか気になって、ちょくちょく様子を見に来るのだ。
SNSでも親バカと言ってたびたび自嘲している。
そしてシーラの故郷の制作ともなれば、弟のオーレンや隣近所の老夫婦など、いろいろと気になるものを見て回っていくのも当然であった。
「あれ……シーラ……どうして……こっち見てるの……?」
アカシノは、すぐにシーラの視線がニュートラルではないことに気付いた。
村から少し離れた草原に立ち、じっと門の方を見つめているのだ。
「ああ、あれはベーシックAIですよ。つまり、いま理性は働いていなくて……『本能』で動いている状態なんです」
「『本能』で……? こっち……見てるけど?」
「デカくて強いものがそばにいると、無意識に反応するだけですよ。
たしか、そういう基本設定になっていたと思いますけど」
「つまり……モンスターだと……思ってるのね……このデカい門番のことを……。
ちょっと、デカすぎるんじゃない……?」
「これがいいんですよ! アカシノさん!」
とにかく、アカシノに最終判断を仰ぐため、2人はそれぞれのプロンプトでサイモンに挨拶をさせた。
「うぅぅ……ようこそ……ここはヘカタン村だ……」
背中を丸めて、今にも死にそうな声で言うサイモン。
シーラは黙って、その動きを見ていた。
「ようこそ! ここはヘカタン村だ!」
暗い表情を浮かべていたサイモンが、ぱっと背筋を伸ばし、元気で明るい挨拶をした。
その瞬間、アカシノは、シーラの表情が劇的に変わるのを見た。
シーラはアーモンド状の目を大きく見開いたかと思うと、どこか安心したような温かい笑みを口元に浮かべたのだ。
「……」
そのほほ笑みは、一瞬だけだった。
アカシノが目を離すと、元の無表情に戻ってしまった。
アカシノは、シーラの笑みを全パターン把握している。
この種類の笑みの意味を知っていた。
それはドラゴンになってしまった弟に向ける笑みだった。
すこしの緊張感があり、同時に安らぎと愛があるまなざし、とても複雑な笑みだ。
シーラは、サイモンの中にある『ドラゴン』を感じているのだ。
そんな設定はない、それはこのゲーム世界の『ほころび』だった。
しかも、なぜかシーラは、このテストプレイの出来事を明確に覚えていた。
さらに『サイモンと初めて出会った日』として記憶しているのだ。
それは明確なバグだった。
ゲームとして致命的な欠陥である。
だが、アカシノはずっと誰にも言わずに黙っていた。
なぜなら、それは彼女にとって『運命』よりも、もっとも優先すべき出来事だったからだ。
アカシノは、シーラが望めば、なんでもしてあげた。
ようするに、親バカだったのだ。
「こっち……元気な方で……いきましょう……」
「……いよっし!」
ミヤジが、がくん、と肩を落としてうなだれた。
ソノミネが、両手を高く上げて快哉をあげていた。
***
社員カフェに飾られている、等身大のシーラのポップを眺めながら。
アカシノは、ふふと笑った。
「つまり……シーラが貴方の方を……選んだの……それだけよ」
アカシノは、心からシーラの事を溺愛していた。
いまはログインする事の出来ないゲーム世界に、出来たらずっと閉じ込められていたかったに違いない。
ソノミネは、思わぬ種明かしに、呆然としていた。
彼は、お手上げ、といった風に両手を挙げたのだった。
「なら、仕方がありませんね……」
自分の生み出したキャラクターの抱えるバグに気づいても、あえて黙ってしまう。
その気持ちは、ソノミネにもわかるのだった。




