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31冊目〜きっと貴方は〜

 その日は珍しく、文官数人が直接アイリスに本の解呪を依頼しに来ていた。


「では、今回はこちらの……」


 相変わらずの顔を重苦しいローブで隠したアイリスはとつとつと解呪の手続きを進めているが、つい昨日まで一方的に山のような解呪依頼を出していた連中がふんぞりかえって来客用の椅子に座っている様子に得意の外面で必死に誤魔化しているものの、フレドリックの内心は穏やかではなかった。




 ほんの数日前のアイリスの疲れ切った様子、そして涙と共に彼女の口から零れ出た迷子の子供のような「兄さん…姉さん……行か、ないで」というあの言葉。


 翌日にさりげなく言葉の人物について尋ねたものの、案の定知らないとは言われたが。


「……もし、もしも私がその人を知っていたとしても、それは貴方には全く関係のないことですよ」


 と、まあ明らかに怪しいことを言われてしまったせいで、どうにも落ち着かないためでもあった。




 ###



「本日の業務はこの報告書を届けていだけたら、そのまま終了してください。あと、明日と明後日は休館しますので、休暇にしてください。」


 その日の夕方、アイリスはフレドリックにそう告げた。


「えっ、急ですね」

「今回は解呪は大掛かりな方だったので、私も休暇を取ります。」


 先日、ついうっかりカウンターで居眠りをしてしまったときは、相当心配をかけてしまったようで失敗したと思っていたが、ちょうどいい言い訳になった。




 これでまたある程度()()()()ができる。




「ああ、分かりました。では俺はこれで、失礼します。しっかりと休んで疲れとって下さい、お疲れ様でした。」


 そう言って、アイリスが渡した資料を持ち、フレドリックは一礼をして帰っていった。






 ---きっと貴方は……。







 バタンと扉が閉まり、足音が遠のいて行った時。


「ゴホッゴホッ…ゴッ……ゴホッ……」


 アイリスが右手で口元を押さえ、じわじわとその場に蹲り始めた。

 始めは小さな違和感だったものが、やがて喉を引っ掻き回すような、刺すような痛みに変わり、仕舞いには呼吸もままならない程の激しい咳になる。

 蹲った姿勢のまま、アイリスは空いた左手で胸元を押え、嵐が過ぎ去るのを待つかのようにじっと耐えた。






 ---きっと敏い貴方は……。






 そしてしばらくして、やっと咳が引いた頃。

 激しい咳をし続けた喉が、呼吸をする度にヒューと鳴り始める。


 アイリスは蹲っていた体を起こすと、それまで口元を覆っていた右手をそっと外す。

 その手を見た瞬間、アイリスは忌々しそうに舌打ちをした。


 アイリスの目線の先、








 ---きっと敏い貴方はいつか知ってしまうのだろうけれど。







 その日がなるべく遠くある様に


 これだけは見つけさせない絶対に











 その右の手のひらには、嫌味な程に赤々とした鮮血が広がっていた。




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