ACT12 エマージェンシーコール
レッドしかいないブリッジは、かすかなエアコンの唸りが妙に響くほど静かだった。
レッドは、シートをかすかにリクライニングさせ、光学映像をながめていた。
メインスクリーンには、広大な宇宙空間が投影されている。
「プロジェクトBLUE……か」
レッドは、口元をゆがめた。
思い出したくないキーワードだった。レッドにとっては、NGワードといっても過言ではない。
「嫌なことを、思い出させやがるぜ……」
忘れようと努力していた忌まわしい記憶が、脳裏に蘇ってくる。レッドには、リンたちにも決して話していない秘密があった。レッドのドッグタグが二組存在する理由もレッドに心当たりはある。だが、その秘密はプロジェクトBLUEが闇に葬られた今、レッド以外に知るものはいない。
(姐さんは、知ってて口にしたのかな……)
プロジェクトBLUEの全貌を知る人間は、少ないはずだった。
関係者の大半が、メルイア崩壊戦の最中に命を落している。母星が消滅した以上、関連資料も残っていないはずだった。
(ちくしょうめ!)
アーカスシティでの騒動以来、レッドの感覚に明瞭な変化があった。身体の全ての感覚が、極限まで研ぎ澄まされた状態のままになっている。三年前のメルイア崩壊戦以来の感覚だった。
(俺は……どうすりゃいいんだ!)
それは、長い間身体の奥底に封じ込めていた衝動だった。
もともと、騒動は嫌いではない。
だが、レッドの身体の奥深く……魂と呼ばれる領域で蠢く衝動は、危険な野獣だった。
さすがに、レッドも自分自身が恐ろしくなる時がある。
(俺は、闘いを待ち望んでいるのか?)
レッドは、自分の両手をながめた。
戦闘状態になることを、レッドは心のどこかで待ち望んでいるのかも知れない。
(血塗られてやがるぜ……)
葬り去ったはずの過去が、蘇ってきた。
レッドとともに訓練を受けた仲間たちは、もうこの世にはいない。生き残りは、レッドだけのはずだった。
(俺は……)
レッドは、両手を固く握り締めた。
(戦闘システムの一部なんだ……)
戦闘が恐いのではない。戦闘が激しくなればなるほど、戦闘システムの一部と化してゆく自分が恐かった。
過去を記憶の奥底へ封じ込めても、この呪われた事実は動かない。
かすかなサーボモーターの唸りとともに、背後に人の気配がした。
「レッド?」
「セーラか……うろうろしてると、姐御に怒られるぜ」
セーラは、レッドの隣のシートに腰をおろした。
「けど……不安でさ」
「不安ね……柄じゃないぜ」
「馬鹿……これでも、神経は繊細なんだからね」
レッドは、かすかに苦笑をもらした。
こんなときのセーラの口調は、リンによく似ている。
レッドの表情を見て、セーラが頬をプッとふくらませた。
「笑ったでしょ?」
「笑っちゃいないさ」
笑いながら、レッドが手を振った。
剣呑なセーラの眼ににらまれ、降参とばかりに両手をあげる。
「父さん……生きているのかなぁ……」
「生きてるって、信じたからこそ……ここまでやって来たんじゃないのかい?」
「強いのね」
セーラが、小さなため息をついた。
「上手く言えないんだけど……あなたは、他の人と違う何かがあるわ」
セーラの言葉に、レッドは肩をすくめ、指先で鼻の頭をひっかいた。
「他の奴より、柄が悪いからな」
「茶化さないで」
セーラが、レッドをにらんだ。
不意に真顔になり、セーラはレッドを見つめる。
「家族とかいるの?」
「いいや……俺は天涯孤独さ。物心付いたときには、軍の訓練施設にいた……親の顔さえ知らない」
「ごめん……つらいこと聞いちゃって」
「いいや、俺は独りに慣れてる」
「強いのね……あたしは駄目ね。
父さんが行方不明だったから、独りぼっちで商船学校にいたけど……すごく寂しかったわ。ここは、とっても暖かいわ」
「暖かい?」
「だって、リンたちがいるじゃない……仲間って、家族みたいなものでしょ?
すごくうらやましいわ……呼吸が合ってて、楽しそうだもの。
あたし、独りぼっちだったから……うらやましくって」
「そんなことを言うと、リン姐に叱り飛ばされるぜ」
レッドは、苦笑を浮かべた。
「レッドは、寂しくないの?」
「慣れてらぁ……どうせ、生まれる時と死ぬ時は独りなんだからな」
「……」
「俺は……闘いのためだけに育てられたのさ」
「そんな……そんなこと、ないわ!
レッドは、戦争の機械部品なんかじゃないもの!」
セーラが、むきになって反論する。
その時、コンソールの表示が変わり、アラームが鳴った。
反射的に、レッドが反応していた。
「セーラ! 観測士シートへ!」
レッドの声に反応して、セーラが複合センサー群を統合する観測士シートへ飛び込んだ。慣れない仕草で、センサーの情報をメインスクリーンに投影する。
レッドは、自分のシートのコンソールのスイッチを片っ端からオンにしてゆく。
「何があった?」
チャートルームから、リンとウォルフが飛び込んで来る。
怪訝そうな表情を浮かべたセーラが、救いを求めるような眼でリンを見た。
「SOSが発信されてるわ……かなり近くみたい」
セーラの言葉に、リンとウォルフが顔を見合わせる。
「こんなエリアで、エマージェンシーコール? 一体、どこの馬鹿だぁ?」
ウォルフの言葉に、リンが肩をそびやかした。
「宝探しに来て事故った、間抜けな同業者じゃないのかしらねぇ……まぁ、放っておくのも、夢見が悪くなりそうだしね」
リンは、軽い身のこなしで船長席に滑り込んだ。
「レッド……発信源へ、転がしておくれ」
「アイアイ、船長!」
レッドは、デルタクリッパーの船首を、SOSの発信源へ向けた。
デルタクリッパーの動力性能は、このクラスの外宇宙船にしては格段に高い。航続性能の面で弱さがあるものの、機動性の鋭さと加速の早さは群を抜いていた。
警備艇と競走して負けない俊足の封鎖突破船として、デルタクリッパーの船名は鳴り響いている。
巡航時でも、同級の貨客船の倍近い速度だった。
「いたぜ……外宇宙船の残骸だな」
遠距離センサーに、明瞭な反応があった。センサーに返ってくるエコーが乱れるのは、周囲に破片が四散しているということだった。
ウォルフが、センサーからの情報をチェックしながら、かすかに首をひねった。
「こんなエリアで……海賊なんざいるとは思えねぇし、生き残ったキラー衛星に食われたかな?」
「二千トン級の戦時標準船みたいだけど……どこの馬鹿野郎だろうねぇ」
「ミサイル接近! 方位0―0―0!」
リンの言葉をさえぎったのは、セーラの鋭い声だった。
全周センサーが、急接近する物体の存在を告げている。
「射点を割り出せ!」
そう言い終わるより早く、レッドはデルタクリッパーを回避機動に移していた。
一々、リンの指示を待ったりはしない。
緊急事態では、レッドの判断が優先だった。
キレのいい機動を見せ、デルタクリッパーが側方にスライドする。
デルタクリッパーの反応の早さは、一級品だった。
宇宙戦闘機を連想させる、軽快な運動性を持っている。
軽量級の強みだった。
大型艦と違って、姿勢制御スラスターが噴射されてから、軌道変更までのタイムラグが極めて少ない。
「来るぞ!」
ウォルフの声と同時に、デルタクリッパーがミサイルの弾幕の中に飛び込んだ。
ほんのわずかな差で、ミサイルをデルタクリッパーが回避する。
「相変わらず、無茶しやがるぜ」
ウォルフが、大きく息を吐き出しながらつぶやいた。
デルタクリッパーの船影を見失ったミサイルが、はるか後方へ取り残されている。
「無茶? こんなもん、まだ遊んでる方だぜ」
「第二波接近中!
方位0―2―5から、十二発」
セーラの声が、妙に冷静に響く。
「とんでもねぇーぞ!」
さすがに、レッドも罵声をあげる。
デルタクリッパー一隻を狙うにしては、大袈裟な歓迎だった。
「敵は、どこから撃ってきてる?」
慣れないセーラに代って、センサーを扱うリンが、舌を打ち鳴らした。
「今、走査してるよ……こんだけ、電磁波が乱れてちゃ簡単に発見できるわきゃないでしょーが。
ガタガタ言わないで、さっさとかわしちまいな」
「他人事じゃねぇんだぜ」
レッドは、ミサイルをかわすために、デルタクリッパーを荒っぽく扱っている。
「一度、ずらかるかい?」
「冗談! 仕返ししなけりゃ気が済まねぇ」
レッドは、ミサイルと正対するように、デルタクリッパーの船首を向ける。
「射点がわかったよ!」
リンが、素早くメインスクリーンに推測射点を表示させる。
「行ってみりゃわかる、か」
近接防御システムのメインスイッチをオンにしながら、ウォルフが苦笑を浮かべた。
レッドの性格は、承知している。
敵に一方的に撃たれて、黙って逃げる人間ではなかった。殴られたら、倍にして殴り返さなければ気が済まない。
「厄介な性格だぜ……まったくよ」
そう言っているわりに、ウォルフの表情は楽しそうだった。
「おっさんだって、似たようなもんだぜ」
「違いねぇな」
ウォルフが、片目を閉じてレッドに笑いかける。
「あたしゃ、止めないよ……気が済むまで、おやりなさいな」
リンのおっとりした声に、レッドが笑い声をあげた。
「姐さんは、話がわかるぜ」
「止めたって無駄って、悟ってるだけよ」
リンは、そう言って小さいため息をついた。
「!」
異変を感じたレッドが、反射的にデルタクリッパーの軌道を、ほんの数ポイント側方に移す。
そのとたん、騒々しいアラーム音が、ブリッジに響き渡った。
「前方から、エネルギー反応!」
リンの声と、ほとんど同時に、閃光が走った。
プラズマの尾を引いたエネルギーの塊が、デルタクリッパーの脇をかすめる。
レッドが慌てて、デルタクリッパーを回避させなければ、直撃だった。
「げっ!」
船体外板に設置した環境センサーからの表示が、一瞬レッドゾーンに飛び込むほどの強烈なエネルギーだった。
「百五十ミリ級の荷電粒子砲だぜ……何がいるんだぁ?」
ウォルフの呆れた声に、リンが鼻で笑った。
「そんなもん……敵に決まってるじゃないのさ」
「見えてきたぜ」
レッドの声に、リンとウォルフはメインスクリーンに視線を移した。
拡大投影された光学映像に、一瞬リンとウォルフは顔を見合わせる。
「ありゃあ……何だぁ?」
ウォルフが、呆れたような声をあげた。
メインスクリーンに投影された船影は、凶猛な戦闘力を誇示している。
「あの大きさは、巡洋艦だねぇ」
リンの冷静な声が、妙に優雅に聞こえる。
「ちくしょうめ……どこからわいて来たってんだ?」
ぼやきながらも、レッドは既に臨戦体勢に入っている。考えてから反応するのではない、肉体が勝手に反応してしまう。
「うかつだったな……もっと早く、気がついてよかったはずだぜ」
ウォルフが口元をゆがめた。
「ウォルフ……」
「待ち伏せだ……"牙"が相手なら、考えにいれておくべきだったな」
「けど、どうして?」
リンのつぶやきに、ウォルフが小さく笑った。
「偽のSOSで、大間抜けな奴等が接近するのを、ひたすら待ち伏せる……特務部隊が、よく使う卑劣な戦法だぜ」
「あたしらは、その大間抜けって訳かい……敵の、推定データが出たよ」
リンが、デルタクリッパーのデータベースから、敵と合致する艦種を表示させる。
全長三百四十メートル、百五十七ミリ荷電粒子砲十六門搭載、対艦ミサイルランチャー多数……メルイア軍が主力として使用した"ユーラシア"級軽巡洋艦だった。
統合戦争中に、同型艦が二百隻以上就役した名艦として名高い。
「五千五百トン級だぜ……相手にするのが、嫌になる」
ディスプレイに投影されたデータを見るなり、ウォルフが不愉快そうに唸る。
通商破壊戦から、哨戒、護衛まで幅広く使われた名艦だけに、タフネスで有名だった。
火力こそ新鋭艦に劣るが、扱い易さではトップクラスだろう。
「通信が入ってるわ」
セーラの声に、リンがコンソールに手を伸ばした。
スイッチを切り替え、船長席に通信をつなぐ。
『貴船の即時停船を命令する……命令に従わない場合は、実力行使で停船させる』
リンが、不愉快そうに舌を打ち鳴らした。
無機質な声の主は、間違いなくキーラーだった。
「最初っから実力行使のつもりだったくせにねぇ……キーラー、あんたらしい陰湿な真似だよ」
『リン……やはり、貴様たちだったか』
リンは、眉根を寄せた。
「あんたもしつこいねぇ……まぁ、アーカスシティの騒動ぐらいで懲りたとは思ってもなかったけどさ」
『メルイアの遺産は、我々に所有権がある』
キーラーの声のトーンが、リンを威圧するように低くなる。
「メルイアって国家は、この世から消滅したんだよ……"牙"みたいな馬鹿者たちのせいでね」
リンの皮肉を、キーラーは無視した。
『セーラ・シェラザートの身柄を引き渡してもらおう』
キーラーの言葉に、リンが嘲るような笑い声をあげた。
「アーカス宇宙港で言ったはずだよ……あたしらが、どこで何をしようがあたしらの勝手だってね。
あんたらが、困ろうが……あたしらの知ったこっちゃないね」
キーラーが、乾いた声で小さく笑った。
『交渉は決裂か……残念だな』
「どーせ、助ける気なんざありゃしないくせにさ……顔洗って出直しといで!」
リンは、通信システムを一方的にオフにした。
「来るよっ!」
リンが短く叫ぶのと同時に、レッドはデルタクリッパーの操縦杆を大きく倒し、フットバーを蹴り込んでいる。
デルタクリッパーが急横転するのと同時に、敵の主砲が全門斉射のきらめきを放った。
「うへぇ!」
直撃がなかったのは、奇跡だった。
「くっそぉ……もう、我慢ならねぇ……」
レッドの唸り声に、リンが苦笑を浮かべた。
「闘うのかい?」
リンの問いに、レッドが肩をすくめた。
「このエリアじゃ、ちょっと不利だぜ……場所を選ぼう」
レッドが言うが早いか、デルタクリッパーが、重心を中心にクルリと反転した。
急激な方向転換に、慣性制御システムで補正できなかったGが一瞬ブリッジを襲う。
「レッド! ちったぁ手加減しなよ……セーラが乗ってるんだからね!」
首を押え、リンがわめく。
「一発喰らったら、無事じゃすまねぇぜ」
「そこを何とかしろって……セーラは、あんたと違って訓練受けてないんだからさ!」
「了解、っと……せいぜい、静かに逃げ回るさ」
そう言うなり、レッドはスロットルをMAXに叩き込んだ。メインエンジンが咆哮し、蹴飛ばされるような加速を開始する。
「馬鹿ぁ!」
シートに叩きつけられたセーラの悲鳴とともに、デルタクリッパーは逃走に移った。




