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ACT11 メルイア恒星系

「ターゲットが射程に入ります……距離一万二千」

 オペレータの声が、淡々と流れる。

 メインスクリーンに表示された輝点が、ゆっくりと移動していた。

「距離一万を割ります……電磁波の影響で、センサーからのデータに乱れがあります」

 輝点の監視を続けるオペレーターが、艦長席のキーラーを振り返った。

「若干ですが、測定距離に誤差があります」

「五千まで引きつけろ……一撃で仕留めなければ、面倒になる」

 キーラーが、淡々と指示を飛ばす。

 感情の欠落したような、冷たい声だった。

「邪魔者がうろついていては、これからの仕事に迷惑だ……」

 巡洋艦ジレーネのブリッジに陣取るキーラーは、静かにメインスクリーンを見あげていた。

 スクリーンに表示されたスケールが刻々と変化し、砲撃に必要なデータが瞬時に計算されて補正値を算出する。

 統合戦争で大活躍した条約型巡洋艦のブリッジは、少々旧式化していた。大小様々なディスプレイが壁面のいたるところに装備され、一種独特の雰囲気を作り出している。

 キーラーは、火器管制コンソールに取りついたオペレーターに視線を移した。

 "牙"のメンバーは、メルイア宇宙軍の生き残りばかりだった。戦乱で鍛えられた連中だけに、統合戦争終結から三年が経過した今でも、その技量に衰えはない。

 この任務のためにキーラーが選抜した部下たちは、"牙"が抱える戦闘員たちの中でも技量の高い連中だった。

 ブリッジ要員は、かつて死傷率八十パーセントを越える激戦を生き残った巡洋艦乗りばかりで構成している。メルイアの残党の中でも、一級品の能力の持主たちだった。

「一撃で勝負を決める……一番砲塔から四番砲塔まで、砲撃準備」

「アイアイ……エネルギーチャージ完了!」

 四連装の百五十五ミリ荷電粒子砲が、砲塔を旋回させ目標を追尾し続けていた。

 距離一万二千で、命中率七十五パーセントを誇る巡洋艦の主砲は、距離八千以内ならば命中率は九十パーセントを軽く越える。

 たとえ、電磁波の乱れがあっても、ここまで引きつければ外す方が難しい。

「距離五千!」

 観測員の声に、キーラーは傍らにひかえるバッサに眼で合図した。

「主砲発射!」

 バッサの指令で、主砲が斉射された。

 暗黒の宇宙空間を切り裂き、プラズマの奔流が走る。

「ターゲット、直進中……弾道と交差まで、十秒」

 強力なエネルギーの塊が、目標の外宇宙船の外板を貫いた。

「エネルギー再チャージ完了……第二斉射準備完了」

「第二斉射は必要がない……戦闘配置を解除しろ」

 艦長席を離れたキーラーは、メインスクリーンの前に歩み寄る。

 居住区を撃ち抜かれたその戦時標準型輸送船は、SOSすら発信する余裕すらなく爆発四散した。

 巡洋艦の主砲の一斉射撃は、二千トン級の外宇宙船には過剰なほどの破壊力があった。

「まずまずだな……ひまつぶしとしては、上出来だ」

 キーラーが、満足そうにつぶやいた。

「サブエンジン始動……微速前進」

 バッサの指示で、巡洋艦ジレーネが、宇宙空間にその巨大な姿を現した。

 ジレーネが潜んでいたのは、機能を停止した巨大な人工衛星の残骸だった。

 全長一千メートル級のビーコン衛星の残骸を背にしたジレーネは、遠距離からではセンサーでも船影を捕捉することは難しい。

 統合戦争で、通商破壊艦が散々多用したトリックだが、今なお有効な戦術だった。

「コマンダー……本当に、奴等はここへ来ると?」

 バッサの言葉に、キーラーが肩をすくめた。

「勘だがな……メルイアの遺産は、この星系に隠されている」

「……この星系全域は、我々が全て捜索したはずですが……」

「ロッド・シェラザートを甘く見ないことだな……奴は、敵に回すのが惜しかった才能の持主だ」

 キーラーが、口元に冷笑を浮かべた。

「しかし……このまま、連中が網にかかるのを待っているのも……」

 バッサの口調には、何とも言えない無念さが秘められていた。

 日頃、キーラーの命令には反論どころか不服そうな素振りさえ見せないバッサが、デルタクリッパーのことになると、むきになって反論する。

 アーカスシティで痛い眼にあわされたのが、よほど屈辱だったのだろう。

 だが、キーラーは、バッサの気負いを静かに受け流して、メインスクリーンに投影された宇宙船の残骸をながめた。

 ジレーネの獲物となったのは、メルイア恒星系に迷い込んできた小型の外宇宙船だった。恐らくは、放棄されたメルイアの軍需物資を狙ったサルベージ屋か、うっかり迷い込んできた自由貿易業者の宇宙船だろう。

「使えるかも知れないな」

 映像を見つめていたキーラーが、口元に微笑みを浮かべる。

 それは、あまりにも無機質で冷酷な笑いだった。

「工作班を準備させろ……あの残骸を、利用する」

「?」

 一瞬怪訝そうな表情を浮かべたバッサに、キーラーが片目を閉じてみせた。

「網を張るだけじゃない……積極的に、網に連中を追い込む」

 キーラーは、大きく息を吐き出し、再びスクリーンに投影された宇宙空間をながめた。

(見てろ……アーカスシティの借りを返してやる)

 滅多に感情を表面に出さないが、アーカスシティの一件で一番屈辱を感じているのはキーラー自身だった。

 "牙"は、鋼の規律を持っている。今でこそ、暗黒社会のシンジケートと大差ない存在になっているが、元々がメルイア宇宙軍あがりの連中だけに、その組織構成は軍隊として必要な条件を全て満たしている。

 部下は、上官の命令に絶対服従が鉄則だった。

 今回の作戦指揮権を持つキーラーは、部下の生命を自由に使える。死ねと命令することも可能だし、部下はその命令に従う義務があった。

 だが、この作戦に失敗すれば、キーラーの"牙"における立場が危なくなる。

 キーラーとて、"牙"のトップではない。

 上位者に命令される立場だった。

 様々な情報を与えてくれるミスティも、キーラーが自分に役立つと考えているからこそ利用しているだけだった。

 もし、この作戦に失敗すれば、平気でキーラーを切り捨てるだろう。間違えても、キーラーを助けようなどと考えるような人間ではない。

 もっとも、キーラーの方も考え方は同じだった。

 ミスティを利用して、自分の力を強めようとしているだけだった。感情の入らない、打算のみのドライな関係だった。

 ミスティを上回る力を持ったとき、キーラーとミスティの力関係は逆転する。

 そればかりではない。ミスティのみでなく、"牙"の誰よりも力を持てば、キーラーが指揮権を持つことになる。

 その瞬間まで、キーラーは力を蓄えなければならなかった。

(だが……)

 キーラーの眼光が、一瞬妖しい輝きを見せた。

(BLUEさえ、手に入れば……)

 それは、とてつもない野望を秘めた眼光だった。


       ◆



 超空間航法を終え、デルタクリッパーは通常空間にリターンしてきた。

「タッチダウン!」

 タッチダウン座標は、メルイア恒星系外縁だった。

「全システム通常モードに移行……センサースキャン開始!」

 デルタクリッパーの複合センサー群が、全周の走査を開始する。

「電磁波の嵐だよ……レーダーは、役に立たないねぇ」

「重力場センサーもだ」

 ウォルフは相変わらず、口数が少なかった。

 重力場が不安定だった。

 主星の崩壊が与えた影響は、予想以上に大きい。

「役に立つのは、赤外線センサーと光学映像だけ……嫌になっちまうね」

 リンが、センサーのモードを確認しながら、小さく舌を打ち鳴らした。

「どうでもいいけどさ……どっちに転がす?」

 パイロットシートに陣取ったレッドは、めんどくさそうに声をかける。

 リンが、不愉快そうに鼻を鳴らした。

「これじゃあ、航路が決まらないんだよねぇ……惑星の軌道要素が乱れてると、厄介だからさ」

 航路を指示するためのビーコン衛星も、三年前に機能を失っている。

 推測航法で、ホワイトクロスまでたどり着くしかない。

「ウォルフ……チャートルームに」

「アイアイ、船長」

 ウォルフが、立ち上がった。

「レッド? 当直を頼む」

 返事のかわりに、レッドは手を振った。

 ブリッジと隣接するチャートルームは狭い空間だったが、デルタクリッパーの頭脳とも言うべき機能を持った様々な観測機器が並んでいる。

「推測航法になるな……」

 デルタクリッパーの観測機器からのデータをながめながら、ウォルフがつぶやいた。

「やっぱり? あたしは、神経が細かくてねぇ……推測航法は、心臓に悪いんだよね」

 デルタクリッパーは、軍用艦艇がベースになっている。その気になれば、外部からの支援なしに正確な航路をたどることは、造作もない。

 だが、その元になるホワイトクロスの軌道データが正確だという条件がある。

 主星崩壊時の質量変化が、各惑星の軌道を微妙に狂わせていた。

「全天センサーが、観測終了まで……動けないね」

 ホワイトクロスの軌道データを補正しなければ、うかつに動けない。

 テーブルに埋め込まれた大型ディスプレイに、各惑星の観測データが描き出されてゆく。デルタクリッパーの航法コンピュータが持つ、メルイア恒星系の各惑星データと重ね合わせると、メルイア崩壊戦の影響が一目瞭然だった。

「戻ってきたね……メルイアへ」

 リンがつぶやいた。

 ウォルフは無言でうなずいただけだった。

 リンが、何を言いたいのか、ウォルフにはわかっている。

「救えなかったね……」

 リンのつぶやきは、沈痛なものだった。

「あたしらに、もっと力があれば……メルイアの人間を全員救えたのにさ。

 今でも、夢に出てくるんだ……メルイア脱出作戦の時のことがさ」

 統合戦争は、悲惨な戦争だった。

 宇宙時代初期の、深刻なエネルギー危機で起きた戦乱とは規模が違う。人類の欲望が巻き起こした勢力圏を巡る争いだった。

 メルイアの崩壊は、史上最大の戦死者を出した。

 母星を消滅させられたのだから、全滅でもおかしくはない。

 だが、メルイア崩壊直前に、巨大な移民船を利用し、約2億の人間が脱出に成功していた。脱出計画は、本星崩壊前から極秘に進められ、崩壊時には軍人と軍属のみが残っていたと言う。

 この脱出作戦に、リンたちも深く関わっていた。

 提督が残した最後の作戦命令が、メルイア脱出作戦だった。

 移民船を徴発し、必要な推進剤から食料までを準備するのも、敗戦寸前のメルイアでは困難を極めた。だが、リンたちは、ありったけのルートを使い、それを実行した。

 事前に本星破壊の計画を知らなければ、これだけの大人数を短時間で避難させることは不可能だった。

 提督が直々に指揮をとっていれば、もっと行動は容易だっただろう。それほど、シェラザート提督の人望は厚かった。だが、提督は参謀本部からの極秘任務を受け、どこかへ出港する直前だった。ロッド・シェラザート提督からリンに届いた指令書が、メルイアの人々をわずかながらでも救ったことになる。

 メルイア崩壊の情報を、提督がどうして知っていたのか、リンたちにはわからない。

 だが、メルイアの本星が消滅する日時まで、命令書には記載されていたことから考えれば、提督がメルイアの崩壊を知っていたのは間違いがなかった。

「船長の責任じゃないさ……船長だって、精一杯の努力をしてた」

 ウォルフの言葉に、リンが小さく首を振った。

「精一杯の努力じゃ駄目なんだよ……限界を超える努力が出来なかったことが、悔やまれてさ」

 リンは、目尻に浮かんだ涙をぬぐった。

「ざまぁないよね……間違っても、レッドやセーラにゃ見せられない顔だよ」

「意地っ張りだな」

「あんたに言われたかぁないよ……けど、間違っちゃいないね」

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