ACT10 自由貿易船デルタクリッパー
『ぶざまね……失態だわ』
ディスプレイに投影された少女が、冷たい微笑みを浮かべた。
『あなたにしては、珍しい不手際ね』
ミスティという名の娘の言葉には、かすかなトゲがあった。
キーラーを挑発するような口調だった。
キーラーは、口元をわずかにゆがめた。"牙"の残党を率いるマスターの直系でなければ、こんな口のきき方をするミスティを絶対に許さない。
「作戦は、まだ続行中だ……多少の計算違いはあったが、ちょっとしたアドリブにすぎないさ。
ゲームは始まったばかりだ……負けたわけじゃない」
ミスティが、喉を鳴らして笑った。柔らかなウェーブがかかったプラチナブロンドが、ディスプレイの中でゆれる。
『相変わらずの自信ね……これだけの騒動を起こして、失敗に終れば責任を問われるわ』
「承知してるさ……だが、成功すれば……」
『あなたは"牙"の理事に就任する……誰にも文句は言わせないわ』
利害関係が合致したから、手を組んでいる。
キーラーは、ミスティを利用して"牙"内部での勢力を強めようとしている。ミスティもキーラーに利用価値を見いだしているからこそ、キーラーの単独行動を許している。
「連中の行き先は、わかっている……焦ることはない」
『先を越されると、やっかいよ』
ミスティの言葉に、キーラーが微笑んだ。強烈な自信と勝算の見える、不気味な笑顔だった。
「連中は、フリゲート艦だ……航続距離は短い」
『巡洋艦なら、先回りできる?』
「お茶でも飲みながら、連中を待つさ」
キーラーは、アーカスシティを脱出したデルタクリッパーを、追跡しなかった。
追跡できなかった、というのが正直なところだった。
大気圏突入能力を持たないキーラーの乗艦は、軌道ステーションに入港させていた。
作戦失敗を知り、キーラーが軌道ステーションに戻った時には、デルタクリッパーは星系外まで脱出してしまっていた。遠距離すぎて、デルタクリッパーを追跡することは不可能だった。
だが、キーラーは、デルタクリッパーの行き先を読んでいた。というよりも、シェラザート提督の手掛かりがメルイア星系に存在するのは間違いなかった。そこまでは、とっくに判明している。今までも随分と捜索したが、発見できないからこそ、提督の娘に狙いを定めたというわけだった。
リンの邪魔で多少の狂いが出たが、作戦に修正を加えればすむことだった。
作戦を失敗と考えるには、まだ早い。
用意してある手段は、まだいくつも残されている。
メルイアの遺産の隠し場所に案内してくれるというのであれば、手間がはぶけるというものだった。何でもありの宇宙での戦闘では、キーラーたちの側に分がある。デルタクリッパーがメルイアの遺産にたどり着く前に襲撃すれば、それで終りだった。
「ミスティ、調べて欲しいものがある……スターエクスプレスという会社のデータを探してくれ。アーカスシティに登記されているはずだ。
この会社に関わる人間のデータも、調べればすぐにリストアップできるはずだ。
だが、リン・リンファのデータは不用だ……俺が、一番良く知っている」
『すぐにわかるけど……それが?』
ミスティが、かすかに首をかしげた。
「俺たちの行動に、ケチをつけてくれた連中だ……昔から気に入らなかったが、今度会ったら殺してやる」
『あなたらしくないわね……感情に流されたら、負けるわよ』
励ましとも、皮肉とも付かない言葉を残して通信が切れた。
通信を終えたキーラーの口元に、なんともいえない乾いた微笑みが浮かんだ。
「リンめ……どこまでも俺の邪魔をするつもりか」
待つほどのこともなく、ミスティから圧縮データが転送されてきた。
めぼしい情報は、ほとんどなかった。
キーラーは、軽い失望を覚えながら、データに視線を走らせた。
星港旅運有限公司という会社は、何の問題もない普通の会社だった。
登記の日付けは、三年前だった。つまり、メルイア崩壊直後に設立したということになる。よくあるペーパーカンパニーだった。船一隻で運営している自由貿易業者が、こういった形だけの会社を設立する。
「レッド・ブラッドレー……謎が、多い奴だな」
ディスプレイに並んだデータに、キーラーが眉をしかめた。
レッド一人に、キーラーたちは、軽くあしらわれてしまったようなものだった。
わずかに細めた両眼が、冷徹な輝きを見せる。
「こいつが気になる……ただのガキじゃない」
データベースから検索されたレッドのデータはシンプルなものだった。
名前:レッド・ブラッドレー
年齢:十九歳
性別:男
出身地:旧メルイア共和国ガリア地区
略歴:メルイア宇宙軍第一戦闘大隊所属
備考:詳細記録がメルイア崩壊戦時に消失し、それ以前の経歴は一切不明
「詳細記録が崩壊戦で失われたのは確かだが……な」
キーラーは、軽く舌を打ち鳴らした。
データを見る限りにおいて、何の異常もない。
データベースに、この程度の内容しかない人間は、いくらでも見受けられる。
ましてや、リンのようなブラックリストの筆頭ならともかく、"牙"の調査網でもノーマークだった人間ならばなおさらだった。
だが、キーラーの感覚に触れる何かがあった。
「作意的な匂い……」
情報部にいたキーラーでなければ、気が付かないことだった。
あまりに平凡なデータと、アーカスシティでレッドが見せた戦闘力が合致しない。
辺境の三流シンジケートが相手なら、わからないでもない。だが、キーラー直属の連中を相手にして、あれだけの戦闘力を持っていれば、"牙"の情報網にひっかからないはずがない。
「そうか……情報操作か!」
レッドのデータは、何者かが手が加えている。
「何者だ……」
キーラーの作戦に、レッドの存在が不吉な影を落している。
◆
「?」
気配を感じて、レッドは眼を覚ました。
テーブルをはさんで、頬杖をついたセーラが、レッドの寝顔をながめている。どこか楽しそうな表情だった。
「あっ、ごめん……起こしちゃった?」
セーラが、慌てて身を引いた。
パールホワイトとライトグレーのツートンカラーのジャンプスーツが、セーラの動きにつれてかすかに衣擦れの音を立てる。
何の用意もなしにデルタクリッパーの乗客となったセーラに、リンが慌てて倉庫を引っかき回して用意した船内作業服だった。色気も何もない実用本位の服装だが、活動的な性格のセーラには、不思議なぐらい似合っている。
「俺の顔に、何かついてるのかい?」
「ううん……ただ、寝顔を見てたの」
「俺の? また、何で?」
「寝顔がね……とっても気になっただけ」
セーラが、照れたように舌をペロッと出して笑う。
「どんな場所でも天下太平みたいに眠ってるけど……どこか、さみしそうで……ちょっと、かわいいなって思ったの」
「抜かせ……寝顔がかわいいなんて言われる歳じゃないさ」
レッドは、鼻を鳴らした。
「俺の寝顔を見るしか、することがねぇのか?」
「だって……ブリッジの当直してるリンの邪魔をしちゃまずいしさぁ……ウォルフはエンジンルームに入ったっきり出てこないし……」
セーラが自分の手を見つめながら、消え入りそうな声でつぶやいた。
「ひまを持て余してる訳だ」
レッドは、苦笑を浮かべた。
惑星国家セルテゾールのアーカスシティを脱出して、ちょうど十日目だった。超空間航法をフルに使っても、メルイア恒星系まであと二日かかる。途中で、推進剤の補給に寄港したほかは何もイベントもない。単調な外宇宙航行の生活に慣れているレッドたちとは違って、セーラが退屈になり始める頃だった。商船学校にいたとはいえ、外宇宙訓練を受けていないセーラにとっては、何もしないというのはかなりの苦痛だろう。
「リビングを覗いたら……レッドが眠ってたから……」
「話相手が欲しけりゃ、起こせばよかったのに……寝顔をじっくりながめられるってのは、ちょっと気恥ずかしい」
「ごめん……けど、いいの?」
「何が?」
「レッドは、ほとんどここで寝てるじゃない?」
「ああ……ひまがあれば、眠る主義だからね」
「手伝わなくっても……大丈夫なの?」
「デルタクリッパーの面倒を見なくてもいいのかってことか……リン姐さんに、責められてるみたいだな」
苦笑を浮かべたレッドは、軽く舌を打ち鳴らした。
「リンとウォルフの二人が、交代で当直に立ってるんでしょ? 手伝わなくっても、負担じゃないの?」
「負担になったら、叩き起こしに来るさ……巡航中は、俺の出番は滅多にこないんだ」
「?」
「俺が当直すると、必ず厄介事が起きるから……姐さんは、俺に当直させたがらねぇ」
寝ころんだまま、レッドが片目を閉じて見せる。
「馬鹿……嘘ばっかり」
セーラが、クスクスと笑った。
セーラの柔らかな笑い声が、耳に心地よく響く。
自由貿易業者といえば聞こえはいいが、デルタクリッパーが運ぶ物資の大半は闇物資だった。統合戦争で疲弊した辺境の惑星国家を回り、不足していたり政府が統制している物資を、こっそりと闇市場へ送り届ける。
当然、治安機構の警備艇に臨検されれば、密輸の現行犯として牢屋へ直行する危険な商売だった。
だが、船長のリンにも言い分はある。
売りたい買いたいという意思が双方にある以上、商売は成立するのが自然だというのがその理屈だった。
もっとも、そんなふざけた理屈が、治安機構に通用するはずがない。
誰にも怪しまれないように入港して、こっそりと荷物の受渡しを済ませ、さっさと出港するのが一番だった。
リンとしても、無用な騒動は避けたい。
ところが、レッドが当直に立つと、かなりの高い確率で警備艇と遭遇する。
こういう場合、トラブル大好きなレッドが当直だと、まず間違いなく大騒動になる。
「まぁ、平穏無事みたいだしね……そうでなけりゃ、今頃大騒動になってるはずさ」
そう言ったとたん、ブリッジに通じる扉が、かすかなモーターの唸りとともに開いた。
「あー、この馬鹿者が! また、こんな場所で寝てやがったな……ちゃんと、自分の部屋で寝ろって、何度言えばわかるんだい」
リンの大声に、レッドは眉根を寄せ、小さく舌を出した。
顔を見るなり、これだった。
「この横着者が……」
腰に手を当てたリンが、頬をふくらませる。
もっとも、本気で怒っている表情ではない。リンの眼が笑っている。
レッドは、毛布をたたんで、身体を起こした。
大きく両腕を伸ばし、アクビをする。
「姐さん……腹が減ったぜ」
「自分で料理するって発想はないのかい?」
レッドを軽くにらみつけ、リンが笑顔を浮かべた。デルタクリッパーでは、食べたい人間が自分で勝手に料理する。ウォルフでさえ自分で料理を作るが、レッドだけは料理をしない。空腹になると、不味い軍用携帯レーションで済ませてしまう。
「まぁ、レッドがエプロン姿でキッチンをうろつき回る姿ってのも、想像したくない姿だけどさ」
リンは、漆黒のスペースジャケットの上着を脱ぎ、レッドめがけて放り投げる。
リビングに隣接したキッチンに入りかけ、リンが振向いた。リンの動きに応じて長い髪が、空間にふわりと舞う。
「セーラも、お腹が空いてるんでしょ? レッド一人に食べさせるんじゃ、作り甲斐がないからさ」
長い髪を束ねながら、ちょっと考え込むような表情を見せる。
「何か食べたいものある?」
「食えりゃ、なんでもいい」
「レッドにゃ、聞いてないわよ!」
「これだもんな……」
レッドは、セーラに向けて目配せを送った。
とたんに、こらえきれなくなったセーラが、小さくプッ吹き出した。
今まで、じっくりとセーラの表情をながめたことがなかったのに、レッドは初めて気がついた。
セーラが笑うと、右頬に小さな笑くぼが出来る。
魅力的な笑顔だった。孤独な暗さなど微塵もなかった。そうかといって、ただ陽気なだけでもない、不思議な魅力を持っている。
大きめの瞳が、クルクルとよく動く。
いい輝きをした眼だった。
その人間の本質は、眼光に一番はっきりと現われる。
一本の筋が通った強さを想わせるセーラの瞳の輝きの奥に、なんとも言えない暖かさがある。
セーラは、つくづく奇妙な娘だった。
父親の行方を追って、メルイア恒星系まで行こうというのだから、よっぽどの豪胆かとびきりの馬鹿かどっちかだろう。
勝気で、意地っ張りで……それでいて、どこか不思議な暖かさを持っている。
「もうじき、メルイア恒星系だから……食事をするひまがないぐらい、忙しくなるよ」
キッチンから、リンの声が飛んできた。
宇宙船での食事というのは、味気ないことで有名だった。
だが、デルタクリッパーでは違う。生鮮食料品も、充分に積み込んである。
自分が美味な食事を食べたいから、自分で料理する。少しでも美味な物を用意するのが、船長のリンのモットーだった。
待つというほどの時間もかからず、リンは食事の準備を整えて戻ってきた。
葱油餅にハムと野菜をはさんだサンドウィッチがプラスチックトレーに盛りつけられている。
「追跡は?」
「今のところ、レーダーレンジにはそれらしい反応なし……薄気味が悪いぐらい平穏無事な航行だね」
ティーポットをかたむけながら、リンが皮肉めいた微笑を浮かべる。
「キーラーが出てきてるんだから、このままじゃ終らないって思ってたんだけどね……あたしの取り越し苦労だったのかも知れないよ」
キーラーたち"牙"が動いている以上、このままで済むはずがない。
「正規の航路を使ってないんだから、追跡はまず無理だろ……こっちの航路を待ち伏せようたって、スターチャートにさえ載ってないルートなんだぜ」
デルタクリッパーが航行しているのは、正規の航路ではない。商売柄、デルタクリッパーは、航路図に掲載されていないルートを使って航行する。
闇物資を運ぶ因果な商売だけに、デルタクリッパーは独自の航路を用意している。
軍用艦あがりだけに、デルタクリッパーの装備は優秀だった。外部支援に頼らずに、長期間の外宇宙航行も不可能ではない。
「まぁね……おかげで、あたしは航法計算でえらく頭を酷使したんだよ」
リンは、紅茶の芳香を楽しむような仕草を見せ、器用に片目を閉じて見せた。
「慣れない真似をするもんじゃないよね……レッドに頼みゃよかったって思ってる」
「俺は、姐さんよりずっと頭が悪い」
レッドのとぼけた返事に、リンが眉をひそめた。
「"牙"と一戦交えるかどーかって時に、ストレスを溜めてくれるよね」
肩をすくめたレッドを見て、リンは小さく笑った。
「"牙"って?」
セーラが、怪訝そうな表情を見せた。
「セーラを追い回した連中さ」
レッドの返事は、答えになっていない。
「メルイアを戦争に導き……惑星一つを消滅させた連中さ」
リンが、冷たく言い放った。
「"牙"ってのは、通称でね……正式には、大統領警護隊……独裁者の親衛隊さ。
手段のためには、国民を見殺しにしても平気な連中だよ……まったく、厄介な連中とケンカする羽目になったもんだね」
"牙"と呼ばれる集団は、一種の秘密結社のような組織だった。正式には、大統領警護隊というメルイア大統領の親衛隊だったが、メルイアが崩壊してもなお、その組織力は健在だと言う。
戦争が終った後も、"牙"は暗黒社会へと姿をくらまし、生き続けているのは間違いない事実だった。辺境星域で多発している局地紛争に、旧メルイア軍の残存部隊を傭兵として供給している黒幕が、メルイアの"牙"だという噂がある。
「挑発したのは、姐さんだろ?」
「まぁね……あんたと一緒で、ケンカが好きだもの」
リンが、かすかに笑った。
「そんなことよりさ……」
急に真面目な表情になったリンが、レッドを真正面から見つめる。
「メルイアの遺産って、何だと思う?」
「俺に、わかるわきゃねぇじゃんか」
あっさりとしたレッドの返事に、リンが眉根を寄せた。
「考えることを放棄するんじゃないよ……たまには、知恵を絞っておくれよ」
リンの剣呑な眼に射すくめられ、レッドは考え込むような素振りを見せた。
ほんの少しの沈黙の後、レッドは両手をパッと拡げる。
「やっぱり、わからねぇ」
「殴るよ」
リンが、殴るような手真似をした。
肩をすくめたレッドは、再び食事を再開する。
「父さんの遺産?」
セーラのつぶやきに、リンは首を横へ振ってみせた。
「わざわざメルイアの、って書いてあったんだから……提督は生きているって考える方が、考え方としては自然だよ。
提督の性格から考えて、遺言状なら……遺言状だって明記するはずだもの」
「じゃあ、父さんは……生きている?」
リンは、セーラを元気づけるように笑顔を浮かべた。
「一般に流布してる提督の最期は……キラー衛星に、船を破壊されたってなってるけどね……自軍のキラー衛星に撃沈されるような、まぬけじゃないよ」
言葉を切ったリンは、食事を止めないレッドを見た。
「プロジェクトBLUEって知ってるかい?」
「!」
リンの言葉に、レッドは顔をあげた。レッドの瞳が、一瞬鋭いきらめきを放つ。
「メルイアが推進していた極秘プロジェクトらしいんだけど……いまだに謎に包まれてるんだよね」
リンの情報収集能力でも、わからないことがある。
特に、メルイアの極秘情報ともなると、闇から闇へと葬られたものが多い。
何しろ、最終防衛戦で主星が崩壊しているのだから、現在まで残っている記録など皆無に近かった。
メルイア宇宙軍内部に流れていた極秘プロジェクトの噂は、起死回生の大逆転を狙った秘密兵器の研究開発から、大規模な作戦計画まで数多い。その中で、一番謎めいているのがプロジェクトBLUEだった。
その内容を知っているものは生き残っていない。関連する機密文書さえ、大半がメルイア崩壊戦の際に失われていた。
わかっているのは、BLUEというコードネームだけ。
「噂じゃ、メルイアを勝利に導くプロジェクトだってことだけどさ……メルイアは消滅しちまったじゃない?」
「……」
レッドは、返事のかわりに肩を大きくすくめただけだった。




