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ACT09 空中サーカス

 左手首のリストバンドに仕込まれた多目的センサーが、小さなコール音を鳴らした。

「この忙しい時に……」

 レッドは、センサーにチラリと一瞬視線を移した。

「ハロー!」

 レッドの声に反応して、センサーのモードが通信に切り替わる。

『レッド! 聞こえてる?』

 センサーに仕込まれた小さなスピーカーから、聞き覚えのある声が流れた。

 デルタクリッパー船長リンの声だった。

「感度良好! 今、どこ飛んでる?」

『あんたの上空ニ千メートル……セーラは無事かい?』

「今のとこはね。

 ところで、用事は何だい? 今、ちょっとばかり取込み中なんだけどさ」

『ちょっとだけ、予定変更さ……レベロまで待ってられなくなっちまったから、途中でピックアップするからね!』

「予定変更、ね……それより、こっちの状況は承知してるかい?」

『だいぶ派手にやらかしてるようね……手伝いは必要かい?』

「上空にへばりついてるのを、何とかして欲しいけど……気になって仕方がないぜ」

『了解……巻き込まれないようにね』

 レッドが返事するより前に、通信が一方的に途切れた。

「あーあ……前よりも状況が悪くなるぜ」

 そう言いながらも、レッドはエアカーを加速させる。

 時速四百キロを越えたあたりで、スピード表示が頭打ちになる。

 大出力エンジンを搭載したポリスカーといえども、酷使を強いた直後の状況では、これがほぼ限界の速度だった。

 アーカスの市街区も終わり、ここからはほぼ直線ルートだった。敵が、攻撃をしかけてくるのも、逃げ場のない大平原を突っ切る幅広い直線コースになってからだろう。ここから先は、滑走路にも転用出来る片側十車線の幅広いハイウェイが地平線の彼方まで延々と続いている。

「フルパワーで一時間も逃げ回ってりゃあな……」

 まだこれだけの出力を出せることの方が、不思議なくらいだった。

 後方警戒モニターに、レッドは視線を走らせた。

「しっかり、張りついてやがる」

 その瞬間、レッドの脳裏で何かが反応した。

「来るぞ!」

 プラズマ化した粒子が火花を散らし、大気を切り裂いた。紫がかった白光が、稲妻のようにスパークする。

 一条の光の奔流が、ヘリを貫いた。

 動力を撃ち抜かれたヘリが、空中で爆発四散する。

「俺より酷い……ぶっ放したのは、ウォルフだな」

 頭上から降り注ぐ破片を避けようと、エアカーを加速させながら、レッドは舌を打ち鳴らした。

 デルタクリッパーの船首部に装備された、障害物排除用の粒子砲を使ったのだろう。本来の用途は、宇宙空間航行中に針路上の宇宙塵を破壊するためのものだった。いくら低出力の防御システムとはいえ、大気圏内では破壊力が大きすぎる。下手な戦車砲と大差ない威力を持っている。

 大気に含まれる塵や水蒸気によるエネルギーの損失を考慮しても、破壊力は充分すぎるものだった。

「ちょっと……レッド! う、上!」

 頭上に姿を現した巨大な航空機に、セーラが小さな悲鳴をあげる。

 槍の穂先を連想させる鋭い三角形のシルエットは、見るからに軽快な印象を与える。だが、全長二百メートル近い船体は、大気圏内ではあまりにも巨大だった。

「やっと来たか……デルタクリッパーの登場だぜ」

 レッドの声は、明るかった。

 どこに出しても、自慢できる宇宙船だった。

 純白の耐熱コーティングされた船体が、朝焼けの光を浴びて朱色に輝いている。その姿は性能の高さをうかがわせるスマートなものだった。

 メルイアのミサイルフリゲート艦を改造した、高速輸送船デルタクリッパーだった。

 大気圏内から自力で衛星軌道まで上昇できるうえに、外宇宙航行まで可能な全領域作戦能力を持った実用型宇宙船としては、最小の部類に入る。

 戦闘艦艇あがりのため貨物搭載量は小さいが、足の早さを活かした特殊な輸送に力を発揮する。レッドたちにとっては、頼もしい船だった。海賊船に遭遇しても、楽に逃げ切れるほど機動性が高い。

 リフティングボディと呼ばれる三角形の船体の両脇に、巨大な増速用エンジンナセルが張り出している。船体後部の二基のメインエンジンと合わせて使用すれば、宇宙戦闘機並の急機動を見せる。これだけの快速を誇る外宇宙船は、連邦中を探しても滅多にお目にかからない。

 封鎖突破船として、自由貿易業者の間でもその快速ぶりは知れ渡っている。

「ねぇ、ふらついてるよ……」

 セーラの言葉に、レッドは顔をしかめた。

 操縦性の高そうな外観と裏腹に、不安定な飛び方だった。とても、ライセンスを持った人物の操縦とは思えない下手くそな操縦に、レッドが舌を打ち鳴らす。

 どう見ても、墜落寸前の事故機だった。

「ハロー! 酔っぱらったみたいにふらついてるぜ!」

『忙しいんだから、話しかけるんじゃないよッ!』

 リンの険しい声が、クロスカウンターで跳ね返ってきた。

「あちゃあ……忘れてたぜ」

 レッドは、露骨に眉をしかめる。

「何?」

 セーラの問いに、レッドはおどけた表情を見せた。

「操縦してるのが、リン姐さんだってことを、俺は忘れてたよ……」

「それが?」

「姐さんは、低速で真っ直ぐ操縦することが出来ないんだ」

「!」

「どの神様でもかまわねぇから、頭の上に墜落してくれないことを祈ってな」

「あたし無宗派だけど」

 レッドは、大きなため息をついた。

「……最悪だぜ」

「レッドは?」

「無神論者」

「最低ね……」

 二人は、一瞬顔を見合わせ、吹き出した。

『ハロー! レッド、聞こえてるか?』

 唐突に、ウォルフの声が流れてきた。

「この、クソおやじ! 何でてめぇが操縦しねぇんだよッ! 俺たちを殺す気か?」

 レッドの口から、伝法な罵声がポンポンと飛び出してくる。

 リストセンサーのスピーカーから、おかしそうなウォルフの含み笑いが流れてくる。

『俺は小心者でな……こんな状況なら、度胸のある船長の方が上手くいくさ』

「ばっきゃろー! その前に、デルタクリッパーが墜落するぜ!」

『だったら早く、船長と操縦を交代するんだな……デルタクリッパーのパイロットは貴様だろうが?』

「俺が乗る前に墜としたら、承知しねぇからなッ! さっさとピックアップしやがれってんだ、ちくしょうめ!」

『了解! 一発勝負でピックアップするから……そのままの速度で、真っ直ぐ突っ走ってろよ』

「前置きはいいから、さっさとやりやがれ!

 三百キロジャストで六十秒だけ、コースを維持するからな」

『上等だ!』

 後方から、デルタクリッパーが迫ってくる。宇宙空間では小さく見えるデルタクリッパーも、地上すれすれでは桁外れの巨体だった。

 収納式の小さなフィンスタビライザーが、船体のあちこちから突出している。

 時速二百五十キロ……これが、デルタクリッパーの失速限界速度だった。宇宙空間用の高機動スラスターを使えば、垂直離着陸だろうが空中静止だろうが簡単だが、すぐ下にいるレッドたちがローストにされてしまう。

 リンの操縦だと、時速三百キロが限界だろう。

 それを下回る速度に落せば、失速した二百メートル級の船体が、レッドたちの頭上に降ってくる。宇宙船を手足のように扱う自由貿易業者の死に方としては、相当情けない部類に入る。

「まさか……ね」

 レッドは、嫌な予感を振り払うように、首を振った。

 だが、現実は予想通りだった。

 低空飛行なんて半端なレベルではない。

 デルタクリッパーの高度は、ほとんどゼロだった。降着装置を下ろしていないだけで、着陸時と変わらない。

 頭上を、デルタクリッパーの船首がゆっくりと追い越してゆく。滑走路並みの幅広いハイウェイの横幅を目一杯使って、デルタクリッパーが超低空飛行をしている。

「冗談じゃねぇぞ!」

 両脇を巨大なエンジンナセルが通過してゆく。増速用ブースターエンジンを収めた動力ブロックは、大型トレーラーよりもはるかに巨大だった。

 レッドたちのエアカーを追い越した船体の、中腹にあるカーゴハッチが開いている。

 宇宙港で荷物の搬出入に使う収容式の傾斜ランプが、ゆっくりと伸張してゆく。空気抵抗の増大で、デルタクリッパーの速度が急激に低下する。

「これを使って乗り込めってことか……無茶苦茶しやがるぜ」

 レッドは眉をしかめた。他に方法を思いつかないとはいえ、この飛行につきまとう危険は相当なものだった。

 折りたたまれていた傾斜ランプが展張するにつれ、後方に位置するエアカー周辺の気流が激しく乱れる。

 レッドは、スラスターを小刻みに噴射させ、巧みにエアカーの姿勢を制御する。少しコントロールを誤れば、デルタクリッパーに激突する。

 レッドは、エアカーのスロットルを調節して、速度を同調させる。

 デルタクリッパーの方も、条件は同じだった。

 空気抵抗の増大に応じて、エンジン出力を調節しながらのアクロバットだった。

 あと数メートル船体の高度が落ちれば、路面に船体が接触する。

 一瞬、デルタクリッパーの姿勢が乱れた。

「殺す気かよッ!」

 レッドは、慌ててエアカーをデルタクリッパーの動きに合わせた。気流が乱れて渦巻く中での操縦は、技術よりも運次第だった。

「行くぞ!」

 エアカーの浮上高度を最大にするのと同時に、急加速させる。

 ジャンプするような動きで、エアカーが傾斜ランプに飛び乗った。

 そのまま、一気にスロープを駆け昇り、カーゴベイにエアカーを飛び込ませる。

 デルタクリッパーが、高度を上げ始めた感覚が伝わってくる。加速度も増えているところを見ると、増速を開始した様子だった。

 カーゴベイにエアカーが収容されるのと同時に、傾斜ランプが収容されてゆく。

 折りたたまれた傾斜ランプがカーゴベイの内扉のかわりだった。それと同時に外扉の装甲ハッチが閉じてゆく。

 接地輪が船倉のリグに固定されるのを待たずに、レッドはエアカーから飛び降りる。

 セーラが降りるのに手を貸し、抱きかかえるようにキャットウォークのタラップを昇る。

 軽合金製のキャットウォークにセーラを下ろすと、レッドはセーラをしげしげと上から下までながめ回した。

 レッドと似たり寄ったりのありさまだった。

 髪は乱れ、硝煙に汚れた姿は、あまり色気のあるものじゃない。

「怪我はないか?」

「奇跡的に無事みたい」

「だったら、急げ!」

 セーラに怪我がないことを確認し、レッドは先に立って走り出す。

「ちっ、ちょっと待ってよ……何で?」

「いいから、急げ! 姐御に操縦をまかせてたら、いつ墜落するかわかりゃしねぇ!」

 レッドは、船倉からエアロックを突っ切り、狭い通路をブリッジめがけて急ぐ。

 軍艦あがりのデルタクリッパーは、恐ろしく居住性が悪い。何しろ、戦闘能力重視で、人間様が船に合わせろという設計思想なのだから仕方がない。

 おまけに、被弾時の被害拡大を防ぐために、あちこちに隔壁がある。

 ラッタルを昇り、隔壁をくぐる。

 障害物競走と大して変わらない。

「姐御、操縦交代!」

 自分のシートに飛び込むのと同時に、レッドは操縦杆を握っていた。途端に、激しく揺れていたデルタクリッパーの挙動がピタリと安定する。

 レッドは、素早くデルタクリッパーの置かれている状況を確認する。

 デルタクリッパーは高度三千メートルを緩やかに飛行中だった。速度は、まだ亜音速あたりだった。

 エアバスの離陸に似た緩い上昇角で、デルタクリッパーは高度を上げている。先ほどまでの、無茶な超低空飛行と違って安定した飛行だった。

 癖の強いデルタクリッパーだが、レッドが扱うと実に素直な反応を見せる。

「オーケー?」

 後方を振向こうともせず、レッドが尋ねる。視線が忙しく動き、メインスクリーンに投影された、速度、高度、姿勢等のデータを読みとっていく。

 リンは、船長席の統合コンソールに視線を移した。

「オールレデイ! オールグリーン!」

 リンの言葉に、レッドがヒュッと短く口笛を吹いた。

「行くぜ……」

 レッドが、デルタクリッパーのスロットルを全開にした。

 操縦杆を手前に引くと、切れのいいレスポンスを見せ、デルタクリッパーが船首を上げる。真上を向いたような感覚とともに、身体の芯に響き渡るメインエンジンの震動が伝わってくる。

「デルタクリッパー、ゴーアヘッド!」

 急激な船首引き起こしと同時に、四基のノズルが全力噴射になった。

 強烈なGに、身体がシートに押しつけられる。デルタクリッパーは、常識外の加速を見せ、離昇体勢に移った。

 目的地は、彼等の生まれ故郷のメルイア星系。

 デルタクリッパーの出港だった。

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