2 ヒート・ジェネシス
2 ヒート・ジェネシス
西域においては、レキエルの大敗北以来、神獣による暴力が殆ど確認されていなかった。英雄軍が一度、大物獲りに動いたという俗説こそあれ、公的な資料に記載は見当たらなかった。
研究者はそれを、ある説ではレキエルの健闘によって神獣の総力が毀損したからだとし、またある説ではレキエルを滅ぼしたことで満足し、別の地域に転戦したのだとした。
目下の世界情勢を見たならば、五匹もの神獣が同時に出現している中央域が際だって脅威に晒されているものと映った。南域でも神獣との闘争は続いており、北域や東域は神獣が暴れたことによる被害からいまだ完全に立ち直れてはいなかった。
クローディアはそうした風聞を知っていてなお、だからといって西域が安穏と暮らしていられる状況になどないと断言できた。大国が破壊された西域では、産業の水準が著しく低下を見、少なくない民が今もって衣食住に事欠いていた。地域の過半が魔獣の占領下でありながら、戦国時代真っ盛りな近隣の北西域からは援護もあまり望めず、孤立無援に近い有様と言えた。
エマーリエ率いる騎士隊の出陣とグリンウェルの出発を相次いで自主的に見送った後、クローディアは早朝の城館を所在無しに見回っていた。最低限の警護以外は武力の全てを放出してしまったわけで、気が強いクローディアでも身辺を寒々しく感じる衝動は押さえきれなかった。
恋人である闘士のリヒトは、クローディアから出兵計画を聞き出すなり、「ひとまず俺は、シュバリエに避難するぜ」といって彼女の官舎から出奔していた。それを知ったオウミはあっさり「面倒を見る手間がかからず、結構なことです」と評し、テオドール・ワランティは情けないとばかりに盛大な溜め息を漏らした。
クローディアからすれば、リヒトが安全な場所に隠れてくれることで心労が一つ減るので有り難かった。反面、ろくに武芸を修めていない自分が、この不穏な情勢下、一人で寝起きすることに恐怖を覚えていることもまた事実であった。
タンデライオンの統治中枢である城館<ティエンルン>は、文官の出仕もまだでしんと静まり返っていた。高い位置に設置された採光用の天窓からは優しく透明な朝日が降り注ぎ、つまらぬ廊下をすら静謐な空間に演出していた。木造ではあったが壁は上品な鶯色に塗られていて、磨かれた床はクローディアの靴音をキュッキュと小気味良く響かせた。
(そうね。気分転換に、掃除でもしようかしら。中央や前線から連絡があるまで、まだ幾日もかかるだろうし)
「御屋形様。ご報告がございます」
執務室を目指して歩いていたクローディアを、オウミが抑揚の無い声で呼び止めた。オウミは政治の補佐のみならず、武人としてもクローディアを護る万能の女官であった。それでも、これほど早い時間から働いているというのはクローディアにとっても驚きで、彼女はいったい何時休んでいるものかと心配になった。
「おはよう、オウミ。随分と早いのね。それで、報告って?」
「エテルナの代官から早馬です。魔獣より襲撃を受けたとのことです」
「何ですって・・・・・・!」
エテルナはタンデライオン領内の町で、この城館からは馬で半日ほど南に位置した。そうした外周の町村には、繁忙で隅々まで目が届かないクローディアに代わって中央から派遣された代官が詰めており、日々の政治を遂行していた。
オウミの話では、エテルナから寄越された使者が<ティエンルン>に到着したのはつい今し方のことで、エマーリエの出立とはギリギリのところですれ違っていた。
もう少し早く情報が入っていれば騎士隊から人を選りすぐったものをと、クローディアは不運の到来を嘆いた。だが、いつまでもそうして愚痴っているわけには行かず、オウミを介してテオドール・ワランティに召集をかけた。
朝の眠りを叩き起こされて<ティエンルン>へと出仕した領主補佐は、開口一番、「物理的事情から、エテルナを放棄する他ありません」とクローディアに告げた。領主執務室でオウミが淹れた珈琲を味わっていたクローディアは、テオドールの反応を予期していたのか、直ぐに反論を試みた。
「テオ、それはダメよ。ただでさえ苦しい状況で、これでエテルナを見捨てたなら、タンデライオン全体の結束が間違いなく解ける。多くの民が最前線領邦を見限って、どこぞへと流れるわ」
「そういうことを言っているのではありません、御屋形様。無いのですよ、武力が。無いものを派遣することなど出来ません。エマーリエ卿の部隊は戦闘速度で遠ざかっていますから、今から使者を出してもどこで捕まえられるか不明瞭です。ランスロット様の部隊も昨日出陣を済ませておいでで、今<ティエンルン>に動かせる兵隊は・・・・・・」
「あるわよね?私の警護が五人。彼らは騎士。相手が亜獣ならば、一斉にかかれば一匹や二匹はしとめられる」
クローディアの無茶振りに、テオドールは立ったままで頭を抱えた。ただでさえ寝起きで乱れていた白髪がいっそう暴れ、テオドールが白鬼のような面相を見せたことで、オウミは彼の視界の外でこっそり吹き出した。
「なりませんぞ!領主の身辺を護る者がないなどと。御屋形様の身にもしものことがあれば、私は中央に弾劾されてしまいます。どうかここは、御自重ください」
「自重もなにも、貴族が領土と領民を守るのは当然の義務よ。自分の身惜しさに領民を売って、それで生きながらえて以後何を誇れと言うの?オウミ。エテルナ行きの準備をお願い。私も行くから」
クローディアの指示を聞いたテオドールは初め、彼女が気でも違ってしまったのかと思い目を剥いた。しかし、直ぐにその判断が理性に基づくものであると思い直した。騎士隊の無い今のタンデライオンにとって、実は最も武力に優れた存在はここにいるオウミであった。
オウミが準備の為に席を外したところで、テオドールは気を鎮めてクローディアに打診した。
「・・・・・・御屋形様。もう言っても聞かないでしょうから、諦めました。せめて、エテルナには私も同行したく存じます」
「ダメよ。星術士である貴方が来てくれれば頼もしいけれど、領主と領主補佐が同時に不在にするわけにはいかないでしょう?」
「オウミはスパイの恐れがございます」
クローディアは瞬時に碧眼へと怒気を込め、テオドールを真っ向から睨みつけた。テオドールは苛烈な視線を正面から受け止め、主の非難の言葉を待った。
「・・・・・・テオ。自分が何を言っているのか、分かってる?」
「はい。あくまで可能性を申しています。もう長いこと、おかしいとは思っていたのです。対シンギュラー、対魔獣の戦略において、こちらの打つ手が続けて空振りをし、どうにも苦境に追い込まれております故。最近では、グラジオラス騎士団領の精鋭が引き上げるなり、図ったようなタイミングでシンギュラー軍が前線を上げてきました。先のウルランド軍迎撃もそうです。かの軍がクーヴェルティアを出撃するや、どうしてシンギュラーは都合良く妨害に現れることが出来たのでしょうか?・・・・・・魔獣がエテルナを襲撃した今回の件も、私は怪しいと睨んでおります。タンデライオンの全戦力が出払うなどという機会はそうはありませんし、だからこそ少ない武力でも容易く動揺を誘えましょう」
「シンギュラーの罠だと。それで?オウミを疑う理由は?」
「彼女は御屋形様や私、それにエマーリエ卿とは違い、ダンデライオンに赴任して日が浅い。能力や働きぶりは申し分ないのですが、実は中央の推薦という以外に素性も不明です。何より、<ティエンルン>で最高機密を手にする立場にあって、私と並んで数少ない平民出身者ですから」
「・・・・・・それだけじゃ、幾ら何でも根拠に乏しいんじゃない?最高機密を知り得る立場で怪しい人物なんて。野心が実力以上に肥大化したサーフ伯だって、十分疑えるでしょうに」
「恐れながら、伯爵閣下は新帝国における地位の向上こそ願えど、国家の転覆に繋がるような暗く大袈裟な企みとは無縁なように見えます。それと、私はオウミが裏切り者だと断定しているわけではありません。あくまで、その説が否定出来ない内は、私がお目付役として同行したいと申し出ているまで」
テオドールが真面目に説得にかかるものだから、クローディアは怒りを収めて考え込んだ。その末に、クローディアはテオドールの提案を却下した。その理由は、「例えテオが来たって。オウミが本気を出して攻め掛かってきたなら、どうせ二人とも殺されちゃうでしょ?なら、もしもの時の被害は少ない方が良いわ」という単純なもので、領主補佐はがっくりと肩を落として引き下がった。
馬でエテルナに到着したクローディアら七人は、郊外に避難していた代官経由で知り得た情報の確認を急いだ。日が傾いた空は茜色に染まっており、下手に長引かせると視界不良という不利を招きかねない鬱陶しい状況であった。
エテルナに侵入した亜獣は三匹で、複数の目撃証言から精霊種の火獣であると見込まれた。自警団の一人が案内役を買って出、クローディアと騎士らを人気がない市中に誘った。
火獣は星力で全身を燃焼させている蜥蜴のような外見をした亜獣で、金属武器による打撃の効果が薄いとされていた。その為オウミの指示で、各人の武器には事前に星力が纏わせてあった。
(・・・・・・やっぱり、テオに来てもらった方が良かったかしら。火獣なんて、私じゃひっくり返っても勝てないわよね?せいぜい足を引っ張らないよう、気をつけなくちゃ)
案内役の提案で、市内中央に築かれた高台公園から辺りを一望することと決まった。そして、一同が歩を進めた側から、オウミが真っ先に異変を指摘した。
「御屋形様、変です」
「・・・・・・なに?」
「火獣に襲撃されたというのに、どこからも火の手が上がっておりません。既に一日が経過しているにも関わらず、です」
オウミの指摘には、クローディアだけでなく、案内役を含めた皆が頷かされた。郊外に避難した市民に被害は出ていないようで、かといって建物の一つも破壊されていないというのは、魔獣の怠慢を疑って然るべきであった。
中央付近に噴水が設えられ、緑地も見事に整備された高台へ上ると、オウミの警戒心が一気に高まった。噴水の脇に、美術工芸の粋を極めた女神像かと見紛う美貌の女エルフが一人、碧眼に憂いを湛えて佇んでいた。女エルフが身に纏うは男好きのしそうな黒い可愛らしいドレスで、彼女を一目見たクローディアが抱いた第一印象は、生理的に気に食わないというものであった。
「そこなエルフの方。私はタンデライオン領主のクローディアよ。魔獣討伐の任でこの地を訪れたものだけれど、貴女は火獣の所在を知らない?」
クローディアが言うに合わせ、オウミと五人の騎士は素早く動いて主の周囲を囲った。女エルフは自分に向けられた不審の眼差しを何とも思っていないらしく、儚げな表情を変えずに手のひらを前に差し出した。
飛道具の類を危ぶんで、オウミがクローディアの前に立ちはだかるが、女エルフはそこからゆっくり手のひらを返すに止めた。その動作が終わるや否や、女エルフの隣に火獣と思しき巨大な蜥蜴状の生物が三匹、無から湧いて出た。
騎士たちが色めき立つ寸前に、女エルフが口を開いた。
「これのことでしょうか?でしたらご安心を。ワタクシが星術で作り出した幻です。動かせるだけで、害意は一切込めておりません」
そう言って、女エルフが手のひらを軽く振ると、三匹の火獣は大気に溶け込むようにして消えた。オウミは一連の幻術を目にして、女エルフの星術の技量が途轍もなく高い水準にあるものと確信した。
女エルフはそうしておいて、クローディアの目を見て静かに告げた。
「ワタクシはナル・プリフィクス。世界の行く末に関心を抱かぬ傍観者。・・・・・・つい先日まで、その立場を貫いておりました。しかし、同胞エレオノールの生命力が途絶えて久しく、もはや認識を改めざるを得ないと考えています」
クローディアとオウミは、ナル・プリフィクスを名乗る女の言葉の内に、二つの重要事項を見出していた。一つは、彼女がかの名匠、ナル・プリフィクスであるかもしれないということ。もう一つは、アリス・ブルースフィアの英雄軍で中核を成した<燎原姫>ことエレオノールを同胞と呼ばわったこと。双方ともにただ事ではなく、クローディアとオウミは目だけでコンタクトをとり、この場は慎重に対処することと了解し合った。
「・・・・・・まずは尋ねる。火獣の出現が貴女の星術による産物であったなら、ここエテルナを襲った魔獣は存在しない。そういう解釈で良いのかしら?」
「肯定します。タンデライオンの領主クローディア様。貴女と相見える為に、敢えて奇策を弄しました。・・・・・・軍師殿の見立ては最善だったわけです。貴女とこうして、話が出来ているのですから」
「ナル・プリフィクス。貴女はかの名匠ナル・プリフィクスと同一人物なの?うちの騎士隊長は、家宝である禍津神シリーズの一本を後生大事に抱えて床に着くと、誇らしげに語っていたけれど」
「確かに剣匠と、そう呼ばれることはありました。人間族よりも長い生涯において、ワタクシが打ったのは剣だけなものですから。その内の一式、硬度と斬れ味に特化したアレらを禍津神と名付けたは、時の魔族の皇帝でしたか・・・・・・」
ナルの口振りに不自然な点はなく、クローディアはこの少女趣味全開の様相をした女エルフを剣匠プリフィクスであると判断した。それでも相手の目的がはっきりしない以上、ナルに対して友好的な態度をとることははばかられた。
「それで、物騒な名まで持ち出して、私に何の用があるというの?」
「はて、物騒な名とは何でしょうか?」
「エレオノールと言ったわね?英雄軍に志願したエルフ族の姫。ラグリマ・ラウラ団長と共に戦った、高潔で強力な闘士と聞いている」
「・・・・・・ラグリマ・ラウラ。貴女は、彼のことをご存知なのですか?であれば、是非伺ってみたいのです。タンデライオンは彼と、彼の麾下にある部隊をどう処遇されるのか。その回答をもって、ワタクシは自らの旗色を明らかにしたいと存じます」
ナルの問いが現実味のある話題に置き換わったため、クローディアは目の前の剣匠が、この先タンデライオンと利害において関係することになるのだと読んだ。
(私たちと敵対するかどうか、この場で見極めようというの?いきなりにも程があるわね。ここは駆け引きで情報を吸い上げたいところだけど、私は一個人としてラウラ団長の強靱な意志に惹かれた。その本音を偽ることだけはしたくない。これは新帝国貴族としての意地みたいなもの)
「ナル・プリフィクス。高名な剣匠である貴女が何をこちらに要求するつもりか、その本意は分かりかねる。だが、これだけははっきり答えておこう。私とタンデライオンは、グラジオラス騎士団領の支援を受け入れ、ラグリマ・ラウラ団長と共に魔獣の掃討に動く。世界の敵を除くというその崇高なる使命は曲げられない」
「そうですか。ラグリマ・ラウラと共に歩むから、魔王廟に封じられし神獣を付け狙ったのですね?」
「何を言う?かつて暴虐なる神獣を封印したは、我が祖国レキエルの先駆者たちだ。それが、かの封印の地を魔獣共が騒がすものだから、グラジオラスの力を借りて掃除してやったまで」
「では、ラグリマ・ラウラの目的はご存知ですか?・・・・・・いえ、それよりも。貴女がたが魔獣とぶつかり続けた先に、直接的に世界へと及ぼされる悪影響は、計算の内でしょうか?」
ナルの碧眼に試すような光が点り、しかしながらクローディアはその真意を知り得なかった。
「それは魔獣を倒すのに掛かる犠牲、つまりはコストについて非難しているの?」
「見当が違います。魔獣と戦い、犠牲になった者の生命力は大地へと帰り続ける。それが一定量を超えた時、死線を越えたタイミングで、この地では<巨神>の降臨を招くのです。<巨神>は魔獣を撃ち払うでしょうが、生命力を持つ種族も巻き添えを食って滅びると予想されます」
「・・・・・・貴女は。貴様は、一体何を言っている?<巨神>だと?・・・・・・あの神獣礼賛主義の異教が奉じる神の名を持ち出すということは、貴様、やはりシンギュラーの手先であるな!?」
「ワタクシがこの説を見知ったは、確かにシンギュラーの神殿においてです。知り合いより勧められて、偶然に巡り合いました。ですが、<巨神>脅威論にそれなりの根拠があることもまた確か。クローディア様。つい最近、中央域で発生した珍事のことは?」
「・・・・・・神獣が五匹、同時に出てきたことを指すのであれば、報道がなされている程度のことは把握している」
クローディアの応答に満足し、ナルは小さくこくりと頷いた。そして、造形美の極まった細面に一抹の翳りを帯びさせた。
「あれは、近い<精霊神>の復活を予期した神獣の対抗措置ではないかと睨んでいます。プリ・レグニア海域では<不毛の谷>の敗戦以来、血で血を洗う域内争乱が続いており、生命力の散失は止まるところを知りません。それ故、世界でいち早く死線を越えたのではないでしょうか・・・・・・」
「そのような妄想、理解不能だ。第一それをもって、貴様は私に何を説こうと言うのだ?まさか初対面ながらに、シンギュラーとの対決を収めようなどと勘違いしているのではなかろうな?・・・・・・ならば、無駄の極致だ。オウミ!」
「はッ!」
クローディアの合図を受け、オウミは動き易そうな白装束で地面を滑り、直ちにナルとの間合いを詰めた。そうして鞘から走らせた剣の切っ先をナルの喉元に突きつけると、生殺与奪は主に託してぴたりと動きを止めた。
クローディアは命じていながらに、オウミの足運びの巧みさに驚嘆した。そして、邪教の説伏を始めたエルフを早くも虜にしたものと正しく評価した。
「何か弁明はあって?嫌がらせのような時機を見計らって私に労を取らせたのだから、ここからは口の利き方に気を付けなさい」
「ラグリマ・ラウラは、貴女とタンデライオンに何も説明していないのですね。それでは遠くない未来に、一方的に不遇を囲うかもしれません。シンギュラーとの対話が難しいと仰るのであれば、西方はアクトプリズンに居を構える<猛毒侯>とお会いになられるのも手です。クローディア様の御名前で謁見が叶うよう、手配はさせていただきますので」
「アクトプリズンですって?」
ダンデライオンやその北に位置するシンギュラー、ヨルムン連帯などの領土は、西域で中央部に当たった。それより西方は魔獣の勢力圏となり、魔王廟より先となると現在は未踏の地と定義されていた。
「はい。<ティエンルン>から馬で四日もそちらへ走れば、大きな山の麓に変わった外観の居城が見えて参ります。そこがアクトプリズンです。主である<猛毒侯>は実に理知的な神獣ですから、じっくり言葉を交わしてみるのもまた一興です」
ナルが神獣の紹介などするものだから、クローディアの彼女に対する敵意は一気に膨れ上がり、手先で自らの首を刈るジェスチャーをしてオウミに止めを敢行させた。オウミは命令のままに、自らの剣でナルの首を突いた。
「!?」
オウミは眉をしかめ、どうしてかナルの細首に突き刺さらない己が剣先を凝視した。クローディアは直ぐに異変に気付き、オウミがナルによって何らかの妨害を受けているのだと察した。
「それなりに、星術には通じているつもりです。知っていますか?エルフ族の生命力は他種族と比べて極端に大きいのです。発動のコツさえ掴んでしまえば、威力は元々筋金入りですから、闘士の接近戦をも捌くことが出来たりします」
ナルは星術を使っていると豪語し、それを聞いたオウミはオウミで何故か全身が僅かばかりも動かせない事実に慄然とした。クローディアは騎士たちにも攻撃を促すが、それどころか自分も身動きができないと知って目を見開いた。タンデライオン勢は誰一人として体を自由にできず、ただナルを睨みつける他になかった。
「ワタクシ、クローディア様と直接対決に及ぶつもりで姿を現したのではありません。ですので、この場で危害を加えたりはしません。・・・・・・ただ残念です。ワタクシも神獣には恨み辛みがございますので、叶うならば協同の道を探りたかった。次にお会いするときは、シンギュラーの一員として臨ませていただきます。それでは、失礼します・・・・・・」
そう宣言するや、ナルの足下で星術方陣が起ち上がり、青白色の光に包まれた剣匠は余裕を窺わせたままその場からかき消えた。ナルが消えてしばらくすると、オウミやクローディアらを拘束していた謎の力も消失し、彼女らの手足は元の通りに動き始めた。
クローディアはナルが口にした内容を幾度となく反芻してみるのだが、そこは何一つとっても慮外な話で、しっくり来ることはなかった。はっきりしていたのは、自分はシンギュラーの策に乗ってのこのことエテルナまで出張って来たらしいという屈辱的な事実。加えて、この報告を聞けば、テオドールが自らの見識を讃えてさぞかし満悦な顔をするという、不毛な未来であった。




