1 ラビリンス-4
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領主執務室において、四名の幹部だけが来客用のソファに腰を下ろして顔を付き合わせていた。五人目として、クローディア付のオウミがソファの横で直立しており、それがタンデライオンとクーヴェルティアの運命を定めし地位にある総勢と言えた。
クローディアの執務室は壁や調度の色合いが薄い緑を基調としており、並ぶ観葉植物の色相もあって、過剰な程に清涼感を匂わせていた。窓にはモスグリーンの遮光カーテンが引かれていて、隣接する仮眠室との間を仕切っている扉もまた濃緑に染められていたため、グリンウェルなどは色調の拘り具合に一抹の息苦しさを覚えていた。
(何度訪れても遊び心が見えてこない部屋だ。根が真面目なのだろうが、こうまで徹底されると怖いものを感じるな。そういえば、今宵の上衣も萌葱色か・・・・・・)
グリンウェルから向けられた奇異な視線などどこ吹く風、クローディアは開口一番に幹部たちへと謝罪を表明した。
「・・・・・・待たせたわね。ごめんなさい。直ぐに本題に入るわ。必要な人員と物資をクーヴェルティアに送る。まさか、異論はないわね?」
「お待ちを、御屋形様。お忘れですか?今このタンデライオンに、余剰な資産などないのです。騎士や軍需物資を拠出しようにも、追加の予算を決議する余地はありません」
テオドール・ワランティがまずは定石とばかりに反対意見を提示した。
「テオ。ならば、ウルランド軍を見捨てろと言うの?」
「御屋形様。私も騎士隊長の立場として、ワランティ殿に賛成です。無理を押して援兵を出したとして、こちらが手薄になれば、それだけシンギュラーにつけ込まれる可能性が高まります。サーフ伯爵領が失われてからこのかた、敵の攻撃目標はクーヴェルティアかここタンデライオンの二択なわけですから」
「エマーリエ卿もたまにはまともなことを言う。・・・・・・御屋形様。何にせよ無から有は生み出せないのですから、この際、中央にお伺いを立てられては如何ですかな?事は国家間の外交問題に発展しかねませんし、やはり我々には分が過ぎるものかと」
「その間、クーヴェルティアを放置しろとでも?分かっているとは思うけれど、ウルランド軍はあくまで好意であの要害に駐屯して、新帝国の尖兵となってくれているのよ?ここでシスティナ様がかの要害を放棄なされたなら、困るのは私たち。そこを履き違えないで」
クローディアはきっぱりと主張し、自身がウルランド軍と志を共にするのだという態度を明確にした。そこまでの覚悟がないテオドールとエマーリエは複雑な表情を見せており、グリンウェルは議論が荒れる兆候を強く感じていた。
「しかしですな・・・・・・例えばウルランド軍は本心から、無償で、我等が国家や領邦を護ってくれているのでしょうか?システィナ氏は<遊騎士>を自称しており、北域のラグリマ・ラウラに近いと聞きます。それこそ、西域に何か別の目的があって、我々に対する支援はその見返りに過ぎないとも考えられます」
「グラジオラス騎士団領ないしはウルランドが、こちらに何事か要望を出したという記録でもあって?」
「或いは、中央に問い合わせれば何か判明するやもしれません。最前線領邦には、ラグリマ・ラウラ麾下の部隊と共闘すべしという下知しか与えられていないのですから」
「なら。今すぐに、中央に使者を出しなさい!何なら裏取引の有る無しを探ることも含めて、直ちに支援を寄越すようぶつけて」
柳眉を逆立てて命令するクローディアに対し、テオドールは平然とした顔でその工程を試算した。
「到着まで早馬で三日。審議におそらく一週間。諸問題が解決され、支援が決定すると仮定して。調達におおよそ一週間。編成計画の策定から実行に移されるまでをもう一週間と見て。そうして補給部隊が進発し、ここへ到着するまでに十日。私の経験則からして、これが妥当なスケジュールでしょうか」
「・・・・・・つまり、一月は何ら物的な支援を期待出来ない、と。テオ。今が分水嶺なのだと分かった上での発言よね?」
「中央が定めた規則ですし、物理的な問題ですから。私にはどうしようもありません」
テオドールの酷薄ともとれる応答に続けて、エマーリエが現実的な軍備に関して意見を述べた。
「こちらが把握しているクーヴェルティアの備蓄量から推察するに、医薬品や矢といった消耗品は半月と保たずに枯渇することでしょう。一月を無補給で過ごせば、一度の戦闘で困窮することは間違いありません。どだい、ウルランド軍単独でサーフ伯爵領を解放することなど無理だったのだと言わざるを得ません」
「エマ・・・・・・貴女・・・・・・」
「先だっての会議の席でも申し上げましたが、満足な俸給も出せぬこの状況下で、騎士たちに無謀な作戦を命じるわけにはいきません。士気の低下によって無駄に戦死を促進するか、戦場から逃亡するあたりが落ちです。騎士隊全四百の内、即座に動員できる要員はせいぜい三百。予算の不足から、残りは近日中に予備役に転換させる予定です。その虎の子の三百を分割するなど、現実的なプランではありません。騎士隊長として、クーヴェルティア支援に反対を表明させていただきます」
エマーリエの正論には逃げ場がなく、端で聞いているグリンウェルは防戦一方のクローディアに同情を寄せた。レキエルの滅亡以来、西域では神獣をはじめとする魔獣勢への逃げ腰な空気が重く澱んでいて、世界平和や人間・亜人の自立といった使命感に基づく行動がとかく軽視される傾向にあった。
ましてや新帝国は建国宣言から六年しか経過しておらず、帝都シュバリエの国際士官養成学校たる剣学院を除いては、組織も人的資源も未成熟と言えた。新興勢力であるシンギュラーや、現状維持に執念を燃やすヨルムン連帯のような諸国とも折り合いは悪く、西域全土が沈滞したムードを形成していた。
それ故グリンウェルは、テオドールやエマーリエの弱気にもある程度は理解を示していた。
(もちろん、俺の役目を疎かにするわけにはいかない。ここでシスティナ嬢を見殺しにしたら、俺はラグリマ・ラウラに殺されかねん)
グリンウェルがクローディアに助け船でも出そうかというタイミングで、領主執務室の扉が勢いよく開かれた。そこに現れた精悍な面持ちの男に、五人の視線が集中した。
「苦労しておるようだのう。クローディア殿」
「・・・・・・サーフ伯。お呼び立てした記憶はございませんが」
クローディアは人形のように整った顔を強ばらせ、きつめの声音でサーフ伯爵に対した。
サーフ伯爵は齢五十を越えてなお盛んであり、旧レキエルにおいても名が知られた大貴族であった。サーフ伯爵領が魔獣の大群によってに占拠された後、彼と甥のランスロットは生存者を引き連れてタンデライオンを頼った。一方で、クーヴェルティアや東方の町村に緊急避難した者たちも多数おり、サーフ伯爵領の領民は最前線領邦各所に分散していた。
「なに、ウルランドの土人が我が領土の奪回に失敗したと聞き及んでな。あの地は我が封土なれば、居ても立ってもいられぬというわけだ。そこで知恵を貸そうと、進んで足を運んだまで。気にせずとも良い」
「言葉をお御慎みください、伯。ウルランドは同盟国です。それに私は、システィナ様の盟友であるグラジオラス騎士団領の総領とも個人的に懇意にさせていただいています。彼らのことは、魔獣に抗する同志と認識しております故」
「貴殿も変わり者よな。奴らとて、利があるからこそ西域に侵入して来ただろうに。・・・・・・まあ良い。惑っている貴殿らに我が策を申そう。タンデライオン騎士隊とクーヴェルティアのウルランド軍が共同で、シンギュラー軍を足止めするのだ。その間に、私とランスロットが手勢を率いて我が領土を奪還する。どうだ?単純ではあるが、穴は少なかろう?」
言って、サーフ伯爵はクローディアの下へと歩を進めた。大貴族の登場にテオドールとエマーリエはソファから立ち上がり、自らの座席を譲った。サーフ伯爵は、二人の行為を当然のものとして感謝の意すら表さず、クローディアの向かいにどしりと座った。
自分も伯爵と向かい合う形になったグリンウェルは、横柄を地で行く相手に嫌悪感を抱きながらも、提示された作戦には一定の理解を示していた。継戦能力に難がある今のタンデライオンとクーヴェルティア要害にとって、シュバリエの中央政府とじっくり腰を据えてシンギュラー対策を練る余裕などないことは明白であった。ここは自ら打って出て、率先して害を除く方が勝算も高いように思われた。
サーフ伯爵に正面から意を唱えることが出来る身分の者など、この場において二人しかなかった。その内の一人たるクローディアが、眼光も鋭く目の前の伯爵に切り込んだ。
「伯の手勢と言われましても。私が把握している限りでは、動員余力は百五十にも満たないでしょう?それで、一度負けた相手から土地を奪い返せるものとお思いで?」
「あの時は魔獣の奇襲に見舞われたのだよ。よもやと思ったものだ。ランスロットは中央を訪ねて留守にしていたし、何よりシンギュラーも魔獣と連動して動いた。常時であれば、いくら数が多いとて亜獣なんぞに遅れをとったりはせん。貴殿等がシンギュラーの面倒を見てくれれば、攻略に何ら不安はない」
「・・・・・・ですが。一発勝負で勝利を得ても、伯の領地に物資など残ってはおりますまい。それでは三領邦が共に餓死する未来しか見えません。先ほどテオドールに検証させましたが、中央からの支援は上手く運んで一月以上先の話。補給の問題を解決せねば、積極的に攻める手など選びようもない。そうよね、テオ?」
「はい。財政が窮乏しており、生産力も頭打ちになっている現状では、最前線領邦の維持すらままなりません。ここは貝のように閉じこもって、中央からの沙汰を待つことが次善の策かと」
テオドールは極力、サーフ伯爵と目を合わせぬようにしてそう説いた。クローディアの誘導により、結果的に伯爵と意見を異にする側へ組み込まれた形で、テオドールは珍しくも動揺を露わにしていた。新帝国でクローディアと互角以上の権勢を振るうサーフ伯爵と、例え政治の上とはいえ対立するなどという構図は、役人根性にまみれたテオドールには荷が重かった。
サーフ伯爵が何事か言い返そうとした矢先に、グリンウェルが誰も口にしていない隣国の名を挙げて新説を披露した。
「ヨルムン連帯。彼の国に支援を求めるというのはどうだ、クローディア?距離は近いし、国力だけに目をやれば、西域でも新帝国に次ぐ規模・・・・・・」
グリンウェルが言い終えるのを待たずして、テオドールがその戦略を封じにかかった。
「着眼点は悪くないが、あそこと話せば利害が絡む。少なくとも、ヨルムン連帯は最前線領邦三国とは歩調を合わすまい。そうかと言えば、シンギュラーとも相容れない。建国の思想からして、自主独立の歩みを変えるとは思えない」
西域に点在する諸国家は何れも、滅びたレキエルに端を発して成立していた。レキエルで生き残った貴族郎党とそれに付き従った騎士や平民が魔獣に再び対抗するため立ち上げたのが新帝国で、現時点では西域で最大の勢力を誇っていた。
一方で、神獣との終わらぬ戦に厭戦気分を増大させていた民たちは、新帝国と道を違えた。その内、農民や商人たちの徒党が複数連帯して作り上げられたのがヨルムン連帯となる。そして、下級騎士と奴隷階級の者たちが寄り集まって出来た小国こそシンギュラーであった。他に十数の小国が存在していたが、それらは多かれ少なかれ新帝国と交流を持った。しかし、前述のヨルムン連帯とシンギュラーはそもそもからして対魔獣に消極的であったので、新帝国とは没交渉であると言えた。
新帝国からすれば、ヨルムン連帯もシンギュラーも旧レキエルからの分派に過ぎず、いち早く政治的結合を果たすことを目標としていた。それに対して両国は、新帝国の上から目線な考え方に反発を強めており、シンギュラーに至っては折々に軍事的衝突すら引き起こしていた。
グリンウェルは知識としてそういった内容を頭に入れてはいたが、敢えて第三者の意見としてその可能性を探る方向へ話を振った。
「テオさん。なら新帝国じゃなく、グラジオラス騎士団領のラグリマ・ラウラの頼みと言ったら?魔獣を恐れているからこそ、かつて英雄軍で名を馳せた彼に庇護を求めたいと思っているかもしれない。旧レキエルの統合みたいな生臭い話ではなく、単に対魔獣の地域横断的な施策として提案してみればいい」
テオドールは顔を曇らせるも、サーフ伯爵もいる手前辛抱強くグリンウェルとの問答に付き合った。
「・・・・・・グラジオラス騎士団領の総領へ外交要請を入れている間に、全てが終わらないと良いがね。北域に馬を出すというのでは、中央を頼るよりも時間を要する」
「大丈夫。別に、北域に使いなど出さない。ラグリマ・ラウラ団長の名と顔で、ヨルムン連帯に兵と物資を出させる約束を取り付ける」
「?・・・・・・グリンウェル卿。なにを言っている?外交親書の一つもなしに、どうやってヨルムンの信を勝ち得るというのだ?」
テオドールの疑問はもっともで、サーフ伯爵やエマーリエもグリンウェルの言葉に真実味を感じることは出来なかった。他方、クローディアはじっとグリンウェルの目をみつめており、事情を知らぬオウミはそんな主の顔つきから、グリンウェルの話に一定の担保があるのではないかと予想した。
「詳しくは言えない。だが、俺は彼と一度ならず会っている。だから使者の役にはぴったりだ。クローディア、俺にやらせてくれ。ヨルムン連帯から物資の供給を受けられるのであれば、サーフ伯爵との二正面作戦だって成立する。座してクーヴェルティアを見殺しにすることもなくなる」
テオドールとエマーリエは一斉にクローディアの顔色を窺った。サーフ伯爵は、グリンウェルの提案が自分の戦略に沿っているのだと分かるや、茶々を入れることを止め、場の流れに任せる道を選んだ。そういう勘所には優れていて、彼が伊達に爵位を手にしているわけではないと証明していた。
クローディアは勢いよく頷き、その場で全てを決裁した。
「私からの親書を持たせて、グリンウェル卿をヨルムン連帯に派遣する。その間、エマは騎士隊全騎を率いて、シンギュラー軍を足止めするように。クーヴェルティアのウルランド軍と綿密に連携することも忘れてはならぬ。テオには中央への支援要請を命じる。一秒でも速く、米の一俵でも多く取り寄せて。・・・・・・サーフ伯。ろくな援助は出来ませんが、伯の領地のことはお任せしても宜しいか?」
「お任せあれ、クローディア殿。陽動に感謝を。私からも中央には、もろもろ便宜を図るよう陳情を入れさせていただく。万事、よろしく頼む」
サーフ伯爵とテオドール、それにエマーリエが慌ただしく領主執務室から退出した。クローディアは疲れた顔を隠そうともせず、ソファに背を凭れさせて大きく息を吐いた。気を利かせたオウミが紅茶を振る舞い、グリンウェルは便乗してそれの賞味に預かった。
クローディアはグリンウェルの腑抜けた面相を一通り眺めた後、先ほどの件に一言だけ触れた。
「任せて、良いのよね?」
「ああ。外交の作法も一通りは勉強済みだ。言ってあったよな?俺はこれで、デスペナルティの皇族だったんだ。後は、君のために出来ることをやるさ」
クローディアは頷き、それでヨルムン連帯に関する話は終わった。
「時にオウミよ。実は、俺はウルランド軍の陣容も知らないんだが、シンギュラー軍というのはそんなに手強いのか?」
「はい。今の女王が戴冠してからというもの、軍備の増強は余りあるように感じます。総兵力は精々三百といったところで、我が国やヨルムン連帯と比べて大きく劣ります。ですが、星術と剣術を組み合わせた戦闘スタイルに定評があるのです」
オウミは依然立ったままで、生真面目な表情を変えずに答えた。グリンウェルは、オウミが言うところのシンギュラーの戦術に興味を持った。
「一度滅んだ国で。そういった斬新な戦法を提案出来るってことは、それなりの人材がいるんだろうな。将はどうだ?」
「仰る通り、将才豊かな闘士を積極的に求めていたようです。残念ながら交流が乏しく、情報は一握りしか掴めておりません。フーリエという名の若い男が軍師を務めているそうです」
「フーリエ・・・・・・聞いたことがないな。他には?」
グリンウェルの催促に、オウミが珍しく回答を躊躇った。だがそれも一時の迷いに過ぎず、彼女の薄い唇からグリンウェルをたじろがせる名が飛び出した。
「シンギュラー軍の将軍職には、ブラギ・ドゥが就いております」
「・・・・・・マジか?そいつは・・・・・・厄介なんてレベルの問題じゃあないな」
グリンウェルの掠れ声を耳にし、クローディアは口に出しては何も言わず、横からじっと観察の目線だけをくれた。当のグリンウェルは、西域で五本の指に入るであろう有名人のプロフィールを、手に汗を握りながら頭に思い描いていた。
(レキエルの将軍ブラギ・・・・・・獣人族の傑出した闘士。あの戦役を、常に最前線で戦いながら生き残った猛将。長く行方不明で英雄軍に参加してはいなかったが、同じ西域出身でアリス・ブルースフィアに付いた星術士ザンク・ノバルティスや女傭兵ファミリア・ナパームも、彼の実力を高く買っていたという。・・・・・・英雄級の化け物が、よりによってシンギュラー軍を率いているというのか?これは・・・・・・とんだところに来てしまった)




