5 墓標を打ち立てる-3(回想)
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空色の髪の少女は、星力の乗った渾身の一撃を<黄昏宮>に叩き込むや、蓄積したダメージが祟ってかがっくりと地に膝を付いた。少女の全身は切り傷や擦り傷でぼろぼろとなり、顔面は額からの流血で赤一色にまみれていた。
<黄昏宮>の翼は何れも無惨に切り裂かれ、尻尾の先は三叉共に千切れて無くなっていた。腹部には空色の髪の少女が削り取った大きな風穴が空いており、誰の目にもこの神獣の抵抗余力は乏しくなったと映った。
だが、犠牲は大きかった。大剣豪は<黄昏宮>の突進を受け止めて事切れ、妖精族の始祖女王は全ての生命力を星術へと捧げ力尽きた。その他にも、世界各地から集った屈指の闘士たちの屍が累々と重ねられていた。
世界の全戦力が消耗し、ようやく不沈三獣の一角を追い込んだのである。
「いけない・・・・・・<燎原姫>の傷が深い。このままでは・・・・・・」
不死を謳われた神官は、<黄昏宮>の爪に下半身を抉られたエルフの姫を介助していたが、傷口の治療と失われた血液の補充、朦朧とした意識の回復といった難事の連続に、絶望の匂いを隠せずにいた。
不意に、<黄昏宮>が動き出した。美女の容貌を模した頭部から奇怪な叫声を発するや、緑光の星術方陣が即席で立ち上がり、そこから怪しげな光線が射出された。
緑色に輝く光線は動けずにいた空色の髪の少女を一直線に貫き、続けて周囲を薙ぎ払いに掛かった。
「この、死に損ないがッ!」
元レキエル星術学院の首席星術士が猛り、最大出力の火球を連続で撃ち返した。一発一発に山をも吹き飛ばす星力と魔獣の体躯を腐敗させる技術とが込められており、<黄昏宮>の星術防御を突破して次々と着弾した。
重ねてのダメージに<黄昏宮>は動きこそ緩慢になっていたが、光線の放射を止める気配はなかった。谷中を焼き切らんばかりに緑光が猛威を振るい、闘士たちを追って縦横無尽に暴れ回った。また一人、南域出身の高名な武術家が光線の直撃によって頭部を粉砕され、無言で崩れ落ちた。
「ワシが止めておく!さっさとエルフの嬢ちゃんを逃がせ。・・・・・・捨て置けば、あの小僧が悲しむ」
そう言って、ドワーフ族の王は大斧を構えて突撃した。鋼鉄の甲冑で全身武装をこそしていたが、戦闘中に幾度も仲間を庇って盾となり、今や王の体は動くことすらままならぬ程に打ちのめされていた筈であった。
「そんなことを言ったって・・・・・・!」
不死の神官は懸命に処置しつつ呻いた。ドワーフ王と星術士の連係で<黄昏宮>の星術方陣は霧散し、緑光の無くなったその隙をついて、竜に騎乗した仮面の竜騎士が滑空からの豪快な槍撃を叩きつけた。
元暗殺者の女傭兵が折れた足を引きずって、倒れ伏す<燎原姫>の下へと歩み寄った。
「・・・・・・酷い怪我ね。普通にしてたら、まず助からない。あれを試すしかないんじゃない?」
「あれって・・・・・・まさか、女王が仮説を提唱していた<結合>のことじゃないだろうね?そんな無茶、僕にはとてもできない!」
不死の神官は頭を振り、無駄と知りつつも星術による治癒を続けた。彼は自分事であれば<黄昏宮>と星力を喰い合うような無茶な戦術の採用も厭わなかったが、それを安易に仲間へと適用する無謀は信条の外であった。
<黄昏宮>の足の一本がドワーフ王を払い除け、続く体当たりで星術士を吹き飛ばした。<黄昏宮>は次なるターゲットを不死の神官らに定めたようで、美女の顔に光る白瞳は、彼らをぎょろりと睨みつけた。
「来るわね。この足だと、私に出来るのは時間稼ぎくらい。・・・・・・せめてお姫さんだけでも、ラグの下に返してやりたいもんさね」
女傭兵が送る優しい視線の先には、虫の息といった体で身動きしない空色の髪の少女の姿があった。誰よりも<黄昏宮>を苦しめた最強の少女は誰よりもダメージを負っており、彼女の末路に敬意を払わぬ者はこの場になかった。
足を幾つも潰されていたので、<黄昏宮>は巨体を地面に打ち付けるようにして這いずりながら進んだ。気丈にも正面に立ち塞がった女傭兵は、片足で高く跳躍するや、星力の限りを込めて<黄昏宮>の頭部へと斬り付けた。
エルフの姫を運び出そうかと逡巡していた不死の神官の肩を、竜より降り立った仮面の竜騎士が背後から強く掴んだ。
「彼女を助けるには、もう<結合>しかない!貴様の固有星術でこちらから仕掛けるのであれば、喰われるのとは違って生き延びる確率も高まろう」
「できない。失敗したら、僕がお姫様を殺したも同然ということに・・・・・・」
「このままでは、どうせ死ぬ!」
万策尽きた女傭兵が自爆の道を選び、<黄昏宮>の頭部付近で星力の暴走による大爆発を引き起こした。それを目の当たりにした不死の神官は目を見開き、出血を厭わぬほどに唇を噛んだ。
「いいから、やるんだ!」
仮面の竜騎士は不死の神官の胸ぐらを掴むと、仮面を放り捨てて激昂した。仲間たちは次々と脱落し、地に足を付いて立っている者はもはやこの二人を残すのみとなった。
「・・・・・・仕方ない、か」
不死の神官は宗旨を変え、彼独自の星術を起動し始めた。それは、常時は己が魔獣より星力を吸引するための術式であるのだが、ここでは妖精族の始祖女王と検討して編み出した、魔獣と身体的融合を果たし星力をも共有する<結合>という秘技の行使を目的としていた。
「<燎原姫>・・・・・・すまないが、君の体を使わせてもらうよ。きっと、うまくいく。奴を滅した暁に、僕が解除の星術で元に戻してあげるから」
女傭兵の自爆攻撃が堪えたようで、<黄昏宮>は前進を取り止めその場に佇んでいた。星術を繰り出す兆しもなく、原型を留めず赤黒い肉の塊と化した頭部には剥き出しとなった白い眼球が二つ、不気味に覗いていた。
再び竜に跨がった仮面の竜騎士は、不死の神官の妙技を見届けることなく<黄昏宮>に攻撃を仕掛けた。竜は天高くまで飛翔するや、高速で降下して<黄昏宮>へと突貫した。すれ違い様に槍撃を見舞うつもりでいた竜騎士であったが、<黄昏宮>が瞬時に強力な星術障壁を展開したことで、竜ごとそれに弾き返された。
あまりの衝撃に竜は落命し、全身を強く打った仮面の竜騎士は力なく転がった。<黄昏宮>の体は端から少しずつ自壊が始まっており、こちらも瀕死の仮面の竜騎士から見ても、有効打の一発も見舞えばしとめられるものと断言出来た。
だがその一発は遠く、ふらふらと立ち上がって槍を構えた仮面の竜騎士を、<黄昏宮>の緩慢な体当たりが大きく吹き飛ばした。仮面の竜騎士はそのまま谷底へと落下していき、その時点でようやく不死の神官の星術が効力を発揮した。
目映いばかりの青光に包まれた<燎原姫>が中空に浮かび、<黄昏宮>へと急接近した。そのまま、空色の髪の少女が穿った腹部の空洞に収まると、エルフの姫の壊れかけた肉体は<黄昏宮>と一体化を果たした。
「・・・・・・やった。これで、彼女に<黄昏宮>の星力が流入すれば、肉体の自己活性化は促される。そうすれば・・・・・・」
そこで、<黄昏宮>が信じられない行動に出た。残っていないと思われた星力を全身に巡らせると、全方位にわたって強力な衝撃波を発した。無防備にしていた不死の神官や空色の髪の少女は正面から打たれ、盛大に崩れ落ちた岩石群に埋没した。
風の一つも起こらず、その場には死にかけの神獣とそれに取り込まれたエルフの姫であった者だけが取り残された。




