5 交錯する主義と致死の刃
5 交錯する主義と致死の刃
ジェネシスは赤いマントを翻し、手にした王錫を大仰に構えてクローディアへと向けた。ポニーテールに結われたくすんだ萌黄色の髪がそれに合わせて揺れ、銀の額冠は虹色の陽光を反射して王の威光を示した。
「お初にお目に掛かる。妾はシンギュラー王ジェネシスじゃ。そちらが、タンデライオン領主のクローディア殿よな?」
「・・・・・・私がクローディアよ。<ティエンルン>へのご大層な訪問、痛み入るわ」
突如現れたシンギュラー王とその側近たちを前にして、クローディアは腰の細剣に手を掛けつつ冷静に応答した。ジェネシスは瞳を喜色に輝かせ、睨みつけてくるクローディアを丹念に観察した。
「困惑を面に表さず、よく我慢しておる。クローディア殿。汝と話してみたかった故、少し大袈裟な舞台を提供させて貰ったのじゃ。揚げ足を取って悪いが、ここはもう純粋なる<ティエンルン>ではない」
「・・・・・・純粋、ですって?」
「そう。デゼラーの妾が宮殿、<竜牙殿>をここに移させて貰った。城館の構成が変化したであろう?それこそ、星術によって二つの建物が混ざり合った産物じゃ。今現在、この辺りは異空間と呼ぶに等しい状態にある」
「建物が、混ざり合った・・・・・・?馬鹿げています。そのような戯言、とても信じられません!」
抗議の声を上げたのはシスティナで、ジェネシスは剣を構えようとしたシシリー・アルマグロを制し、自らの口でそれにも応じた。
「汝は誰そ?」
「・・・・・・ウルランドのシスティナ。以後お見知り置き願います、シンギュラーの僭主」
「ほう。汝がかの高名な・・・・・・。妾は身なりで判断などせぬが、中々どうして面白い気配を持っておる。それはラグリマ・ラウラの入れ知恵か?」
システィナは何も答えず、ただ槍を持つ手に力を込めた。ランスロットもまた目の前に現れたシンギュラーの面々に厳しい敵意を向け、腰の剣を抜いて鞘を払った。それと向き合うナル・プリフィクスなどは歩を止めてから一切身動きせず、もう片割れのシシリーは我慢を重ねて戦意を押し止めていた。
ジェネシスは無視されたことに腹を立てた節もなく、今一度クローディアに言葉を投げ掛けた。
「これが幻術であったなら、どうして妾やシンギュラーが誇る手練れが侵入出来ておる?答えは一つ。大規模な擬似転移の星術が成功したからじゃ。事実は事実と受け入れ、建設的に話し合おうではないか。のう、クローディア殿?」
「話し合うとは?私は一千にも及ぶ戦力を準備し、そちらに攻め入る隙を窺っていたところ。サーフ伯爵領や魔王廟で遅れを取った借りは、きっちり返させて貰うわ」
「その一千騎とやらは今どこにおる?それを封じるため、対等以上の条件で交渉に臨むため、この術を発動したのじゃ。勘違いをしてはならぬ。汝の兵隊は、この<竜牙殿>と<ティエンルン>が融合した空間に出入りすることは叶わぬであろう。余程の星力なりをぶつけて抉じ開けぬ限りは、どれだけの戦力を持とうと宝の持ち腐れよな」
「・・・・・・お生憎様。今日この日、<ティエンルン>には新帝国と同盟国の猛者が集結している。直に駆けつけて、卿らを殲滅するのだわ」
クローディアの苛烈な物言いに対し、ジェネシスは少しも余裕を失うことなく、麗しい声で絶望を匂わす回答を紡ぎ出した。
「告げたであろう?手練れが侵入出来たと。この二人以外にも、必要な人員は全て連れてきた。クアール・クレイドル、ブラギ・ドゥ、ギャンビット。それにレット・キュリオス、ムガール・ジュニア、ファリーザ。どうじゃ?そちらが言う猛者とやらは、英雄級の妾が戦士たちと互し得る程の逸材か?」
ジェネシスの脅しはクローディアの精神に大打撃を与えた。この場の二人の女を相手するだけでも骨が折れそうだと思っていたところに、よりによってシンギュラーの豪傑が総動員されていると分かったのだから無理もなかった。
クローディアは心を折らぬよう横のシスティナとランスロットに視線をやり、二人が戦意を保っていることを確認してからジェネシスとの対話を再開させた。今はとにかく、少しでも仲間が助けに入る時間を稼ぎたかった。
「・・・・・・要求は何?私はまだ卿の話を信じてはいない。事と次第によっては、即座に斬り捨てるわ」
「フフ。威勢は頼もしいが、汝らに実力が伴っておるのかな?・・・・・・まあ良い。要求は一つじゃ。タンデライオンは直ちに無条件降伏せよ」
「・・・・・・」
「無駄な血を流すつもりはない。妾はこの西域の戦火を鎮めたいだけでな。新帝国を制圧するつもりもなければ、虐殺や略奪の類を働く気もない。ここいらの魔獣にも余計な手出しはさせないと誓おう。どうじゃ?悪い話ではなかろう」
「<魔王アルラウネ>や<猛毒侯>を放置するというわけね?それがシンギュラーという国家の方針だと。そしてそれは、古竜の意志でもある」
「・・・・・・良く知っておる。アクトプリズンの城主から聞いたのじゃな?あれは妾と武装中立の立ち位置にあるが、互いに必要以上の馴れ合いはしない。だからこそ、汝らにも平等に情報を流したのであろう」
「答えは一つよ。世界の敵である魔獣と繋がるような真似はしない!新帝国は・・・・・・タンデライオンは、最期の時まで世界の防波堤となって最前線領邦で堪え忍ぶわ!それこそが、レキエルの遺志を継ぐもののつとめ!」
「結局のところ、ラグリマ・ラウラの傀儡となる道を選ぶか。汝に主体性は無いのか?・・・・・・それとも、新帝国はいま一度滅びの憂き目を見ないと、さほど風化してもいない悲劇を思い起こすことすらままならないのか?」
ジェネシスは猛る想いをただ言葉だけでクローディアへとぶつけた。彼女は心底、世界が破滅する未来を憂えており、自らの本体に<巨神>が降り立つ悲運を出来る限り先へ延ばしたいと願っていた。しかしながら、大国の高貴なる家柄に生まれつき、のうのうと出世を果たしたであろう小娘にすら主張を受け入れて貰えないと分かると、途端に怒りが滲み出た。
クローディアはもはや問答は無用とばかりに細剣を中段に構え、シシリーやナルの出方を待った。クローディアの負けん気を横でしっかり受け止めたシスティナが、彼女の意思と言葉を継いでジェネシスに突っかかった。
「残念でしたね、シンギュラーの僭主よ。志ある者は神獣礼賛主義者と同じ酒が飲めない道理。兵数の差を生かせない点は無念ですが、ここで決着が付けられれば流される血も少なく済みます。いざ、尋常に勝負しましょう!」
「・・・・・・血など、一滴足りとも流させたくはないと言うに。クローディア殿。汝を虜と出来なければ、汝や汝を慕う同盟国首脳の首をもって新帝国政府に選択を迫る他はない。つまり、この異空間各所に散らせた勇者たちを妾は止めぬが、誠に良いのじゃな?」
クローディアはなおも言葉を返さず、それを皮切りにシシリーとナルが静かに動き出した。それを見届けたシスティナもまた毅然と対応した。
「ランス!あなたはシシリー・アルマグロを討ってください!クローディア様はどうかお下がりを!」
システィナが号砲を発し、自らはナルへと向けて駆け出した。
「システィナ様!」
クローディアの心配を余所に、システィナは銀の槍を横に薙いでナルへと接近戦を挑んだ。ランスロットはシシリーを標的として斬り掛かっており、こちらは魔王廟の再戦が実現した。
「アルマグロ!一対一なら不覚は取らぬぞ!」
「・・・・・・見くびるな。・・・・・・雑魚が」
クローディアの視界の内で、二組の戦闘が開始された。ふとジェネシスを見やれば、何をするでもなくクローディアと同じように手駒となる二人の雄姿を見守っていた。
「・・・・・・シンギュラー王!私たちも、始めましょうか」
「何をじゃ?君主はおいそれと剣を取ったりするものではない。汝が逸る気持ちも分からないではないが、部下の力を信じているなら大人しく見守るが良い。もっとも、勝利するのはアルマグロとプリフィクスじゃがな」
ジェネシスが勝利を確信して高笑うと、クローディアは反駁の言葉を返すより先に、システィナとランスロットの身を案じた。
システィナは戦慣れのした足運びで鋭く槍を振るっていたが、ナルは星術の障壁でその槍撃を悉く弾き返した。ランスロットは実力を見せつけようとでもいうかのように、嵐の如き剣撃を繰り出してシシリーを攻めた。だが、シシリーは軽い体捌きと的確な剣腕とで何れの斬撃をも封じて見せ、逆に少しずつ手数を増やしていった。そうしていつの間にやら、彼女が攻勢へと転じていた。
シシリーに合わせるかのように、ナルも戦型を翻した。圧倒的な威力と速度を実現した風の星術を構築し、システィナの全身をこれでもかと痛めつけた。システィナの夜着は乱れ、白い柔肌の至る所が裂かれて盛大に出血した。
「システィナ様ッ!?」
システィナが両の膝を床に付いてうなだれると、それを目の当たりにしたクローディアは悲鳴に近い声色で彼女の名を呼ばわった。そうしている間にランスロットもシシリーの<星剣一術>に押され、壁際まで追い込まれていた。
(くッ・・・・・・!剣と星術の切り返しが速すぎる!これが英雄軍の真価だというのか?頂上決戦に破れて解散した挙げ句、魔獣との融和に転んだ勇者であっても、俺程度を制するは容易いというのか・・・・・・)
ランスロットは生じる焦りを抑えられなかった。一撃一撃が必殺の威力を持ちながら、シシリーは平然とした顔でそれをランスロットへと撃ち込み続けた。
シシリーは決してランスロットを侮ってはおらず、全力を費やして彼を圧倒していた。それでいて、シシリーはランスロットがどのように思い切った反撃に出ようとも、咄嗟に対処するだけの冷静さは残していた。
(・・・・・・私もファミも、伊達に暗殺を生業としてきていない。・・・・・・人を斬り殺してきた経歴の差分だけ、この若者は私に追い付けない。・・・・・・決して)
シシリーが放った高速の突きは、隙を見せたランスロットの左太股を綺麗に貫いた。彼女が剣を強引に引き抜くと、血潮が飛び散るのと同じくしてランスロットの悲痛な叫びが廊下に響き渡った。
***
ヨルムン連帯の最高指導者であるリオネル・アッテンボローは、部屋の外で起きた奇っ怪な現象が敵の攻勢に因るものだと分かった時には、既に人生で最大の危機を迎えていた。顔面傷だらけの騎士が、女闘士と雄々しい獣人の戦士を連れてリオネルの前方に立ちはだかっていた。後背には先ほどまで就寝していた貴賓室があるのみで、端的に言って逃げ場は残されていなかった。
「アッテンボロー様。彼の騎士の面相、おそらくはシンギュラーが公表した<大災>であります。脇の獣人はブラギ・ドゥ将軍に間違いありません。・・・・・・つまり、敵の奇襲があったということなのでしょう。私が血路を開きます故、隙を見て左方へと脱出してクローディア様の手勢と合流されますよう!」
ヨルムン騎士団を束ねるエディ・シュテルン総長は、二十代半ばという若さにそぐわぬ落ち着きと勇ましさを見せ、リオネルを安堵させるべく指示を出した。
「しかしだな、シュテルン総長・・・・・・」
「ご心配めされるな。これで私はヨルムンの騎士筆頭です。易々と負けはしません」
「総長・・・・・・ここは、借りておくぞ」
「ごちゃごちゃうるせえ!もう殺していいのか?後が詰まってるんだ。手前らみたいな雑魚に時間をかけちゃあいられねえんだよ!」
クアール・クレイドルは剣先を振り、リオネルとエディを威嚇した。リオネルは顔を青くし、エディは指導者たるリオネルを守る態勢でじりじりと前に出た。
重甲冑を着込んだ獅子面の闘士は、エディの全身から立ち上る星力を見るや、クアールへと一つ提案した。
「クレイドル総帥。敵強騎士との一騎打ちなど、総帥自ら剣を振るわれずとも自分にお任せいただければ、速やかに決着させますが」
「ブラギ、何言ってやがる?俺様は殺しがしたいんだよ。強騎士、いいじゃねえか。狭い世界で筆頭を気取ってるような奴こそ正に俺様の好みだぜ」
「・・・・・・はっ。では、ヨルムン連帯の騎士と最高指導者の首、総帥にお任せ致します」
ブラギ・ドゥは敬礼で応え、クアールのやるに任せた。女闘士ファリーザはクアールの性格を知り尽くしているのか何も口を挟まずに、朴念仁よろしくただ後ろに控えていた。<ティエンルン>でいうところの城館北辺に位置するここは、クアールが攻撃の全権を握っていた。
クアールが剣を下げたまま一歩を踏み出すと、エディは生命力を燃やして剣に星力を這わせた。一触即発の空気が醸成される中、足音を立てて近付く者たちがあった。
「<要塞>の旦那!ありゃあヨルムンのお偉方ですぜ。お相手は・・・・・・やっぱり。この有り様は、シンギュラーの仕業だったってわけかよ・・・・・・」
「デラ・テーラ。あの獅子頭は某が面倒を見る。お主は傍らの女性を頼んだ」
ウルランドのド・ゴール・ゼンダインとデラ・テーラは、シンギュラー勢対ヨルムン勢という場面に遭遇するなり、直ちに状況を把握した。そしてリオネルとエディに加勢をするべくブラギとファリーザの排除へ動いた。
「ド・ゴール・ゼンダイン殿!デラ・テーラ殿!ご助力を賜れるか?」
「アッテンボロー様!ウルランドと我が君システィナの名に懸けて、微力ながら某らが助勢つかまつる!ご安心めされよ」
リオネルは飛び入りのウルランド勢が味方となったことを素直に喜んだ。エディもまたクアールから目こそ離さないものの、リオネルの生存確率が高まったとして胸中で安堵した。
クアールはド・ゴールらの乱入を冷めた目で確かめた他は、特段対処に動かなかった。代わって、ブラギとファリーザがウルランド勢の前進を阻んだ。ブラギは手斧と円形盾を構えており、ファリーザは面倒臭そうに腰の剣を手にした。
「ふむ。その大金棒。北西域最強と謳われた<要塞>と見える。元レイフィギュア連邦の最強戦士にして、今はウルランドに仕えていたな。・・・・・・相手にとって不足はない!自分はシンギュラー騎士隊長のブラギ・ドゥである。いざ、尋常に勝負!」
「名高い獣将と手合わせ出来るとはありがたい!このド・ゴール・ゼンダイン、全力でお相手致そう!」
互いに名乗りを上げ、当代の猛将同士が斧と金棒を手に向き合った。デラ・テーラは半眼でファリーザを睨みつけるが、相手は表情も言葉も無反応で、これは正体不明な敵に当たってしまったものだと頭を抱えたくなった。
まずはエディが機先を制した。クアールへと突っ込むなり、上段から鋭く斬り掛かった。クアールはそれを剣でしっかりと受け止め、その体勢から必殺の固有星術<硝子の剣>を放った。エディはクアールの殺気から不可視の剣を読み切り、バックステップで斬撃の回避に動いた。<硝子の剣>はエディの上衣を少しだけ裂いたものの、ダメージを負わせることはなかった。
エディが続けて高速の刺突を見舞うと、クアールは力業でそれを弾き返した。そしてがら空きとなったエディの正面胸元を狙って再び<硝子の剣>が振るわれた。エディはまたも超反応でそれを避けて見せるが、クアールは絶妙な足運びで敵の側面へと回り込んでおり、剣先を静かに前へと押し出した。
「がっ!?」
クアールの剣で脇腹を深々と刺され、エディは驚愕と苦悶の表情を露わにした。クアールが軽々と剣を払うと、エディは脇腹から血を噴出させて床に沈んだ。
「シュテルン総長!」
リオネルは倒れたエディを気遣って叫んだが、自国の最強騎士をあっさりと下したクアールが舌なめずりをして寄ってきたので、腰を抜かして座り込んだ。
「ひいいっ・・・・・・!」
「なんだこいつ?てめえ、そんな弱腰で一国の指導者を気取ってんのか?ヨルムンってのは、そんなに温い国かよ」
臆病風に吹かれたリオネルを明らかに見下し、クアールはつまらなそうに唾を吐き捨てた。
ヨルムン連帯の最高指導者のピンチではあったが、ウルランドの二人は助けに入るだけの余裕を残していなかった。
「うおおおおおうりゃああああああ!」
ド・ゴールが剛力を活かした強打を見舞うと、ブラギはそれを盾で受け流し、お返しとばかりに横からの斧撃に繋げた。ド・ゴールは巨体に似合わぬ瞬発力を見せ、後ろに跳んで斧をかわした。ブラギは流れで斧の連撃を繰り出し、ド・ゴールは金棒で防御に徹した。斧と金棒とが激しく衝突する度に火花が散った。互いに膂力に優れた武人であったので、一度の被弾が勝敗を分けると身に染みており、二人は緊迫した打撃の応酬を続けた。
獣人であるブラギは、相手が人間でありながら何ら自分と遜色ない威力の攻撃をぶつけてくることで、久方ぶりに昂揚していた。旧レキエルの将であった頃も、魔獣の中には桁外れな怪力を持つ敵こそあれ、人間や亜人が相手では純粋な力勝負に物足りなさを覚えていた。
(<要塞>!思っていた以上の闘士である。これであれば、レイフィギュア連邦で孤軍奮闘していたという話も頷ける。撃ち合う度に骨までズシリと来るこの感覚・・・・・・長いこと、忘れていたぞ)
ド・ゴールが金棒で殴り掛かればブラギは斧や盾でそれを妨げ、ブラギが斧で襲撃するやド・ゴールは金棒で巧みに受け止めた。生命力を全力で燃やした純粋な激闘は、いつ果てるとも分からず続いた。
「おい・・・・・・こいつは一体、どうなってやがる!?」
デラ・テーラは自分でも醜いと思っている顔面を酷く歪ませて疑問を口にした。肩までの流麗な銀髪を持つ目の前の女剣士に対し、海賊仕込みの邪剣がまるきり通用しないのである。
再びデラ・テーラが斬り掛かるも、剣速がまるでファリーザの動きに追いつかず、幻影を相手に一人で踊っているかのような滑稽な姿を晒した。それでいてファリーザは特に反撃もせず、青紫色の瞳で焦るデラ・テーラをじっと観察していた。
デラ・テーラは袖で額の汗を拭き、ファリーザが仕掛けてこないのを良いことにいったん呼吸を整えた。幾度も攻撃を仕掛けているものの、デラ・テーラとファリーザの呼吸は全くと言って良いほど噛み合わなかった。剣で斬りつけようと足蹴りを放とうと、ファリーザの間合いにおいてはどれも空振りに終わり、一度たりとて刃を交わせてはいなかった。
デラ・テーラの視界の端を、<要塞>と獣将とが全力で撃ち合う光景が掠めた。前方ではエディがが敗れてリオネルが窮地に陥っており、デラ・テーラは無名の女を相手にしている自分がここで停滞するわけにはいかぬと気合いを入れ直した。
「・・・・・・俺は女相手でも容赦はしねえ。悪く思うな!」
デラ・テーラは十分な量の星力を足と剣とに回し、一瞬でファリーザへと肉薄した。突進剣であり、タイミングからしてファリーザへの直撃は疑いようもなかった。しかし、デラ・テーラは自分の動きが遅くなったと感じ、それが正しいことを証明するかのようにファリーザが有り得ない足運びで体の位置を変えた。デラ・テーラの攻撃ポイントは外され、またもや攻撃が空振りに終わった。
ファリーザの奇術の種は単純なもので、彼女は魔族であり、固有星術に星力無効を有していた。星力無効は彼女の周囲、それも狭い範囲においてのみ効力を発揮し、あらゆる星力の働きを消滅させる特異な星術であった。
デラ・テーラはファリーザが自分よりも一段上の速度と技を持つものと勘違いしていたが、実際は彼女の間合いに入った瞬間から肉体や剣の強化に回した星力が作用を失い、その落差に戸惑っているに過ぎなかった。勿論、ファリーザ自身も相当の剣の使い手ではあったが、彼女はここで自分が本気を出す必要性を見出しておらず、敵の足止めさえできれば後はクアールが全てを片付けるものと信じていた。
虎の子の突進剣までもが決定打とならなかったことで、デラ・テーラは滝のように汗を流した。
(・・・・・・システィナ様、申し訳ありません。みすみす敵にキングを取らせちまうかもしれねえ。まさか、こんな強力な侵入者たちがいやがるとは・・・・・・)