4 凶状持ちのパレード(回想)
4 凶状持ちのパレード
元レキエル星術学院の首席星術士、ザンク・ノバルティスは、戦場を広く見回して自陣のウィークポイントを具に把握した。山裾に展開した魔獣の大群は三割ほどが霊獣という強力な構成で、熟練の闘士たちであっても容易には掃討出来ないでいた。
また一人、北域で鳴らした新参の傭兵が凶刃に倒れた。仮にも故郷では勇者と呼ばれた一人であったので、彼を沈めた者は霊獣や亜獣の類ではなく、世界の敵、すなわち絶大なる力を持つ神獣であった。
神獣討伐隊の残る頭数はたったの十一で、対する魔獣の残存個体は優に三百を数えた。ザンクは味方に当たらぬよう放射状に雷撃を放ち、霊獣と亜獣を多数消し炭に変えた。
「ナパームさん!アルマグロさん!このままでは埒が明きません!大技で突破口を開いて、親玉を狙ってください!」
ザンクの迫真に迫った要請はしかし、当事者の一人がそれに不服な顔をした。彼女はさて無視したものかと迷い、親愛なる友に判断を預ける始末であった。
「・・・・・・うざい。・・・・・・ファミ、<大星術士>が何か言ってるけど、どうする?」
「シシリー、聞いて。あれじゃ坊やが危ないわ。<猛毒侯>を相手に主攻が一人ってのは、いくらなんでも無謀よ。早く援護しなくちゃ!」
元暗殺技能者であり、女傭兵ファミリア・ナパームを名乗る無骨な美女が、目に掛かった栗色の髪を払って相棒に翻意を促した。相棒、シシリー・アルマグロは、切れ長の目に怠惰の光を湛えながらも、周囲に迫る魔獣を剣の一閃で斬り払って見せた。
(・・・・・・ファミったら。・・・・・・組織を抜けて直ぐの頃は、他人の生死なんて気にも留めないくらい冷めてたのに。・・・・・・ブルースフィアに誘われて、ただの三月ばかしでこんなにも変わっちゃって。・・・・・・しかも、あの小僧のことばかりを猫可愛がり・・・・・・)
ファミリアもまた、接近してきた猪の化け物といった怪異の亜獣を二匹、高速の剣で三枚に下ろして撃破した。
「私たちやノバルティスさん、それに坊や以外は、ここ一月で参加したルーキーばかりだから。面倒なのは分かるけど手伝って貰うわよ、シシリー?」
「・・・・・・面倒だけど、了解。・・・・・・あの巨人までの道を切り開けば良いのね?」
シシリーは遠方の霊獣が撃ってきた星力弾を片手の星術で軽々と潰して見せ、そこから空いた右手の剣を大きく振りかぶった。それは星力を剣の衝撃波に乗せて放つ星剣閃の体勢であり、星術士としても一流のシシリーが使うと一足飛びに星術剣波へと昇華された。
相棒の動きを読んだファミリアは、雄叫びを上げて突進してきた盾象の背に飛び乗り、そこから魔獣が密集した地点へとさらに跳躍した。
「・・・・・・吹き飛べ!」
まずはシシリーの繰り出した星術剣波が猛烈な威力を発揮し、一直線に魔獣を薙ぎ倒した。ファミリアはそうして出来たスペースに降り立つや腰から二本目の剣を抜き、双剣の構えをとった。そして全身に星力を巡らせて<猛毒侯>へと突撃した。
直ぐに小鬼だの蛙猿種だの、さらには幽霊種だのといった有象無象の亜獣が寄ってたかったが、<超絶技巧者>の異名は伊達でなく、ファミリアは疾駆しながらに双剣を操ることで次から次へと敵を斬り裂いた。シシリーも間断無く剣閃を放って相棒をフォローし、遂にファミリアは魔獣の密集地帯を突破することに成功した。
その先では、ラグリマ・ラウラが五倍以上も背丈のある人型の神獣と死闘を演じていた。一撃ごとに一本の剣を消耗するラグリマの戦い方は異端で、背や腰にありったけの剣を常備している他に、予め戦場のあちらこちらに放置した剣をも都度攻撃パターンに組み込んでいた。
ラグリマたちがナンバー・九と解析した<猛毒侯>の戦闘力は凄まじかった。開戦と同時に頭部だけという異形の天使と悪魔を召喚し、それらが方々に攻撃の星術を撒き散らした。<猛毒侯>自身はゆったりした長衣に金冠という貴族然とした姿から、突如全身甲冑の戦闘形態へと移行して見せ、巨大且つ荘厳な両手剣を縦横無尽に振るい始めた。加えて、シシリーも顔負けの高速並行処理で毒霧の星術まで使いこなすものだから、ラグリマらは幾人もの勇者を序盤戦で失っていた。
『英雄だ勇者だなどと言っても、所詮は生命力の木偶!余の前ではこれほどまでに脆いものよ』
<猛毒侯>は嘲笑しながら豪快に剣を振り下ろした。必殺の威力を有するその大振りの一撃を、ラグリマは巧みな体さばきでかわした。流れで背から抜いた剣に大量の星力を這わせるや、ラグリマは瞬時に敵の左腕へと叩きつけた。さしもの神獣の剛腕であってもひとたまりもなく、ラグリマの剣に打たれた箇所が直ちに爆散した。
その場に追い付いたファミリアは見た。神獣はラグリマの攻撃をものともせず、残る右腕のみで大剣を振り回し、下段から斜め上へと強引に斬り上げた。ラグリマは直撃こそ避けたが、剣がもたらした衝撃波によって盛大に吹き飛ばされた。追い打ち宜しく、天使の発射した光線の一射が、飛ばされて滞空状態にあるラグリマの右足を貫通した。
「うわッ!?」
「ラグ!?・・・・・・お前ッ!」
ラグリマの負傷を目の当たりにしたファミリアは激昂し、<猛毒侯>へと飛び掛かった。中空に浮かぶ悪魔の首が即座に反応しファミリアに向けて業火を吐くが、遠距離にも関わらずザンクの組んだ対抗星術がそれを阻んだ。
ファミリアの上段からの斬り落としを、<猛毒侯>は腕一本で握る両手大剣で易々と受け切った。しかし、ファミリアはそこから空中で錐揉み状に回転し、すぐさま横一閃の連撃へと繋げた。
『ぬう!』
神獣の胸甲が一部破砕し、ファミリアは神速の刺突でもって追撃を加えた。だが、流石にその一撃は<猛毒侯>が巨体を優雅に引くことで回避され、反撃とばかりに猛毒の霧が噴霧された。ファミリアはラグリマが伏せる方向へと跳んで、一時神獣と距離を置いた。空かさずシシリーが離れた位置から剣閃を連打し、神獣の動きを牽制した。
「ラグ!・・・・・・足は大丈夫?」
「ナパームさん・・・・・・下手を打ちました。でも平気です。内側から星力を循環させて、応急処置は済ませてますから」
「了解。なら、後はこいつをどうやってしとめるか、だけさね。・・・・・・何かアイデアはあるかい?」
ファミリアが周囲を見回すと、亜獣や霊獣の数は減るどころか寧ろ増加しており、時が経過するだけ状況は悪化の一途を辿っていくように見えた。また一人、南域出身の神官戦士が<猛毒侯>の大剣の餌食となり、上半身と下半身とを分断されて即死した。
ラグリマは手持ちが少なくなった剣を杖代わりに立ち上がると、アクトプリズン近隣の星力の流れを読み解いて嘆息した。
「・・・・・・たぶん、別の神獣の星力が介入してます。ノバルティスさんが言っていた、西域の<魔王>のものではないかと。これは、継戦能力の見積りを見誤ったかもしれません」
ラグリマの分析を聞いたファミリアは厳しい表情を隠さず、それでも反射的に手近な亜獣を十字に斬り裂いた。ラグリマは戦場の各所に遺棄した銀の剣へと自らの星力を繋ぎ続けており、それがアンテナの代わりを務めることで戦況の即時把握へと結び付いていた。
(カーツさんとブレンディ・スクラルさんも危ない!亜獣は兎も角、霊獣までこれだけの数を出してくるなんて。打開の余地があるとしたら、頭を潰すことだけれど・・・・・・)
「ラグ!あれ!」
ファミリアが声を上げ、それに釣られてラグリマはいったん思考を切り、意識を近距離に引き戻した。目の前に高く聳える大山より、突如として巨大な竜が翼を広げて降り立ったのである。現れた竜の重量感は、巨人と見紛う<猛毒侯>をすら小柄とあしらうが如く圧倒的で、着地の衝撃だけで多くの魔獣を吹き飛ばした。
ザンク・ノバルティスが星術による短距離通信で仲間たちへと警鐘を鳴らした。
『いけない!・・・・・・あの威風、この山を統べる西域の古竜と思われます。怒れる竜を相手とするは邪道。ここは総員の撤退を進言します!ナパームさん、アルマグロさん!それにラグリマ君!あなたたちは殿として、皆が引くまでサポートをお願いします』
ファミリアとラグリマは顔を見合わせて頷くと、神獣に注意を払いつつ陽動を引き受けると決めた。
「・・・・・・また、面倒。・・・・・・だいたい小僧がとっとと神獣を殺っていれば済んだ話。・・・・・・ファミがいるからやるけど」
ぶつくさと文句を言って、シシリーは多勢に怯むことはなく自身を中心として剣を円状に一閃させた。彼女を取り囲みつつあった魔獣の一団は、風撃の星術と斬撃の多段攻勢によって勢い良く斬り刻まれた。それに止まらず、シシリーは竜の登場以来動きを止めていた<猛毒侯>へと、渾身の星術剣波で仕掛けた。
中距離からの剣撃に気付いた<猛毒侯>は、大剣の豪快な一振りで衝撃波を消し飛ばした。そしてシシリーを標的と認め、猛毒の水撃を撃ち返した。
「・・・・・・チッ!」
シシリーはすんでのところで神獣の星術をかわしたが、直撃こそせずとも毒の影響を少なからず受ける羽目になり、直ちに動きを鈍らせた。
「シシリー!」
神獣の連撃が弱る相棒へと及ぶのを防ぐため、ファミリアは大地を疾走して<猛毒侯>へと突進剣を見舞った。隙を付いた攻撃ではなかったので、<猛毒侯>は余裕を窺わせてファミリアの剣を受け止めた。そして、浮かぶ天使と悪魔に止めの役を任せた。
(これで神獣の剣と星術の双方が私に向けられた!ラグ、お願い!)
ファミリアとラグリマの間ですり合わせなどは一切なかった。しかし、ラグリマはファミリアが動いた先から、彼女と連動するようにして奥義を発動させていた。
ラグリマが全力で星力を解放すると、戦場に散らされていた十数本もの剣が、各々膨大な星力を燃焼させて高速で飛来した。そして遂には青白色の光の矢と化し、四方八方から<猛毒侯>へと襲い掛かった。ラグリマは自らの手で最後の一撃を入れるべく自身も飛び出したが、目の前に信じられない光景が広がった。
「なにッ!?」
タイミング的に避けようがなく、神獣へと炸裂するかのように思われたラグリマの猛攻であったが、命中の直前で竜が立ち塞がった。竜は光の矢を全てその身に受けた。そして、ダメージが祟ってかぐらりと体勢を崩した。<猛毒侯>が無傷であったことからラグリマは詰めの一撃を躊躇し、ファミリアもまた後方へと跳躍して神獣や竜と間合いを空けた。
<猛毒侯>は不機嫌さを隠さぬ声音で、自らを庇った古竜のやりように抗議した。
『・・・・・・手助けなど不要だ。何を勘違いして汝がしゃしゃり出る?』
『そなたの身を案じているのではない。妾が危惧するは、そなたが失われて<巨神>を止める保険が無くなること。大人しくアクトプリズンに籠もっておれば良いのじゃ』
そのやりとりは発声でなされたので、ラグリマやファミリアにも聞こえた。あろうことか、古竜と神獣が懇意にしていると分かった為、二人は戦闘の続行を完全に断念した。
そんな彼らの心中を察してか、竜は姿勢を正してから軽い咆哮と両翼の羽ばたきで周囲の魔獣を散らし、ラグリマに向けて遙か高みから声を落とした。
『流石の威力であった。若き勇者よ、汝の名を覚えておこうか?』
「・・・・・・ラグリマ・ラウラだ」
『ラグリマ・ラウラよ。この地を統べる者として、妾が此度の戦闘の勝敗を預からせて貰う。不服があらば、不肖この身が相手をしようぞ』
「どうして竜が魔獣に肩入れをする?東域の竜騎士は、多くの者がおれたちに協力してくれている」
『あれは同胞の幼生を誘拐し、洗脳した結果に過ぎぬであろう?妾たち竜族は元来、世俗の闘争に関心を示さぬ。それが将来的に無意味な代物であると理解しておるでな』
「無意味だと!?それはどういうことだ?」
『ラグリマ・ラウラ。汝は、妾と語らうに資格を有するとは思えぬ。ここは大人しく引け。もう一度は言わぬぞ?』
「・・・・・・」
ラグリマはそれに返事をしないことで不本意ながら承諾の意を返した。そしてファミリアと並んでシシリーを回収した後、速やかに後退を始めた。生き残った仲間たちはいち早い戦線からの離脱に成功した様子で、これをもってアクトプリズンの決戦は幕を閉じた。それは英雄軍にとって苦々しい結果であると言えた。
後に顛末を聞かされたアリス・ブルースフィアは憤慨し、「こんなことになるなら、あいつに任せっきりにしないで自分が行くべきだった」と猛って見せた。<燎原姫>ことエルフのエレオノールがそれを優しく宥め、<不死>マキシム・オスローもまた、「<大星術士>や雌豹組がいてこの結果なんだから、誰が行っても厳しかっただろうさ」と同情の声を寄せた。
<猛毒侯>の毒を受けたシシリーの容態はその後も安定せず、彼女の回復は<不毛の谷>侵攻作戦に間に合わなかった。結果的にそれがシシリーの命数を残すことに繋がるのだが、それによって彼女の心が散々に痛め付けられたことは言うまでもなかった。