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目指すは高嶺の華 泥にまみれても曼珠沙華  作者: 神寺 柚子陽
第二章『兄、ニート 弟、オカン』
34/34

どうしてこうなった!?

「どうしてこうなった!?」


 村の廃工業地帯で、ラクは頭を抱えて天に叫んだ。

家の屋敷の入り口で頭を打ってから三年。僕と兄貴は多分、(未だに産まれた年月日が分からないので不明だが)6歳になった。

 家憑きの文武両道な付喪神たち、7妖に鍛えられ、自衛位はなんとか殺さずに出来るようになってきた僕たち兄弟。

 三年の内に村人との関係改善も頑張り、今では銀が周囲の村々のガキ大将として君臨しております。

 

 ―――それは良い。それはいいんだ。だけどな……。


 どうしてこうなった!? 僕は純粋な子供ライフをこの村で送る(予定)のはずだったのに!!


 ラクは頭痛を堪えて頭を掻きむしる。


 その背中には赤ん坊。周りには遊んでと群がる子供。対面には、左団扇で数人の女の子を侍らせて、グータラ貴族を気取って惰眠を貪っている銀がいた。

 叫んだ拍子に預けられた赤ん坊が泣き喚く。


「おお~、よーし、よーし、泣き止め~?」


 笑顔を取り繕い、おんぶ紐で背中に括り付けられた赤ん坊をあやす。

 取り巻きの子供の一人に、後ろの子の様子見て~と頼んだ結果。


「ラク兄ちゃん、吉坊のお尻、なんでか知らないけど濡れてるよ~?」


女の子はとんきょうな声を上げて報告した。

ラクは額をぺちりと叩いて天を仰ぐ。


「あ~、お漏らしか。誰か、基地からオシメ持ってこいっ」

「ラク兄ちゃん、ここにあるよ?」

「じゃあ、ちょっと持ってこい」


 鼻水を垂らした少年が指さしたのは、ラクがいつも持ち歩いている手製の革鞄の中。

 預け先のおばさんから預かった替えのオシメを一部、そこに入れていたのを忘れていた。思わず遠い目をしてから、そいつにカバンごと持ってこさせ、甲斐甲斐しく鼻水を拭いてやる。ありがとうとお礼を言ったので、頭を撫でて、どういたしましてと返す。

 背中からおんぶ紐を外して、赤ん坊を降ろす。背負っていた着物の背中を見れば、アンモニア臭に濡れていた。

 あちゃ~と顔を顰めたラク。

 手早く着物を脱いで、褌一丁になろうとしたら、仲間は男の子も女の子も一同に慌てて、それを止める。不思議に思って顔を見回す。

 そうしたら、目をそらして“とにかく着てろ”と服を無理やり着せ直させられて、首を傾げたラクなのでした。

 年長の者は顔が赤いし、年若い子はぼうっと逆上せ上ったように近寄ってこようとするし、本当に訳が分からないラクなのでした。


―――お漏らしされて濡れた服が気持ち悪いから、着替えたらダメなんだろうか…?


 対面で起きた銀が何故かニヤリと誇らしげにドヤ顔をしている。

 本当に意味が解らない。

 なんで兄さんは貢ぎモノをされて、餌付けされようとしているのかも、意味が解らない。

 とりあえず年上の女の子たち、銀兄貴をちやほやしてんと手伝えや!

 あっかんべーすんなっ。元々君らの仕事やろ? なんで僕がこんなバイト任されなアカンねん。はぁ~、アホらし。ほな、さっさと変えましょか。


 ふと周りで興味津々に手元を覗き込む複数の視線に気づく。

 子供らが僕の周りを取り囲んで、好奇心いっぱいに見ていた。

 仕方ないなと息を吐いて、おい、と呼びかける。


「手の空いてるヒマな奴は見てろ。教えるから覚えろよ?」

「え~、やだー」

「ヤダ言わない。家で弟妹が産まれたときやナンカの時に困るのは君らやで?」

「それでも赤ん坊のオシメなんてばっち…」


 頭の後ろで腕を組んで、バッチいと言いかけた男の子が後ろに吹っ飛んだ。

 うわっ、と悲鳴が上がり、人垣が割れる。

 吹き飛ばされた悪ガキは赤くなった頬を押さえて、吠えた。


「いってぇな。何すんだよ。バッチいモンをバッチいって言って何が悪いんや!?」


 ラクが構えを解き、拳を降ろして腕を組み、仁王立つ。

 悪魔の如く口から煙を吐き、赤く染まる眼光の幻が垣間見えた。

 男の子はたじろぎ、一歩を退く。


「黙れ。テメェは赤ん坊だった時ないんかい。君らもこうして周りの大人らや兄ちゃん、姉ちゃんらに世話されてそこまで大きゅうなったんや。ちっとオカンに感謝せぇ。そんで黙ってみるだけでも見とけ」


 眼光の鋭さと有無を言わさぬ圧力に少年は不満そうだが、一応黙ってオシメを替える見物に加わる。


 赤ん坊が眠り、着替えを終えたラク。今度は字を教えようと地面に『あいうえお』の五十音を書き、にわか塾を開催したが、10文字教えたあたりで仲間たちは飽きて、逃げ出し、鬼ごっこに発展した。

 当然、追いかけるのはラクの役目で、銀は年上の女の子たちに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら見てるだけ。時々、野次を飛ばして大笑い。少し殺意が芽生えて巻き込もうとしてみれば、子供たちはラクよりも銀を敬っているようで、華麗に一致団結して避けられる。


 捕まえた男子を銀に投げるが、これは周囲の女の子たちが防御。銀を乗せた輿もどきを抱え上げて、逃げる、逃げる、避けまわる。

 女子なのにどこにそんな力があるのか。

 十人ほど集った奉公前の女の子たちに恐怖を覚えた。


 ならば――と、“けいどろ”の要領で、銀の居る場所を“ろうや”にしてみたら、普通に馴染んだ。遊んだ。


「おらっ、そこに集っとけ! 兄サン、面倒宜しく! 僕は次の子を捕獲狩りじゃーーー!! 吹っ飛びやがれクソガキどもッ! 喰らえ!! 一子相伝・見様見真似ヤクザキーック!!」

「きゃーーー!!」


※普通の跳び蹴りです。


「あはは! オカンが怒ったー!」

「オカンちゃうっ! ラクやっつっとうやろうが! 逃げんなコラッ! 肥溜めン中突っ込むぞコラ♪」

「うげ~。それは勘弁!」


 作った笑顔で、額に青筋を浮かべて、全速力でラクは子供たちを追いかけては捕まえる。捕まえた子たちは次々と背後へ投擲。次の獲物に凄まじい速さで組みかかる。対する仲間たちも全力迎撃!

 とんがり頭の少年が、先日仲間内で作った簡易空砲を持ちだした。


「殺れ! 破弩射撃砲(ハードランチャー!」


 一気に五人の悪ガキどもが踊り出て、訓練された兵士さながらに空砲を肩に担いだ。隊長格の旗振り少年の号令で、一斉に空砲が放たれる。


「チッ。面倒な」


 ラクは上前方に跳んで逃げる。腰から体を捻って、裸足の足を振り上げた。逃げる子供たちの背中に手加減した蹴りを落として、ドミノ倒しの如くぶっ飛ばす。


「ふっとびやれ!」

「くっ、無念」

「って、う、うわーーー………!?」

「ひゃっほ~い! 空を飛んでるよー」

「きゃはははははははは!」

「はい、五人牢屋追加ー! 次!」


 刀の代わりに木の棒を構えて武装した女の子五人組。

 彼女たちをみて、にや~りとわっるい笑みを浮かべる。

 瞬間、女の子たちは武器を捨てて揃って戦線離脱。紫の眼が光り、藍猫は女の子たちに挑みかかった。


「子供狩りじゃーーーー!!」

「きゃあっ!」

「ラクのオカンが来るっ! オカンが追いかけて来るよーー!」

「マテやごらぁぁあああーーー!!」

「いそげっ!みんな逃げろ――!!」


 捕まった子たちをラクは牢屋へ投擲。子供たちは大喜びで放物線を描いて空を飛び、きゃっきゃと喜声を上げる。

 投擲先は真っ白い狼を従えた銀の上。ばうっと口を開いた狼が投げ込まれた子供をキャッチし、地面に降ろす。


「もっかい! もっかい、ねえ、もっかいやって!」

「びゅ~んって跳ぶの楽しかった!」


 興奮する子たちを銀が宥める。


「落ち着け。おまえら、ラクをぎゃふんと言わせたくないか?」

「え? なになに!? なんか面白いこと始めるの!?」

「いわせたいっ、いわせたい! ぎゃふんと!」

「ここらで泣きべそかかせてやるんだな? いいぞ、のった!」

「アレに自分も子供だってこと、思い出させてやる!」

「仕返しだ!!」

「「「「応!!!」」」


 牢屋内で子供たちは銀と一致団結。なにやら策を授けられたらしく、次々と逃げ出して僕が反撃を喰らう。


「ふはははははははは! 波状攻撃だ! 者ども、出合え出会えいっ!」

「「「「やーーー!!」」」」

「くそっ、卑怯だぞ! 多対一なんて、オウボウだ~!」

「バァカめっ。戦闘に卑怯もクソもないとおれ様たちに教えたのはおまえだろうが。勝てばいいんだよ。勝てば。ふ、はははははははははは!」

「くっそぉぉぉーー!!」


 ニヤリと悪童の如く笑って、こっちを見下してくる銀に腹が立つ。

 どうしても銀に仕返ししたいのだが、出来ない。悔しくて地団太を踏む。


「今だ! みんなラクを取り囲め! くすぐりの刑だ!」

「オカン、覚悟!!」

「オカンちゃういうとうやろが。仕舞いにはシバくぞおどれらァッ」


 飛び掛かってきた子たちを何人も銀の方にちぎっては投げ、ちぎっては投げ、キリがない。


「ラク兄ちゃ、もうシバいてるよ!」

「じゃかわしいわっ。人のあげあしとんなボケ! 大人しく捕まりやれいっ」

「み゛きゃーーーっ!? すごいっ、すごいっ、すご~い! もっかい、もっか…うわっ!?」

「はーい、一名様追加ー! 無事ね~?」

「うん! もっかい、もっかい行く!!」


 きらきらと楽しそうに輝く子供たちの目。

 ラクと銀は互いにニヤリと好戦的な笑みをして、小さな戦争に精を出す。

 みんな全力で楽しそうだ。

 きゃっきゃと子供特有の甲高い喜声が飛び交い、相手方は慣れて来たのか、すたりと地面に着地するとすぐさま、こちらに向かってまた突撃を開始する。

 ラクは細心の注意を払って、向かってきた子たちにカウンター返し。相手方の魔の手を逃れて服や腰や肩口をひっ掴み、上を向いて待ち構えている狼と、息巻く年長者や銀の方に向かって投げ返す。

 

 されど多勢に無勢。30対1くらいの人数差。

 次第にラクは疲れ果て、動きが鈍り、肩で息をし始める。


「かかった! 今だ。突っ込め野郎ども!」


 狼に乗った銀の大号令で、切り込み隊長の男の子たちが人垣の間から、わっと躍り出た。彼らは他の子たちとも連携して、ラクを取り押さえ、身動きを着々と封じる。


「う、うわ!? しまった!」


 焦るラク。にやつく銀。誇らしげな仲間たち。

 馬乗りになった男の子たちはわきわきと手を不穏に動かし、女の子たちはどこから取って来たのか、ねこじゃらしを構えて、くるくると弄んでいる。


「ちょっ、ちょ、ヤメテ!?」


 銀が合図を送る。


「ヤレ」

「ぎ、ぎやぁぁああああーー! あ、あっはっはっははは、あっはははっはははは、ちょっ、ほんま、やめ、やめて! あっはははははははははあは! はははっはははははははは! ひぃ、ひぃ、死ぬっ、死ぬっ、笑い死ぬー! ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! あひゃひゃひゃははははは! ひぃー、ひぃー、ふははははははははははははは! はははははははははははは! やめてーー!」


 くすぐり攻撃は、子供たちが飽きて、ラクが痙攣をおこすまで続いた。

 涙目になって、服がはだけ、ボロボロになったラク。半分死にかけて、目から光が消えた弟の前に銀が進み出た。


 「どうだ? 参ったか」


 腕を組んでドヤ顔の兄、銀。

 弟、ラクがキレてまたも周囲を巻き込み、第三ラウンドに突入した。


「お次は玉投げで勝負しよう」

「おう、望むところだ。負けねえぜ? なあ、みんな」

「うん! 負けない!」

「当たり前や!」

「ほな、やろう! やろう!」

「決まりだな」

 にや~り。

「お次は泥団子投げで勝負だ!」

「水班と砂班に分かれてありったけの泥をかき集めろ! 勝つぞ、この戦!」

「「「「おーう!」」」

「え、みんなやっぱり兄貴に着くの? いいもんっ。一人でだって頑張るから!  寂しくなんて………よっしゃ、やったらァごらぁぁぁああ!!」


 泥団子投げ大会に派生した鬼ごっこでは、隙を見て銀に泥団子を投げるのだが、何故か皆が彼を護る。仕舞いには、本人が(じゃす)の(てぃす)(そーど)(まっど)団子(ぼーる)を打ち返してきて、ラクの顔に見事、命中させる始末。――面白くない。

ムキになって子供たちが飽きるまで、チーム対抗戦で遊んだが、銀チームの方が何故か強い。銀には結局一発も当たらなかった。


ぜい、ぜい、と肩で息をしてふて腐れ、ラクは仲間たちにじゃれ付かれながら、家から持ってきた手仕事に精を出す。

編み物をしたり、縫い物をしたり、繕いものをしている時が、読書をしている時の次に心休まるのだ。

背中では赤ん坊の吉坊が、はしゃぎつかれて寝息を立て、膝ではラクより小さい子たちが、安心しきった様子で眠っている。両隣ではラクの長めの髪を弄び、ツインテールや、編み込みおさげなど、いろんな髪型にして遊んでいる。

ラクはぷぅっと頬を膨らましてしかめっ面。時々仲間の面倒を見ては、小遣い稼ぎの編み物に余念がない。

次々と出来上がっていく花や蝶、うさぎやクマのぬいぐるみ。それらを見て、女の子たちが興味を持ち、教えて、教えてとせがむ。


「お~い、男の子ら、女の子らに株上げるチャンス、いい機会やぞ? ちっと周辺の林辺りから落ちた木の枝、各自、10本くらい拾っててくれ~」

 

 ちらりと周辺にたむろっている少年らを窺い、ゆったりと声をかける。

 だが、反応は様々。


「ふんっ、誰が行くかよ」

「でもよ、10本だけだってよ。 簡単じゃんか」

「だけどよォ、行ってぼくたちに何の得があるんですか」

「そうだそうだ。疲れるだけだ」

「だけど10本だぜ?」

「さっと行って、さっと帰ってくりゃあすぐやんか」

「な? いかへんか?」

「う~ん……」


 なかなか動かない遊び仲間たちを見かねて、鞄をごそごそと探ったラクは、良いモノを見つけた。

 様子をみていた女の子たちの目の色が変わる。

 瓶詰にされたそれを掲げて見せて、ラクは彼らにもう一度、お~いと声をかけた。


「拾っててくれたら新作の飴玉渡すで~?」

「おい、飴玉だってよ」

「マジか。行くぞおまえら! おれたちが一番乗りだ! 飴玉を独占してやるっ」

「あっ、こらっ、ずりーぞ木刀班! こっちも行くぞ空砲隊。俺についてこいっ」

「待ってよ班長!」

「隊長の方が我らについてきてください」

「こ、こらっ、置いてくなー!」


 飴玉ひとつで色めき立つ男の子たち。

 口々に俺がおれがと名乗りを上げて、同志たちを率い、西方の林の入り口を大所帯で目指していく。

 そんな彼らに用事を頼んだ少年は寛ぎ和みモード。

 集まった女の子たちや他の仲間に今朝作ったクッキーを配り、お茶の湯をたき火を燃やして沸かす。ゆったりと穏やかな笑顔を浮かべて、探検に出る俄か冒険者たちの背中に手を振った。


「いってらっしゃ~い、みんな仲良く探索するんだぞ~?」

「「「「は~い」」」」


 彼らはものの四半時(30分)もしないうちに大量の枝葉を抱えて帰って来た。

 ラクは男の子たちに木の枝を使えるものと使えないものにわけ、葉っぱはたき火の足しにする。


「なあ、このたき火で焼き芋とか栗とか食べたいなぁ」

「阿呆。秋まで待ちぃ。栗は鍋持ってきて、水入れてゆがいて食べるんや。そうせんと熱くて持てへんし、跳ねて当たって痛い」

「栗って跳ねるん?」

「おう、跳ねるで? 直火で焼いたらな」

「へぇ~」


 たき火を見ながらの会話。

 ラクは首に抱き付いてきた眠たげな兄を引き離しつつ、律儀にひとつひとつの質問に答える。赤子は年長の女の子たちの腕の中です~やすや。たき火を囲んで暫しの団欒。ああ、秋が待ち遠しい。

 ふと、編み物をしていた女子の一人が手を上げた。


「ほい、なんや? 質問か?」

「じゃあさ、アケビとか、キイチゴとか、キノコとか。畑で取れたイチジクとか、今度焼いてみない?」

「お? いいねぇ。やろうやろう!」

「じゃあさ、じゃあさ? 誰がなにを持ってくる!?」

「あたし、トウモロコシ!」

「あ、ずっる~い、わたしはスイカ!」

「うげー。おま、スイカなんてたき火で焼くつもりかよ。おれは当然、キャベツ丸ごと一玉だ!」

「あっはははははははは! おまえ、ほんっとキャベツ好きだよなぁ」

「うっせ。そういうおまえはんはどうすんねん? 魚か?」

「いんや、芋だ。新じゃがだ」

「なんだ芋け。たくさん持って来いよ?」

「おうよ。けど魚か。それもいいなぁ……」

「うん。魚もいいねぇ。よし、僕は魚だ。川で釣ってくるよ」

「お? 頼んだでラク坊」

「おうおう。デカいの釣って来いよ? 女男のラク坊」

「一言余計だよ。ま、兄貴にもなにか手伝わせるか」


 ぼそっとラクが呟いた瞬間、周囲に衝撃が走る。

 仲間たちが一斉に動きを止め、くるりと兄弟の方へ首を回した。

 びくっと驚くラク。

 真剣な目をした仲間たちは揃って口々に否定の言葉を述べる。


「「「いやいやいやいや、銀さんを働かしたらアカンわ」」」

「銀さんを働かすくらいなら、わたし、普段の二倍働くわ」

「あたしも。つか、あたしは三倍」

「おれは四倍…は無理だから二倍だ」

「ぼ、ぼくは、そ、その、堅実に二種類くらい持ってくるから、銀さんを、その、働かせちゃ、だ、ダメだと思う」

「なにこの慕われ様。ニート生活、完璧出来るじゃん……」


 ラクは自分から剥がした銀を、元の狼の上の位置に戻しながら、ぼそりと思案する。


 男の子たちが拾ってきた木の棒のうち、20本。

 それを用い、即席で協力して、何本もの編み棒を作り上げた。

 藍色の少年は、楽しそうに女の子たちや、暇そうにしていた手先の器用な男の子たちに編み物を教えた。

 

 昼食をはさみ、また追いかけっこ。

 帰りたくないと駄々を捏ねて逃げる子らを帰す作業に追われる。

 ふと銀が弟に声をかけた。


「ラク~。子育て、大変そうだな」

「大変やと思うなら、兄さんも見てんと手伝ってぇな~。てか、その後ろのもふもふ背もたれ、どっから拾ってったん? 普通にスルーしとったけど、ダメでしょ。うちにソレ飼う余裕ないで? 元居たとこに帰してきなさい」

「え~、ヤダ」


 きゅっと銀は自分よりも大きな真っ白い毛並の狼に抱き付く。狼の方も大きな尻尾で銀の躰を抱き、横目でラクを威嚇する姿勢を見せる。

 ラクは頭痛を堪えて、腰に手を当て、苦言を呈した。


「ヤダじゃありません。ウチは二人だけで生活費がカツカツなの。誰が稼いでいると思っているの? 獣の食費考えたことある? とにかく帰してきなさい。めっ」

「ラク兄ちゃん、酷いっ。白ちゃん追い出すなんてダメなのっ」

「白ちゃんはぼくたちの仲間だもん。返しちゃやだやだやだー!」

「白ちゃんをお山に帰すなんてかわいそう……(じわっ(涙))」

「あのな? 君ら。これ、なにかわかっとう? オオカミやで? 雑食かもしれへんけど、主に肉食や。体もデカい。ウチにこれ飼う余裕ないの。わかる…きゃっ……!?」


がぶっと噛まれて、手から血が出る。

うりゅっとラクの目に涙が溜まった。

素早く手を引き、手早く応急処置を済ます。


「………こ、こうなります。めっちゃ痛いです。やせ我慢してるけど、めっちゃ痛いんです。不用意に野良犬、野良猫、野良狼など、拾ってきてはいけません。め、面倒見きれなくなる前に、か、返してきてください。ひっくっ、ぐすっ、ぐすっ……えぐっ…」


目に大粒の涙を溜めて、それでも返してきなさいと云うラク。皆は大きいも小さいも彼の頭を撫ぜ、慰め、ごめんなさいと謝った。

 銀を乗せた狼が近寄り、ぺろりと傷口を舐める。

 それが我慢の限界だった。ラクは堤防が決壊したように大泣きする。


 みんなは生暖かい目で、銀を頭領とした一家の“オカン”を宥め、すかし、優しくした。


 ◇◆◇


とある廃鉱山の入り口で。


「ふははははははは! ざまーみろ! これであのクソ藍猫童子に目にモノみせてやらァ!!」


 荒武者風の男が計画書と書かれた紙を両手に掲げて、高笑いをしていた。

 すぅ~っと暗がりから、漆黒の中肉中背の影が現れる。


多元(たげん)。油断は禁物。じっくり、ゆっくり、確実に。アレを始末する」

「わかってらァ! (そう)()。けど、この計画書を見てみろ! あいつにやられて三年間、練りに練ったコネと策の集大成よ! これできっとアレを殺れる!!」

「………多元がそういうなら、()は止めない。引き続き、天麩羅(てんぷら)衆、探す。四国には居なかった」


 漆黒の影、早鬼は踵を返して廃坑の出口へ向かおうとする。

 そこへ多元の鋭いツッコミが飛んだ。


「阿呆。天麩羅衆探してどうすんねん。探すんは“天道(てんどう)(しゅう)”! 滅魔(めつま)専門の修験者集団や。覚えとけ!」

「あ、そうだった。了解。天丼衆、天丼衆、天道衆。多元、お土産は天麩羅で」

「おう。まあ、ええわ。天道衆、やからな? 間違えんなよ? 何度もいうけど、天道衆やで? わかったな?」

「うん。行ってくる」


 早鬼は来た時と同じく、影に消えた。

 多元は最近、めっきり老けて禿げてきた頭をぽりぽりと掻く。


「いつものことやけど……ほんまに大丈夫かいな、あいつ……」


 多元の企みがもう間もなく、鬼の家の双子に迫る。



 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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