二十二話.帰郷
珍しく二話連続投稿しようと思ったら、日付が変わっとる!?
(現在、夜中の0時12分)
再び、鴻池屋へ。ケジメを着けに行きましょう。
夕暮れ時。町で上がる商売の声が下火になった頃。
〈鴻池屋〉では、店主、鴻池善右衛門幸実が首を長くして、今か今かと、ある子供を待ち構えていた。
「大旦那さま、そんなにそわそわしなくったって来るもんは来ますし、来ないもんはきませんよ」
「う、うむ……だがなぁ……」
今日は約束の日。
街ではここひと月、あの幼子の話で持ち切りだ。
己の投資の結果は当たりだったらしい。
自らの才覚を誇らしく思う反面、もしかしたらという心配もある。
あの幼い商人は、しっかり貸した金を返しに来てくれるだろうか?
それ以前にちゃんと返金額を稼げたのであろうか?
なにせあの容姿と年齢なので、それはそれは心配で、先ほどから算盤の数字を間違えこそしないが、お茶をこぼしたり、墨の黒と赤を間違えたりするなど、些細な粗相が目立つ大旦那様であった。
「なあ、あのノラと名乗った子は、ちゃんと借金を返済しにウチにくると思うかぁ?」
「さあ? 持ち逃げされたらその時はその時ですよ。大旦那さま。大旦那さまはあの子に施しをなされるおつもりで、あの一両を貸し与えたのでございましょう? なら、どちらでもよいではございませんか」
鴻池家の別家である山中家の長男、丑之助の相手をしながら、女中はすげなく返す。丑之助は今日、二親が仕事に出かけていていないから、善右衛門が面倒を見ているのだ。
「そういえば、丑之助は今年、何歳になる?」
「数えで四歳でございます。大旦那様」
「そうか。では、あのノラ小僧と同い年か」
女中はいわれてみれば、と頬に手を添える。
丑之助は右手の親指をはみ、女中の着物に縋り付いて立っている。話の内容も理解していないようで、指を食んだまま、きょとんと見返してきた。
大人たちは笑み崩れ、首を横に振る。
「これとアレは大違いだな」
「あのノラという小童が異常なのでございます。旦那様。本来はこのように――」
女中は足元に居たはずの丑之助少年を探して、視線を彷徨わせる。
―――あれ? いない。
丑之助は目を離した隙に動いていた。
隅の方で、もしゃもしゃと何かを食む音がする。
―――アレは紙だ。紙を咀嚼する音だ。
近寄って確認する。
丑之助が鴻池屋の大事な帳簿をびりびりに破いて、もしゃもしゃと口の中で食んでいた。
女中は頓狂な悲鳴を上げて驚嘆する。
すぐさま丑之助の口からくしゃくしゃになり、唾液まみれになった紙束を引っ張り出そうと奮闘した。
「丑之助さま、丑之助さま! それはお口にいれていいものではございません。ああ、吐き出してくださいませ。店の者の仕事の邪魔をしてはいけません! お、お願いですから書類を散らかさないでくださいましっ、きゃっ!?―――」
女中はちょこまかと走り回る丑之助を追いかけて、着物の裾をたくし上げ、店内を駆けまわる。
口から食べていたものを吐き出させられた丑之助。借用書の束を散らかし、店で働く者たちの足元を潜り抜け、女中の魔の手を逃れて奥へ走って行った。捕まえそこねた女中はすってころりん。すっころび、慌てて子供を追いかけて奥へ入っていく。
善右衛門はその様子を見て、苦笑した。
「本当に大違いでんな」
同じく苦笑する店の者と感情を共有し、善右衛門は早く片付けておくようにと指示を出す。店の者たちは、言われる前に行動していた。
「来るか、来ないか。ほんま来るかいなぁ……」
算盤を弾いて今日の試算を出しながら、善右衛門はほうと息をついた。
◇◆◇
件の子供が店にやってきたのは、それから間もなくのこと。
かたりと何かを降ろす音がして、善右衛門はそちらを見、表情を悦ばす。
子供は荷物をたんと詰め込んだ行李を持って、店の敷居を跨いで入ってきた。
「こんにちは。否、こんばんは哉? 店主はいらっしゃるかい?」
藍色の髪を颯爽となびかせて、挑戦的な眼差しをした紫の瞳の幼子は、飄々と透き通るような声を上げる。
「へ、へい! 大旦那様、お待ちかねの例の子供が来ましたぜ?」
「ご苦労。下がっていい」
「へ、へい!」
丁稚は幼子を、気味が悪いものでも見るような眼で一瞥して、自分の持ち場に戻っていく。
ノラは短くなった髪と同じ色の藍無地の着物の袖をひっぱり、品を作る。
意地の悪い大人への仕返しとばかりに、その丁稚へ、妙に色っぽい流し目をくれる。
たまたま目があった丁稚と従業員たちはドキッとして、居住まいを正す。
子供相手に何を居心地悪くすることがあるのかと思いましょうや、このノラには、大人たちへ自分の身の振り方を考えさせるだけの、何かがあった。
心の奥底まで自分の業を見透かされるような、居住まいを正さざるを得ない冷たい何かが―――。
幼子はコロコロとまるで狐のように笑った。
「おや? 待たせていたのかい? そりゃすまなかったねえ。出来るだけ稼ぎたかったもんで。クスクスクスッ」
ノラは周囲の大人を責めるようにぐるりと一瞥していく。
心の中でこの幼子を“気味が悪い”、“バケモノ”などと蔑んでいた大人たちは、ノラが放つ重圧に耐えられず、そっと視線をそらす。
そう……。宝石のように輝く菫色の瞳の奥に魔物が潜んでいる気がした。
一通り見通し終わったノラは、にこりと無邪気に子供らしく微笑んで、冷たい色を消した。
緊張が解ける。
支配されていた空気が、いつもの〈鴻池屋〉に戻った。
従業員たちはほっと胸を撫で下ろして、残りの仕事に励む。
その光景をずっと見ていた善右衛門は、我が目を疑った。
これが本当にあの丑之助と同い年の子供か?
中に女郎の魂でも入ってると云われた方がまだ納得がいく。
「おや、今日も貴方が居ましたか」
ひょいと小首を傾げて、下から見上げるさまは、見る者に花街と艶やかな番傘を幻視させる。
少年が男で丑之助と同い年の子供だとわかっているのに、男でもくらっときてしまう妖艶さ。髪を切って、垂れた目元と瞳が露わになったことで、ダメだとわかっていても、挑戦的な紫水晶に囚われそうになる。
これは………アブナイ。
その気がなくても、囚われてしまったら終わりの毒花だ。
ひどく背徳感が伴い、蠱惑的だ。中毒性のある毒のようである。
まだ蕾以前の話だが、この子供の将来が末恐ろしい……。
「店主―――。」
呼びかけにはっと目が覚める。
「ぼーっとしてどうされましたか? 熱でもあるなら休んだ方が良いデスヨ?」
「いや………大丈夫だ。熱はない。よく来たね。あまり綺麗になっていて見違えたよ」
「えへへ……。ちょっと奮発し過ぎちゃいました。似合ってますか?」
ノラはその場でくるりと回ってみせる。
その辺の仕草は子供らしくて、少しほっとした。
「ああ、似合っとうで。きっちりした格好になって、ほんま……」
「えへへ……なんだか、恥ずかしいな。褒められるのって………」
照れて頭を掻く仕草は、少し大人びているが年相応に可愛らしい。
髪を少年らしく切り揃え、明らかに前のボロよりは上等そうな衣に身を包み、きっちりした格好をしただけで、こうも違うモノなのか。
これがただの幼子なわけがない。
雰囲気が違う。目が違う。格好が違う。
まるで一人前の大人を相手にしているみたいで圧倒される。
この少年……―――ほんま、何者や?
どこで仕入れたのか、彼は桐の箱を持って善右衛門の前にやって来た。
「店主、店主、約束のものを持って参りました」
儚さと色気に磨きがかかっている。
ふと首もとに目をやれば、赤く腫れた痕があった。
「あんさん、身売りでもしたんかい」
「………約束のものを持って参りました」
困ったように笑って、言葉を繰り返す。
「中身を確かめてください。利子もつけて、お返しいたします」
確かめてみると、約束の一両の他にもう一枚、小判と小銭が少し、収められていた。
「あんさん、こんな金、どっから」
「大丈夫。裏ルートは使っていない、真っ当な金です。ちゃんと働いて溜めたお金です。受け取って、くれませんか?」
裏ルートって、海の向こうの言葉がこないすらすら出てくるこの子は、ほんまに、なにもんなんや―――?
◇◆◇
沈んだ夕陽の方向に向かって行李を背負い、歩いて行く子供。
その背中を同い年の丑之助が追いかける。
善右衛門は店の者と一緒に件の子供を見送ろうと店先に出た。
黒の羽織に手を入れて腕を組む。
難しい顔だ。なにかを測りかねている表情である。
彼は首をひねって心中を誰に言うでもなく吐露した。
「オカシな子供や。ほんま」
「オカシイというより、不気味ですぜ? 大旦那様」
「アレが本当に丑之助さまと同い年のガキですか?」
「きっと何かが憑いてるんですぜ? 旦那。バケモノでさァ。バケモノがウチの店で金を借りてったんでさァ」
「これこれ、皆、そのように言うでない。云うでない」
「でもさ、でもさァ……―――」
「化けものではなく、福の神といいなさい」
真面目くさった顔で善右衛門がきっぱり言い切るものだから、従業員たちはぽか―――んと口を開けて、まぬけ面をさらす羽目になった。
「その方が縁起がいいだろう? ウチの店の宣伝にもなる。『子供の姿をした福の神に救いの手を差し伸べた両替商』―――――どうや? なかなかいい宣伝文句になったると思わへんか?」
大店の大旦那様は、ニヤリとやり手の商人の顔で笑む。
ぱあ――っと理解が広がり、姫路支店の従業員たちは笑いこぼれて納得した。
「わはは! 確かに! そっちの方が縁起がイイや」
「さっすが大旦那様! 商いに抜け目がない!」
「こりゃもっと儲かりますぜ? 旦那ァ。わははははは!」
皆の脳裏に思い浮かぶのは、ここ一か月の姫路の町の盛況具合。
店々は常より儲かり、閑古鳥が鳴く日は一日たりともなかった。
町道はいつになく賑わい、野次と値段交渉の声が絶えない。
耳の早い者は、噂の子供から品物を買おうと他国から訪れる人もあった。
野良猫のノラ、様様である。
確かにバケモノよりも“福の神”と呼んだ方がしっくりきた。
それにそっちの方がなんだか心地良い。
「そうだろそうだろ? 儲かりそうだろ? なら、店に戻って商いせんとな」
「へーい」
「合点です」
「おう。大旦那も早く戻ってくださいよ? まだ仕事が待ってますからね」
「わかっとうがな。はよ中に戻り」
善右衛門は従業員を店の中に追い払い、丑之助が戻ってくるのを待つ。
遠くで行李を背負った小さな影が、自分より少し大きな、でも同様に小さい影の頭を撫でているのが見える。
行李を背負った方がノラで、それより少し大きい方が丑之助だ。
ノラは着物の袂からなにかをごそごそと探り当て、差し出された丑之助の手にそれを落とした。
去っていく小さな後姿。近づいてくる丑之助。
善右衛門は胸に飛び込んできた丑之助を抱き上げて、抱きしめた。
「丑之助。あの子に何貰ったんや?」
「あーめ、あーめ。うまうま。あーめ」
もぐもぐやってる丑之助の小さな口の中には、ころんとまあるい飴玉が転がっていた。善右衛門は顔を優しく綻ばす。
「そうか。美味しい飴チャン貰ったんやな。良かったのう……丑之助」
「うん! あーめ、あーめ! うまうま」
暗くなってきた街道に子供の明るい楽しそうな声が響いた。
ノラは行李を背負い、遠くから聞こえてくるその声に耳を傾ける。
そうして来た時と同じように山道を越えるのであった。
一応、姫路編はこれで終わりです。
さて、名もなき田舎町(※ただ、町名が未定なだけ)に戻るぞ。
ノラ「山を三つ超えなきゃならん。お猿さん、どーしてもその木の実をわけてくれないのか?」
猿「キシャ―――ッ!! (おいの縄張りじゃ! おいがルールじゃ。ヨソもんにわけてやるモノなんぞない)」
ノラ「そうか。では……力ずくで頂くぜ! ひゃっはー!! 猿狩りじゃーー!」
猿「びくぅ!?」
なんて小話が、帰郷する山中の森林の中で、あったとか、なかったとか。
(ふと浮かんだのでした)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




