最終日-5
「どうやって、ここまでたどり着いた?」
「僕には大神家の友達がいるんでね。……この意味、わかるだろう?」
「なるほど、な。そういえば、あいつもいたな」
緊迫した空気が二人の間を流れていた。
なにかのきっかけを待っているかのような、そんな静かで異様な状況だった。
表面上は笑い声を上げながら談笑しているようではあるが、それはお互いの隙を見つけて飛び掛ろうとしている読み合いの戦いが始まっていた。
「なんで……王子が……」
皐月の戸惑いに満ちた呟きは十と(プラス)と王子まで届かない。
届いていたとしても、それが今の二人の耳に入っていたかどうかも定かではないだろう。
それほどに、お互いに対して集中していた。
一瞬の余裕も持てないほどに。
「外にはけっこうな人数がいたはずだけどなぁ。あいつらは、今どうなってんだよ」
「彼女に相手してもらっているよ。もっとも、相手にすらなってないみたいだったけどね」
「…………くそ」
「どうした? 計画がくるって余裕がなくなってきたのか?」
「ほざけ」
彼らにしかわからない単語が混じっていて皐月には理解することが難しい。
それに分かっていることといえば、この倉庫の中の短い範囲だけなのだ。
困惑を隠せない皐月を蚊帳の外において、十と王子の話は進んでいた。
「鬼さんの忠告を聞いてよかったよ。それでもぎりぎりだったみたいだけど……」
安心したような王子の声に、十はイラついたように舌打ちをする。
実際、キレているのだろう。
「あー、もうめんどくせえな。最悪だよ、最悪」
「こんなことをしでかしたのだから、当然、警察も呼ばせてもらったよ。大人しくしてるんだ」
「するわけねえだろ?」
「……だよね」
じりじりと十はすり足で王子へと近づいていく。
王子もそれに気づいて構えはしないものの体に力を入れた。
いつの間にか、倉庫の外も騒がしくなっていた。
王子の話しぶりからすると鬼さんもきているのだという。
あの人がいると、戦力として百人力にも下らないだろう。
どんっ。
と、外側から倉庫の壁に何かがぶつけられたのを合図に、王子と十の二人は地面を蹴り上げた――。
そこからはもう原始的な拳のぶつけ合いだった。
王子は体を鍛えたことがないだろうという細い腕だったが、それでも果敢に十へと拳を振り上げる。
対する十は喧嘩慣れしているのだろう、その王子の拳を片手で受け止めて、開いている腹へとなぐりかかった。
「うっ……」
王子の口の中から唾液が飛び出る。
うめき声を上げながらよろよろと後ろに体制を崩した。人体の急所はちょうど真ん中のラインにあるという。その急所にダメージをくらってしまったのかもしれなかった。
呼吸を整えようとする王子に十は追い討ちをかけるように距離をつめて、そのまま王子の体を蹴り上げた。
中身の詰まっていない軽いダンボールのように王子の体は宙へと舞い上がって、そのまま飛ばされていく。
王子が地面に落ちた時の衝撃は倉庫の床を伝わって皐月にまで伝わってきた。
「王子!」
皐月は思わずその言葉を口にする。
この数回の拳の会話だけでも分かってしまう。殴り合いなどしたこともない皐月だったが、それは否が応でも理解してしまった。
王子は十には及ばない。拳もきっと届かない、ということを。
「もうやめてよ!」
皐月がそう叫ぶ間にも十は倒れこんでいる王子にめがけて蹴りを入れていた。
蹴りを入れられるたびに王子の体はくの字に曲がって、苦しそうな吐息を漏らしている。
「くそが……! くそが!」
鬱憤を晴らすかのように暴力を振るう十。
自分が思っているようにことを進められなかったことに対する怒りもそこには含まれていた。
感情は次第に大きくなっていき、暴力も激しさを増していく。
「あ゛あ゛!」
何処から出しているのかも分からないような、例えるなら猛獣の咆哮であった。
十は雄たけびを上げて、王子を蹴り飛ばした。
ごろごろと転がりながら王子の体にはあざがたくさんできていく。
満身創痍。
そんな言葉が皐月の頭に浮かんできた。
悲痛の声を上げようとした、その瞬間。
「大……丈夫……だから」
王子は倒れそうになりながらも、その体で、二本の足でしっかりと立ち上がる。
その姿に十は舌打ちをする。何もかもが気に入らないと示しているようだった。
王子は皐月がいる方向に向かって、自らの体のダメージを省みずに、笑いかける。
ただ、皐月のことを想って。
「王子ー!」
皐月の叫びが倉庫に響いて、王子はその瞬間に姿勢を低く落として地面を蹴った。
ろうそくの炎が最後に大きく煌くように、最後の力を振り絞っているかのような猛スピードで駆けていく。
「なっ!?」
十は舐めかかっていたのか、王子のその行動には予想外だったようで、対応しようと腕をかすかに動かしたときには、王子はすでにその側まで来ていた。
「この……虫けらがぁあ!」
「どうやら慢心しすぎたようだね」
王子の右肩から打ち出されたストレートは十の顎にヒットして十の脳みそを揺らす。
王子はぱんぱんと手を払うような仕草をしてから皐月のほうに駆けてきた。
その姿を見て、皐月は視界がにじんできたので、笑顔で迎えられるように、慌てて縛られた両腕でなんとか目元をこすった。
「助けに来たよ」
そう言って笑いかける王子の遙か向こうには地面へ横たわっている十の姿があった。
笑顔で迎えようと思っていた皐月だったが、どうやらそれは無理らしい。
王子の姿が涙でにじんでいた。
王子がここまで来てくれたことが嬉しかった。
王子が十に勝ってくれてよかった。
言いたいことはたくさんあったが、今伝えるべき言葉はただの一つだけ。
皐月は王子に向かってにっこりと笑みを作って。
「ありがとう」




