最終日-4
「なに叫んでるんだよ。自覚してないわけじゃないよなあ。そんな醜い傷跡を顔につけてるくせして」
「……いわ……ないで……」
強く言い返す意志は皐月の中に存在し得なかった。
もしそれができるのであれば、皐月は失恋で苦しむこともなかっただろう。
苦しそうな顔をしながら皐月は十を睨む。
しかし、それは十にとって愉悦に思える要素らしい。
勝ち誇ったような意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ふん。まあ、これくらいにしておくか」
そういって十は皐月に背を向ける。
その背中が行く先を皐月はおぼろげに追っていた。
歩いている最中にポケットから携帯を取り出してどこかにメールを送っているようだった。
おそらくは仲間へ送信しているのだろう。
ぱちっと軽快な音を鳴らして携帯は閉じられる。
どうしてこうなったのだろうか、と皐月は考える。
十は確かに出会いがしらから少しおかしな点があった。
王子と話しているにもかかわらずに会話をぶたっぎり、あまつさえ皐月を連れ出してしまったのだ。
そこからも強引で人の話に聞く耳を持たないような性格が読み取れる。
自分の望んでいる道というものを定めていて、そこから外れるようなことは絶対にゆるさないであろう強引さ。
どうして見抜けなかったのだろうか。
そこまで考えると王子やセバスに申し訳ない気持ちもわいてきた。
この二人は皐月の親友である葵が出会ったことによって親交することになった。
葵がセバスのことを気になっていると言い出したことが心配になって、その人柄を丸裸にしてやろうではないかと意気込んでいろいろとしかけたものだ。
それが功を生じたのかどうかは、明らかに間違っていたとしか言いようがないのだが、それにも関わらずセバスと葵は結ばれることになる。
勝ち誇ってくる葵を見て呪ってやろうかとも思ったが、それの気持ちと同時に羨ましいとも思った。
それがつけこまれる隙になったのだろうか。
皐月は再び近づいてくる十に目を向ける。
流されるままについてきてしまったために、罰を受けたのかもしれない。
本当にいい人を信用せずに、悪に染まっている人への警戒を怠ってしまった皐月への天罰。
(まあ、それなら仕方ないのかもしれないか)
認めたくはないが、理解するしかないだろう。
目に強い意志を宿して鋭い視線を向ける皐月に十は告げる。
「ここでバッドニュースでーす」
両手を広げてエンターテイナーのように十は振舞う。
「……なんですか」
皐月が聞き返すことに、十は嬉しそうに頷く。
「実は俺にはほかに仲間がいるのです!」
「そんなの――」
知っていますと口に出しそうなのをとっさに喉に押し戻す。
無駄な反感を買う必要はない。
できるだけ驚いた表情をつくってから皐月は対応する。
「そ、ソウナンダー」
「知ってるって顔してるね。まあ、気づいてもおかしくないか」
どうやら顔に出ていたらしい。
皐月は嘘が苦手なタイプだった。
十は先ほどまではしゃいでいたのが嘘のように落ち着いた様子で話した。
それは、まるで皐月にはもう興味はなくなったとでも言いたげな……。
十は懐からガムを取り出して、包み紙を取って口に放り投げる。
「本当なら、これから俺が相手しようと思ってたんだけど、なんかその傷のせいでその気がなくなっちゃんだわ」
これから。
皐月はその言葉に最悪の想像をする。
しかし、その想像が現実となる可能性はおそろしく高く思えた。
「だからお前の処理は、仲間にお願いすることにした」
「………………」
皐月の額に汗が流れる。
だめだ。
体がこわばる。
誰かに助けて欲しいと今日以上に思ったことはないと言い切れる自信があった。
でも――。
そんな都合の良い展開は待ち望んでいるはずがなかった。
十は慣れた手つきで携帯電話のダイヤルを入力してどこかへ通話を試みている。
相手が応答を待つ間に、皐月にさらに語りかける。
「ちょっと気合入れて呼びすぎたからなあ。果たして、お前が耐えられるかどうか、こりゃ見ものだ」
もう終わってしまうのだろう。
十が携帯をかけている姿を思いながら、皐月はそう思った。
けれど、最後に一泡吹かせてやりたい。
両手も両足も縛られているので、えびのように体を跳ねて十にとびかかろうとした――。
「あはは、なにやってるんだよ」
普段鍛えているわけでもない皐月の体はそれを実現することは出来なかった。
小さくぴょんと跳ねただけとなる。
悔しくて、悔しくて。
皐月の目から涙が零れてくる。
そして、そんな皐月をあざ笑うかのように、十の携帯が通じた。
「あ、もしもし。俺だ、今からこっちに来てくれ」
皐月は静かに目を閉じた。
十の宣告は告げられたのだ。
もう覚悟を決めるしかないと皐月が悟ったところに、十の驚くような声が倉庫に響いた。
「はあ!? どうなってるんだよ。…………だから意味が分からねえっていってるだろ!」
「……どういう」
どういうことなのだろうか。
思いもよらない十の慌てように皐月の口から言葉が漏れてきた。
どうやら十の予想だにしない出来事が起こっているらしいが。
十の怒号はその間にも発せられていて、ついに堪忍袋がきれたのか乱暴に携帯を閉じた。
「ちっ、くそが!」
そういって十は皐月から離れていく。
外の様子を見てくるようだ。
倉庫の中にいないとなると、仲間は倉庫のすぐ外にいたのだろう。
見張りというやつか。
皐月も、ましてや十も戸惑っているこの状況。
皐月はわけがわからなくなってきた。
十は依然と外に向かっている中、突然のことだった。
がんっ。
大きな音がしたかと思うと、倉庫の入り口のドアが破壊される。
「は?」
十の呟きが皐月の耳に入る。
普通なら倉庫の入り口のドアが破壊されるなんてことはありえないのだ。
ドアは金属製にも関わらず、外側からなにか大きな力が加わったかのように凹みを作って倉庫内へと大きく飛ばされていた。
「てめえ……」
十のうなるような声が聞こえてくる。
苛立つようなその声には納得したような含みも含まれていた。
ドアの外には知り合いがいたのだろうか。
皐月の位置からは遠く過ぎてそこに誰がいるか、もしくは何があるのかさえも分からなかった。
「あいつを助けに来たってところか? ああ?」
相手を威圧するような十の言葉に返される声。その声に皐月は思わず自分の耳を疑ってしまった。
そもそも、ここに誰かが来ることさえも現実として受け入れることは出来ないのに、十の言葉から推測するとそれは皐月の味方であって――。
その声の主は、十を無視するかのように皐月に向かって、
「皐月!」
と、告げた。
皐月の目からは大粒の涙がながれてくる。
これは先ほどまでの涙とはまったく異なっている嬉し涙だ。
だって、この声の主は、皐月の慣れ親しんだ――。
「助けに来たよ」
王子のものだったのだから。




