最終日-3
「ん……」
じんじんとする痛みを頭の後ろに感じながら、皐月の意識は覚醒した。
鈍器で殴られてかのような後を引く痛みだ。
いや、もしかすると、本当に――。
「それで、ここはどこなんでしょうかね…………十さん?」
「やあ、おはよう」
皐月は睨むようにして十を見据える。
十は皐月の前方に、まるで悪役のような邪悪な笑みを浮かべながら椅子に腰をすえていた。
十はそのままにっこりと笑いながら、足を組みかえる。
「私は問うているのですが、それはシカトというやつでしょうか」
「そんなことはないさ」
十は不適な態度を崩さない。
このまま疑問を唱え続けても、十はきっと真面目に答えるつもりはないのだろう。
皐月はそう結論付けて立ち上がろうとした……ところでふらっと体が揺れた。
やはりダメージを受けていた。
そして、両手と両足は頑丈そうなロープで縛られていた。
「俺のテレポートはお気に召したかな?」
「……そんなの私を気絶させた後に、移動させただけじゃないですか」
「あはは、ばれちゃったか」
「………………」
気づかないわけがなかろうに十は悪戯がばれた子供のように無邪気に笑う。
その中にはまったくの悪感情が読み取ることが出来ずに……皐月はマムシが背中を這いずり回っているような恐怖を感じた。
これだけのことをしでかしているのに何の後悔はおろか、特別な感情さえ抱かないなんて。
狂っているとしか思えなかった。
日常的にこんなことをやっているうちに、感覚が麻痺してしまったのだろう。
もじもじと体を動かして、どうにか縄から開放されることはできないかと試みるが、がっしりと縛られた両手両足にその隙はないようだった。
「どうして、こんなことをするんですか」
「うん?」
皐月は十という人間の性質を見抜けなかったことを悔しく思いながら、十に声をかけた。
このまま何もせずに時間を過ごしてしまう事は恐ろしい。
真面目な会話が出来ないとしても、なにかをして気を紛らわせたかった。
「だから、こんな拉致みたいなこと」
皐月は横たわったまま周囲を見渡す。
本当ならば、意識が戻ってから始めにやらなければいけないのだろうが、気が動転していたのだろう。そこまで気が廻っていなかった。
明かりもないので詳細は確認できないが、どこかの倉庫のような場所だった。
高い天井に、ダンボールや木箱、名前は知らないが重いものを運ぶための重機などが目に写る。
もしかしたら、どこかの企業の物品を保存しておくための場所なのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもよくて。
本当に重要なのは、ここが倉庫であるならば、皐月がここで騒いだところで助けが来る可能性は低いということだった。
誰か人がいるところを攫いにかける場所に選ぶとは、到底思えない。
皐月が実行犯として、より確実性を求めるならば、そうするからだ。
オマケにさつきが眠ってしまっている間に、日はすっかり落ちてしまっているらしい。
足元に障害物が合ったとしても、それを気づくのには常に足元に注意を払っておく必要があるほどだ。
皐月も徐々に暗闇に目がなれてきてはいるのだが、それでも視界良好というわけにはいかなかった。
暗闇の中、皐月から問われた十はゆっくりと口を開いた。
「まあ、趣味だよね」
「そうなんですか」
「あれっ。もっと驚くとかはないの?」
「もうあなたに常識は求めてないですよ」
「ふうん」
皐月もまともに話を聞くつもりはないのだ。
十の昼間の態度を考えれば、それが自分に帰ってきただけの話なのだ。
自業自得である。
もっとも、十はそれに納得いっていないらしく、少々いらついた態度でくつの裏をを地面に叩きつけて音を出す。
その姿を見て皐月は心の中でせせら笑う。
「……あーあ。しっかし、今回ははずれだったなー」
イラつきを放出するように、鬱憤を晴らすかのように。
十は皐月に向けて、そんな言葉を放つ。
はずれ。
今回は。
そんな言葉がぽんぽんと出てくるあたり、十は常習犯なのだろう。
しかし、これ以上に十を激情させてはいけないので、皐月は返事をする。
ちょっと諦めの気持ちをこめながら。
「はずれってどういうことですか?」
皐月が頭を打たれた時、十は皐月の視界に入っていて、妙な動きをしたということもなかった。
妙な技術を持っているというわけでもないかぎり、あの状態で皐月に何かしらをしかけることなんて不可能だったはずだ。
よって、何のひねりを加えることなく、素直に考えたとするならば、ほかに協力者がいるということになる。
さらに、気絶した人間を運ぶとなると、車などで動かすとしても、その人員が要るということになるのだ。
まわりは敵だらけ。
その事実を確認したところで、皐月は体の力をふっと抜くことにした。
そして、今もはずれだと言われている。
そもそもが仮面舞踏会で顔を隠していたのだから、素顔を見てみると、どうせ顔が思った以上に可愛くなかったとかが言いたいのだろう。
皐月は自嘲の意味もこめてそんなことを考えていると、
「顔に大きな傷がある女なんかはずれだっていっているんだよ」
瞬間、皐月の顔はこわばった。
頭も真っ白に染まって、物を考えることが出来なくなる。
十はそんな皐月の変化に満足げに顔を歪めて、さらに言葉をつなげていく。
「聞こえなかったか? 傷だよ、傷」
「…………ぃや」
体中が小刻みに震える。
まともに言葉を発することなんてできない。
「よくそれで町中を歩き回ることが出来たよな」
「……やめ……て」
脳みそがぐちゃぐちゃにかきまわされているかのような不快感を感じて口に手を添える。
いつの間にか視界も歪みをおびてきて、しっかりと定まらなくなってきていた。
「最初に顔を見た瞬間に思ったよ」
もうこれ以上は聞きたくない。
そんな皐月の気持ちを踏みにじるように、十はうずくまっている皐月を嗤った。
「こいつを異性としてみることはできねえなって」
「いやああああ!!」
抑えきれなくなった感情が大粒の涙となって皐月の双眸から零れ落ちる。
もう皐月の視界に十は存在せず、一人の世界に閉じこもって小さく震えているだけだった。
どくん。
心臓の鼓動がとても近くで聞こえる。
鼓動はどんどんと早くなり、それに合わせるように呼吸も激しさを増していく。
――辻村さん。
ある人の皐月を呼ぶ声が頭の中に聞こえた。
それは皐月が仮面舞踏会に来る原因となった人物の声。
とても優しく朗らかなその声は、結果的に皐月を惑わせることになり、胸の奥に 深い傷を与えることになる。
十のことを考える余裕のない皐月は、ほかに何も考えられなくなって、そのまま意識を数週間前へと戻していく。
悲しみの記憶へと。




