#139:喧伝で候(あるいは、新約、深夜食う?(食べ物なの?)
「……貴殿の申し出、この私が受けて立つ」
仰臥したままというままならない姿勢のままであったが、私は顔を左に横向けると、カッと目を見開きつつ、そう言い放つ。
「……いいわよぉ、あなたも実はマークしてるのだから。まだ手の内は晒していないものの、潜在している才気は推し量れるわ……『獣字』を持つ者としての可能性は非常に高い……」
またしてもこちらを引き込まんばかりの妖艶笑みにて、チギラクサ嬢はそうのたまうのだが(意味はまたしても2%くらいしか分からん)。お互いにゆるゆると左手首に嵌められたバングルを掲げていくと、
「「……対局ッ!!」」
ふたつの声が同期する。次の瞬間、視界に飛び込むようにして表示されたのは、
<先手:No.00228:着手>
つまり先攻は彼の方、どうくる? チギラクサ嬢は半開脚ポーズのままで笑みを深めながら、アンニュイなるため息をひとつつくと、言葉を紡ぎ出してくる。
「……『ダメ男がこう、脊髄反射レベルで好きな私……初めての彼氏は中三の同級生……野球部の四番エースでシュッとした男前だったんだけど、性欲が強すぎたのか、ユニフォームが擦れるのか、打席に立とうが、マウンド上だろうが、常にフルイニングエレクトだった件。他校からは『バットコントロールの出来ないエース』の異名を得ていた件』」
ぬう。難解過ぎて分からん。分からんが……いやな予感はする。……果たして。
<先手:89,111pt>
!! ……九割近い評点とは。いきなりの窮地……しかも負ければ後の無い一戦……しかし、覚悟の上、私はこの場にいる。覚悟を決めて、この対局を望んだのではないか。
相変わらず冷ややかな目で見降ろされておられる姫様の顔が視界に入り、だがその顔に「お前の好きなようにいたせ」なる意を汲み取り、
「……」
急速に腹の底に熱を持ってきたことを、反対に頭の中が冷え渡ってきたことを知覚する。
……行くぞ。
「……『へえ、山ん裾の町まで買い物行くんに一昼夜ばいかかるよってん、朝も早ぉから必死こいて下山したもんろ、急んとこ腹具合がキュウンとこなってもなさかい、慌てとうて道端の茂みにしゃがみ込んだんとこ、バハネネツサイが何でかキョオー現れもしてんげ、一歩にじり下がったんら、結構な斜面ばりよって、蹲踞のまんま50ハグデールがとこ滑落しよったっちゅう件。途中の下生えによっておいどんば綺麗かなっとりはった件』」
私の強みは「日本語を解し、介してDEPを撃ち放てること」、とギナオア殿は言われていた。
撃ち放てたであろうか。貫けたで……あろうか。
私は、至近距離にて相対するチギラクサ嬢の妖艶たる顔から、表情が一筋一筋失われていくような、そんな得も言われぬ過程を見せられたまま、緊張と昂りを持ちながら評点が下されるのを、ただ待つのみである。




