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一週間  作者: 現野翔子
三津 橘視点
10/11

八月十八日 橘視点

 調理室には、三津のいない今、誰もいないはずだった。

「おはよう。」

 声をかけると、ようやく彼は気付いた。そして曖昧な返事を返し、大きく溜息を吐いた。

「どうしたんだ、天川。」

「愛音たちと会った時にどうしようかと悩んでしまって。」

 昨日で結論は出ていたはずだ。あとは行動するだけ。

「まだ普段通りにできそうにないか。」

「はい…いつもはどうしていたかさえ分からなくなりそうです。それに三津先輩がいないことにはすぐに気付かれてしまうでしょう?」

 変に意識するからそうなるのかもしれないし、全ての可能性を考えていてもきりがない。

「事故に遭ったと思う可能性もあるだろう。」

「不自然な行動をとってはいけないと思うと、余計に気になってしまうんです。愛音は三津先輩と仲良いし、亜音ちゃんも仲良くなりたいって言っていて。」

 天川は不自然に言葉を切った。その先は予測できるが、それの何が問題なのかは分からない。

「探すだろうと。」

「そうなんです。だからといってそれを止めるのも変な話でしょう?」

「探させておけば良い。たまたま会えないことだってあるんだからな。」

 そんな細かいことまで気にすることなどないが、気になってしまう天川は繊細な神経を持っているようだ。

「けど、こんな天気ですよ。寮から出るはずがありません。探せる範囲も限られます。」

「それなのに見つからないことで怪しまれたら嫌だ、というわけだ。」

 天川を怪しむ理由など特にないと思うが。特別、三津と仲が悪い様子を見せていたわけでもないのだから。とは言っても、そう天川に告げても安心できないだろう。

「だって、そうなった時にどうしたらいいのかなんて分からないんです。」

「なら怪しまれないようにすればいいんだ。」

 必死な様子の天川に気休めではない助言を与える。

「それができたら苦労しません。」

「いつまでも避け続けるわけにもいかないだろう?」

「それはそうですけど…」

 具体的な状況が想定できれば、天川も少しは安心できるだろうか。

「台風が過ぎれば池に行くこともあるだろう。それまでに普段通りに対応できるようになっていてほしいけどな。池に行けば、死体が見つかるかもしれないから。」

 三津の死体が見つかってからならむしろ、死体を見たことで動揺した、と言い訳できるかもしれない。

「…はい。」

 あまり信用できない天川の様子も気になるが、これ以上言ったところで俺にはどうしようもない。あとは本人の心の中の問題だ。



「橘先輩ー、大富豪しましょう!」

「またか?」

 天川にも一人で考える時間が必要だろうと、自分は自室にいると、坂下がやってきた。昨日もした大富豪を今日もしようと言って。

「私もしたいから。いっぱいルールも入れて、ね。」

 笑顔で言うと、こちらの返事も聞かずに廊下を歩いていく。と思いきや、こちらを振り返る。

「先に談話室行ってて?三津先輩のとこ、行ってくるから!」

 昨日は四人でできなかったからか。

 坂下の後ろにいた天川は不安そうに尋ねてくる。いないことがばれてしまう、どうしよう、と。

「部屋に行くだけだろう?たまたま不在で大丈夫だ。」

 安心させようと言うが、天川は心配そうなままだった。



 坂下は俯いた状態で談話室へと入ってきた。

「三津先輩いなかった…」

「そういうこともあるだろう。また今度でいいじゃないか。」

「うん。そろそろ一緒に遊べるようになりたいから。」

 俺の言葉に疑問を感じた様子のない坂下は、いつも一緒に遊んでいるにも関わらず、期待するように言った。そして、すぐさま、これからのゲームの話を始めた。

「じゃあやろう。まず、「八切」と「革命」は入れるでしょ。あとはどうしようか。」

「何か入れる気か。」

「うん、色々入れたい。」

 昨日、天川は参加していなかった。他のルールを入れるなら説明が必要だが、今の天川に話を聞く余裕はなさそうだ。せめて、意識をこちらに戻せると良いのだが。名前を呼べば気付くだろうか。

「昨日、天川はあまりやっていなかったから、いきなり入れると混乱しないか。少しずつ増やした方がルールの把握もしやすいし、その方が坂下も楽しめるんじゃないか。」

 自分の名前を呼ばれたら意識が引き戻されないだろうか。

「そっかー、それもそうだね。じゃあまずこれだけで。次から一個ずつ増やしていこう。羽良もそれでいい?」

 坂下が天川をはっきりと見て問いかけた。

「え、何が?」

 これで坂下にも聞いていなかったことを示してしまった。その態度が自分の首を絞めるんだぞ。

「聞いてなかったの?大富豪に入れるルールね、一回目は「八切」と「革命」で、二回目から一つずつ増やしていくのでいい?」

「うん、いいよ。」

 これ以上坂下に怪しまれないように気をつけろよ。


 何回かしている間も、天川の態度は改善されなかった。それを坂下が三津を誘いに行っている間に注意しておこう。

「天川。」

「分かってます。けど、不安で。」

 声の調子で天川も俺が何を言いたいのか分かったのだろう。もしくは自覚があったか。

「その態度のほうが危ないと思うけどな。」

「それも分かってはいるんです。」

 まあ、天川も馬鹿ではない。理解だけならできているのだろう。

「三津を殺したことを隠したいのなら、坂下との関わり方も今まで通りにしたほうがいいだろうな。」

 怪しまれる要素はすくないほうが良い。それも分かっていたようで、天川は黙り込んでしまった。


「こんな天気の日にどこ行っちゃったんだろうね。調理室にも行ってみたんだけどね、いなかったんだよ。何か知らない?」

 坂下が帰ってきた。不自然にならないよう気をつけて、返事をする。天川の手本になれるように。

「さあな。すれ違ったんじゃないか。」

 そういう可能性に目を向けてもらえたほうが、こちらとしては都合が良い。

「そうかなあ。羽良は?」

「いや、俺も分からない。」

 坂下と目を合わせようとしない上に、声が硬い。

「そっかあ。まさか花壇には行ってないだろうし、本当にどうしたんだろう。」

 坂下が気にするようなことじゃない。どうか、天川の様子に気付かないでくれ。

「まあいいか。続きしよう?」

 俺の祈りが届いたのだろうか。ずっとそうしていてくれれば。


 その後のゲーム中も天川の態度は改善されず、坂下から視線を逸らしたままだった。これには流石の坂下も気付いたようで。

「羽良、どうして今日も私を見てくれないの?話もあんまり聞いてくれないし、他のことばっかり考えてる。四人で楽しく遊びたいなって思ったのに。三津先輩もなぜかいないし。」

「ごめん、亜音ちゃん。俺、今日の宿題やらなきゃいけないから。」

 天川の態度もある程度は仕方ないのかもしれない。自分が殺しているのだから。けれど、その逃げ方は不自然に過ぎるだろう。

「あっ、待ってよ。羽良!」

 坂下の呼びかけに振り返ることもなく、天川は去っていた。

「橘先輩、今日の羽良はどうしたんですか。」

「さあ、俺にも分からないな。」

 隠しておきたいのは俺も天川も同じだ。

「三津先輩もいないし、羽良も見てくれないし、今日は何か変です。」

「そうだな。」

 変なのは三日前からだ。三津が天川を殺そうと言い出したり。

「橘先輩は三津先輩がどこにいるか知っていますか。」

「いや、知らないな。」

「羽良は知っていると思いますか。」

「さあ、どうだろうな。」

 どちらも教えるわけにはいかないことだ。天川にとっては忘れることもできない事実だろう。

「前まで、羽良は私を好きだって言ってくれていたんです。」

「そうか。」

「今みたいに突然いなくなったりしなかったんです。」

「ああ。」

 ただ、避けることは多かったことも俺は知っている。

「それなのに今は全然見てくれないし、全然大切にしてくれない。」

「そうなのか。」

「羽良がそうなら私だって、別に羽良なんていなくていいですよ。」

「へえ。」

 意外だな。坂下は羽良を好きだといつも言っていたのに。

「私を見てくれないのなら、好きだなんて惑わせること言わないでほしい。」

「前は言ってもらえ好き、って言ってなかったか。」

「そう思いたかったんです。羽良くらいしか言ってくれないと思っていたから。」

「そんなことないと思うけどな、俺は。」

 坂下は無邪気で正直だ。むしろ色んな人間に好かれやすい性格をしていると思うよ。

「はい。けど今は三津先輩がいるからいいんです。ちゃんと私を見てくれる人。」

「そうか。けっこう意地悪なことを言っていた気がするが。」

 外見だけを綺麗にしても意味がない、だったか。

「私はその理由を知っているからいいんです。それにもうそんなことないから。自分が素直になったら、三津先輩も優しくしてくれるようになったんです。」

 それならいいんだが。

「良かったな。」

「はい!」

 坂下は満面の笑みを浮かべている。無理をしているのでなければ良いんだ。ただ、その三津はもういない。それを坂下がどう思うか。それも友人の天川が殺したと知れば。今のままではいずれ天川が殺したことも判明してしまう。何とか防がなければ。


 天川がいなくなればいい、だったか。三津も言っていた。それがもう少し実現していれば、坂下にとっては良かったのかもしれない。もう、過ぎたことだ。

 三津がいない事実は変えられない。けれど、それを知らせないようにすることはできる。


 夜も更けた頃、坂下に決して見つからないよう気をつけつつ、廊下を進む。

「天川、起きてるか。」

「はい。どうしたんですか、こんな時間に。」

「ちょっとな。」

 天川が扉を開けると同時にその首を絞める。驚愕に目を見開く天川を見つつ、完全に息絶えるまで手を緩めることはない。

「悪いな、天川。」

 動かなくなった死体を担いで池まで行く。雨が激しく、体はずぶ濡れだ。これなら坂下に見つかる心配もだろう。軽くシャワーを浴びて何事もなかったかのように部屋に戻る。あとは坂下の前でもいつも通りに振舞うだけだ。

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