番外編
番外編です。いちゃついてます。そして、相変わらずエヴァンが不憫です。
レグルスと結婚して、エレアノーラがまず行ったのは引っ越しだった。
王侯貴族の結婚とは面倒なもので、書類手続きが無駄に煩雑だ。どれだけ自分のサインを書いたかわからない。もう一生やりたくない。
とはいえ、それでエレアノーラ・ナイトレイからエレアノーラ・ランズベリーになったわけで。カルヴァート公爵令嬢の身分からマリオット公爵夫人になった。ついでに、特務局長に任じられた。
王弟であるレグルスが拝領されたマリオット公爵領だが、海に面しており国の要衝である。しかし、領地に行くことはあまりないだろう。レグルスが宰相位を賜っているからだ。
そんなわけで、もっぱら生活する場は王都キャメロットの屋敷になる。こちらも、無駄に荘厳な屋敷だった。
そもそも、エレアノーラは十三歳の時に魔法学術院に入学してからほとんど実家であるカルヴァート公爵家に帰ったことはなかった。だから、貴族の屋敷での暮らしと言うものはよくわからない。一応、行儀作法と言うものは叩き込まれているが、知識と実際にやるのは違う。そもそも、エレアノーラに求められるのはどちらかと言うと屋敷を取り仕切る能力だった。
幸いと言うか、そちらの能力は特務局で鍛えられていたエレアノーラである。コツをつかめばそんなに難しくなかった。
少し不便なのは、今まで官舎に住んでいたから出勤が楽だったのだが、宮殿の外に居を移してしまったため、出勤に少し時間がかかることか。
エレアノーラとしては、今まで自分がしていた家事がすべて使用人の仕事になっているので、時間に余裕ができたと思っている。単純な仕事量の差で、レグルスよりエレアノーラの方が帰宅が早い。今日もまた、エレアノーラはレグルスの帰宅を待っていた。
「奥様。旦那様がお帰りに……」
メイドが帰宅の合図を送ると、エレアノーラは読んでいた本を置き、ばっと立ち上がった。奥様と呼ばれると、なんだかむず痒い。名前で呼んでくれと言ったのだが、聞き入れてくれず、エレアノーラは奥様、レグルスは旦那様だ。
「ただいまー」
「お帰りなさいだけど今日もやってくれたわねこらぁ!」
一気にそれだけ言うと、エレアノーラは居間に入ってきたレグルスに蹴りを加えた。正確には、加えようとしたが避けられた。そのままギュッと抱きしめられる。
「今日はあらぶってるわね。私、何かしたかしら?」
結婚してもレグルスはオネエ口調である。いや、エレアノーラは別にかまわないのだが、子供が生まれた時、父親になってもオネエ口調だったらどうしよう。
「あのねぇ。レグルス様が行方不明になったら私が行方を聞かれるの! 私だって仕事あるのに!」
「前からでしょ。今更だわ」
「でも、今のレグルス様は宰相、私は特務局長! 関係ないのに!」
正確には、宰相であるレグルスはエレアノーラにとって上司にあたる。しかし、直接の上司部下の関係ではない。職場も違う。なのに、みんなわざわざレグルスの行方を尋ねに特務局(宮廷の端にある)まで来るのだ。
「みんなも忙しいのに、かわいそうじゃん!」
「そっち!?」
ツッコミを入れながらも、レグルスはエレアノーラを離さなかった。
「んんっ。どうしても気になってしまうのよね。それに、研究ばかりにかまけてないで、ちゃんと帰ってくるんだからいい夫でしょ」
「自分で言うんだ」
まあ、それは否定できない。本当に根っからの研究好きだと、研究所に泊まり込んで家に帰らないことも多い。だが、レグルスは必ず帰ってくる。
レグルスは微笑んでエレアノーラの頬を撫でる。
「それに、あなたが探しに来てくれると思うと、うれしくてやめられないのよね」
「……っ」
エレアノーラは息をのんだ。頬が熱くなるのを感じる。レグルスは上機嫌に笑った。
「んもう。うちの奥さんったら可愛いんだから」
そう言ってレグルスはエレアノーラの顎を捕らえると少々強引に口づけた。またはぐらかされた! とエレアノーラは思う。いつも、エレアノーラはこの行為に頭がぼーっとしてきてしまうのだ。
最後にちゅっと音を立てて、レグルスが唇を離した。その長い指がエレアノーラの唇をなぞる。彼はエレアノーラの耳元に唇を寄せると、囁いた。
「続きは、またあとで」
その言葉に、エレアノーラは唐突に覚醒した。再びレグルスに蹴りを加える。
「変なこと言うな!」
そう叫んだが、自覚できる程顔が赤くなっていたので、あまり説得力はなかったと思う。
△
朝、目を覚ますと隣にレグルスがいる、という状況にも慣れない。基本的に、エレアノーラが何をしても大人の余裕で受け流してしまうレグルスであるが、そうされるとエレアノーラがいたたまれなくなってくる。
一度身を起こしたが、エレアノーラは温かいシーツの中に逆戻りした。まだ寝ているレグルスにすり寄ってみる。人の体温と言うのは、何故か落ち着く。
「……どうした?」
寝起きのせいか、いつもより若干低めの声でレグルスが言った。エレアノーラは黙って彼の胸に頬を寄せる。
「何かあった?」
レグルスがもう一度尋ね、エレアノーラの髪を撫でた。彼女はかすかに笑う。
「ううん。ただ、幸せだなって」
「っ。かわいいなぁ、もう」
レグルスがエレアノーラの頭を抱き寄せた。うっとりと目を閉じたエレアノーラであるが、ふと気が付いて目を開いた。
「レグルス様。素が出てるよ」
「……」
最近……というか、実は結構前から怪しいな、と思っていたのだが、レグルスはふとしたときに男言葉になる。根っからのオネエだと、とっさのときにオネエ言葉が出ると思われるので、おそらく、彼の素はちゃんと男なのだと思う。
あれか。そこまでして周囲にオネエだと思い込ませて、国王になるのを阻止したかったのか。兄弟の仲が良好だから、優秀な王弟を国王にしようとたくらむやつらへの対策の可能性もあるが。
指摘されたからか、レグルスはエレアノーラの頬をむにっとつまんだ。
「あーなーたーはーっ。そう言うこと言うのねっ」
「だってほんとのこと」
頬をつままれているので、ちょっと舌足らずな感じになった。
まあ、エレアノーラのとしては、レグルスがオネエだからとか、男だからとかで好きになったわけではなくて、レグルスだから好きなのだが。そう言うと、レグルスにいたく感激されて、しばらくベッドから出られなかった。
△
出勤時間ぎりぎりに特務局へ行くと、すでに中は修羅場だった。さすがのエレアノーラもビビる。
「ど、どうしたの?」
「あ、局長。おはよう~」
カレンがいつも通り暢気な声で言った。彼女のまわりだけは修羅場ではない。
「エリー! 遅い!」
エヴァンに思い切り叱られた。レグルスのせいだ! と言いたいが、言っても仕方がないので「ごめん」と苦笑を浮かべてはぐらかす。
「エリー、はぐらかし方が宰相に似てきたよね……」
「余計なお世話よ」
最近、レグルスと似ている、と言われることが多いが、余計なお世話である。
「それで、何かあったの?」
エレアノーラがとりあえずざっと自分の机を見て急ぎと思われる書類を手に取りながら尋ねた。
「宮殿を囲む結界の一部が壊れたの!」
「……マジで?」
キャメロット城は結界に囲まれている。宮殿自体が魔法的要素を含むので、その一部が壊れるなど一大事だ。
「あ、それと、エリーに呼び出しかかってる」
「それを先に言ってよ!」
結局のところ、エヴァンも同じ穴のムジナであった。そう言うことは先に言ってほしい。
△
その日はエレアノーラの方が帰りが遅かった。結界の修復に駆り出されたためだ。エレアノーラは座標の計算ができる。結界を正確に張るために座標の計算に付き合わされたのだ。
仕事終わりはエレアノーラの方が遅かった。だが。
「エリー。迎えに来ちゃった」
そう言って特務局の執務室にやってきたのはレグルスだ。彼は「三か月くらいしかたってないけど、懐かしいわ」と執務室を見て微笑んでいる。
「あれ、レグルス様。先に帰っててよかったのに」
エレアノーラがそう言うと、レグルスは苦笑した。
「可愛い奥さんを夜道で一人にするわけにはいかないわ」
「……いや。普通に馬車使うし、一人ではないかな?」
たとえ一人で歩いていたとしても、むしろ襲ってきた側がご愁傷様である。
「そう言う問題じゃないのよ。私が勝手に心配してるだけだから、気にしないで」
優しくエレアノーラの頬を撫で、レグルスが目を細めた。エレアノーラは何となくもじもじする。
「どこかで食事をして帰りましょうか。エヴァンも一緒に行く?」
レグルスが執務室の中にエレアノーラと共に残っていたエヴァンに尋ねた。たぶん、彼もエレアノーラを一人にしないために残ってくれていたのだと思う。
話をふられたエヴァンは、白けた口調で言った。
「新婚ラブラブの君たちの間を邪魔するほど無粋じゃないよ……」
そんなにラブラブらだろうか。エレアノーラが首をかしげると、レグルスが「気にしなくていいのに」と笑う。ここで、エヴァンがかっと目を見開いた。
「君たちの晩酌とのろけに付き合う気はないよ!」
エレアノーラとレグルスは目を見合わせた。二人とも、自覚はなかったが、夫婦になり、いちゃつき具合が増したエレアノーラとレグルスに、周囲は同じような感想を抱いていたようだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
これで『魔法特殊業務執行局』は終わりです。終わるとなると寂しいものです。
夫婦になろうがあまり変わらないレグルスとエレアノーラ。そして、最後まで苦労人のエヴァン。いや、エヴァンも大好きだよ。
今までお付き合いくださり、ありがとうございました!




