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交番にて

 反省は後ほど行うことにして、夜でも明かりの消えることのない交番に足を踏み入れた。

 春久が入っていくのを見て、机に座って書類を作成していた若い警察官が立ち上がった。

 「こんばんは」

 「こんばんは。何かありました?」

 春久が特に急ぐ様子も無く入ってきたので、相手はこんな時間に緊急でもなく、一体何の用だと、少しばかり怪訝そうだ。

 「いえ。被害届の件で、金曜日の夜に出動していただいた警官か、所長が居れば。居なければ明日、出直します」

 「金曜の夜? しょ、少々お待ちください!」

 被害届と聞いて、緊急ではないが重大な事件だと判断した窓口の警察官が、いろいろと調べてくれたようだが、

 「申し訳無いです。二人とも今日は非番と休日で、お急ぎで無ければ、明日、署の窓口に来ていただければ、えと、済みません、もう少しお待ちを!」

 と、ばたばたと走り、同僚を引っ張ってくる。

 

 「所轄の窓口の担当はこの場合、誰に? 本当に生活安全課に回して良いんですか? 地域課の仕事ですよね?」

 聞こえているんだが。

 「生活安全課に回してくれて構いません」

 二人の視線が、口を挟んだ春久に向かった。

 「申し遅れました。所轄生活安全課の丹波です」

 「え? え? 生活安全課の?」

 彼らは戸惑いを隠せずにいる。当事者がまさかの担当とは思わなかったのだろう。それとも、生活安全課が早くも事件の臭いを嗅ぎつけてやってきたと思ったか。

 

 「あ、あの。それじゃあ、この被疑者が言う丹波警部補ってあなたですか?」

 どうやら、前者のようだ。

 「おい」

 もう一人が止めようとするけれど

 「痴話げんかだと言ってましたよ。身内で揉めて通報って、何やってるんですか! 警察官でしょう!」

 「止めろって! 相手は警部補だぞ! 済みません、こいつ! 昨日から出動の連続で、ちょっと疲れているんです!」

 春久は咳払いをして、目の前の二人を止めた。

 これが生活安全課の捜査員なら聞き流すことは出来ない言葉だ。けれど、目の前に居る二人は、地域課。言葉尻を捉えるよりも、少しだけ笑みを深くして、はっきりすべきところはきちんと伝えておく。

 

 「誤解の無いように言えば、私はその女について、前回の件が無ければ一生知らずにいたと思いますよ。前回押しかけられて、課長が素性を確認してくださったところ、この四月一日からうちの庶務に臨時職員で来ていたようですが。こちらの所長とは話をさせていただきましたが、全くの面識も無いのに押しかけられて困っていたんですよ」

 前回の事件の後、庶務の席に座っているのは何度か見かけた。周りが協力してくれ、庶務の居る時間帯に春久が一人にならないようにと気遣ってくれたこともあり、未だ直接話をしたことはない。

 「今回は近隣の方が被害に遭ったようですよ」

 相手の嫌みとも取れる口調に、春久は顔の前で手を振った。

 「ピンポイントでうちの家でしたよ。対応したのは、丁度この土日に出かける予定で泊まりに来ていた友人です。伝えた名前は秋津海。私が顔を出すと余計拗れるからと代わりに出てくれました」

 相手は手元の調書を確認して、そこにカイの名前があることを認めたのだろう。今度は落ち着いて話をする気になったようだ。

 

 春久が被害当事者なので、今回に限り他エリアの係長が担当になってくれること、前回課長と一緒に所長と話をし、次に問題を起こした場合はそれなりの対処を行うことを、三人で取り決めたことなどを話す。

 ついでに、手に持っていた袋を思い出し

 「あそうだ。こちらは差し入れというかお裾分けで。これから事務所に出るつもりで持ってきたんですが、正真正銘、大切にしたい相手の手作りなので」

 安心して渡せる。

 「え? あ、良いんですか?」

 一人は喜んで手を出そうとしたが、もう一人が急いで「仕事中ですので」と止めに掛かった。

 「皆さん、管轄的には私の指揮下に入ることもありますので、労うのは上の仕事かと。ちなみに」一息置いて袋を開け「ロープワークの練習とかで、結び目ばかりですけどね」

 と、中身を見せると、二人とも一瞬言葉を失い、硬い表情を浮かべていた男までがにこやかに笑った。ロープクッキーにはその場を和ませる効果があるようだ。ついでに、同じ管轄を担う者として、こうやって挨拶をするまで春久の顔を知られていないのも、問題がある。春久も叶う限り覚えておかなくてはならない。差し入れを口実に交番を訪問して顔繋ぎしていくための、今回はほんの足がかりだと、笑みを浮かべてみせた。

 

 「業務でこんな事もするんですか?」

 クッキーを顔の前で前後左右と回しながら聞かれたから、こんな事とはロープワークの事か。

 「作ったのは一般人です。よく一緒にツーリングやキャンプに行くのと、防災士資格も持っているのにロープワークが出来ないというので教えたら、これを大量生産されました」

 味見代わりに一つ取り上げて口に運ぶ。セサミだった。香ばしい香りが口中に広がる。今度は二人とも安心して袋に手を突っ込み、クッキーを頬張った。

 「美味い。サクサクですね。周りの砂糖が少しジャリッとして甘さが体に染み渡ります。疲れ取れます」

 「ああ、色んな味を適当に詰め込んだので」

 指折り数えつつ、他にどんな味があるのかを教える。

 「うちの執務室では、恒例になっていて、持っていくとあっという間に無くなりますよ」

 「加減して食えよ。満腹になって居眠りするなよ」

 「気をつけます」

 二人のやり取りに、春久も頬が緩む。

 

 表情の硬かった方の男が春久にお茶を淹れてくれたことで、クッキーの袋は「他の連中にもだ」と片付けられ、若い男は少し未練がましくそれを見つつも、手元に置いた調書に目を落とした。

 「被害届の件ですが、どうされます?」

 「被害届を出すと事件になり、臨時職員とは言え警察官の不祥事にもなるので、実は二の足を踏んでいます。庶務とは言え、生活安全課の人間ですし。課長が吊し上げにあうのは、本意じゃない」

 少しだけ本音を話す。不祥事を嫌うのは誰でも同じで、特に自分たちの署、自分たちが担当するエリアでなど、みな戦線恐々とする。なので、春久の気持ちは慮ってくれるだろう。

 

 「え? でも他の方は知らないんですか?」

 「今のところ知っているのは課長と他部署を含めた一部係長、警部補以上だけですよ。なので、庶務内ではこの女の嘘が幅を利かせているのではとも思っていて。係長たちに気遣っていただいて接触は無いんですが。まあ、金曜夜から土日、先ほどの時間まで待機の無い休みだと当然庶務にも伝わっているので、囮にされたような気もしますが」

 課長もすぐに電話に出たし、交番から人が配備されるのも手際が良かった気がする。揉めてカイが困るようなら、後のことなど考えずに春久が出ようとも思っていたのだ。

 

 「私にとっては、そのクッキーを作ってくれた相手が二次被害に遭うのも困ると思いつつ、警察官の不祥事で課長に頭を下げさせるようなことも困る」

 「ああ、判ります」

 「なので、ひとまず話は生活安全課に上げてください。前回所長とも話をさせていただきましたが、庶務に伝言は無しで。担当係長とも話をして対応は決めます」

 「判りました」

 「野放しにすると夜討ち朝駆けで突撃してきませんか? そこは大丈夫ですか?」

 若い警察官が心配そうに聞いてきた。野放しとは、警察の臨時職員という首輪を外したら、だろう。被害届を出さないと接触禁止を言い渡せない。

 「まあ、(向こうが)一般人になった後なら何を置いても被害届を出します。後は、引っ越しかな」

 「そう言えば官舎ではないのですね」

 官舎ならそう簡単に侵入できない。けれど、相手が警察官の肩書きをちらつかせれば、それすら効果が無い。

 「異動してきた時期に空いていなかったので。

 その後も、一般人の友人たちが訪れやすいようにと、特に引っ越しをする気にもなれず。そのクッキーを作ってくれたの、一般人だとお伝えしたでしょう? 遠方に住んでいるので、ツーリングだなんだと遊びに行く時前泊させているのに、それが出来なくなるのも困る。と、いろいろ都合が折り合って、今のままです」

 

 話をしているところに、男が飛び込んできた。目の前の若い男が立ち上がり、敬礼をしている。

 「初めまして、丹波警部補」

 入ってきたばかりの男は、軽く敬礼を返した後で春久に呼びかけてきた。だから春久も立ち上がると、相手が名乗りをあげた。巡査部長。所長代理の役割だそうだ。

 「被害届の件で来ていただいたとか。所長から話を聞いていまして。非番ですので、私服ですが」

 「お気になさらずに。私もご覧の通り私服です。むしろ非番の時に出てきていただいて申し訳無い」

 再び椅子を勧められて、着座した。男も椅子を持ってきて貰い、椅子を少し斜めにして春久の隣に座った。

 

 「女の話の裏を取るために、そちらの課長の許可を得て、警部補の経歴拝見させていただきました。ここのメンバーにも見せていません。うちの交番で知っているのは、所長と自分だけです」

 男はそうやって前置きをした後で、若い男の前にあった調書を受け取った。

 「いつから知っているのか、どういう経緯で知り合ったのか、前回丹波さんが留守だったのに、親しいなら電話連絡すら取っていないのかと、その辺を問いただしたんです。以前本庁で一緒に居て、こちらに来て再会、丹波さんへの訪問は男性の一人暮らしで食事をと、連絡をしなかったのはサプライズだそうです」

 思わず顔を顰めた。よくもそんなデタラメな話を口に出来る物だと、呆れもする。それが、今まで対応してきたストーカー加害者たちの言い分と似通っていることにも、気づく。

 

 「判ります、その気持は。で、丹波さんの経歴を確認させていただいたり、女が警察官だった当時の異動についても調べました。丹波さん、本庁で少年課に在席したことありましたよね」

 「そうですね。巡査の時に三年ほど。なまじ法律を囓っていたために連れ回され、鍛えられました。お陰で自分の知識の浅さにも気づいて、仕事の合間に大学に通うことにして、先日ご対応いただいた友人との出会いに繋がりましたから」

 その三年が、戸野原の下で働いていた時期だ。戸野原が辞めるまでは、所轄に異動した後も世話になり続けた。


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