エピソード06
気がつけばドレスが汚れることも厭わず
クロエは地面にへたり込んでいた。
「大丈夫?」
幼子をあやすような慈愛を乗せた声色に
クロエは目頭の熱と、喉奥が狭まる痛みを感じながら
光なく伏せられていた目を僅かに見上げた。
「ハーツ様···」
溢れ出そうになる涙を堪える。
『ハーツ様に恥ずかしい姿を晒すわけにはいかない···』
ハーツは、3年前にアース国を訪れた留学生で
この世界で最大最強と言われる、ガイル帝国の第5皇子。
ガイル帝国での皇位継承者は
皇子の中より、帝国に最も益をもたらしたと
皇帝陛下に評価された者が選ばれる。
すなわち、第5皇子であっても皇帝になる可能性があるのだ。
硬く言えば外交の一種で
クロエは、アース国の王太子婚約者として
ロベルトに伴い、他の学友より多くの交流があった。
国を継ぐもの、継ぐ可能性がある者同士
どこか通ずるところがあったのだろう。
ロベルトとハーツの関係は、外交では留まらず
友人と言っても差し障りないほどであった。
そして、学園で1、2の成績であるアイルと
お互いそんな気もなしに、その座を競っているのも
このハーツである。
この国の感覚では、少しだけ軟派に感じるハーツを
出会った頃は、警戒してか距離を置いていたアイルも
実際のハーツが女性にだらしないわけでも
いい加減な人間でもないと知ってか
クロエが気づいた時には、唯一無二の親友となっていた。
その流れで、クロエも2人きりで会うことはないが
3年間、学園の外での関わりも含め
多くの時間を共に過ごしてきた。
しかし、クロエはアース国王太子の婚約者。
他国の皇子に、婚約者として相応しくない姿を
晒すわけにはいかない。
その矜恃がクロエを奮い立たせる。
「こんなはしたない姿で···大変失礼いたしました。」
これ以上の失態は犯せないと立ち上がりかけると
途端視界が暗み、身体の自由がなくなった。
極度の緊張状態による脳貧血だ。
なんの言葉も発することができないまま
クロエの身が崩れかけるが、すんでのところでハーツに受け止められた。
「クロエ嬢!!大丈夫か!?」
婚約者がいながら、他の男性に抱きかかえられるなど
どんな理由があれ、本来はあってはならないこと。
しかし、指一本すら自分の意思で動かせないのだ。
クロエは、今自分が唯一できる
乱れた呼吸を整えることに集中した。
ハーツ→しっとりうる艶で癖のない髪質。
長めのウルフカット、前髪もちょっと鬱陶しい感じに長め。
きっとそんな感じ。